第六十四話 命名『最悪な死』

 分かんない事があったら図書館で調べよう……それは俺が冒険者になった頃から染み付いている習慣である。

 ギルドの知り合いとかには“冒険者らしくねぇな”と言われるけど、師匠とかは俺のそんな習慣を『用意周到なのは盗賊として優秀な証だ』と褒めてくれたもんだ。

 実際ガキの頃は何にも知らなかったせいで道を踏み外しかけたワケだしな……。

 万が一自分が神様に会わず、『理性』を知らずにいたと思うと、未だにゾッとする。

 怪盗ハーフデッドの名は正に自分自身への戒めに他ならない。

 しかし最近は……いつも新たな知識を学ばせてくれる大図書館に足を向ける事に抵抗があった。

 結局『邪神』についても『邪気』についても不吉な予想しか湧いてこず3人と一匹の会議は鬱々とするだけで終わってしまい……分からないところは調べましょうと現在お馴染みの大図書館前へと俺たちは立っているのだが……。


「大図書館か~。そう言えば来るのは相当久しぶりかも」

「リリーさんは以前は良く来てたの?」

「ええ、異端審問官になる前はちょくちょく……地方巡りが多くなってからはほとんどこれなくなったけど。以前は私、放出系の魔法が使えないのがネックだったから」


 俺の何気ない質問にリリーさんは頬を掻きつつ教えてくれる。


「魔力はあるのに放出できない欠陥をどうにか出来ないか、何か方法が無いかって必死に魔導書を読み漁ったもんよ。答えが大図書館の脇にいた露天商でヤケクソで買った二束三文の『短杖このこ』だったのは何と言うか皮肉だったけどね」


 そう言ってリリーさんは一度俺の頭に突きつけた『短杖』を取り出して振って見せる。

 つまり彼女にとっての『狙撃杖』との出会いはその『短杖』から始まったという事なのだろう。

 その出会いがあった事でリリーさんはスナイパーという天職に巡り合えたのだから、調べものが無駄だったという事は無いだろうが。

 そんな大図書館を眺めて懐かしがるリリーさんとは対照的に神妙な表情になっているカチーナさん……俺は正直彼女に共感できる心境だった。


「ここにいるのですよね? 調査兵団団長殿が……」

「俺の前じゃ司書を名乗っていたけどね」


 調査兵団団長にして大図書館の司書、ついでに預言書では四魔将で『聖尚書』を名乗る人物ホロウ……。

 カチーナさんは以前は男性の姿『カルロス』として面識があったらしいけど、今回顔を合わせる事になったら“女性としては”初対面という事になる。

 だったら知らないふりしとけばいいじゃん……と思いたいところなのだが、正直俺は余り楽観していない。

 リリーさんの『狙撃杖』にバシバシ当てられるのはまだ良い……『気配察知』で認識出来てもかわせないという、自分の技術が伴っていないという納得が行くのだから。

 しかし気配を察知するどころか、あの人は目の前にいるのに、実際に喋っているのに気配を感じないという不気味さがある。

 勘だけと言えばそうなのだが、そんな人物が長年騎士団として同じ職場にいたカチーナさんの本性を知らなかったという気がしないのだ。

 むしろ分かった上で問題無しと放置していた気さえしてくる。

 その考えを俺はそのままカチーナさんに伝えると、彼女も冷や汗を流しつつ頷く。


「確かに今となってはあの団長がファークス家の秘密ごときを知らないとは思えません。何せ私は彼と直接任務にも就いてますからね。国にとって害が無ければどうでも良い……調査兵団としてはそう判断された結果かもしれません」


 これから調べものをする為にここに入るのだから、当然顔を合わせる確率は高い。

 ……俺の最終目的を考えると『聖尚書』である彼も邪神復活のキーであるから、いつか何らかの関りは持つ必要があるかもしれんけど……。


「この前のトロイメアの事件に付いちゃ~完全にホロウさんに丸投げたようなもんだし、単純に気まずいのもあるな。敵とは思われてね~って思いたいが……」

「敵だなんてとんでもない。あそこまでしっかりと不正の証拠を提出してくれたお陰で速やかに首謀者たちを捕らえる事が出来ましたから。むしろお礼を言いたいくらいでしたよ」

「そうですか……そう言ってもら…………」


 俺はそれ以上の言葉を発する事が出来なかった。

 冷や汗が今更ながら全身からドッと噴き出して来る……。

 油断何か一切していない、何だったら宿を出た時から『気配察知』を展開していたくらいだったのに……何の気配も感知できず、穏やかな表情を浮かべた司書の制服を身に着けた年上の男性が俺の背後に立っていた。

 調査兵団団長ホロウ……敵意を全く感じさせない笑顔を浮かべているのに全く安心感を持てない、相も変わらず見ているのにそこにいるのかも怪しく思える男はそこにいた。


「……お久し……ぶりっス」

「……え!?」

「何!? 全然魔力は感知しなかったのに!?」


 魔力もかよ!? リリーさんの『魔力感知』にすら引っかからなかったとするなら、今のところこの人は俺達3人ではどうにも出来ないという事になる。

 この人がその気であれば何にも感知されずに俺たちの喉笛を掻っ切る事だって出来るのだろうから……。


「おや? これは初めまして……ギラルさんのお仲間さん。カチーナさんとリリーさんですね? 私“普段は”大図書館で司書を務めるホロウと申す者です、以後お見知りおき下さい」

「「「…………」」」


 そして今の挨拶で何が言いたいのか、俺達は察する。

 普段は調査兵団団長としてではなく、あくまでも司書として接しろと……互いに知っている素性は黙っとけ……つまりはそう言う事だ。

 多分この人、カチーナさんがカルロスであった事も、俺が怪盗ハーフデッドで色々やった事も含めて知っている……知った上で黙っているのだという確信を持ってしまう。

『聖尚書』と繋がりを持つのは時期尚早だっただろうか?


「またお調べものでしょうか? 何でしたら以前のように言って頂ければ見繕いますよ? この大図書館にある書物であれば、ですけど」




   

 ……それから数十分後、俺たちは『針土竜亭』の部屋に戻って会議の時と同じ席に座りつつ、テーブルに突っ伏していた。

 ぶっちゃけドッと疲れた……主に精神的に。

 それほどまでに突然のホロウ出現は心臓に悪かったのだ。


「……どう思った?」

「少なくとも私がカルロスであった事など、とうの昔に知っていたでしょうね。前までは疑い程度でしたが今回は確信しましたよ……」

「あの人本当に目の前にいたの? 見えるし話しているのに魔力は一切感じなかった……って言うか生きてんのアレ?」


 俺は不謹慎とは思いつつも似たような感覚を共有できている事が少しだけ嬉しかった。

 顔だけを上げると二人とも同じように顔を上げ、疲れ切った視線が交差する。

 結局俺たちは大図書館に入館することなく帰って来た。

『邪気』について何か文献は無いのか聞いてみると、ホロウ氏は何故か薄っすらと笑って『それの関係資料はここには無いですね~。あるとするなら王宮にある閲覧禁止の禁書庫にでも行かない限りは……』と言ったのだ。

 その言葉に真意は……。


「……暗に“王宮の禁書庫に潜り込め”って言われた気がしたんだけど?」

「しかもこっちが調査兵団である事を知っている事も見越して……ですね」

「……だよな」


 ホロウ氏が何をどこまで知っているのかは分からんが、少なくとも俺達が王宮に侵入する事についてはスルーするつもりなのだろうと言うのは分かる。

 じゃなければ調査兵団団長の彼が俺たちに情報を流す意味がないからな……とはいえ。


「正直“あの”ホロウ氏が護衛を務めないとしても王宮は普通に厳重警備の要塞……ハッキリ言えばリスクが高いけど……」

「……それでもやるのでしょう? 貴方が垣間見た『預言書』と違う未来を手にする為に」

「言われて引き下がるのも癪だしね……」


 みんな揃ってムクリと頭を上げる。

 何と言うか、この瞬間俺も含めてみんな若干意地にもなっていたような気もする。

 妙にヤケッパチ感のある乾いた笑いを漏らしていたから。


「コレって私たちの初仕事って事になるのではない?」

「……そうですね。我々怪盗団『ワースト・デッド』の初お披露目ですよ、リーダー」

「え~~~マジでその名前で行くの~~~~?」


 仲間入りの渾名を付けた時にリリーさんがノリで付けたグループ名『最悪の死ワースト・デッド』……聞いた時にはなんちゅう縁起の悪い名前だと思ったが、今の俺達には非常にマッチしているネーミングではある。

 この時の3人の目は確実に死んだ魚の目であったから……。


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