第七十話 図書館では静かに願います

「まずは座りませんか? 長い話になる気がしますので。ご心配なく、私は確かに貴方を警戒してはいますがファンでもありますので……」


 図書館の本棚に囲まれた場所にある椅子、本来は読書のための物であり決して会話する為に設置された物では無いのだが、ホロウ団長は自らも座りつつ椅子を勧める。

 しかし他意は無いのだろうがそんな風に持ち上げられると、逆にうさん臭く聞えるのだが……。


「ファンって……」

「表に現れる事なく自らだけではなく他者の力、時には敵の力すら利用し結果を出す。己への評判など微塵も気にせず……本当にどこかの誰かに見習って貰いたいものです」

「どっかの誰かって……それは下手に誰かに聞かれたら不敬罪とかに処されたりするタイプのヤツじゃ……」

「ええ、そうですね。聞かれたら最後、不敬どころか爵位程度は簡単に剥奪出来るタイプのやんごとなきタイプのヤツです」


 それが一体誰の事を指すのかは明確には分からないけど、少なくともザッカール王国にとって“そう言う立場の誰か”を指しているようである。

 あるいはこの国自体に対しての事なのか?

 しかしそんな事を考えつつ椅子に座る俺だったが、何となくそんな不満のような感情を見せる様でホロウという人物に初めて人間味を感じた。


「では……ギラルさん、貴方は何が聞きたいのでしょうか? 件の邪気に関する事は貸し出された本と、過去の他国の歴史を知る優秀なお仲間がいらっしゃるようなので私から伝えるのは無粋かと思いますが……」


 過去の他国の歴史を教えてくれる、邪気って概念を正確に伝えてくれた者は俺たちにとってたった一人だ。

 そして今の口振りから考えるに、団長は既に“そいつ”と接触しているようだ。


「……ドラスケは無事なんですか?」

「そのあたりはご心配なく。あの方から伝言も預かっておりますよ……“少々気がかりが出来た。しばらく様子見るので迎えは不要”との事です」

「気がかり……ね」


 アンデッドとは言えドラスケは元スカルドラゴンナイト……死者の眠りを守る為の墓守の戦士。

 そんな誇りと優しさを死後も抱き続けるアンデッドなヤツが気がかり……か。

 この団長が本当にドラスケと接触を持ったか確証は無いけど、少なくともヤツが言いそうな言葉ではある。

 実際に逃げようと思えば何らかのリアクションは起こすだろうしな。


「分かったっスよ。出来れば骨董品として高値が付く前に帰ってこいって伝えて貰えますか? 何かほっとくとインテリアになる気がしますし……」

「はは……あの方のセンスも中々独特ですが……まあ原型が変わる事が無いように注意はしてますよ」

「…………ん?」


 冗談のつもりで言ったのに妙な返しがあったような…………ま、いいか……。

 今は今後の『預言書』に関する事の確認も含めてこの団長殿に色々と聞き出す事が重要だしな……。

 というのも俺はこれから起こるとされている『預言書』について『聖騎士』と『聖魔女』と関りを持ちはしたが、彼女たちが率先して『邪神』を復活させるとかの行動を起こすとは思えなかったのだ。

 言っちゃなんだが、二人とも基本的な性格が脳筋だから誰かに促されない限りは怨敵に向かって単体で特攻しそうな気がするんだよね。

 で……仮に預言書通りに進むとしたら、四魔将を思い通りに動かしていた疑いは残りの二人『聖王』か『聖尚書』って事になる。

 そんな片割れが『聖騎士』でも『聖魔女』でもなく俺に対してザッカールの歴史に関する禁書庫へ誘導するなど……裏があるようにしか思えない。

 まるで俺の事を新たな四魔将へと誘っているような……。


「俺が聞きたい事はまとめちまうと一つ……アンタは何をしようとしている、いや“させようと”しているんだ? 王宮の禁書庫だの御落胤の王子だの、俺に見せて何の利があるって言うんだ?」


 強者への恐怖を無理やり押しとどめた俺は自然語気が荒くなってしまうが、その辺は気にしても仕方が無い。

 そうやって虚勢を張って何とか会話できるくらいの緊張感なんだから。


「何を……ですか……」


 しかし気が付くと冷や汗を流している俺に比べてホロウ団長は落ち着いた様子を崩すことなく、むしろ楽し気に口を開く。


「その質問に答える前に私から他愛も無い質問をさせて貰っても良いでしょうか? ああ、はぐらかしているワケではないです。貴方の質問に答える為に必要な事でして……」

「あ、ああ……」

「では失礼して……ギラルさん、君は禁書庫でとある奇妙な地図を見ませんでしたか? 世間に出回っている『世界地図』に似た物ともう一つの地図を」


 いきなりの質問に戸惑いを覚えるが、それが禁書庫の奥の壁にあったタペストリーの事であるのはすぐに思い至る。


「確かに見たけど……それが……」

「君はアレを見て……どう思いましたか?」

「どうって……世界は広いな~って……」


 そして俺はどう答えるのが正解とか考える事も無く、率直な感想を述べてしまった。

 サラッと答えてしまってからもう少し熟考するべきだったかと思いなおすくらいに。

 ただ、それを聞いたホロウ団長はと言うと……。


「ふ、ふふふ……」


 笑っていた。

 それはさっきまで浮かべていた本音で笑っているかどうかも分からない微笑ではない、本当の笑い声……。

 この団長が面白おかしく笑っていると考えると逆に恐ろしくも思えるが……。


「ふふふふ、やはり貴方は恐ろしい……恐ろしく愉快な男です。初見でその言葉が言える者が、まさか私の代で現れるとは……」

「私の……代?」

「調査兵団団長、此の役職は家業のようなモノでしてね、建国から今まで“ホロウ”の名を引き継ぐ事で続いて来た王国の暗部……私はそこの5代目に当たります」


 5代目? 俺はその言葉に違和感を持った。

 ザッカール王国が建国されたのが約千年前、その建国当時から続いて来たというなら5代目というのは余りに少なすぎる。

 ゼロが一つ足りないんじゃね~かと言いたくなるほどに……。

 だが、事ここに至ってこの男が俺に偽りを言う必要性は無いだろう……冗談を言い合う程に仲良くなった覚えも無いしな。

 千年前からの役職を5代だけで回せる、そしてワザワザ見せた禁書庫の書物に使われていた古代亜人種言語……そして俺やカチーナさん、ともすれば『酒盛り』ドレルのオッサンやスレイヤ師匠でも敵わないだろう卓越し修練された武力の片鱗……。

 それだけのヒントがあれば結論は一つだった。


「まさか……千年前に“この地を支配していた”って言う魔族の血筋?」

「……本当に君は愉快です。今の言葉だけで一直線にそこまで察しますか……もう少し勿体ぶるつもりでしたのに」


 ちょっとガッカリした様子を見せるホロウ団長だが、否定の言葉を一切口にしない。

 つまり、そう言う事なのだろう。


「……師匠すら凌駕しそうな隠形を身に付けているのが才能だって言われたら納得行かないが、膨大な修練の時間があったって言われれば素直に頷けるんでね」


 亜人……エルフだのドワーフだの正確な種別何か分からない、というか分かりにくくされていて、教会の聖典では『精霊神に仇なす魔の一族』と定期されている。

 王国にとって、そして精霊神教にとって都合の良い改竄など千年の内にどんだけあったかは知りようは無いけど。


「ちなみに、年齢を聞いても失礼にはならないですかね?」

「……女性ならタブーでしょうが、私には気遣い不要です。おそらく今年で256歳にはなると思いますよ? 王国側は私の代で5人のホロウが入れ替わっていると認識しておりますがね」


 淡々と語るホロウ団長に俺は冷や汗が止まらなくなる。

 ……確かに実際に長寿であるとかを知られるのは王国でも教会でも色々とマズイだろう。

 なんたって精霊神教の教えに反する事は全て背信行為、千年前に滅んだ魔の一族なんて認めるワケがないからな。

 問題なのはそんなのを含めて俺にぶっちゃけ始めた事だ。

 面識で言ってもそんなに長くはない……向こうは一方的に知っていたようだけど、そんな独り立ちしたばかりの盗賊風情を一体“何に”巻き込もうとしていやがる?


「良いんですか? それこそ神聖な精霊神教の教えから外れた存在にならないっスか? 一介の冒険者風情にそこまでぶっちゃけちゃって……口封じくらい余裕でしょうけど」

「な~に、魔物の生態だのアンデッドの定義だの、教会の教えの裏をかいてそこから連中の悪事を崩して行く貴方も立派な異端……邪教徒どうるいと言っても良いでしょう?」


「否定はしないね……」


 ニヤ~っと笑うホロウ団長の言葉に俺も汗だくで笑うしかない。

 その辺の事を“都合の良い改竄”と思っている俺はこの国では立派な異端者でしかないからな。


「人は自らの目線でモノを見たがる性質がある……それは宗教も歴史も、地形に至っても同じ事。自分が信じ正しい事と思い込んだ思考を簡単に捨てられず、現実を持ち出されても理解できない……いや理解したくないと言うのが正解でしょうね」

「それは……そうでしょうよ」

「……まあ、私とて幼少期に初めてアレを見せられた時は、本物の世界地図が右のタペストリーであると言われても中々信じられませんでしたから」


 その辺で初めて見た俺が看破した事を妙に誉め称えているようだが、俺の気分的には初めての経験とは言えない。

 幼少期に自分たちのいる『島国』と『世界の大きさ』というのを神様に教えて貰っていたからこそ看破できただけのだから。

 ……そもそも神様のそんな教えも禁書庫のタペストリーを見るまでスッカリ忘れていたくらいだと言うのに。

 だが今になって世界の大きさを意識すると、別の歴史的見解ってのも持ち上がって来る。

 そして多分この男が話そうとしているのは“その辺”の事だ。


「貴方は既に私のお勧めした歴史書を読破していらっしゃる。随分と熱心にザッカール王国建国について読み込んでいらっしゃいましたが……司書としましては是非とも読書感想を語り合いたく思います」

「……その人物設定をいつまで続けるんだ?」

「調査兵団の実態を知っている者など王宮内部にはいません。現国王は事なかれ主義で認識すらしておりませんし、せいぜい大臣の一部がわずかに知っている程度で……本来の我々はあくまでも国営の大図書館の職員でしかないですから。まあ……元より本は好きですからね」


 何となくだが『語り合いたい』欲求でもあるんだろうか?

 今まで誰とも共有しなかった歴史所書に関するディスカッションでもしたいかのような。

 結構これから国家的な隠蔽やら精霊神教の不都合に関する物騒な話に発展しそうでもあるのに、随分と楽し気にも見える。

 俺がようやく目の前にいる人物をしっかりと認識出来るくらいには。


「感想……って言っても俺の感じたのは違和感だけだよ。随分と精霊神……いや王国と教会に都合の良い解釈の歴史書だな~って」

「ほうほうほう! それはどのような部分なのでしょう?」

「一番は“魔を払い大地を浄化した”ってところかな? 歴史書では正義の行いって体ではあったけど実際には元の住民を追い出したって事だろう?」


 本当に率直に感じた事を口にするとホロウ団長の笑みは益々深くなって……ドンドンと怖くなって行く。

 笑顔が恐怖を煽るとか……本当に厄介な人だ。


「素晴らしい。自分たちは正しい側にいると、穢れない間違いのない立場であるという思いでいるのが普通なのに、貴方は正に第三者の目を持ってらっしゃる」

「はあ、どうも……」

「ですが、まだ観察が足りていないところもあるようですね」

「……何かを見落としていると?」

「そうですね、教義の言葉や歴史の文章を都合の良い改竄であると捉える事は良いのですが、勝者の目線ではその文章が真実なのやもしれません。時には勝者の目線から、そして敗者の目線から考える事で見えて来る真実もあるのですよ」


 ホロウ団長の様はまるで自ら答えを導き出せるよう促す教師のようであった。

 つまり見落としている箇所を今のヒントで導き出せと…………いいだろう。

 俺は言われた通り勝者の目線で考えてみる。

 ……魔を払い浄化…………魔ってのが元々いた先住の亜人達なのは間違いないだろうけど浄化か……。

 浄化と聞いて真っ先に思いつくのは聖女エルシエルの浄化結界だが、多分今ホロウ団長が言いたいのはそう言う事じゃ無いだろう。

 浄化……勝者にとって都合の良い…………ってまさか!?

 その事に気が付いた瞬間、俺は全身の毛が逆立つような悍ましさを感じた。

 同時に思い出されるのは、現代で出回っている『世界地図』とは少々毛色の違う地図。


「ホロウ団長? もしかしてあの左の地図……あれも千年以上前の物だったりします?」

「お? 早速気が付きましたね……そうです。あの禁書庫は特別な魔術が施されていましてね……誰かが入室しない限りは時が緩やかに流れる仕様になっているのですよ。千年前の代物でもしっかりと現存出来るほどに」


 楽し気に、答え合わせで正解を出した生徒を誉め称えるように言うホロウ団長だが、俺は正直正解を喜ぶ気にならない。

 本当の世界地図を見るに、ココは世界的には少し大きめの島国って事になる。

 浄化、粛清、神罰……色々と言いつくろう事は出来るだろうが、今現在千年前の地図には存在した大森林も巨大な湖も無い事を考えると、ここで言う『浄化』の意味は……。


「千年前、大陸から島国に攻めて来た侵略者は先住の亜人達がいた森林を焼き払ったって事なのか? 巨大な湖すら消し去るほどに……」

「正確には伐採を含まれますね。当時『精霊の大陸』と呼ばれたこの地の木材は大陸で高値で売れたらしいですよ? 侵略者たちにとってココは宝の山だったらしいです……木材も鉱石も、それに見目麗しい亜人種たちも」

「…………」


 勝者が作るのが歴史……だが都合が悪い事を忘れるのも歴史って事なんだろうか?

 ……俺はホロウ団長が何ゆえに預言書で『聖尚書』を名乗り四魔将として邪神軍を率いていたのか考えてしまう。

 人に滅ぼされた亜人の末裔……理由なんてそれだけで充分な気もする。


「アンタ……復讐でも始めるつもりなのか? 侵略者である人間に対して……」 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る