第六十七話 ドラスケ最大の危機

 一応この国の常識を多少は詰め込んだつもりだった俺だが、そんな王子の名前は聞いた事も無かった。

 まあだが今はそんな事はどうでも良い。

 眼前に突きつけられた状況比べれば後回しにしても何ら問題ないくらい……ヤバい問題が現在持ち上がっている。

 俺とカチーナさんは問題ない。

 咄嗟に隠れる事が出来たから今現在も王子が気が付いた様子は無く、何だったら本日は『禁書庫』への侵入を諦めて撤退したって良いのだ。

 目下最大の問題は主に現れた王子様の足元の辺りに“散らばって”いる……。

 どう考えても図書室に落ちているのが不自然でしかない白骨、しかもドラゴンっぽい感じの……どう考えたって奇妙を通り越してホラーでしかない。


「…………」


 目を丸くして足元に広がる骨を見ても叫び声を上げない幼い王子は肝が据わっているのか、それとも何が何だか良く分からないだけなのか……。


*小声で

『どーするんですか!? さすがにあの状況を目にして問題なしとは行きませんよ!?』

『く……しかしどうしろってんです!?』


 本当に想定外すぎてどうしてよいか分からない俺達が混乱していると、王子は何故かドラスケのバラバラになった骨の一つ、頭蓋骨を手に取って繁々と見つめ始めた。

 どうでも良いがドラスケ……いざとなったら死んだふりするって言っていたのを実践しているのか、今は微動だにしないな。

 ……つーか元に戻るんだろうか、アレ?

 このまま放っておいて王子経由でドラスケが真正のアンデッドである事がバレたら……俺がそこまで考え始めた時、不意に王子が呟いた。


「すごい……カッコイイ!」


 ……は?


「何だろうこの模型……ドラゴンの骨みたいだけどドラゴン戦士って感じかな? でも骨だからボーンドラゴン?」


 俺は王子が何を言ったのか一瞬分からず、思わずカチーナさんを見て……彼女も似たような目で俺を見ていた。

 何を言ってんだろうあの子……ってか模型?

 更なる混乱を与える王子の独り言……どうやらバラバラになったドラスケの事を模型か何かだと勘違いしたよう……。

 確かに考えてみるとスラルドラゴンナイトはアンデッドとしてそこそこ有名ではあるけど、ドラスケはスカルドラゴンとスカルナイトを足して二で割り、更に弱体化させたような姿……スカルリザードなんて俺も聞いた事無かったからな。

 見た目が高貴とは言っても子供……好奇心が旺盛な時期である。

 大人が敬遠するような虫や爬虫類なんかにも興味津々で平気で触ってしまうような感覚なのだろう。

 白骨何て見た事もない物に興味を持ってしまうように……。


「こんなサイズなのにしっかり兜もしてるし剣も装備してる……これはいい仕事だ」


 そんな事を言いつつ王子は自分のマントを外して床に広げると、散らばったドラスケの骨をかき集めて包んでしまった。

 そして戦利品を手にした男の子の如く嬉しそうに図書館のドアから堂々と出て行く……最後に「修理したら部屋に飾ろう」とか呟きながら。

 人気の無い図書室にドアが閉まる音が響き渡るまで……俺たちはただ見送る事しか出来なかった。


「……持って行ってしまいましたよ? ドラスケ殿を」

「……持ってっちゃったね」

「……どうします?」


 カチーナさんは心配しているようだが、俺はあんまり心配する気にはなれなかった。

 何故なら……。


「アイツ、王子様の“カッコイイ”の言葉にかなりドヤ顔してたからな……満更でもないようだし、しばらく放っておこう」


 そういう所は相変わらず表情筋も無い骨のくせに表情豊かな骸骨である。

 俺がそう言うとカチーナさんも苦笑して見せた。


「……そうですか。まあ彼なら頃合いを見て脱出してくるでしょうし」

「そう言う事……」


 事実上の放置宣言……若干ヒドイような気もするけど、今はそれ以上に気になる事があるからな……。

 俺はあの王子が帰り際にいじっていた付近の本棚を探ってみて、どかした本の向こう側に小さな扉を見付けた。

 罠が無い事も確認しつつ開けてみると、出て来たのは何かのスイッチ……まず間違いなくさっき床からせり出して来た柱状の小部屋を操作するスイッチだろう。


「……こういう時はあんまり証拠を残す可能性のある道を使わないのが定石なんだけど、別ルートがあるような気はしないな」

「どうしますかギラル君?」


 俺は少し考えて……あの王子が出入りしていた事も考えると“多分”罠などは無く、操作も魔術的なモノでは無かったのはさっき見ている。

 100%ではないが、別ルートを模索する時間などを考慮して……結論を出した。


「……カチーナさんはここで10分くらい待機、俺がそれまでに帰って来なかったり誰かがココに来るようだったら迷わず撤退してくれ。これに関しては運が良かったのか、王子様が先に安全確認してくれたから警報だの捕縛だのトラップは無さそうだけど」


 こういう場合はダンジョンと同じ、同時に動いて共倒れになるのは下策中の下策。

 先行して危険の確認、ワナの解除を行うのは何時だって斥候……盗賊の役目だからな。

 俺がそう伝えるとカチーナさんはコクリと頷いた。


「分かりました……なるべく早くお願いしますよ? 夜道は危険ですから、貴方は女性だけで夜道を帰らせるような男性では無いと思ってはいますけど……」


 それは彼女なりの激励……帰りはしっかり送る為に無事に帰ってこいという事だ。

 俺は苦笑しつつ、スイッチを押して現れた柱状の小部屋に入って扉を閉めた。

 そうすると、扉を閉めた事がトリガーになっているのか足元に浮遊感が生まれる……柱状に見えていた物は『箱』であり、そして俺が乗り込んだのは『昇降機』である事がハッキリした。

 同時にさっき俺の索敵に突如王子の気配が引っかかった原因と、俺の索敵限界の半径300メートルよりも向かっている場所が深くにある事が予想できた。


「さ~て鬼が出るか蛇が出るか…………」


 暗闇の中どこまで降りて行く昇降機の中で……妙な汗を掻きつつ俺は神様に教わった言葉を唱えて……平静を保っていた。

 盗賊であっても未知の暗闇は……やはり恐怖を煽って来る。

 原始的な暗闇に対する恐怖……それは昇降機が地面に到達した振動が伝わってくるまでの間続いた。

 恐怖というのは警戒心の現れ……他の冒険者たちが勇猛である事を誇る中、『酒盛り』の人たちはそんな事を言って『恐怖に慣れるな、恐怖は利用しろ』と教えてくれたからな。

 お陰で今まで生きて来れたのは間違いないが……やはりこの感覚は苦手ではある。

 昇降機が到着した時は心からホッとする。

 そして扉を開いてみると……そこは暗闇ではなく壁自体が発光している不思議な空間で、広さは宿の食堂よりはちょっと狭いくらいに思える場所。

 そこにも本棚は所せましと置かれて、本当に何年、何百年前からあったのだろうかと思える古い書物が並べられていた。


「ここがホロウ団長の言ってた禁書庫……って事だろうな。だけど……」


 雰囲気的にここが件の目的地である事は予想できたのだが、それ以上に気になる事が全体的に広がっている。

 何と言うか古めかしい本や何か魔術の研究資料のようなタペストリーなど、荘厳でいて怪し気でもある独特な雰囲気だと言うのに……テーブルや床にお菓子の残骸やらオモチャやら落書きやら……どう考えても子供が遊んだ後にしか見えない感じに散らかっている。

 それは間違いなくさっき見た王子様の仕業なのだろうな。

 ドラスケが邪気がどうこう言っていたから緊張感を持っていたと言うのに……そう考えると何か肩の力が抜ける気がした。


「禁書庫って言っても、あの年頃だったら単なる秘密基地って事なのか?」

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