第七十四話 ガキの頃見たアニメを見返すと間違って認識していた不思議

ビシ!

「いて!?」


 だがそんなこんがらがり始めた俺の額に軽い衝撃が起こる。

 迎いのテーブルから身を乗り出したカチーナさんによるデコピンによって。


「コラコラ、一冒険者で一介の盗賊でしかないって言ってたのは君自身ですよ? 出来る事なんて高が知れているのに国家的、世界的な事を考えてどうするのですか……」

「……カチーナさん?」

「私たちは冒険者で、怪盗で、死に損ないでしかない……一旦落ち着いて君がやろうとしていた原点に戻りましょう」


 悪戯っぽくニッと笑う彼女の姿が妙にドキッとなる。

 何となくだが部屋で薄着になっている時よりも女性っぽさを感じてしまったと言うか、何と言うか……。

 感触の残る額に手を当てて、そんな風に思ってしまった事がちょっと恥ずかしくなってしまう。


「……ま、確かにその通りか。俺の出来る事なんて限られているんだから情報が巨大だろうが膨大だろうがやる事もやれる事も変わらんもんな」

「そうですよ。実力では最上級であるはずのホロウ団長が我々のような者たちに注目するのは、そんな権力も柵もない小物の柔軟性と意外性でしょうし」

「……一辺に情報が入り過ぎて忘れかけていたけど、俺の最終目的はあくまでも『勇者召喚の阻止』に尽きるんだからな。王国とか世界情勢とかは一先ず置いておこう」


 そしてその意見はさっき俺が彼女に言ったばかりの話のブーメラン……違う視点の人がいてくれるだけで考え方すら変わる、見え方も違って来る。

 本当に……仲間との時間は大切な場だ。


「原点にもどりゃ~『預言書』で現れる四魔将の闇落ち原因は何となく把握した気がするのは一応は収穫だったし」

「少なくとも私に『聖騎士』になる予定はないな。あの手の重たい鎧は最早私の趣味ではないしな」


 ここ最近は師匠から譲り受けた女盗賊の衣装が板に付いて来たカチーナさん……カトラスを手にスピード重視で斬りかかる戦法は聖騎士の立派な鎧を纏っていては邪魔にしかならないだろうからな。

 同じように闇堕ちの原因と思しき親友が存命のままである『聖魔女』も現状は脳筋聖女……もとい『光の聖女』のままだ。

 残り二人の魔将、『聖尚書』と『聖王』なのだが……今日の会話で前者の『聖尚書ホロウ』に関しては流れ次第としか言えない。

 あの男は必要であればいつでも『聖王』に仕え力を振るう事になるだろうからな……。

 となると最重要になるのは今後現れるはずの『聖王ヴァリアント』の方になるのだが……話がここに至ればカチーナさんも俺が現在誰の事を有力候補にしているのか予想は付いたらしい。


「で……状況的に『聖王』はあの方であると、ギラル君は睨んでいるのでしょうか?」

「……どうかな~?」


 彼女の質問に俺は曖昧に首を捻るしか無かった。

 おふざけや誤魔化しではなく、本当に一連の流れで浮上する人物が『預言書』の聖王と同一人物なのか確証がない。

 ホロウ団長が禁書庫の情報を与えるのは見込みのある者か、もしくは気に入った人物……今はまだ読めなくても時期に興味を持つまで王宮で誰も知らない秘密基地として場所を教え、その内興味を持つのを気長に待っていると考えれば……。


「ヴァリス王子が『聖王ヴァリアント』って考えるのが一番自然ぽいけど……う~ん?」

「……預言書の人物とは違うのですか?」

「そう……なんだよな~預言書で俺が見た『聖王』は常に仮面を付けて巨大で禍々しい鎧を身にまとった大男だったんだよ。ドレルのオッサンとタメ張るくらいの」


 名前は“ヴァリス”と“ヴァリアント”で似通っているから何とな~く納得しそうではあるんだけど……。

 いやでも……あんな華奢な王子様でも数年でどのような成長を遂げるのかは未知数だし、もしかしたらこれから巨大マッチョに超進化するのかも……。

 そう思ってカチーナさんに聞いてみるが。


「ちなみにこの国の国王って体格はどんなもんなの? 血筋的にやっぱり2メートル越えのゴッツイマッチョな感じとか?」

「まさか……ザッカール王国の王は先祖代々中肉中背であるらしいが、現国王はその中でも訓練嫌いで有名でな……メイドよりも軽いと王国軍では有名です」

「あ、そう……むむ……」


 そもそも『預言書』で示された未来が今から何年後かも定かではないからな。

 極端な話だか四魔将としての『聖騎士カチーナ』と『聖魔女エルシエル』の実力は普通に『聖尚書ホロウ』とタメを張る程だった。

 一体何があって、何年の修練を積めばそこまで至れるのか……本日実物を目の当たりにした俺には全く想像が付かない。


「それこそリリーさんの解読待ち、ドラスケの追加情報待ちになりそうですね……。これ以上下手に考えても良い考えは浮かびそうも無いです」

「……そのようですね。あの小柄なヴァリス王子がそのような成長を遂げると想像するのは些か心にダメージが……」


 カチーナさんにとってはそっちの方が大問題なのだろうか?

 複雑そうな表情で遠くを見つめる瞳になってしまった。

 しかし気分を変えたかったのか、彼女は何となく気になったように質問して来た。


「そう言えば……四魔将で私やシエルさんの戦闘法は何となく聞いていますが、他二人はどのような戦いをするのです?」

「……あ~『聖尚書』の方は基本軍師や参謀だけど、戦い方は俺達が良く知っている感じで暗殺者みたいに背後から~ってのと、高位の魔法を使っていたと思う」


 ネタバラシをされてからだと『預言書』の『聖尚書』があれ程老獪な技術と豊富な魔法を駆使していた理由は良く分かる。

 200年以上の研鑚があったなら納得だよな。


「あの気配の無さを思うとナイフ一本でも問題無いでしょうに魔法もですか……反則も良いところでは無いですか……」

「同感……」


 そんな化け物をどうやれば倒す事が出来るのか……勇者が倒した方法は知っているけど、自分に実践できる気は欠片も湧いてこない。


「ではもう一人の方は?」

「聖王の方は……とにかく物凄いカリスマを持っていたな。従う兵も魔物も全てが己の命を捧げる勢いだったし、おっかないのは従った直接の配下たちに強制された者が一人もいなかった事だな」

「……それは……確かに恐ろしい」


 元軍人のカチーナさんは身を持って知っている……兵士一人一人に至るまで自分の命令系統を行き渡らせるほど信頼を得る事の難しさ、得難さを。

 確かに何らかの懲罰を持って強制的に従わせる事も可能だが、自己の強烈な意志で死ぬ気で戦う者と比べればモチベーションが段違いだ。

 まして強制ではなく命をかけさせれる程のカリスマともなれば……それはそれでホロウ団長とは別種の化け物と言っていいだろう。

 だけど『聖王』の戦い方はそれだけじゃなかったな……。


「ただ『聖王』が直接戦う時はいつも何か召喚してたな……大抵真っ黒で巨大な龍やら鳥やら。最後の戦いでは剣も召喚してたな……そういや」

「召喚……それは君が『預言書』の中で言っていた勇者を呼び込む儀式の事ではないの? それとも転移魔法の一種なのですか? 魔獣使い《テイマー》と呼ばれる職の連中が魔物を従えるのは聞いた事がありますが……」

「あ、あれ?」


 そう言われてみると妙だ。

 召喚術はそんなに簡単にポンポンできるもんじゃなく、色々と魔法陣やら人員やら儀式やら面倒な手順を踏んで行われる禁忌の魔法であるとか聞いた事がある。

『預言書』で虚空から現れる巨大な魔物の姿に、勇者召喚みたいに急に現れるイメージと重なって“召喚”と考えていたけど……そう言えば『預言書』でもそんな事は言っていなかったような気が……。

 そして……今になって思い返してみると、真っ黒に染まった『聖王』に従えられた魔物たちの姿は…………つい最近、どっかで見た何かと共通点があるような気がしてくる。

 言い知れぬ悪寒が……ホロウ団長の時とはまた別の悪寒が足元から登って来る気がする。


「……と、取り合えず宿に戻ったらリリーさんに途中経過を確認しましょう。邪気について、そして“邪気を力として自在に操る”な~んてバカげた妄想を否定して貰う為に!」

「そ、そうですね! 千年以上溜め込んだ邪気を操れるとか、そんな架空の存在いるワケないですからね! それこそ邪神じゃあるまいし……ははは」


 言霊……神様が教えてくれたありがたい言葉を俺はこの時思い出す事は無かった。

 一刻も早く自分の想像が下らない妄想であると否定して欲しいが為に……。


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