第七十五話 愛する人への手紙

「「死霊使い《ネクロマンサー》?」」

「そうよ、あの古文書にはそうあったね」


 禁書庫から持ち出した例の古書についてリリーさんが「ようやく半分終わった」と座った隈のある目で部屋から出て来たのがついさっき……俺たちは実に3日ぶりに3人そろって卓を囲んでいた。

 大図書館から帰って来た当日に話を聞こうと思ったのだが、机に向かうリリーさんの“今話しかけたら脳天ブチ抜く”という無言の圧力にそれ以上接触する事も出来ず……そのまま今日まで放置の運びと相成ったのだ。

 どうもこの人、元々自身の魔法に関しての欠陥をどうにかしようと魔導の知識に傾倒した事で、こういう未知の知識を前にすると夢中になってしまう性質があるようだ。

 ……で、ようやく俺達が気になった件について質問できたのだが、帰って来た答えは半場予想はしていたが、俺達の望まない『邪気を力に出来る者』が存在した事だった。


「古文書にも“魔力などとは異なる力を操り、人心・魔物を意のままにする特異な職種”ってのがあったね。ほぼ邪気の解説とセットになってさ」

「人心掌握……邪気と言うのはそのような使い方も出来るのですか? ドラスケ殿の話では滞った土地は淀み枯れ果て不毛の地と化すとも言ってましたが……」


 俺もカチーナさんと同じ疑問を持っていた。

 ドラスケから聞いていた限りでは邪気っていう俺達には見る事も触る事も出来ない何かは“得体のしれない悪いモノ”というイメージだったのに、逆に無さ過ぎてもダメで、しかも利用し操る者までいるとか……どう考えても体にも精神的にも良くなさそうにしか思えんが。


「そういう一面もあるようだけど、古文書に書かれていた死霊使いってのは主にアンデッドを使役する事を得意にしていたみたいね。ゾンビやスケルトンみたいに実体のあるのから死霊レイスとかの幽体に、高位になるとヴァンパイヤとかも配下に置いていたとか……ホントかどうかは分からないけどね」


 ゾ…………淡々としたリリーさんの言葉に背筋が凍る。

 ヴァンパイヤ、目撃した事は無いけど伝説とかじゃなく実在すると言われているアンデッド最強の種……そんなのを使役していたとか、正直言ってまともに相手をしたいとはとても思えない。

 だけど俺は『預言書』で似たような光景を見ていた……。

 強烈なカリスマで人心を掌握し、数多の魔物を従え人間に対して宣戦布告した『聖王』の圧倒的な振舞を。

 その姿はまんま『聖王』というよりは『魔王』と呼んだ方が相応しい光景だった。

 仮にそれが邪気という俺達には見る事も感じる事も出来ない力を自在に操る『死霊使い』の仕業であるというなら……ハッキリ言って対抗策が浮かばない。


「……敵対したらアウトって見解でオッケーかな?」

「残念だけど、私たちにはどうにも出来ないでしょうね。生き物から死人まで操る者なんて……どう狙えば良いのよ」

「そうなると理不尽な話ですよね~戦略的にも圧倒的に不利です。数は力というのは分かりやすい事実ですからね」

「ちなみに……その死霊使いってのは、どうやればなれるのかな? 剣士とか魔法使いとかみたいに修行法とか何かあったり……」


 3日ぶりの全員での食事なのに、なんとも景気の悪い予想の連続で折角の食事が美味しく感じられない。

 そして何となく聞いた俺の質問にリリーさんの表情は更に暗くなる。


「私……いや“私たち”にとっては余り認めたく無いヤツみたいね」

「俺達にとって……ああ、あれですか」

「そのパターンですか……なるほど」


 その物言いに俺もカチーナさんもどんよりとした気分になった。

 率直に言って俺達3人は最近結成したパーティだと言うのにすこぶる気が合う。

 それはある共通の想いを抱え続けて体を鍛え、知識を深め、ありとあらゆる方法を模索する事でとある言葉を跳ね返す事を心情にして来た同士だから……。

 いや、ハッキリ言えば3人して共通の嫌いな言葉があったからだ。


「「「才能……」」」


 3人同時に呟き思わず天を仰いでしまう。

 俺もカチーナさんもリリーさんも……その言葉への反骨心から鍛錬して今の力を手に入れた側の人間だったからな。

 それが本人にとって煩わしく、時には捨て去りたい禍々しい才能であるのも分かってはいる……。邪気が見え感じるというのなら、見たくないモノをみてしまったり理不尽な柵に苦労する事だってあるだろう。

 しかしどうしても圧倒的な力を『才能』で手に入れるのだと言われると……納得行かない想いがヒシヒシと湧き上がってくる。

 自分でも狭量である事は自覚しているが……それでも。


「……でも、その死霊使いも才能を発揮する機会さえなければ俺達でも対処可能って事になるよな」

「そうですね……今まで培ってきた血反吐吐くような鍛錬の結果をアッサリと上回られると言うのは面白くありませんし」

「元聖職者としちゃそんな事考えるのは失格だけど……私も『狙撃杖

このこ

』の技術を才能の一言でアッサリ抜かれるのは業腹だわ」


 才能への僻み……おれたちワースト・デッドにとって最大の負の一面

ダークサイド

だが、妙な事にその共通した結束のお陰で俺たちは互いを補い、高め合っている。

 どんな感情であれ利用できるなら利用すべき……僻みや嫉妬のような負の感情、雑念であってもな。


「まあ仮に“あの王子様”がそうだったとしても……邪気の存在自体が周知されていない現代で邪気の存在や操り方を知る者はいないだろうから、今日明日に『死霊使い』とやらが誕生する事は無いだろうけど」


 ホロウ団長の口振りからヴァリス王子に期待をかけているのは間違いないと思うが、多分禁書庫の解読を自身で行えるようになった時、真実を知って自分がサポートするにふさわしい候補くらいに思っているのだろう。

 もしも『預言書』の『聖王』が『死霊使い』であったとするなら、そして仮にあの王子にその才能があるのだとするなら……『聖王』の誕生は『聖尚書』にとって予想外、嬉しい誤算だったのではなかろうか?

 現状あの王子と禁書庫の繋がりが確認されている以上、楽観していい事は無いな。

 少なくとも『預言書』を知る俺としては。


「……よし、とにかく俺はこれからあのヴァリス王子が『聖王』であると仮定して動く事にする。幸いドラスケが張り付いているから何かあれば知らせがあるだろうし」


 カチーナさんやシエルさんの時とは違って確証がない分、確定して考えるのは視野が狭まりそうで不安もあるけど、他の可能性が今んとこ浮かばんのも事実だからな。

 俺がそう言うと二人とも神妙な顔で頷いた。


「そういやカチーナさんは王国軍時代にヴァリス王子の事を知っていたみたいだけど、あの王子っていつから王宮にいたんだ? 国王の御落胤~としか聞いてないけど……」

「その王子は9~10年くらい前にエレメンタル教会に放置されていた赤ん坊のハズよ」

「……マジかリリーさん?」


 初めて禁書庫から出て来る王子を目撃した時に軽く教えてくれたカチーナさんに聞いてみたが……以外にも詳細は別から聞こえて来た。

 前の職場での出来事となれば、知っていても不思議はないのだが……何と言うか重ねて楽しい話ではないようである。


「ある朝のエレメンタル教会の大聖堂、精霊神像の真ん前で粗末な布に包まれた赤ん坊が泣いていたらしいよ。手紙付きでね」

「それは……何とも曖昧な……」


 母親不明の国王の御落胤……そう聞いていたからてっきりもっと明確な経緯がある、それこそ身分の低い貴族家か、もしくは平民宅からとか予想していたのだが……そんな流れだと言うのは何とも腑に落ちない。


「そんな捨て子を発見したみたいな状況でよくもまあ国王が自分の子であると認めましたね……あの日和見な方が」

「王子認定してねーんだから完全に認めたって言うのは怪しいけどな」


 俺達が聞いただけで疑わしく思う事なんて、当時散々議論された内容だっただろう。

 リリーさんも自分で言っていて腑に落ちていない様子である。


「赤ん坊を発見して、手紙を見て一応王宮に報告したのが当時はまだ聖女の位だったジャンダルム様だったんだって」

「それって大聖女……シエルさんの脳筋の師匠っていう」

「そうそう……一度酔った勢いで口を滑らせた事があってね。手紙に『この子は国王の実子だ』って書いていたから、正直嘘くさいと思ってたらしいけど一応って」


 その手紙の内容に大聖女ジャンダルムが疑いを持ったのは無理もない。

 何故ならそう言う置手紙は子供を置き去りにする時に相手に押し付ける為の常套手段でもあるからだ。

 まして国王何て国で最も位の高い目立つ人物を勝手に当てにしようとする輩など、枚挙にいとまがない程だろう。


「大聖女様もせいぜい鼻で笑われる程度かと思って最終的には孤児院へ送るつもりだったらしいけど……」

「……そうはならなかった?」


 リリーさんは神妙な顔で頷く。


「数日後にフードで顔を隠しているけど、国王本人がエレメンタル教会に現れたらしいわ。お供も連れずに血相を変えてね」

「……そう言う話ってリリーさんが知っていて良い事なのか? どう考えても緘口令を敷かれてもおかしくない不祥事な気がするけど」


 腐っても国のトップである国王の不祥事であり実の子供でる事を認めてしまう行動……普通に考えても常軌を逸しているし、何より噂話とかでなく現実の情報として流れている事に違和感を感じてしまう。


「そこなんだよな~ジャンダルム様も教会関係者たちと首捻っていたわ。寧ろ国王が直接受け取りに来た事を吹聴して良いとばかりに何の情報規制も無かったって……。調査兵団の人たちも違和感バリバリだったんじゃないかな? 当時から人の目を気にしてばかりの国王にしては自分の評判を下げかねないそんな不祥事に対策しないのは」


 確かにおかしい……。

 話が広がってしまうと件の母親とやらが見つかってしまうリスクが高まってしまう。

 見つけて欲しくないのなら何らかの対策は取りそうなもんなのに……。


「だけど結果としてヴァリス王子の母親は判明していないんだよな?」

「はい、王国軍でもヴァリス王子の出自に関しては憶測ばかりで真相は全く分からなかったです。一応国王の実子として王子と呼ばせていただいてましたが……実際の王子たちからは不満の声も上がっていたとか……」


 騎士としては護衛対象の選別でしか無いだろうが、王子ではないのに王子と呼ばれているのが気に喰わないという事か。

 一応腹違いとは言え弟だろうに……家族を亡くした俺には偉い人たちの考えはどうやっても理解できそうにないな。


「そういやリリーさん、赤ん坊と一緒に置かれた手紙には何て書いてあったんだ?」

「色々と書いてあったらしいけど、文末の一言が余りに印象深過ぎて覚えてないってジャンダルム様は言ってたね……まるで感情をそのまま書きなぐったみたいな寒気のする文字だったって」


 幾ら情報がガバガバでもそう言った手紙みたいな個人的な内容は効いていないかも……そう思ってダメもとで聞いてみたのだが……。

 リリーさんは引きつった顔で嗤った。

 そして後悔する……聞かなきゃよかったと。






“いつかまたいらして……愛しい愛しい我が君よ……”






 国王さんや……アンタ一体、誰と何をやらかしたんだ!?

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