第七十三話 中間管理管理職の悲哀

「くっそ……無駄に疲れた」


 徹夜明けでもぐっすり眠ったと言うのに、たった数分の顔合わせで再び徹夜明けの体調に戻った気分……。

 いやむしろ今の方が疲労感が酷い。

 大図書館から出ると、当然のように着た時とは違って普通に通行人がちらほら見えるし人気があった。

 俺がホロウ団長と会合するほんの短時間とはいえ、完璧に人払いをしてしまう手腕……変な話だが調査兵団は団長であるホロウ氏しか知らんけど、この用意周到さにドン引きしてしまう。

 ……出来れば団長含めて関わりたくない気持ちがヒシヒシと。


「お、ギラル君。無事で何より……と言っても良いのかな?」


 そんな事を考える俺を大図書館前で待っていてくれたのは苦笑するカチーナさん……こっちの苦労を何となく察してくれているようで、そんな仲間の気遣いに心からホッとする。

 現パーティで最も付き合いが長いとは言えカチーナさんとはほんの数カ月の付き合いだと言うのにこんな感覚になるのだから……不思議なもんだ。


「お陰さんで……カチーナさん、よく前の職場ではあんなのとまともに仕事してたね。顔を合わせただけでも色々と削られた気がするよ」

「はは……相当疲弊したようだね」


 俺が心からの称賛と尊敬を伝えるとカチーナさんはクスリと笑う。


「まあ以前は仕事上の付き合いってだけで割り切っていたのも確かにありますが、その頃あの方は私の前ではそれなりの気配を主張していましたから……ハッキリ言えばそこまでの化け物と認識する事が出来ていませんでしたから」

「……つまりの事、あの存在感の無さは意図的って事か」


 さっきの対面でホロウ団長のある程度の傾向は把握できた気がする……いやこの場合は把握“させられた”が正しいか。

 自分が認めた者、警戒すべき気に入った実力者の前では自分の事を警戒認識させる為にワザと気配を消して対面し、まるで幽霊とでも会話しているような不気味さを醸し出す。

 実に……タチが悪い。

 王国軍のカルロスにはその接し方をしていないのに、冒険者カチーナにはそういう対応をしたと言うのは……そう言う事なのだろう。


「ご愁傷様……どうやら俺もカチーナさんも、あの団長閣下に気に入られちゃったみたいだよ。実態も分からない調査兵団の団長として自己紹介してくれるくらいには」

「う……何でしょう……実力者に認めて貰えたと言われても素直に喜べない……」


 その説明だけで粗方察したようで、カチーナさんは顔を青くして震えだす。

 気配を感じさせない登場を目の当たりにしたのは俺、カチーナさん、リリーさんの三人……つまりワーストデッド全員って事になる。

 嫌な事でも自分だけじゃないと思うと少しだけ気持ちが軽くなるから不思議だ……仲間仲間、道連れとも言う。


「ドラスケ殿が脱出してくる気配も無し、リリーさんは翻訳に没頭しているようで話しかけても返事がありませんでしたから、もうこの際君が出てきたら一緒に夕飯でもと思っていたのですが……そんな気分でも無いですか?」

「いや……今は本当に物理的にでも温もりが欲しい。今日はぜひ『熊の爪』のシチューでも食いたい気分っス」

「いいですね……私もさっきから感じる薄ら寒い気分が拭えませんので」


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「いらっしゃ~い……お、ギラルにカチーナ! 今日はあのちっこいのはいないのかい?」

「リリーさんは別件で忙しくてね……後で何か持ち帰りのモンこさえて貰える?」

「あいよ、サンドイッチかなんかで良いかい? 席は奥のテーブルが空いてんよ」

「ありがとうございます」


 何時もながら賑やかな店に入ると女将さんが豪快な口調で席へと案内してくれる。

 つかの間の癒しを求めて俺達が訪れたのは安くて量が多い庶民の味方、それでいて家庭的な雰囲気が冒険者たちにも人気の食堂『熊の爪』である。

 稀に王国軍の下級兵たちも来るようで、何でも大鍋で豪快に作られる日替わりシチューが故郷を思い出させてくれるのだとか。

 配膳してくれるのは確かに食堂の女将さんであるが、実際に厨房を預かるのは店名にも起用される熊のような旦那である事はみんな分かった上なので、お袋の味とは言わないのが何ともおかしい。

 俺など『酒盛り』時代からの常連だが、カチーナさんもすっかりなじみ客になりつつあり、テーブルに着くカチーナさんは嬉しそうな顔を浮かべていた。


「……何か妙に嬉しそうだね」

「ああ……ふふ、何だか私の名を気安く呼び捨てにして下さる方はいませんでしたから」


 あ~……そうか、彼女は今まで女性である本名を隠して『カルロス』と呼ばれ続けて来たからな……あの実家では家庭的な気安さなど皆無だったろうし。

 こんな小さな何でもないような事こそが『預言書』で見た最悪を回避するには大事な事なんだろうか?

 俺もカチーナさんも救いようがない程の外道に堕ちる予定だったのに、今こうして温かい喧騒を喜ばしく思えるのだからな。

 そんな事を考えている内に豪快に盛られたシチューにパンとサラダなどが出てきて、俺たちはまずは腹ごしらえを優先する事にした。


 ……シチューのお代わり3巡目でようやく人心地ついた俺は大図書館であった薄ら寒い出来事と情報をカチーナさんに伝える事にした。

 粗方聞き終えたカチーナさんは腕組をして頷く。


「なるほどそんな話が……つくづく私は同伴しなくて良かったです」

「逆に俺は同伴して貰えば良かったって思ったけど……」


 少なくも対面での命の危険が一応なかったから言える冗談ではあるが……だったら道連れがいても良かったと後で本気で思った。

 肝試し……一人……怖い。


「しっかし妙に話がでっかくなっちまったな~。あの人の素性だの本当の世界地図だの・……真っ二つで死ぬ予定だった俺には荷が重いし、聞いて何か出来るレベルじゃなさそうだけどな~」


 実際ホロウ団長はその情報を伝えて何かしろって言ったワケではない、むしろ知らせておいて“好きにしろ”ってスタンスなのだ。

 ……それすら何かを誘導されているようで気になるが。


「私たちが認識している世界は、もっと広大な大海にある一つの島でしかない……団長の言い分も君の見解も理解は出来ますが……納得が出来ないと言うか受け入れがたいと言いますか……」

「それはそれで良いんじゃない? 無理に認識しなくても生きるのに支障は無いし、必要だったら自ずとしっくり来るんじゃない?」


 何やら難しい顔で唸るカチーナさんにそう言ってみるものの、彼女は更に眉を顰めて唸り出す。


「……そうは言いますが悔しいじゃないですか。仲間と情報の共有をしているのに意識の共有が出来ていないのは……何か置いて行かれたような感じで」

「……程々で良いと思うけどね」


 情や絆に絶望した『聖騎士』になる未来もあったカチーナさんは、逆を言えば情や絆を大事にする人。

 だかこそ自分が仲間に見合うように自己鍛錬に若干重たいノリが見え隠れする事があるんだよな……最近気が付いたけど。

 貴族的なしがらみが無くなったからこそ……かもしれないけど。


「こういう見え方ってのも役割分担と思えば良いんじゃね? 冒険者として斥候情報収集偵察は俺の役、前衛での戦闘はカチーナさん。感覚や見え方だって別々の視点の方が見えるモノも多くなるだろ?」

「む……確かにその通りですが……」


 考え方が一本調子だと脇が見えないから碌な事にはならない……そんなのはトロイメアの狂信者連中が最たる悪例だろう。


「精々俺達が共有すべきは、こうして一緒に晩飯を食って話せるって事だけじゃね? それが出来れば自分以外の誰かが足りないのを補ってくれる」

「……君は本当に……妙な所で含蓄のある事を言いますよね。年下のクセに」

「な~に、盗賊は仲間がいなきゃ成立しない冒険者って……ぜ~んぶスレイヤ師匠の受け売りさ」


 偉そうな事は全部他人の言葉……使えるならいつでも利用する、自分が出来る人間と錯覚できる一番手っ取り早い方法だ。

 俺が堂々とそんな事を言うとカチーナさんは何故か遠い目になった。


「役割分担……今の王国には非常に耳の痛い案件ですね。王国の陰として役割を担っているホロウ団長にとっては最も懸念材料なのでしょう」

「……そんなに酷いの? 現状のザッカール王国の内情は」


 俺もある程度は知っている。

 腐敗が横行して、犯罪組織が天国と称してしまうくらいに他国からもその手の連中の流入が絶えず、上層部であるはずの貴族連中が取り締まるワケでも無く寧ろ率先して加担し犯罪組織を擁立して汚金を集めている。

 故郷のトネリコ村が滅ぼされたのも、その一端でしかない。

 しかし元々王国軍、しかも貴族籍であったカチーナさんには違うモノも見えていたようで……溜息漏らした。


「一番酷いのは上層部……いやおそらくはトップなのだろうが、日和見が過ぎるのだ。王国軍所属の頃、何度も打診し調査討伐を願っても“現行何もなければ必要なし”と握りつぶされた案件が幾つあり、そのせいで犠牲になった無辜の民がどれほどいた事か……」

「国王……トップには話が通らないと? まあそこに至るまでに忖度されて伝わらないなどよく聞く話か」


 色々とトップに伝わると困る案件であれば中間で握りつぶされてもおかしくはない。

 しかし俺の考えをカチーナさんは首を振って否定する。


「いいや……一度王国軍団長に伺った事があったが、トップはその案件を聞いた上で不要と断じた事が何度もあったらしい。確実な証拠も無しに領地を治める領主たちを疑うのは宜しくないと言って」

「…………は? なんじゃそら?」

「調査兵団などその煽りを最も喰らっていたのではないかな? 疑わしいから調査をしたいのに調査の許可を上が出さない。いやあの団長閣下なら既に黒であると確信しているのに証拠固めに移行できず、黒を無理やり白に塗り替えられる。後ろ暗い連中だって嬉々として報告書を上げるよ……何せ“嫌われたくない”って感情を刺激すれば王命ってこれ以上ない箔が付くんだから」


 俺は思わずテーブルに突っ伏してしまった。

 役割分担じゃない無責任な丸投げ……この国ザッカールはそんなヤツがトップにいるって言うのか……ある意味暴君が君臨しているよりもタチが悪い。

 友達ゴッコの感覚で国政を動かすなど……とんでもない暗愚じゃね~か!!


「だからまあ……確固たる証拠を提出してくれる“どっかの誰か”をホロウ団長は前から気に入っていたのは想像に難くないね」

「……少なくとも『聖尚書』が反旗を翻した理由は嫌って言う程想像が付いたな」


 金を集めて責任の全てを国王に押し付る貴族連中に加えて、国王自体は責任を取る気などサラサラない。

 溜まっているとは思ったが、そんな現状をホロウ団長は人より長い寿命で見せつけられて来たのだ。

 正直、あの人がストレス全開で邪神軍の『大尚書ホロウ』として王国上層部連中に対してヒャッハーする様は見てみたい気すらしてくる。

 そら~新しく相応しい主君を望んでもおかしくない。

 そしてそれが不遇の生まれで王子と認められていない男児であったとしても……。


「ドラスケが王宮に潜伏出来たのはある意味僥倖か……アイツが気になるって言うのもキナ臭くなって来た」

「……そう言えばドラスケ殿、ヴァリス王子に捕らえられる前に“邪気を感じる”と言ってましたね。何ゆえか邪気を感じない王都、しかも王宮内部なのに」


 その時禁書庫から出て来たのが誰だったかを考えると……いよいよもって頭を抱えたくなってくる。


「破裂寸前の爆弾が多すぎないか? どう処理しろってんだよこんなの……」


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