閑話 我思う、ゆえに我あり(ドラスケside)

我の存在とは一体何か?

 生前でも考える事は無かったそんな哲学的な事を最近は考えてしまう。

 我という存在は我が我として存在を疑っている時点で我としてそこにあるのだろうか?

 我は最近の現状に自分が現実に存在しているのかどうかを疑ってしまう程、酷く自らの存在に自信がなく曖昧な気分を味わっていた。


 最早国名すら思い出せないのだが200年程前だという事だけは何となく思い出せる。

 生前の我は王国を、民を守る為にドラゴンを駆る一介のドラゴンナイトであったのだが……気が付くとアンデッド、スカルドラゴンナイトとしてこの地で哀れな多種のアンデッドたちを守る存在になっていた。

 今になるとスカルドラゴンナイトとして活動していた間の記憶は酷く一辺倒な思想で、強烈に“誰かを護ろう”という想いだけで活動していた気がする。

 最近『光の聖女』の浄化魔法を喰らったせいか、それともドラゴンと融合してスカルリザードになった影響なのか以前よりも思考が生前に近付き、そのような妙な事を考えるようになってしまったが……今この場においてはそのように思考できる事が酷く邪魔に思えてしまう。

 数日前から全身が鋼鉄の如く重たい。

 生前から戦士であった我は戦闘において前線に立ち、死への恐怖など遥か昔に忘れ去っていたのだが、アンデッドという死すら曖昧な存在に成り果てて尚新たなる恐怖を体験する事になるとは夢にも思わなかった。

 ……我はもうダメかもしれない。

 体の自由を奪われ、決められたポーズから動く事が容易でなくなった我は、嬉々として目の前で作り出される用途の分からない鎧っぽい物体に戦々恐々としていた。


「う~ん……やっぱりドラゴンだけどボーンナイトならもっとこう……巨大な禍々しさが欲しいよね。肩当てはもっとゴッツくアシンメトリーにスパイクを付けて……」


 いらんいらん!! 更なる重量を課す目の前の幼子に思わず叫びたくなる。

 既に既存の装備より遥かに重たいフルプレート並の鎧を着こまされているというに、それ以上重くしてどうすると言うのか!?


「でも……やっぱりこの“骨っぽさ”が見えないのは勿体ないよね。あんまり乗っけるとただの重戦士だものな~。それに武器は剣より戦斧の方が映えるよね……うん」


 そう言いつつ持たされたのは幼子が器用に削って作ったらしい、現実的には扱う者との対比がおかしい巨大な、我自身と同じ程の大きさの戦斧……いや、さすがにコレは無いのではないか!?

 確かに禍々しさはより増した気はするが……。


 数日前にギラル達と王宮に忍び込んだあの夜……その時に我は致命的なミスを犯してしまった。

 潜伏任務で王宮内部の者に発見されてしまうという大失態……生前に上司たちが我にそのような任務を与えなかったのが正しかった事が死後に証明されてしまうとは……。

 現状模型として子供、ヴァリス王子に弄ばれているのは自業自得以外の何物でもない。

 寧ろ模型として王子に認識されたお陰で仲間たちに迷惑が掛からなかったのは不幸中の幸いであったが……最近我はヴァリス王子の独特なカスタマイズに恐恐とする毎日を送っている。


「やっぱり地獄から復活した戦士っぽくするには顔つきが優しいんだよな~。もうちょっと迫力出す為に目元を削って釣り目に……」


 ビクリ!? 

 王子の恐ろし気な呟きに思わず動きそうになり、死後失ったはずの冷や汗が全身から噴き出すような感覚に襲われる。


「それにただの白骨よりも赤色……いっそ金色にでも塗った方が属性っぽくて良いかも。最強っぽさを出す為には歴戦の戦士風にダメージ加工も……」


 良くない! ちっとも良くない!! 重量を乗せられるだけならまだしも、本体に直接塗装や加工などされたら……。

 しかし我の心の叫びなど知る由もなく王子は実に晴れやかな笑顔でヤスリを手にした。

 マズイマズイマズイ!! またしても王子の独創性が我自身を改造しようと燃え始めている!?

 ここ数日で最早何度目になったか分からない魔改造への恐怖…………だがその時救いの声が聞えた。


「ヴァリス様、夢中になってらっしゃるところ申し訳ございませんが……そろそろ学習の時間になりますよ?」

「え……ホロウ先生? あ、もうそんな時間?」

「それに昨日も申しましたが本体の加工はもう少し慎重になさった方が良いかと……外部装甲などと違い本体はやり出すと後戻りが出来ませんから」


 優し気にそう言った救世主はヴァリス王子の教師役にして調査兵団団長ホロウ殿……た、助かった……。


「え~? 間違いなくカッコよくなると思うんだけどな~」


 だが不満気に言うお子様の反応から、そこまで遠くない未来に同じような危機が訪れる事を予想せずにはいらなれい。

 果たして我は原型を留めたままギラル達に再会できるのであろうか?



「……お勤めご苦労様ですドラスケ殿。また本日も格好の良い御召し物で」

『助かったぞ団長殿……今日こそ取り返しのつかない魔改造をされてしまうかと恐恐としておった』


 学習部屋に先にヴァリス王子が向かったのを確認してから、ホロウ殿は実に意地の悪い顔で笑いかけて来た。

 王子が我を持って帰って来たその日に我の素性を察して接触をして来た辺り、既に我の存在自体を認知していたらしい。

 我の状況に笑いを堪えているのがアリアリだったのが腹立たしいが……自身の身の丈と同等な戦斧を構えた姿勢に固定されている現状では笑うなと言う方が無理だな。


「先日、貴方がここにいらした翌日には貴方の相棒から接触がありまして、伝言はつたえました。あちらは“そっちはそっちで頼む”との事でしたが」

『ふむ……まあアヤツならそんな反応をするか……』


 実力はそこそこだがまだまだ成長段階にある盗賊の少年……そんな冒険者として珍しい部類でもないヤツだが、妙な事情と目的を抱えている。

 細かいところまで理解し共有できたとはとても言えんが、少なくともヤツがこれからこの国、いやこの世界で起こりうる厄災に何らかの対抗をしようとしているという事は理解できる。

 というのもアンデッドの我にとっては無視できない厄災の可能性がポツポツと見合隠れして……そんな小さな可能性がヤツの行動の先にあるのだから信じないワケにも行かん。

 自然界において必ずあるはずの邪気が妙に感じる事が出来ないこの王国において、妙なくらいに邪気を纏っている王子の存在が我には厄災に通ずる何かに思えて仕方が無い。

 どこの国でもどの時代でも一緒だが、後宮などと言われる愛憎と策謀が入り乱れる場所では邪気が発生しないハズも無いのだが……その邪気のほとんどを幼子である王子が全て背負わされているような異様な状態。

 その辺の理由についてはホロウ殿がアッサリと答えをくれたが……。


「ところでどうです? 本日までの悪意の方は……」

『相変わらずだな。あのような幼子に大の大人共が嫉妬と殺意を向けるのはどうかと思うがな……。王子の御付きがアンジェラ殿でなければここ数日の間に3回は殺されているんじゃないのか?』


 何故か邪気が生じても即消滅してしまう王都において、ヴァリス王子に向けられた邪気だけは後宮のそこかしこから集まって来る。

 その理由はヴァリス王子の境遇にあった。

 王の寵愛を受けた何者かとの御落胤、そう銘打たれたヴァリス王子なのだが肝心の寵愛を受けた母が誰なのかが不明のままだ。

 だからこそ王の寵愛を受けている何者かではなく、その結晶であるヴァリス王子に全ての悪意が集まってしまっている。

 そして王子自身が邪気を集めやすい体質を持っているようで徐々にだが、邪気が蓄積され始めているのだ。


『邪気を纏い扱う連中は200年前もいた気はするが……我は余りおすすめはせんぞ? 本来なら自然へと散らすモノであるのに』

「……邪気の存在は私も知ってはいましたが、魔力などと違い見る事が敵いませんからね。それについてはアンデッドの方がいらしてくれて助かりましたよ」


 邪気というのは感情の塊、エネルギーとは少々違う所があるから見る事ができない者はどんなに達人であっても見る事も感じる事も出来ない。

 我とて邪気と同類のような存在になって初めて認識出来たのだからな……。

 邪気を自在に操る人外の生者……確か我の生きた時代でも数は少なく『死霊使い《ネクロマンサー》』と呼ばれていたような……。


『本来であれば邪気の全て受け止めるか防ぐかの役を担うべきである者が何もしておらんのだから、何とも腹立たしい事よ』

「それについては同感ですがね。今のところその片割れの所在は調査兵団でも掴めていないのですよ……残念ですが」

『なんと……お主のような者でも調査出来ておらんとか?」


 我の驚きにホロウ殿は苦笑しつつ頷く。

 ヴァリス王子の母親の所在、この化け物じみた団長であれば既に知っているかとすら思っていたが……少々以外である。


「独自に調査してはいますがね……幾ら調べても存在自体が怪しく思えるほど実態が見えて来ないのですよ」

『……貴殿にそのように言われると、より不安になるのう。いずれにしても生者に過度な邪気は害悪にしかならん。大事になる前に何とかせねばならんぞ』


 ギラルが常々口に出す『預言書』と邪気を纏ったヴァリス王子に関係があるかは予想出来んが、少なくとも今のように自覚なく邪気あくいが集まっているのは宜しくない。


「ええ分かっております。申し訳ないですが、その間はヴァリス様の傍で邪気の回収をよろしくお願いします」


 しかし我の言葉にホロウ殿も神妙に頷き、引き続き邪気の回収を願われるが……そうなるとしばらくの間我はここから動けないという事になり……。


『……ギラルよ。お主と再び相まみえる時は……もうお前の知るドラスケでは無いのかもしれん……』

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