第六十八話 忘却された歴史……と骨

 ただ、この光景を前に少し分かった事もある。

 この散らかりようは昨日今日のモノじゃない、日常的にあの王子はここに入り浸っている事になる。

 となるとこの『禁書庫』は王宮内で周知の場所ではないって事になるな。

 重要な場所として上層部が知っていれば王子が出入りするのを見逃すはずも無いし、仮に国王辺りが子煩悩で王子の所業を微笑ましく見ていると考えても……掃除くらいはしそうなもんだ。

 つまりここは誰にも知られていないハズの秘密の場所……理由は知らんがこの場所を知った王子は喜んで秘密基地として入り浸っていたんじゃなかろうか?

 が……そうなると当然最も重要で厄介そうな問題が浮かび上がってくる。


「……じゃあ何であの団長はこの場所を知っていて、俺達に情報を流したんだ?」


 不安、疑問……色々と悪い方向へと混乱させる本音が思わず漏れてしまう。

『聖尚書ホロウ』……預言書で見た彼は余り前に出るタイプには見えず、参謀の立場でいつも引いた位置にいて、詳細な事で分かる事は実は少ない。

 過去という事に関すると『聖騎士カチーナ』も『聖魔女エルシエル』も確認するまで一切の事は分からず、知ったからこそ彼女たちの最低な未来を回避しようと行動できる。

 ……が、あの司書にして調査兵団団長殿に関しては何一つも情報が無い。

 積極的に関わりたいとは到底思えないけど……何時か覚悟を決めて当たらないといけない案件なのだろうな~。

 どう考えても何らかの事に俺達を利用しようとしているだろうから、付き合いはまだまだ続きそうだし。


「ゆ~うつだ…………ふん!」


 俺は両頬をバシッと叩いて気持ちを切り替える。

 色々と不安であるけど、今は悩んだり考えている暇は無い……10分って自分で制限を作っている最中なワケだしな。

 俺は今まで『気配察知』に振り分けていた集中力を『盗賊の嗅覚』へとシフトする。

 ……部屋自体は中々年季が入っていて何十年では利かなそうな古さを感じるが、場所が密閉されているからか、それとも光を放つ壁自体に何か作用でもあるのか、劣化した雰囲気は余り見られない。

 若干件の王子が遊んだような痕跡……床に散らばるお菓子の残骸やら落書き、それによく見ると薄く積もっていた埃が無くなった場所もあるから、多分ここに寝そべっていたんだろうな~って事は予想出来る。

 場所に残った気配を探る……以前ここにいた者が重要な物を扱った痕跡、隠した痕跡、通った足跡、部屋全体を見通して新しいモノから古いモノまで全ての気配を感じ取り……宝を、ワナを、目的の何かを探っていく。

 こうした残った気配……盗賊界隈では『残り香』という事から『盗賊の嗅覚』って言われる技術だけど、この気配を感じ取れなくする唯一にして誰でも知っている方法が掃除だ。

 ずさんな掃除だとむしろ痕跡を残す事もあるが、優秀な執事やメイドのいる屋敷なんかでは『残り香』など一かけらも残さない事もあり……むしろ感心する事もある。


 ……ま、今は真逆でこの部屋に関しては何十年、下手すりゃ何百年前って感じの痕跡すら残っている。


 一番新しいのが王子の痕跡だけど、幼い王子が動いていたのはどうやら広い床の辺り……難しそうな本などがある本棚などには“まだ”興味を持っていないようだな。

 子供にとって価値が分からないのは当然だろうが……俺にとってはこっちが本命。

 古い、何十年前誰かが訪れた痕跡は失われておらず……年代の違う何者かの痕跡の多くは奥の本棚へと続いている。

 それは無視できない“比較的新しめの大人の足跡”も同様に……ここまで来ると最早作為的にしか思えない。

 俺が『盗賊の嗅覚』を使って探る事すら見こうして、ワザワザ目的のモノに案内する痕跡を残した者がいるって事だからな。

 ……正直段々腹が立って来た。

 別に利用しようとか思われるのは仕方が無いとはいえ、だったらだったで本人自身が案内すれば良くね? 何だったら知っている事を教えてくれても良くね!? と。

 ムカムカしつつ本棚を流し見てみると、ここ何十年かは本棚から出した事の無さそうな書籍がビッシリと並び……書籍の背に書かれた文字の悉くを俺は読む事が出来なかった。


「くそ……古代亜人種言語何てさすがに専門外だぞ」


 他の言語だったらある程度の解読は出来なくは無いが、古代亜人種言語に関しては翻訳書を片手に何時間も掛けないと翻訳は俺には無理だ。

 名の通り、本当に亜人種たちが太古に使っていた言語かどうかは分からんが、大図書館でも古~い本を翻訳したって書を見た事はある。

 題名は『美味しい魔物の食べ方』だったが……。


「……ん? これは……」


 何者かの痕跡を辿って本棚を奥へと進んでいくと、壁に吊るされた2枚のタペストリーが目に入った。 

 それは左右に並んでいて、左のタペストリーに描かれた物に俺は見覚えがあった。


「……? これって“世界地図”だよな?」


 歪なひし形の地形は、冒険者じゃなくても町から町に移動する者であれば必須のアイテムであり生命線にも成り得る重要なアイテムだ。

 ただ、その地図は俺が今まで見て来た地図とも、実際に見て来た景色とも違う。

 拠点になっている場所が本と同じで古代亜人種言語が使われているのは仕方が無いにしても、その違いが余りに目立つのだ。

 まず現在のザッカール王国があるのはひし形の北方向なのだが、ただの平野が広がっているハズの場所が巨大な森林に覆われている。

 そしてその中心部に現在のザッカール王国全土を飲み込めるほど巨大な湖が広がっているのだ。


「……こんな湖は見た事がね~けど」


 俺は首を思わず首を捻ってしまうが、もっと奇妙のは右側の地図。

 こっちの地図は全く見覚えのない、一体どこの地方にあるのか見当もつかない地図で……まるで巨大な海に色々な島が浮かんでいるような不思議な気分になる地図。

 だけど……俺は初めて見るハズなのに、何やら懐かしい気分にもなる。

 他の連中なら何も感じないかもしれないが、俺がこんな事を考えるのは決まって神様から教わった何かが琴線に触れた時だ。


『当時の日本人にとって世界は日本だけ……他にでっかい大陸があるなんて発想がまず無かったんだ。もしも当時の戦国武将がみんな世界地図を持っていたら、歴史は全く変わっていたのかもしれないな』


 それは神々の国で起こった歴史の話……。

 相変わらず国だの人物など言われても全く頭に入ってこなかったけど、神様が教えてくれた理解できる事は覚えていた。

 サコクとかメイジイシンとか難しい事を色々言っていたけど、今になって俺がこの話で参考にするのは一点。

 俺達が今まで世界地図と思っていたのが、本当に世界の地図だったのか? という事だ。

 神様が自分達の国はここだと、神々の世界の地図を広げ小さな島国を指差していた事を思い出して……俺は右側の地図の中に、他の大陸に比べると一回り小さい歪なひし形を見つけ……顔が引きつるのを止められなかった。


「世界は本当は広いんだぞ~って諭しているつもりですかい? 団長殿……」


 この国……いや“この大陸”で隠蔽されている闇はまだまだ深い。

 邪気に関する事だけじゃなく、根本的に何かが……預言書でも見落としていた何かがあるんじゃないのか?

 そしてこの禁書庫を王宮の連中が知らないのだとすると、現在の王宮の連中は隠蔽された過去の歴史自体を知らないという事になるんじゃ……。

 益々不安を掻き立てる情報に眩暈がする。

 しかし俺はタペストリーの掛かった壁の辺りにある本棚の中に、不自然に埃が払われた本が一つ置かれていて……手前にあるメモ紙を見付けて、眩暈が一瞬で吹っ飛び苛立ちが募った。

 しっかり俺にも読める文字で『邪気に関する資料、貸出OK』と書かれているメモ紙を握りつぶして思わずつぶやいてしまう。


「あのメガネ……こんな準備が出来るなら最初っから王宮に忍び込む手間は要らんだろうに……」


                  ・

                  ・

                  ・


 東の空が徐々に白み始める時間、もうすぐ夜明けである事を示す光景の中、王宮の門から出て行こうとする馬車が一台。

 それは外宮勤務の兵士や文官たちの利用する食堂へ肉や野菜を卸しに来た業者であった。

 門番は彼が入る段階で既に厳重に荷物をチェックしていて、何よりも顔なじみ同士という事もあってやり取りも実に気楽である。


「お疲れ様。夜勤は大変だね~」

「な~に、俺たちゃもうすぐ勤務明けだからな。昼間っから酒を喰らってジックリ寝るだけだからよ。これから仕事のアンタよりゃ気楽なもんさ」

「ははは、まあ程々にな。昼間の酔っぱらいは外聞が悪いからな」

「わ~かってるわかってる」


 気安いやり取りをしながら業者の馬車は“商品を下ろして空になっているハズの木箱”を大量に積んで、堂々と門から出て行く。

 その空になっているハズの木箱に不純物おれたちが紛れ込んでいる事に気づく事も無く。

 食料関係だと毒だの異物だのを王宮内に持ち込む可能性を考慮して入る時には厳重に警戒されるものだが、出て行く時はおざなりになりやすい。

“さっき調べたから”という感覚もそうだが、一番大事なのは運んでいる本人が利用されている事に全く気が付いていない事だ。

 業者のオッサンは不審者が自分の馬車にいる事に全く気が付く事なく、鼻歌すら歌いながら街道をゆっくりと進んでいく。

 ……完全に敷地内を出た事を確認してから、俺が木箱の蓋を中から持ち上げ顔を覗かせると同調して他2つの木箱も蓋が持ち上がって知った顔が見えた。


「……思ったよりも集合が早かったけど、首尾はどうなの?」


 ここに至るまで集合してからも一切会話を制限していたリリーさんは、ようやく喋れるとばかりに口を開いた。

 しかし首尾って……言ってみたかったのかな? 盗賊っぽい言い回しを。


「今回は場所を突き止めるのが最優先のつもりだったけど、外宮だけでコトが済んじまったからな……踊らされたと考えると不満だけど」


 俺は愚痴りつつ手に入れた古めかしい本を手に取って見せた。

 その事にカチーナさんは眉を顰める。


「大丈夫なのですか? 仮にも王宮の禁書なんですよね? 持ち出した事で騒ぎにでもなったりすると面倒が……」

「その辺は心配無さそうだよ。お膳立てしてくれた団長閣下の意図を考えると」


 詳しい説明を省いてトゲのある物言いをする俺にカチーナさんは首を傾げる。

 今回王宮の禁書庫に潜り込めと唆した人に、どういう目的や理由があったのかは今のところ見当もつかないが……一つだけ思い当たる事がある。


「ところでカチーナさん……図書館で俺達が出くわした王子様、ヴァリス王子って言ったっけ? 何者なんだあの子、俺が調べた王家の家系図とやらには名前すら無かったけど」

「あ、ああ……知らなくても無理はない。爵位持ちの騎士には周知であるけど……」


 俺の質問にカチーナさんは何やら言いづらそうに話し始める。


「あの方は王位の継承権を持たない、いわゆる御落胤という立場なのだ」


 御落胤……つまりは認知されていない庶子って事か?

 しかしカチーナさんはさっき確かに王子って言っていたのに……。

 俺が何を考えたのか察したようでカチーナさんは苦笑交じりに教えてくれる。


「国王様のお手付きになった下位貴族のメイドが母とか言われてはいますが、実際のところは分かりません。王位継承に興味が無い事を示す為か実母は名乗らず、しかし王の血を引く事での混乱を招きかねないからと普段は後宮から出る事の叶わない御子として爵位持ちの騎士の中では知られています」


 王子と言うのは王位継承を示すモノではなく、云わば渾名のようなモノ……王国軍としては守護対象の認識の為にそう呼んでいたのだとか。

 ……しかし、何と言うか中途半端な事をしている。

 王族と名乗らせていないのに王家の血を利用されない為に王宮に閉じ込めているとか……カチーナさんの時とは違った親のエゴを感じてしまう話だな。


「そんな立場の王子様が、王宮でも知られていない禁書庫に入り浸っている……か」

「ギラル君、一体ヴァリス王子はあそこで何をしていらしたのですか? 貴方の反応を見るにあそこが禁書庫であったようですが……」


 カチーナさんが心配しているのは、あくまでも小さい子供が何やらよからぬ事をしていないかと心配する良識ある大人の反応。

 今の所は王子自身は秘密基地を見付けたという程度で、書籍だのに興味を持っていないようではあるが……その内興味を持って本から情報を得る事を作為的に待っているような意図を覚える。

 まるで俺達が潜入を促されたように……な。

 俺は持ち出した古めかしい本をリリーさんに手渡した。


「リリーさん、魔導僧のアンタならコイツの翻訳出来るんじゃね?」

「え? ……うわ、これ古代亜人種言語じゃん。出来なくはないけど時間かかるよ~」

「……どんくらい?」


 リリーさんはザっと流し見て唸り出す。


「ん~~~~~ざっと一週間くらい……かな? 何か特徴的に文体崩しているのもあるし……厄介だな~」


 まず間違いなくこの本をお勧めしてきた司書殿は内容を知っているのだろうが、昨晩の所業を鑑みるに、翻訳などをしてくれるとは到底思えなかった。

 知りたきゃ自分で動け……全体的にそんな態度が見え隠れする……。


「王子の件も含めて確認がいりそうだな。いたいけな子供によからぬ事を吹き込もうとする悪い大人によ……」


『聖尚書ホロウ』……預言書では目立つ事が少なく、まるでついでのように殺され退場していたように見えた、今改めて考えると預言書の中においても不気味な存在。

 現状の王宮でも知られていない情報源を持つ彼の正体や目的……知る事で何が起こるのか恐怖しか無いが……最早覚悟を決めるしかなさそうだ。

 

「……ねえ、ところでドラスケちゃんはどうしたの? 先に帰った?」

「「…………あ」」


 決意を新たにする俺とカチーナさんはリリーさんの素朴な疑問に顔を見合わせ以心伝心……同じ事を思った。

 アイツの事を忘れていた…………。



 

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