第六十二話 死に損ない共の朝
まだ太陽も昇り切らない早朝。
朝の早いパン職人たちが窯に火を入れ始める時間帯。
そんな多くの人がまだ夢と現実が入り混じっているような微睡みの中にいる時に……王都ザッカールの中を、住宅も道も屋敷も何もかもを関係なく一直線にひた走る3つの影があった。
影の一つは手足を巧みに使って獣の如く飛び回り、もう一つの影は壁も屋根も重力に関係なく足場にして稲妻の如く進む。
そんな特殊な事をしていると言うのにその二人からは屋根を踏み、壁を蹴るその一端一端でも全く音を立てずに移動していた。
そして……そんな二つの影に並走するもう一つの影から、容赦なく『風の弾丸』が射出される。
特殊な魔法杖『狙撃杖』から高速で放たれたそれも、発射音すら立てる事無く……狙い通りの場所にヒットする。
「いで!?」
「ほらほらどうしたギラル君? コレで君は今朝だけでも6回は死んだぞ?」
「感覚に頼り過ぎですよ? 速く動くだけが正解では無いです」
知る人ぞ知る盗賊ギラルによる早朝特訓。
その特訓に新たに加わったメンバーがいる事を知っている者はまだ少なかった。
*
「いてて……くっそ~、一発も避けられなかった」
「私はどうにか致命の一撃は避けられたようですね……」
本日の目的地である王都ザッカールの東門付近に到着した俺とカチーナさんは立ち止まって一息ついた。
そして、朝日に照らされて悠々と肩に担いだ『狙撃杖』をポンポンと躍らせながら追い付いて来たのは先日仲間になった元魔導僧のリリーさん。
『狙撃杖』は盗賊殺しの渾名が付けられるほど察知が難しい魔導具……折角仲間になったんだから弱点克服に協力して貰おうと思ったんだが……まさか全弾被弾してしまうとは。
「ありゃ~これじゃあハーフデッドと言うよりホーネットデッドかしら?」
「くっそ……全く避けられなかった」
改めて『狙撃杖』の厄介さと魔導僧リリーの強さを思い知らされる。
怪盗ハーフデッドの時は煙幕やロケットフックなどのトリックを駆使してようやく逃亡する事が出来たが、正攻法だったら全く歯が立たない。
おまけに種が割れたトリックも最早通用しないだろうから、現状彼女の弾丸を避け切るのは俺には不可能なようだ。
「ほっほっほ……甘いよ~確かに君は足が速いけど動きの緩急がま~だまだ未熟。私が誘導で打ち出した弾丸に反応しちゃって本命にズド~ンのパターンばっかりだもの」
「ふむ……確かに君は身体能力と反射神経で見極めようとするクセが付いているな。大抵の敵であればそれでもいいけど、達人であればある程“速い”“強い”だけでは見切る事が出来なくなるのも事実ですね」
「師匠と同じような事を……」
朝日をバックに実にSっ気たっぷりな笑顔を見せるリリーさんのドヤ顔に一瞬イラっとするけど、実際に加減した魔力の『風の弾丸』は俺の脳天やら胸やらに的確に当てられていてぐうの音も出ない。
『気配察知』はいわば五感を集中して索敵する能力だから、この場合は音に重点を置いて索敵可能範囲で発射音や弾丸の風切り音を感知して予想出来るかと考えたのだが……元々スナイパーとして経験の長いリリーさんは自分が察知されない方法についての修練の経験も長く……発射音をさせないで発射する事だけじゃなく、あえてワザと発射音をさせるフェイントまで織り交ぜて来る……ハッキリ言えば完敗であった。
「その点、カチーナさんはさすが剣士。致命傷を受けないように反射的にかわすべき、受けるべきの攻撃を見極めて致命傷を避けているからね」
「本来のギラル君の職『盗賊』は正面で事に当たらないように立ち回る事こそ本道……前衛にとっての技法を簡単に身に付けられたら私が立つ瀬が無いですよ」
そう言いつつカチーナさんは最近すっかり慣れだして来たカトラスを鞘に納める。
やはり前衛として鍛え上げられたカチーナさんはこういう方向には強い。
攻撃の察知を最小の動き、最小の力で最短距離で動き攻撃を見極め捌く……『気配察知』でなるべく感知する範囲を広げて敵の攻撃圏内からまず逃げる事を前提にしていると大きくよけようとするクセが付いてしまう。
職業病とも言えなくも無いが、盗賊の界隈ではここを克服できた時に初めて免許皆伝に慣れるとか何とか……。
俺が未だにスレイヤ師匠に及ばない最大にして最後の壁でもある。
「くそ~~~リリーさんもう一回、もう一回頼む!! 今度は西門に向けて行くぞ!!」
俺がヤケクソ気味にそう言うとリリーさんは実に楽し気に笑顔を浮かべて『狙撃杖』でトントンと地面を叩いた。
「いいよ~、最近はこの手の修練でシエルもロンメルさんも中々当たってくれなかったから……こういうのって久しぶりだし……」
「リリーさん? 何か違う方向で楽しんでませんか?」
……ちなみにそれから一時間後、俺はプラスで20回ほど死んだことにされる。
ほぼすべての『風の弾丸』が額のど真ん中に当たったのは嫌がらせなのか、それともリリーさんの趣味だったのだろうか?
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教会をクビになってから冒険者へ転職を余儀なくされたリリーさんが俺たちの仲間になったのは俺達側からすればラッキーな出来事だったが、俺個人で言ってもラッキーな事がもう一つあった。
教会から追い出された事で住居も失ったリリーさんは、そのままの流れで俺達が常宿にしている『針土竜亭』に転がり込む事になった。
その際、カチーナさんと2人部屋になる事になったのだ!
そう! 必然的に俺は元の一人部屋に戻る事に!!
宿の親父が『こんヘタレ!』と不名誉な事を宣っていたが構うものか……毎日毎日、無防備に肌を晒すカチーナさんと、やたらと色っぽい寝言を言うお姉さんと同じ部屋にいて落ち着けるか!!
この手の機微に疎いカチーナさんは「別に構わないのでは?」なんて首を傾げるだけだったけど、やはりリリーさんは元聖職者……出来る女は俺の心情を察してくれていたようだ。
『今日からは我慢せずに色々出来るね?』とめっちゃ良い笑顔で言っていたが…………………ナ、ナンノコトカナ?
そんなこんなでカチーナさんとリリーさんが同室で、俺はサイズの小さいマスコット気取りの骨ドラゴン『ドラスケ』と同室という事になった。
何でかコイツ、未だに俺達と一緒にいるんだよね……邪魔にならんから別に良いけど、こういうのって憑りつかれたって言うんじゃ……。
そしてどういうワケかコイツは元聖職者であるリリーさんと馬が合うらしく、良く二人でヒソヒソと何か話している。
シエルさんの時も思ったけど、アンデッドって聖職者の天敵じゃ無かったのか?
*注、リリーとドラスケのヒソヒソ話
『貴殿ならあの二人を同室のままにしておくかと思っておったが……意外であったな』
「それも面白そうだったけどね~、このままギラル君がヘタにカチーナさんの色香に慣れちゃっても面白く無いじゃない? 純情少年が年上お姉さんに興味津々、悶々としているのに理性が保てている微妙な状態……ここで一端距離を置いた方が楽しめると思うの」
『……な~るほど、飢餓感を煽るのであるな?』
「そうそう……今はラッキースケベ状態に翻弄されるだけで解放されたと思っているだろ言うけど、離れればその内思い出して来るのよ…………自分は何故あの時何もしなかった? あんなに美味しい状況だったのに……ってね」
『……ク、ク、ク……お主、悪よのう』
……たまに二人してこっちを見ている目がやたらと悪そうに見えて背筋が寒くなるんだが……気のせいだよな?
俺たちは早朝の訓練後、朝食を終えて『針土竜亭』のカチーナさんたちの部屋に集合していた。
一応各々の席にプレートを置いておく……神様も雰囲気作りは大事だって言ってたしね。
『ハーフデッド』の席に着いた俺は『グールデッド』にカチーナさん、『ポイズンデッド』にリリーさんが着席したのを見計って口を開いた。
「では第1回、死に損ない会議を始めたいと思います」
俺の縁起でもない号令に何となく女性たちはパチパチと手を叩くが、テーブル中央に降り立ったドラスケが不満気であった。
理由はただ一つ、自分に渾名が付いてない事が仲間外れに感じるとか何とか……見た目より老獪なヤツと思えば変な所を気にする子供っぽいとこもあるな……。
俺は一先ず拗ねるドラスケを無視して話を進める事にした。
「じゃ、ここにいる者は全員が自分が特殊な状況である事を理解しているだろうけど……これについて分かんない、何言ってんだ? 何て話はあるかな? 俺も全部答えられるワケじゃ無いけど……」
俺がガキの頃に体験した『神様』と『預言書』の話をここにいる全員が聞いていた。
『預言書』によれば後々『四魔将』と呼ばれる連中が王都に眠る『邪神』を復活させるという……まともな人が聞いたらホラか、もしくは俺の頭の中身を疑うだろう話を一通り。
だけど、そんな荒唐無稽の話をこの場にいる仲間たちは信じてくれているようだった。
「残念だけど私は君に命を救われて、一端ではあるが君の語る『預言書』の未来を垣間見てしまっている。今更ウソでしたと言われた方が納得行かないよ」
「……シエルは直情的だからね。私が謀略の末に殺されて、後に真相を知ったら……間違いなく『聖魔女』になってたハズなのは……残念だけど付き合いの長い私には確信出来ちゃうのよね」
そう言う二人の瞳に疑念の色はない……少しは疑ってくれても良いくらいなんだけど。
俺自信、今の状況が正しいのかどうかも判断が付かないのに。
そんな事を考えつつテーブルに目を落すと、ドラスケが器用に胡坐をかいて頬杖を付いていた。
『どうでも良いが……貴様が言う『預言書』には我は出て来んのか? 何気に気に喰わんのだが、そこの辺りが』
「あんまり出演はお勧めしねぇけど? なんせ俺なんか婦女暴行未遂で真っ二つ、カチーナさんに至っては復讐の為に生きたまま食い殺されるんだしな。場面が無かったリリーさんだってどうだったか……」
『む……』
そもそも預言書の時系列で考えてもドラスケはアンデッドだったろうし、あんまり結末にドラマがあったとも思えないがな。
「それよりもドラスケ、お前に聞いておきたい事があるんだよ」
『……聞いておきたい? 何をだ』
「トロイメアでも言ってたけどよ、邪気ってモンについてもっと詳しくさ……。何か言ってたじゃん、邪気は魔力とかと違ってパワーじゃねぇって。俺はその辺がどうしても『預言書』でみた邪神と繋がりがある気がしてならないんだよ」
アンデッドを代表する教会が“悪しき魂”みたいに言っているモノは『闇の魔力』と混同して考えがちだったが、どうもその辺に誤りがあるようだ。
アンデッドは『闇の魔力』と結びつきやすいと言うだけで『闇の魔力』自体が邪悪な存在ではない……この辺は現在の教義にも共通認識のようだが、アンデッド=『闇の魔力』という考え方は間違っているとの事。
ドラスケ曰く『光の魔力』を持ったアンデッドすらいると言うのだから。
な~んかまたしても教義を一部の人間に都合よく改編しているような臭いも感じるし。
「大図書館でも調べてみたけど、閲覧可能な書物にも歴史上で『邪神』に関する記述は見付けられなかった。そんなのがあれば教会なんか真っ先に“我らの栄光”って感じで喧伝してそうなもんなのにそっち系でも見当たんなかった」
「……でも、君が見た『預言書』では復活させようとしている人がいるんでしょ? カチーナさんとシエルの他にも……『聖尚書』ってのと『聖王』ってのが」
リリーさんが言うように、預言書では明確に『邪神』を意識して復活させようとしている。つまり明確に“こんなのがいる”という事を前もって知っている必要があるのだ。
そもそも『預言書』では邪神は完全復活に至らない。
半覚醒状態で邪神の力を宿した『聖王ヴァリアント』と『勇者』がラストバトルをして相打ちの形で決着……邪神は再び封印されるという流れだったはずだ。
こうなると『邪神』の存在は本当に謎だ。
『神』と言われると俺の脳裏に思い浮かぶのは眼鏡で太ったあの人だけだが、一般的には精霊神を指す尊称に当たる。
ぶっちゃけると個人を指す尊称なワケだが……俺は一度も『預言書』で『聖王』が邪神に命令を受けたり、何だったら操られているようなところを見た事が無い。
終始自らの意志で世界を邪神の力で滅ぼそうとしていたようにしか思えない。
そこに『邪気』というモノの捉え方が関わる気がするんだが……。
俺達がテーブル中央に注目するとドラスケは面倒そうに溜息を吐いた。
「はあ……こんなの200年前は常識だったハズなんだがな~。こっちの地方には伝わらなかったのか、もしくは蓋をされたのか……」
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