閑話 神様、労働を知る

 コンビニのバイトなんて学が無くても誰でもできる仕事だ……そんな事を偉そうに言っていた前までの俺を死ぬほどぶん殴ってやりたい。

 土方なんて体しか特技の無いヤツの仕事だろ? そんな風に浪人の身の上で上から目線で語っていた今までの俺を……本気で殺してやりたい。

 小汚いガキがいなくなってからなけなしのプライドで働き始めた俺だったけど、思い知るのは誰もが自分よりも価値のある人しかいない事だった。


 初めてやったコンビニのバイト……レジ打ちくらい出来ると根拠の無い思い込みを持っていた俺は碌に客の対応も出来ず、レジ打ちどころか商品の運搬すら分からなかった。

 レジ打ちに品出し、調理も必須スキルだし、場合によっては納税もコンビニで行われる。

 何でも出来ないとこなせないのに、何にもできない……そんな俺に指導してくれたのは見た目はチャラそうに見える俺よりも若いフリーターだった。

 こんな年になっても自分の方が年上であるに妙なプライドを持って分からない事を聞く事が出来ない俺に……「あ、大丈夫っスか? 慣れるまではゆっくりで良いっすよ?」などと軽い感じに笑って見せて……。

 何となく、根拠もなく悪い人として見てしまうような外見に反して、彼は懇切丁寧にこんな年上で不愛想な俺に仕事を教えてくれた。

 人は見かけに寄らない……言葉だけは知っていたのに実感できたのは初めてだった。



 本部からの撤退命令でコンビニ自体が無くなる事になって、次に選んだのが土木関係のバイトだった。

 何でそれを選んだのか……今となってはその時の俺は『戒めの為にも大変な仕事をやるべき!』という妙なテンションだったんだろうけど、ハッキリ言えばその認識は甘すぎた。

 肉体労働というモノの過酷さ、そしてその労働に従事する連中がどれだけ化け物なのかを知る事になったのだから……。

 その時には肉体労働者に頭脳なら負けないとかいう非現実的な思想は木っ端みじんに消滅していた。

 重機や危険物を扱う人たちは日々勉強していて、体力、技術、そして頭脳に至るまで浪人の立場で引きこもっていただけの俺に敵う者は何一つ無かったのだから。

 当然そんな現場で資格も経験も何もない俺が出来るのは運搬作業くらい。

 ……だと言うのに碌に一輪車で砂利を運ぶ作業も出来ずに先輩のオッサンたちの邪魔をして怒鳴られる毎日。


 根性の無い俺は何度辞めたい、帰りたいと思った事か……。


 だけど……そう思うたびにあのガキの姿が脳裏にチラつく……。

 本当に何もかもを失って、あんな年で生きる為に仕事が欲しいと言っていたあの姿が。

 あのガキは俺の事を神様だなんて言っていたけど、アイツこそ神様だったんじゃ無いだろうか?

 思い出すだけでなけなしのプライドが蘇ってくる……ここで終わって、あのガキに顔向けできるのかと……。

 そして…………。


「おう、ようやく一輪車の扱いにも慣れて来たか……意外と根性あるじゃねえか!」

「絶対1日でいなくなると思ってたのに、そろそろ次の仕事を任せても良いかもな!」

「オッス! ありがとうございます!!」


 頑張れば見てくれる人、認めてくれる人もいる。

 最初は怒鳴られるだけだった土方のオッサンたちに、数か月たった頃には馴染み出していて……あれ程不摂生に肥大していた体も最近は締まって来ていた。

 

 結局俺は怖がって閉じこもっていただけだった。

 フリーターのチャラい兄ちゃんも、ガテン系のオッサンたちも怖がっていただけで敵だったワケじゃ無い。

 大学入試に失敗してから全てを敵と思い込んでいた時の自分が、どれほど損をしていたのか…………本当に、タイムマシンがあったらぶん殴りに行きたい。


「お~い、現場監督が今夜焼肉奢ってくれるってよ~。お前も来るだろ?」

「!? オッス、ゴチになります!!」

 

              ・

              ・

              ・


「まさか特上奢ってくれるとは……男前過ぎるだろ監督……」


 現場監督に晩飯を奢って貰い、家に着いた事には既に真っ暗……当然誰もいない家は電気が付いていない。

 半年以上前までは何も考えずにただただ部屋に籠っていたのに……帰って来た時に誰もいないというこの感覚は未だに慣れない。

 一抹の寂しさを覚えると同時に、たった半年働いただけで自分のして来た両親への仕打ちを思い返して申し訳なくなる。

 この灯の付いていない家が、自分の罪の証に思えて……。

 家に上がって電気を付けると、家の中に生活感が少ない事が嫌でも目についてしまう。

 あのガキが掃除してくれて以来、一度も散らかしていない事が原因でもあるんだが。

 ……あのガキがいなくなってから、俺の中で勝手に決めたルールがあった。


 1つは家を散らかさない……あのガキが掃除した状態を常に維持し続ける事。

 2つ、親たちが残してくれた金にこれ以上手を付けない事。


 一人で生きようと必死なあのガキに対しては酷く軽い自己満足でしか無いのは百も承知だが、それでも……最低限度自立出来ていない限り、俺はアイツにとって神様なんて言われる資格が無いと思ったから。

 だけど実際にやってみると厳しい……こんなにカツカツな状態で生活する事になるなんて、思いもしなかった。

 何も考えずに、水、電気、ガスなんかが無限に使えるワケじゃ無い事を知識では知っていても、実際は見ようともしないで今までは勝手に消費していたのだ。

 親の金で……。


「光熱費と……食費を考えるとやっぱりギリギリだな。現場監督もその辺気を使って晩飯奢ってくれたのかな?」


 そう考えると、やはり男前である……いつか恩返しがしたいもんだ。


「そういや……重機どころか自動車免許すら持ってないんだよな~。監督も『このバイトを続けなくても取っといた方が良いぞ』なんて言ってたけど……う~ん……ん?」


 そんな事を考えながら俺はレコーダーが再生になっているのに気が付いて、テレビの電源を入れた。

 そしてテレビに映し出されたのは昨日何となく見ていたアニメ……あのガキがいなくなる前に見ていた24話の異世界物のヤツだった。


「あ~~~繰り返し設定にして再生しっぱなしだったか……これは確か……最終回から2~3話前の辺り……かな?」


 邪神の完全復活を目論む四魔将の一人、『聖魔女エルシエル』が後輩の『聖女』と最後の対決となるシーン。

 見た目に反してどちらも武術の達人の二人が死力を尽くして戦い、最後に『聖魔女』の懐に潜り込んだ『聖女』が棍で胸を貫いた。

 敗北した『聖魔女』は血を吐きながらも優しい目で笑いかけ、勝利したはずの『聖女』は涙を隠そうともせずに睨みつける。


『だめ……じゃ……ないですか。貴女は聖女……神聖な貴女が……邪神に魂を売った……穢れた私の血で汚れるなんて……」

『ウルサイです……。先輩は……今も昔も尊敬する私の先輩にはただの一つも穢れなどありません。先輩を侮辱するのは……喩え先輩でも許しません!!』


 返り血に真っ赤に染まりながらもそう言い放つ『聖女』を『聖魔女』は諦めたように抱きしめる。


『ふふ…………頑固……なんだから………………』

『どの口が言いますか…………光の聖女……エルシエル……』


 そして、そのまま動かなくなった先輩を抱きしめて静かに泣き続ける『聖女』……そのままエンディングテロップが流れ出してその回は終わる。

 ネット界隈でもこの回は名シーンとされているし、今までは俺もそんな評価を訳知り顔で言っていた気がする。

 だけど……今になって考えてしまう。


「この二人って……戦うしか無かったのかな~?」


 知り合い同士が、親しい者同士が戦うシーンって言うのは物語には付き物って言うくらい数多く存在するありふれたシーンとも言えるだろう。

“それが戦争だ”な~んて今までだったら知ったかぶりで言うだけだったはずだ。

 戦争の事なんて欠片も知らないクセに……。

 なのに、最近は仕事を通じて色んな人と関わり、たった二つのバイトでもそれぞれの場所で年もタイプも違う『先輩たち』に世話になった事で、なんとなく捉え方が変わっていた。

 ……なんとなく……何となくだが……納得できない何かが……。


「あ~~イカンイカン、30も過ぎてアニメ介入の妄想とか……中二病はもう卒業したんだからよ……」


 そう口に出して戒めようとするが……この手の妄想は始めると少し楽しくなってしまうところもあって……徐々に妙な感じに構成を練り出してしまう自分がいる。

 まず初めにやるのはありがちな“物語に自分登場”の妄想から……。

 でもさすがに土方の現場で働き始めてからは自分のひ弱さは嫌という程味わっていて、俺TUEEEを妄想は出来ない。

 ……というか現代日本人にやらせる事自体に無理がある気がしてくる。

 あの物語の主人公は『召喚された日本人』って設定は一先ず置いておいて……。


「……現実的にシナリオを変えるには……どんな奴だったら可能なんだろうか?」


 気が付くと俺はメモ紙になんとな~くアニメの二次創作的な物語を書き始めていた。

 少なからず自分自身の願望、特殊な才能があるワケじゃ無いけど知る事で、鍛える事で自分で金を稼ぐ何者か……そんな人物を勝手に介入させようと……。



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