第七十二話 閉館時間となります
俺は思わずズッコケそうになってしまった。
ゆ。油断した……まさか恐怖と警戒心ばかり抱いていたこの人にそんなリアクションをしてしまうとは……。
「んなワケ無いっしょ! 俺のどこをどう見たら経典の勇者様に見えるってんだよ! 俺は特殊な才能も無ければ聖剣を手に戦う事も無い、単なる盗賊だっつーのに!!」
ついでに言えば聖剣で斬り殺される予定だしな……真っ二つに。
暗くなった大図書館内に俺の声が響き渡る……元来静かにするのが常識な場所だから妙な罪悪感もあるが、それはそれ。
しかし俺の否定の言葉にホロウ団長は真面目な顔で思案し始めた。
「ふむ……まあ確かに精霊神教が掲げる光を纏い闇を払う、圧倒的な正義で魔を滅する美丈夫と言う勇者像からは君は外れていると言えますね」
「……その辺は強調しなくても自覚してるっスよ」
暗に“弱くてカッコ悪い”と言われたようであるが……間違っているワケでも無いので否定も出来ん。
しかしホロウ団長は真顔のまま首を横に振る。
「ああ、誤解させたか? 別に君が実力が無いと言っているワケじゃ無い。むしろ自身の長所短所を理解し鍛錬を重ねた君の泥臭くも確かな技術は、仕事をこなす上でプロとして最も大事な心構えをお持ちで……実に
プロとして最も大事な事……それは『酒盛り』に所属していた時に嫌という程叩き込まれた基本中の基本。
それを忘れる者はプロを名乗る資格がない、当たり前な心構え。
「……大事なのは結果って事っすか?」
「その通り、過程を大事にして結果が伴わないなどプロとは言えません。結果を出して初めて過程を認められてこそですから」
俺の言葉にホロウ団長は満足気に頷いた。
仕事を受けた場合完遂するのは最低限の事……頑張ったけど出来ませんでしたはアマチュアだからこそ許される事である。
『酒盛り』の中で一番ズボラそうなドレルのおっちゃんが最もうるさかったのがその辺だった。
『自分の実力をしっかり見極めて、出来ない仕事は絶対に手を出すべきではない。冒険者の仕事は常に命がけであるが、依頼した側は結果が伴わなければ使えないとみなすだけ。依頼は出来るより出来ない事の見極めこそ厳重にしろ』
……厳しい現実だがそれが冒険者にとっての当たり前なのだ。
だからこそ依頼受注のランクは厳重に審査されている……受けた依頼が不履行に終われば冒険者ギルド自体が信用を失うし、ランクの見合わない依頼なんて冒険者は命を失う。
「教会の謳う勇者は実に演出的で常に精霊神の威光を振りかざす描写が多いですから、それで結果が伴うなら問題も無いでしょうが……現場の人間としては些か無駄の多さが気に障ります」
「あ~~ま~確かに経典の英雄譚じゃ斬りかかる度に正義の一撃を~だの精霊神の聖なる力がどうったら~だの、歌劇的ですよね……」
「……困った事に現場を知らない王侯貴族にかぎってこういう勇者像を正しい戦士の姿と夢想する輩が多いのですけどね。剣技一つとっても真正面からぶつかり合わない戦い方は卑怯、卑劣とご立派な事を言いますし……そのくせ実際の戦闘ではそんなのが指揮官として立つので始末が悪い」
ホロウ団長が零す内容は、まんまカチーナさんが長年苦しんで来た戦法の発想……王国軍の騎士団として“魅せる”必要がある為にぶつかり合う戦い方の事だ。
カチーナさんは女性というハンデがあるのにその土俵で何とかするしかないジレンマに苦しみ続けていたが、この物言いからするとホロウ団長も相当に“溜まっている”ようではあるな……。
「平和という結果、悪を滅ぼす結果を出してくれる者であれば……過程や方法など些末な問題……一介の冒険者だろうとアンデッドだろうと、怪盗であっても私には勇者と言えますから」
「その結果俺を勇者に仕立てるのは飛躍が過ぎるでしょうが……」
精霊神教が経典でしきりに唱え続けるのは単純に『精霊神教にとって都合の良い勇者』の姿であり……逆を言えば教義に反したりプロパガンダに向かない者には用がない。
真正面から人類に、そして勇者に立ちはだかり派手に侵略や虐殺をする邪神よりも俺みたいに自分の望む未来の為に地味に立ち回り“勇者の召喚を食い止めようとする”なんて輩は、それこそ教会にとっては害悪だろう。
折角都合よく長い年月をかけて教義を改編し続けて来たと言うのに……。
そこまで考えて、俺は妙な事が気になった。
「……ちょっと良いっスか? そもそも精霊神教ってヤツの始まりはどんなもんだったんっスか? 最初っからこんなに精霊神サイコーって感じだったんすか?」
長年かけて改竄される前の経典や教義がどんな物だったのか……最低200年以上もこの国を見続けて来たホロウ団長に聞いてみたくなったのだ。
「う~む……正確なところは我がホロウの血筋にも伝わってはおりませんが、少なくともこの大陸が『精霊の住まう地』として侵略を受ける前から存在しているハズですから歴史書も原本は私も見た事が無いのです」
「それは……禁書庫の中身も含めてって事で?」
「少なくともこの国であの禁書庫よりも古い書物は存在しません。しかし何となく大本の教義を匂わせる文献もある事は事実。そしてその匂いを感じる存在と君は既に面識を持っているようですが……」
「既に知ってる?」
ホロウ団長は小さく頷いて見せる。
精霊神教に関する面識のある人物なんて俺個人で言えば1人しかいない。
細かく言えば3人だが、内訳二人は既に教会をクビになっているからな。
となれば消去法で残るのはただ一人の女傑……。
「もしかしてシエルさん…………聖女っスか?」
「……どう言うワケか歴代で精霊の寵愛を受けて強大な魔力を有した聖女に限って精霊を崇め奉るような行動を取りません。貴方がよくご存じの『光の聖女』を含めて」
「あれは崇めるとかじゃなくてダチとして認識しているだけでしょうが……」
その辺は聖女の親友からよく聞いている。
光の精霊レイはシエルさんにとって仲の良い友人で、だからこそ力を貸してくれると。
「……禁書庫に何か精霊と友人関係であった記述でもあったんっスか?」
「正確に言えば日記ですね。500年前の『水の聖女』が幼少期から水の精霊と楽しく遊んだ記述とか……。現代の経典では『水の精霊に聖女が身を捧げた』悲劇として語られているようですがね」
「……なんじゃそら?」
「本当に“なんじゃそら?”ですよ。過去あった真実も現代を生きる者に都合が悪いと判断されれば、その者たちが望む姿に変わってしまう。勇者も聖女も、果ては精霊の在り方であっても人にとって都合の良い形に変えられてしまう」
そこまで言うとホロウ団長は立ち上がりクスリと笑った。
「人は自分にとって都合の良い結果を導こうとするモノ。君が何を見据えて未来を導き出そうとしているのかは分かりませんが……少なくとも私は面白いと思えました。だからこそ私は貴方に真実の一端を伝えました……」
「あ……」
国の為になると認めたモノに真実を伝える……俺は今になってその中に自分も含まれてしまった事に気が付き、背中に冷たい物が走った。
「私は伝えるだけ……その真実をどう扱うかは貴方次第…………腐敗し最後の崩壊を迎える寸前のこの国、この大陸で一体何を見せていただけるのか………………実に楽しみです」
「!?」
俺はその時確かにホロウ団長の姿を目にしていた。
片時も視線を逸らす事なく、油断も隙も無かったハズだった。
にもかかわらず…………何の前触れもなくホロウ団長は大図書館の暗闇の中に溶けるように消えて行った。
少しでも人間味を見せたかと思えば……。
「……俺は勇者になる気も聖王になる気は欠片もね~ってのに」
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