第六十六話 悪用ダメ絶対!!

 カツン……

「……ん? 何だ木の実か」

「……どうした? なんかあったのか?」

「あ、いや……何か聞こえたと思ったらコイツだった。鳥かネズミの仕業か?」


 王宮を巡回する兵士は基本二人一組、2階の渡り廊下を歩いていた兵士の一人が足元に落ちていた木の実を拾いつつ苦笑する。

 そのわずかな瞬間に、俺たちは連中の死角を素早く通り抜ける。

 無論今の木の実の件も偶然じゃなく、リリーさんがこの二人の気を逸らすために狙撃して渡り廊下に落したのだ。

 ハッキリ言えば王宮の兵士たちはファークス家の雇われ傭兵どもに比べると練度が全く違う。

 俺も気配を断つ『隠形』と足音を消す『猫足』に自信はあるが、完全に気が付かれない保証は無い。

 今回は完全に気が付かれないように禁書庫へ潜り込む事だけが目的なのだから、リリーさんのこうしたサポートは実にありがたい。

 ……逆に何かこういう仕事が妙にこなれているようなのが気にもなるが……。

 案外あの人『異端審問官まえのしょくば』でも同じような事をしていたのだろうか?

 そんな事を考えつつ俺たちは誰にも気が付かれる事無く王宮を進んでいく。

 一応入れる所までは入った事があるカチーナさんが先導する形で進んでいくが、彼女はとある扉の前に立つとハンドサインをする。

 内容は『この中に人気はあるか?』である。

『気配察知』で室内に人気が無い事、そして扉に鍵も付いていない事も確認してから俺たちは扉の中へと進入した。


 そこは少々散らかっていて、さっきまで同僚同士でやっていただろうトランプと報告書が散乱している……見るからに夜勤の兵士たちの詰め所だった。

 俺は半径50メートル内には誰もいない事を確認しつつ、小声で確認する。


「……ここが第一目標?」

「……そうです、というかここからの王宮の構造は私は知りません。そもそも分隊長レベルでは外宮までしか入れませんでしたからね」


 王宮は幾つかに分かれていて、身分の低い一般人でも入れるのが正面の外宮、王族の居住区は更に奥の内宮や後宮って事になるらしいからな。

 カチーナさんが王国軍で知り得た限界はここまでって事になる。

 とは言え別に今夜の目的は王族の居住区でも宝物庫でもないからな……警備の関係上、ここに来ればどこかにあるとは思っていた物があるかも、と思っていたのだが……。


「あ、あったあった……王宮の外宮担当の連中に渡された見取り図」

「…………これによると、やはり王宮の図書室は外宮にあるようですね。王国軍の時は王宮の警らにつく事は無かったので知りませんでしたけど」


 今回禁書庫とホロウ団長にワザワザ侵入を仄めかされたワケだが、幾ら何でも宮仕えの人間が要人のいる場所を指名するとは思えなかった。

 見取り図によると俺達が現在いる詰所から更に奥の別館……ココからだと一番近いルートは下に降り中庭を抜けた先って事になる。

 となると素直にドアから行くか、さもなきゃ……。


「……最短ルートはココから別館を繋ぐ空中……ですか?」

「一番手っ取り早いのは確かにソレだろうな」


 何でもない事のように言う、全く同じ事を考えていたらしいカチーナさんに……俺は思わずニヤリと笑ってしまった。

 屋根伝いに飛び移り建物に侵入する。

 そんな発想は普通真面目な騎士様が思いつく事じゃ無いし、普通のコソ泥だってあんまり考えないだろう。

 明らかにコレは普段の特訓による悪影響だな。




 でもって数分後……俺達は外宮の屋根から別館の屋根へと飛び移っていた。

 夜間警備で上を警戒するのは難しい事だし、その辺の意図を何の合図もせずに組んでくれたリリーさんが巡回の兵たちの意識を下に向けるように誘導してくれた事もあって、俺達はアッサリと誰にも気が付かれる事なく、音もたてずに別館の屋根に着地した。

 そして手近の天窓からのぞき込んでみると、眼下に見えるのは沢山の本棚に綺麗に整頓された本の密林……大図書館程の広さは無いようだが、それでも少ないとは言えない量の蔵書がここからでも分かる。

 流石は王宮と言ったところか……。

 俺は天窓を確認してから鍵自体を外す事はせずに、特殊な工具を使って“ガラスだけ”を取り外した。

 こうする事で“鍵が外された”という状況を作らないで侵入の痕跡を残さずに済むのだ。

 更に天窓から七つ道具『ロケットフック』を利用してスルスルと下降……王宮の図書室に静かに侵入を果たす。

 けど……あんまりにも手際よくやっていたせいか、気が付くと俺の後を付いて来たカチーナさんとドラスケがビミョーな目で俺を見ていた。

 何と言うか『普段からやってんじゃないでしょうね?』という目で……。

 俺は『気配察知』で辺りを探りつつ、口を開いた。


「……職業柄侵入の技術はどうしても身に付けなきゃならんのだ。別に普段から泥棒稼業で稼いでいるワケじゃねぇ」

「……いや、知ってますよ? ただまあ手際が良いな~と思っただけで」

『すぐにでもそっちの道で食っていけると思ってしまったがな……』

「やかましい……そんなのはお互い様だ」


 悪用すれば何だって悪事に使えるのはどんな事でも同じ事、それこそ武器然り技術然り、歴史も信仰も変わりはしない。

 これから俺達が知ろうとしている『邪気』に関する事だってどうなる事か……。


「しかし索敵では図書室に近づく兵はいるみたいだけど、入ってきて確認するのはいないような感じだな。なんつ~かココに関してはザルって言うか……」


 さっきから『気配察知』に数人の兵士の気配は引っかかるのだが誰もここに入ってこないのが気になった。

 だからこそ今会話なんて出来ているワケだが……俺がそう言うとカチーナさんは苦笑してしまう。


「あまり古巣を悪く言いたくは無いのですが、実戦に重きを置く騎士などは学問に興味を持たない者は多いので……施錠さえされていれば大丈夫だろうとおざなりにする連中も多いのかと……要人や宝物などとは違って」

「……騎士様方も学校に行った上で王国軍にいるんじゃね~の?」


 傭兵とか冒険者から取り立てられた下級兵士連中と違って、王宮内部での勤務を任されるにはある程度の爵位も学歴も必須のハズ。

 学校に行っていたなら知識の重要性をだって知っているハズでは? そう思ってしまう俺にカチーナさんはまたもや苦笑で答える。


「逆に学園を卒業してしまえば学問に触れもしない連中の方が残念ながら多いです。学生の時はテストの為に、卒業の為に学習をしていますが必要に迫られて……というのは少ないですから。結局領地経営などを卒業後に学び直す跡取りなどもいますが、それ以外だと必要性を感じず……」

「本なんて俺にはカンケーね~剣一本で生きて行くから。学問何てあんなもん学者連中に任せときゃ良いんだ~とか……」


 騎士とか王国軍とか言えば聞こえはいいけど、兵として軍にいる連中は家柄は確かでも跡取りではない次男三男が多いって事だろうな。

 自分に関係ないと『知識』を最初から無駄と思い『図書』の重要性を知ろうとしない……その辺は冒険者ギルドでも良くいるタイプではある。

 知識は力……それを実感できるのはやはり必要に迫られた時だからな……。

 カチーナさんは今まで“男性として”の戦いを女性の身で強要されていた事であらゆる手段を講じる為に知識の必要性を誰よりも知っている。

 それは俺も、魔導僧として欠陥があったリリーさんも同じ事が言えてしまうからこそ、必要だったからこそ知っている大事な事なんだが……。

 関係ないと知らない、知る気が起きない……それが人間って事なんだろうか?


「ま、今は逆に好都合だ。外から見つからない限りここに警らの連中が入って来る事は無さそうだからな……」

「そうですね……禁書庫とやらがここにあるのかは分かりませんが」


 ホロウ団長曰く『禁書庫』と言うからには、ココにある大量の蔵書の中に目的の『邪気』に関する資料は無いだろう。

 ハッキリ言えば書庫という事で図書室を目指したワケだが、目的の『禁書庫』自体がここにあるかも分からんワケだし……。

 しかし俺達が捜索を開始しようとした矢先……侵入してから静かにしていたドラスケが唐突に呟いた。


『…………妙なモノ感じる』

「「!?」」


 俺はドラスケが“そう言った”事に鳥肌が立つ。

 気配を察知する俺は魔力を感知する事は出来ないから、魔力を感知できるリリーさんがパーティに加わった事は素直に嬉しかったが……ドラスケは俺にもリリーさんにも感知できないモノを感じ取ってしまう。


「……おい、ドラスケ……それって……」

『うす~くだが、この先に漂っておるのだ……邪気がのう……』


 そう言いつつ毎度どういう構造で飛んでいるのか分からないスカスカの翼を動かして、ドラスケは図書室の奥の方へと進んで行く。

 俺とカチーナさんは冷や汗と共に思わず一歩引いてしまった。


「……ドラスケ殿がそう言った時、ギラル君は亡霊に会ったのでしたっけ?」

「正確には見てない……ドラスケの指定した場所に犯罪の証拠があったけど……」


 俺達には分からない情報を教えてくれるのはありがたいけど……出来るならあまり関わりたくない類でもあるんだよな~。

 しかしドラスケは迷わず先に進んでいく。


『何しとる……こっちだこっち』

「……仕方がない……行きましょうか」

「そうっすね……ここは家探しの手間が省けたと割り切って…………」


 仕方ないとドラスケの後を付いて行くと、そっちの方向は一番奥にある本棚の突き当り……つまりは何にもない行き止まりになっている。

 しかしドラスケがこっちだというなら何か隠し扉的な物でもあるんだろうか?

 そんな事を考えていたのだが、俺は次の瞬間慌ててカチーナさんを反対側の本棚に引き寄せて身を隠した。


「!? な、何……」

「…………索敵にかかった……誰か来る」

「!?」


 俺の言葉にカチーナさんは慌てて口を閉ざすが、俺自身もどういう事か良く分からなかったのだ。

 索敵範囲は今のところ半径300メートルの『気配察知』に何故か行き止まりの場所に突然出現するように気配が引っかかったのだから。


『む? ギラルよどこに行…………ぽぎゃ!?』


 しかし様子を伺う俺たちの目の前で、その答えは姿を現した。

 突然せり出して来た床下が飛行するドラスケに激突する形で……。

 それは人一人が入れるくらいの木製ドア付きの柱にも見える代物で、哀れぶつかったドラスケは衝撃でバラバラになってしまった。


 そして……ドアを開いて出て来た人物を目にしたカチーナさんは息を飲んだ。

 年の頃は10歳くらいだろうか? 茶色い髪と瞳だが高貴な家柄であろう服装と知的な表情にいかにも上流階級な雰囲気を感じてしまう。


「あれは…………ヴァリス王子……何故こんな場所に?」

「……ヴァリス王子?」


 一応この国の常識を多少は詰め込んだつもりだった俺だが、そんな王子の名前は聞いた事も無かった。

 

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