第六十三話 『無』邪気な王都


 蓋をされた……非常に意味深ではあるが、教義だの歴史だの散々記録した側に都合の良い解釈ばかり目にして来た俺としては今更感もある。

 つまりこの国にとって『邪気』の概念自体に不都合があるって事になるのか?


『邪気は魔力などのように分かりやすい力ではない、感情の塊の様なモノであるのは前も言ったが……正確に言えば“その場に残された何者かの想い”なのだよ』

「その場に残った…………それは天に召されなかった亡霊ゴーストのようなモノ?」


 リリーさんの何気ない質問にドラスケは首を振って見せる。


『少し違う。亡霊はあくまでも召されなかった魂が力を持った存在。邪気自体は魂を持っているワケではない、あくまでも想いの塊……当人が既に召されているのに邪気のみが残り続ける事などはよくある事』

「でもドラスケ、確かトロイメアでは邪気が楔になってその場に縛られているって言ってなかったか?」


 ドラスケがトロイメアで真っ黒に変色してまで邪気を回収して来たのは魂を解放して成仏させる為って言ってたのを思い出した。

 

『その通りである。あのまま魂が縛られたままだったら強力な亡霊群が発生していたやもしれん。邪気はその場に残された何者かの意地とも言えるから、そんな事になったらあの町の連中は真っ先に餌食になっておったろうな……』

「……それだけ聞くと悪い事に聞こえないけどな……それこそ自業自得じゃん」


 思わず俺が呟くと女子二人が“ウンウン”と同意してくれる。

 連中に対して同情の余地など無い、そう聞いてしまうとむしろ俺達が余計な事をしたんじゃないか? とすら思えてしまう。

 だがドラスケは呆れたとばかりに溜息を吐く。


『貴様らの気持ちは分からんではないが……邪気は感情と言ったが、ハッキリ言えば融通が利かん。オマケに時と共に強烈な感情のみを残して他は劣化していく……犠牲になった者がいればそのものの邪気すら取り込んで更に大きくなってな』

「劣化って……どんな風に?」

『……あの鉱山の町を参考にするなら、殺された者が殺した者に復讐を果したとしよう。しかし邪気はそれで納得して消える事はなく、むしろ殺した事で目標を失って“アイツを殺したい”という想いから“殺したい”というモノだけが残る。自分が憎悪の対象にしている者を取り込んでいる事すら気が付かずにな……』

「うげ……」


 俺は何となくカチーナさんに視線を向けてしまう。

『預言書』での彼女は正にそんな感じ……全ての情というモノに絶望し『邪神』の贄とする為に虐殺を繰り返す外道聖騎士。

 今の話に思うところがあるのがカチーナさんは神妙な顔で俯いている。


『邪気は力そのモノではないが、力を間接的に使わせる切っ掛けでもある。他者の意志に憑りつかれるなどは一番わかりやすい邪気の顕現ではあるな』

「……エレメンタル教会でも時折悪魔祓いなどの依頼はありますし、実際に光属性魔法で正気に戻せた例もあるんだけど……ドラスケちゃんの理屈だと違う事になるのかな?」


 リリーさんのヤツへの呼称がちゃん付けなのが何となく気になったが、亡霊に憑りつかれたなどの案件はたまに耳にする事がある。

 邪気が魔力とは関係ない存在なら『聖なる光の魔力で撃退しました』とか謳っている教会の主張が違う事になってしまう……またしても。


『それは光属性の魔法で直接邪気を祓ったと言うよりは、魔力で回復、活性化した身体能力で疲弊していた精神力も回復したから邪気を追い出したようなモノであるから……間違ってはおらんがな』

「え? つまりは……気合って事?」

『ま、まあ極端に言えばな……』


 経緯を考えれば教会の主張も間違っていないと言えるのか?

 真相を言われたリリーさんはものすご~く複雑な顔になってしまったが……。


『逆の事を言えば受け入れる方がその気であれば邪気は消える事は無い。どんなに強力な光属性の魔力を浴びても“自らの意志”であれば変わらんからな。人であれ土地であれ、邪気に同意している場合は簡単に引き離す事は出来ん……時間が経てばたつほどに』

「……だからドラスケは早々とトロイメアの邪気を回収したってワケか」

『亡霊群にならなくても邪気がその場にとどまり続けると、感化された土地は枯れはて動植物すら繁殖出来ない忌み地になってしまうでな……。そんな厄介な邪気を貴様らが一晩で消滅させたのは驚きであったがな』


 その事を思い出したのかドラスケはまたしても楽し気に笑い出す。

 それだってたまたまのトリックプレーでしかないと思うんだけど……しかしドラスケは俺の事を見上げながら笑い続ける。


『くく……案外貴様の言う神様は、貴様なら『邪神』をどうにか出来るという目算があったのでは無いか? 特別な力を持った何物でも無いハズの、道を踏み外しかけた貴様だからこそな』

「……他人事だと思って適当な事を。こちとら『預言書』を知っているだけの一盗賊でしかね~ってのに」


 ハッキリ言えば何で俺だったのか? って思う事は何度もあった。

 それこそ闇堕ちする前のカチーナさんが神様に出会っていても良かっただろうし、何だったらそっちの方がはるかに『預言書』の知識を的確に利用できたかもしれない。

 邪神復活の阻止とか言えば正義の味方っぽくはあるけど、俺の望みは精々世話になって来た人たちの生存と、神様の言っていた『勇者召喚』の必要性を無くす事。

 極端に言えば何も無いなら『邪神』だってどうでも良いとすら思っているのに。

 でも俺の考えとは裏腹に、カチーナさんとリリーさんも俺の事を真っすぐ見つめていた。


「いえ……君が言うように何か特殊な力があるワケでも無い一盗賊であるからこそ、私は救われましたし、トロイメアの邪気も“気を晴らす”事が出来たのでしょう」

「それは同意するね、強大な力で救われていたら納得できていたとは思えないもの。『聖騎士』も『聖魔女』も、私も……それに恨みを残した邪気たちも、あくまで自分の意志で行動した結果だもの。残念だけど君には主張を押し付けるだけの強大な力は無いからね~」

「……褒められてんの? それ」

「勿論です」『無論だ』「褒めちぎってるよ~」


 示し合わせたみたいに声をそろえて……楽しげである。

 ふざけているというつもりは無いけど、揶揄われてはいるよな……。

 

「……しかし『邪気』がそういうモノであるなら『邪神』とは一体何の名でしょう? ドラスケ殿の説明を素直に捉えるなら“あらゆる邪気を取り込み肥大化した意思の塊”のようなモノが浮かびますが」

「まあ、国も教会も腐敗だらけで他国の犯罪組織の温床にもなっているザッカールなんだから、邪気なんてありまくるだろうから……邪神復活には打って付けなのかも」

『いや、それは違うぞギラル』


 俺がカチーナさんの想像に同意すると、ドラスケが何故か口をはさんだ。


『我も邪神が何者か、どういう存在かは知らんが……この国が邪気まみれかと言えば真逆。むしろ王都全てを見渡しても先の町より邪気が少ない……皆無と言って良いほどだ』

「え?」

「うそ!? 犯罪なんて日常で起こるこの王都でトロイメアより!?」


 リリーさんが驚くのも無理はない。

 トロイメアの人口が精々200人なのに対して王都の人口は軽く千倍はあるはずだ。

 ましてこの国は不本意にも各国に有名な犯罪組織の温床、知らぬ場所で理不尽に犯罪に巻き込まれる連中がどれだけいるか分からないのに……素人目に見ても邪気しかないとしか思えないのに……。


『……そのせいかこの都市では表から裏の通りに至るまで邪気による陰気な、近寄りがたい雰囲気が少ないのではないか? 都市部では危険地帯のハズのスラムに至るまで』

「……そう言えば」


 言われてみると冒険者としてザッカール以外の町や村、都市を訪れると“ここから先は嫌な感じがする”という場所は少なからずあるのにザッカールではあまりそんな気配を感じる事は無かった。

 逆に、だからこそ危険な場所は知識と経験で避けるというクセが特に危険なスラムの連中には染み付いているのだが……。


「でも、だったらおかしく無いのか? 陰気な邪気がねぇってんなら、何でザッカールは犯罪都市の汚名を着るくらい腐敗してんだよ?」


 邪気が無いならそこは正常な場所……さっきのドラスケの言葉をそのまま考えれば、陰気で悪いモノは集まってこないように聞こえるのに。

 しかしドラスケは首を横に振る。


『逆である。多すぎる邪気が害を及ぼすように、邪気が無さ過ぎても空白の地帯に悪意は寄って来るのだ。他の邪気の横やりがないから“ここであれば安全に邪な行いが出来る”という根拠のない確信を持ってな……。そのせいで安易な犯罪行為に及ぶバカも多いのではないか?』

「……どうでしょうね? 単純に犯罪件数が多いですから、その手の考えなしの犯罪者は日常的にいた気がします。集まって来るという連中が“悪事を始めるならザッカールで”とか考えていても違和感はありませんが……残念ですけど」


 元騎士団所属のカチーナさんは心当たりと言われても、多すぎて判別が付かないようだ。

 俺は何と言うか神様が教えてくれた害虫駆除に二次被害みたいな話だと漠然と思ってしまう。

 目的の害虫を駆除しようと思って全て全滅させたら、そ害虫が餌にしていた別の害虫が増えてしまうみたいな。

 人間の都合で生態系を崩した結果、結局自分たちにしっぺ返しが来るみたいな………………あれ?

 そう思ってから、俺は妙な事を考えてしまう。

 仮に今現在の邪気が無い状況での犯罪増加が2次被害なのだとしたら、1次被害はどういうモノだったのだろうか?

 今の状況が“そう”だと言うなら、最初はその逆で邪気が過剰にある状況って事になる。

 ドラスケは言っていた……邪気が過剰に留まり続けると忌み地と化すと。

 そして俺たちは知っている……手っ取り早く『邪気』を一時的に隔離する方法を。

 脳裏にその思い付きが浮かんだ瞬間、全身に冷や汗が噴き出す。

 この考えが正しいとしたら……この王都ザッカールは人がいて良い場所ではない。


『どうしたギラル? 急に黙り込んで』

「……なあドラスケ、お前邪気に関する情報は200年前お前の国では常識だったから蓋をされたんじゃねーか、もしくは伝わんなかったとか言ってたよな?」

『ああ、そう言ったが?』

「この国と精霊神教にとって『邪気』って概念が都合が悪いから伝えなかったとしたら……どう思う? 例えば人の手に余るほどの『邪気』を発生させてしまい、それらを早急に何とかしないといけなかったとか……例えば誰かから奪った土地に建国しようとする時に、溜まりまくった邪気が妨げになったとか……」

「!? ギラルさん、それって!?」


 やはり元聖職者のリリーさんはいち早く俺が何を考えたのか察したらしい。

 それはこの国ザッカールの建国に関わる精霊神教も認めている歴史に関わる出来事。

 邪悪な魔族からこの地は取り返した……歴史書はそう言っていたけど、俺は最初から誰かから国を奪い取ったのだと思っていた。


「この国の建国時に『4人の正義の味方』はどうやって『精霊神の慈悲』とやらで大地を浄化したんだろうか? 俺さ……一つだけ邪気を手っ取り早く隔離する方法、知ってんだ」

「……ま、まさか!?」


 俺がドラスケに視線を落とした事でカチーナさんも気が付いたみたいだな。

 邪気を手っ取り早く隔離するには集めてしまえばいい……トロイメアの町でドラスケがやったようにだ。

 ただこの王都ザッカールには過剰なくらい邪気が無いという。

 毎日のように何らかの犯罪が起こり、王侯貴族も教会も腐敗が蔓延している……日常的に邪気が発生するような環境にも関わらず……だ。


「もしも……もしも千年前に建国された当時から今に至るまで、この王都のどこかで発生した邪気を吸収する何かがあるのだとしたら……一体何が出来ると思う?」


 思い付きを口にしてみた……それだけの事なのに、カチーナさんもリリーさんも、そして邪気について詳しいドラスケでさえ口を閉ざしてしまった。




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