第六十五話 黒い不審者と白い屍

 王都ザッカールと言うのだから、当然王宮ってもんも存在する。

 ただその城は王都のほぼ中央の地区にあるのは確かだが、中央にあるワケじゃ無い。

 中央にある施設は……まあこうなると以外でも何でもない『精霊神教』のこの国における最大施設エレメンタル教会があるのだ。

『預言書』でそこが邪神復活の舞台になる事を知っていた俺はその事実に“あ~やっぱり”くらいにしか思っていなかったけど、邪気について色々と予想立てて考えると、段々と中央に建っている教会自体が邪気を無限に吸い込む大穴のように思えて来る。


 ……ヤな感じで『預言書』の知識とつながってしまったな。


 とは言え今後何か対策するにしてもこの国における邪気が一体どう言う事になっているのか、そして何を目的に邪気が吸収されているかを知らなくてはならず…………結局俺たちはホロウ団長に唆された通りに王宮へと侵入する事になった。

 王宮……つまり城は権力者の象徴のように思われがちだがその真価は有事の際に籠城し、防壁となり避難所となる要塞だ。

 当然普段から簡単に侵入出来ないように対策が取られていて、どれほど上層部が腐っていても王宮内の見取り図などは入手する術は無かった。

 ……手に入ったら逆に絶望するところだったけど。

 そして王宮には四六時中大規模な結界が張り巡らされていて、上空はおろか地中だって侵入しようとすれば速攻で術者にバレてしまうだろう。

 結界は何も光属性魔法の専売特許じゃない、他の属性であっても使用者は多く存在するし、当然王族の居住する場所なんだからそれなりの数は揃っている。

 ファークス家でのシリルさんのように術者一人をどうこうして結界自体を消失させるような方法は使う事が出来ない。

 しかし俺たちは三日月が輝く深夜……王宮へ続く大きな正面門を眺め、時を待っていた。


「……さて、準備は良いか?」


 俺は正面門が見える小道の脇から様子を伺いつつ確認を取る。

 現在の俺の格好は怪盗ハーフデッドの時にしていた覆面の黒装束。普段の防具なども最小限に留めた全てを動き重視で考えた格好で会った。

 昼間人に会ったら怪しい事この上ないけど、闇に紛れるには最も適した姿と言える。


「問題ない……少し防御面で不安もありますが……」


 答えたカチーナさんも覆面をした黒い格好……但し師匠から譲り受けた防具類も身に着けず、動きを阻害しないようにピッタリとした衣装を纏っている。

 しかしこの姿が異様に艶めかしくて……目のやり場に困ってしまう。


「教会をクビになって今度はお城に不法侵入……私は人生を確実に踏み外してるね~」


 ケラケラと笑うリリーさんも黒い衣装、但し俺達と違ってダボッとしたフード付きのマントを羽織る格好だ。

 コレは彼女の『狙撃杖』という武骨で特殊な武器を隠す目的があるのだが、それは抜きにしても似合ってしまっている。

 何かもう、3人揃って完全な犯罪者集団にしか見えないだろうな……端から見ると。

 踏み外していると言うのはあながち間違ってもいない……色々と。

 そんな感じで門の歩哨に立っている2人の兵士の様子を伺いつつ、俺は無言でリリーさんに合図する。

 リリーさんはマントの下から『狙撃杖』を取り出して門の逆側の城壁、それも地面すれすれの辺りを狙って……無音で弾丸を発射した。

 威力は彼女の中でも最低限、人に当たって小石がぶつかった程度の威力しか無いのだが……魔力の弾丸は小さく“パチッ”という音を立てて『結界に』着弾した。

 そしてしばらく待っていると……門の内側から中年の魔導師風の男が現れた。


「……ちょっと良いか?」

「どうなさいましたドロテオ殿? もしかして結界に反応でも?」


 今晩の結界担当者はこのドロテオと呼ばれている『魔導兵』なのだろう。

 門番の一人の質問にドロテオと呼ばれた男は頷いて見せた。


「細かい反応だから多分猫とかの小動物がぶつかったのかと思うが……念のためにな」

「了解です、ご自身で確認なさるつもりで?」

「君らを信用していないワケではないが……これも性分でな」


 そんな事を言いつつ魔導兵ドロテオは門番が開いた通用口から数人の同僚と共に外に出て、自分の結界に反応があった辺りを確認する。

 そして……“フシャーー!”と興奮した猫の声を聞いて安堵する。


「悪いな、予想通りだった。猫が結界に引っかかっていたらしい」

「いえ構いませんよ。しかしドロテオ殿は相変わらず仕事が丁寧ですね。他の魔導兵の連中にも見習ってほしいもんです」

「な~に、私は自分の勤務時間に面倒を起したくないだけの小心者だよ。怠った結果やんごとない人たちに何かあれば残業どころじゃ済まないからな……邪魔したよ」


 そう言いつつドロテオは再び城門内へと戻って行く。

 実際王宮の結界担当の魔導兵は王宮警備でも重要な結界を担当する事で増長して油断する者が多いらしい。

 結界を展開したら他の事は一切を一般兵たちに丸投げして夜勤中控え所から一切動かない輩が多いとか。

 そんな中でも魔導兵ドロテオは真面目な人物として有名らしく、こうして多分猫か何かだろうな~って予想をしていても人任せにせずキッチリと確認に来る人で、同僚や部下たちからの信頼も厚いらしい。


 そして、そんなドロテオが王宮の控え所の方へと戻って行くのを俺たちは”門の内側の茂みの中から”確認していた。


「……カチーナさんの情報通りだったな。細かい反応でも魔導兵ドロテオが担当なら絶対に確認に来るって」

「職務に真面目なあの人を利用したと考えると……良心が痛みますね」

「……そう思うなら私たちはこれから絶対に見つかるワケには行きませんよ? 今日の夜勤の方々にご迷惑になりますから……」


 俺達が狙ったのはドロテオ氏がいったん外に出た瞬間の通用口だ。

 一見門番がしっかり見張っているのだから一番成功率が低そうに思えるが、意識が一瞬でも“猫の鳴き声”に移った瞬間なら別……本人が外を確認する為に一瞬開けた結界の内側に、その隙に3人揃って侵入を果したのだ。

 意識の一瞬のスキ……数メートル先のゴミ捨て場だからと施錠を怠った住居に侵入する泥棒の手口と一緒だが……。


 歩哨の兵士たちがいなくなるのを見計って、俺はそびえ立つ王宮を見上げる。

 さすが、王宮と言われるだけあってデカいし威圧感がハンパじゃない……昼間に城門の外から何度も見た事はあるけど間近で夜に見ると、また違った印象を受ける。

 ……さて侵入にあたり、一番の懸念材料はやはり城の内部がどうなっているのか一切知らないという事だ。

 俺達の中で唯一王宮に立ち入った事があるのは元王国軍のカチーナさんだけだが、せいぜい正面の大広間から謁見の間まで……それより奥になる王族の居住区など見た事もないらしい。

 まあ当然か……騎士であるなら近衛兵、爵位で言えば公爵レベルで無ければ立ち入りなど出来ないだろうし、その立場でも一々許可が必要だろう。

 ……最悪、今日はマッピングだけの撤退も考えていた。


「……つーワケで、今回のミッションで一番重要になるのがこの中で最も小回りの利くお前って事になるんだが……」


 俺は肩にとまるドラスケにそう言うと、ヤツは分かりやすく胸を張って見せた。

 どうやっても胸骨なのでスカスカなのだが……。


『フフ、任せたまえよギラル。我も生前は戦場を股に掛けた屈強の戦士、潜入捜査などお手のものである。潜入出来たのは今回が初であるがな!』

「…………ん? 何だって?」

『昔司令官に危険な潜入攪乱を我に任せるよう立候補した事もあるが“お前には向かないから前線で大いに目立って戦え”と言われてしまってな……』


 ドラスケの唐突な昔話に一気に不安が募って来た。

 昔は完全に前線に突っ込む勇猛なタイプのドラゴンナイトだったのだろうから、今とは全く違うのは分かるけど……。


「……大丈夫だろうなお前。目立つんじゃね~ぞ?」

『分かっとる、いざとなったら死んだふりでやり過ごしちゃる。なんせ我は骨であるから』


 王宮で突然『子ドラゴンの骨』なんて見て不審に思わないヤツはいないと思うんだが……。

 かと言ってあのサイズで動ける味方はいないんだから、頑張ってもらうしかないのだが……不安だ。


「……では私は外側から“誘導”を担当します。肉体労働はお任せしますよ?」

「おーけー」

「お任せを……」


 そう言い残してリリーさんは王宮の外側に潜伏する。

 異端審問官の脳筋二人に隠れてはいるものの彼女だって身体能力はズバ抜けて高い。

 何しろ並走しつつ俺に全弾急所に命中させて来るほどだからな……。 

 彼女には『魔力感知』で俺達が侵入した進路を塞ぐ歩哨を見つけ出し、狙撃を利用しつつ意識を逸らしてもらう事になっている。

 コレは別に兵たちを直接狙撃するワケではなく、俺たちに気が付かないように木の葉を揺らしたり虫が灯にぶつかった音を演出する為だ。

 無用な騒ぎは潜入にはご法度……俺たちの目的はあくまでも情報収集、ちょっとだけ禁書庫を閲覧させて貰うだけなのだから。


「じゃ……こっからが本番だ……いいな?」

「…………」

『…………』


 カチーナさんとドラスケは俺の言葉にコクリと頷く。

 本番開始……つまりこれより先は口を利かないようにという合図だ。

 俺が『隠形』を使い気配を極力断つのと同時にカチーナさんも同じように気配を断ち始める。

 俺の『隠形』を見てから独自に鍛錬したらしいが、盗賊に比べてまだ甘いとはいえ急速に彼女はコツを掴みだしているのだ。

 カチーナさん曰く『隠形』の技も武術に通ずるらしく、攻撃する気配を察知しての読み合いが生死を分かつ実戦を経験しているからこそ『気配を断つ』という技術は身体強化などの魔術よりも馴染みがあるとか何とか。

 ……俺はこの技を会得するのに何年もかかったと言いうのに、うかうかしていると盗賊としても上に行かれてしまう……。

 妙な焦燥感を覚えつつ、俺たちは人気の無い2階のバルコニーを目指してジャンプした。

 さあ『ワースト・デッド』のファーストミッション開始だ!

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