第七十一話 ホロウの血族
神様に見せて貰った『預言書』では最後まで邪神を復活させようと足掻いていたのは『聖王ヴァリアント』だったが、最初に邪神復活を画策したのが誰かと言うと、実は良く分からない。
四魔将の誰もが邪神の完全復活を願い勇者の前に立ちはだかっていたのは間違いなく……結果だけを見るなら言い出しっぺが誰か何てどうでも良い事ではある。
しかし何も起こっていない現在、四魔将が終結する前であれば何者かが『預言書』の示した未来を目指して導こうとしていてもおかしくはない。
そして……そんな黒幕として相応しい人物は俺の目の前にいる司書を名乗る男しかいないのではないか……とも。
だが俺が思わず口走ってしまった言葉にホロウ団長は嘲笑うワケではなく“困ったように”笑った。
「確かに……そこまで私の素性について知る事になれば、必然的にそんな考えに至ってしまうのは自然かもしれません。実際に千年前に滅ぼされた『魔の一族』、亜人達の憎悪は筆舌にし難い悲惨なモノであったと聞き及んでいますから……」
「…………」
規模は違えど俺だって故郷のトネリコ村を理不尽に蹂躙された経験がある。
それを考えれば、もしもあの盗賊団が現存していたとするなら自分がそんな行動に出ていたのか分からない……それくらいの同調は出来る。
しかしホロウ団長の答えは全く真逆のモノであった。
「ですが……私ももう若くはありません。先祖の無念に想いを馳せて現在の国を亡ぼすような気概を持てるほど純真ではありませんから」
「……え?」
「幾ら長命の種であっても千年も前の話……それこそ初代であればいざ知らず、それ程時が経って尚、直接関りがあったワケでも無い私がそのような感情で断罪を下そうなど道理が通りますまい?」
「…………」
言っている事は実に道理を弁えた模範的な回答に聞こえる。
過去の恨みを子孫が引き継ぐべきではないとか……恨む側にしてみれば正しくとも実に苦渋に満ちた英断と言える答えだ。
でも……俺にはその答えが素直には信じられない。
何しろ『預言書』では『聖尚書』としてしっかり邪神軍を率いて人類の敵として現れるのがこの男なのだから。
だが、俺が信用していない事も察した上で彼は続ける。
「……それに初代ホロウは侵略者であるはずの人間の娘に助けられ、その後に建国されたザッカール王国により生命を長らえた生き残り。人に恨みあれど人の全てが憎悪を向ける対象ではないという事を知り、己が種の絶滅と引き換えに建国された憎くも恩ある王国を陰ながら守る事を誓った一族が我ら調査兵団なのですよ」
「アンタ……人間と亜人のハーフなのか?」
「ハーフと言うには相当亜人の血も薄まっているかもしれません。何しろ私で5代目……他の大陸は知りようがありませんが、生粋の亜人種を目にした事はありませんから。私が自身を亜人の血筋と証明できるのは寿命だけですから」
ホロウ団長はそんな事を言いつつ自身の耳や目を示しておどけて見せる。
昔話の亜人は総じて“耳が長い”とか“獣の瞳を持つ”とか分かりやすい身体特徴があると言われるが……彼にはそんな特徴は一つも見当たらなかった。
“そっち”に関しては俺は最早何も疑っていない。
疑うとするなら、それは当初からのたった一つの疑問のみ……。
その答えをホロウ団長は大図書館のどこを見るワケでも無く……口にした。
「ギラルさん、君が私の何を疑い問いかけたのかは分かりませんがね……私の、いえ連綿と続くホロウの血筋の者にとって目的は一つだけさ。自分達の種族すら滅ぼし建国された憎くも愛しき国を陰から見守り真の意味で守る事……それに尽きるのです」
「……真の意味で?」
その単語に底冷えする何かを感じ取った俺は反射的に聞き返してしまい……またもやホロウ団長の笑顔を直視してしまった。
見るごとに背筋が冷えて冷や汗が噴き出して来る……限界を知らない冷徹な笑みを。
「代々我ら“ホロウ”は自らが見極め認めた者たちに真の情報、隠された歴史、王国の真の実態を伝え結果的に王国を守って来たのです。その度に多くの血が流れる結果もありましたがね……。上から下から……」
「…………」
そう言い切ってしまうホロウ団長に絶句しそうになる。
あくまでも結果的に国が守れると言うなら誰であろうと真実を伝え、逆を言えば国を守れない、または国に仇なすと見なせば躊躇なく滅ぼす…………国のためとは口にしても“王家の為”などとは一言も言っていない
つまり……そういう事なのだろう。
「……そんだけ愛国心に溢れてんなら、アンタらホロウの一族がザッカール王国を直接支配した方が良かったんじゃね~の? ご立派なご高説は結構だが、この国は俺みたいな一介の盗賊でも分かるくらいに腐ってやがるじゃね~か」
「貴方の気持ちは分かりますが、表に出て腕を振るうにはどうしても寿命が邪魔をするのですよ。いつまでも老けない、死なない化け物を上に冠しては国が納まらないのです」
俺は精いっぱいの皮肉を言ってやるが、団長は表情も変えずに答える。
確かにそれはそうだろう……統治者は自分達と同じ人間で無ければ違う形での諍いが起こりかねない。
5代目になる“ホロウ”の歴史でもそんな試みがあったのかもしれない。
その上で自分たちは陰に徹するべきであるという結論に至ったのだろう。
……ここに至って、俺はおぼろげながら『聖尚書ホロウ』の実態が見えた気がする。
この男にとっては『結果的に王国が続く』のであれば経過はどうでも良いのだ。
自分たちが見極め真実を知るに足る『王』であるなら、王国で隠され忘れ去られた真の歴史伝え、そして認めた者に全身全霊で仕える。
喩えそれが“邪神を復活させて腐り切った王国を滅ぼす”という選択であったとしても、それが王国にとって最も正しい手段であると認めたなら……調査兵団として長年培ってきた知識も技術も全てを捧げて全力で実行する。
一見自分の意志を持っていないようにも見えるが、そうではない。
国の為になると認めたなら、聖人であろうと狂人であろうと『聖尚書ホロウ』は現れる。
「……気に入った主の考えに従うってのが基本スタンスなのか? 長寿で人外な自分たちはあくまでも人間の意志に従って動くって建前を元に」
「本当にすごいですね。そこまで“ホロウ”の役割に考えが至った人物は貴方で二人目ですよ」
嬉しそうに楽しそうに、そんな事を言うホロウ団長の言葉に俺は嫌なモノを感じる。
多分今口走ったもう一人、そっちがこの男が国の為になると見極めた者で『預言書』の四魔将最後の一人なのだろうと……。
要するに彼はもう見つけているのだ。
自分が仕えるべき主というのを……。
「さて……私への質問はこれだけで宜しいのでしょうか? もっと色々細かい事でも根掘り葉掘り聞かれるのかと恐恐としていたのですが……」
「いや……良いっス」
俺は反射的にそう答えてしまった。
ここに来る前、それこそさっきの答えを聞くまでは色々と聞こうと思っていた事はあったのだが……その全てがさっきのホロウ団長の答えで想像が付いてしまった。
預言書の事を考えるとこれから間違いなく……。
「ではそろそろ……私からも質問させていただいても宜しいでしょうか?」
「…………え?」
「私だけ貴方の疑問に答えて終わりでは不公平というモノでしょう? 貴方の友人『光の聖女』ではありませんが、等価交換というのは人の世では基本でしょう」
そう言うホロウ団長の顔はさっきとは打って変わった実に普通の笑顔……恐怖も冷気も感じる事のない、本当に普通の親切そうな司書のような笑顔になっていた。
唐突過ぎて呆気に取られ頷いてしまうと、彼はある意味確信と言える事を聞いて来た
『調査兵団団長』でも『聖尚書』でもない、久しぶりに面白いモノを見付けたと言うかのような笑顔で……。
「ギラルさん、君はもしかして精霊神教が唱え続ける伝説の勇者なのでは無いですか?」
「………………………は?」
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