第六十一話 聖魔女の遺言

 エレメンタル教会をクビになった。

 聞いた時はただただ驚くしか無かった俺とカチーナさんだったが、当人のリリーさんが「一旦落ち着いて話そうか」と提案してくれた事で近くのカフェへと入った。

 正直いつもなら入る事は無さそうな、おしゃれな雰囲気だが……誘われて入店するカチーナさんは嬉しそうである。

 そう言えばこの人、今まで男を演じていたからこういう場所には入った事ないんだろうな……本当は可愛い物、綺麗な物が大好きなのに。

 それに最近冒険者で一緒にいると、時々甘い物を好む雰囲気を感じる事もあったな……俺が甘いのが苦手だからサービスのクッキーをあげたら喜んでたし。

 早速席に着いてからカチーナさんとリリーさんは紅茶とケーキ、俺はコーヒーだけにしておいた。

 カチーナさんは「君は何も頼まないの?」と気にかけていたけど、個人的にはケーキに顔を綻ばす美女二人を見るだけで満足だった。

 眼福眼福……。

 ただまあ、そんなホッコリ時間を続けるワケにも行かず……俺たちは本題のリリーさんが教会を追われた理由について聞く事になった。

 どうやらクビになった理由は解雇というよりは脱出……これ以上リリーさんが教会に異端審問官としていること自体が危険と『大聖女』は判断したのだそうだ。

 そして残念な事にその判断は正しい。


「あ~ミリアさんも言ってたな……教義云々で上層部と揉めたとかで踏み込んではいけない所に踏み込みかけて、当時の上司だった聖女に教会から出されたって……」

「ミリア先輩もそうだったんですか? それは奇遇な……」


 あっけらかんと言う彼女から悲壮感は感じない。

 本来聖職者が教会を追われたと言うのは死よりも厳しい処罰に当たる気もするんだが……残念だが“そういう所も”ミリアさんと一緒なんだろう。


「あんまりお嘆きじゃ~無いっすね。一応はガキの頃から勤め上げた職場でしょうに」

「んあ? まあ確かに全く気にしていないってワケでもないけどね……いつかはこんな日が来るような気はしてたからさ……私らのチームはみんなね」


 彼女がチームを組んでいた3人の異端審問官は教会内の評価は最低だとは聞いていた。

 無論戦力と言う意味では教会でも最強を名乗ってもおかしくはないのだが、評価の基準は職務に忠実か否かにあった。

 余計だと思った事は気にも留めず、真に取り締まるべき者を圧倒的戦力でキッチリと取り締まる。

 一見言葉にすれば何の問題も無さそうだが、この国に巣くう腐敗はしっかりと教会の内部にも侵食していて……キッチリと取り締まった結果、その手の同業者のアラまで見つけ出す人材は疎まれてしまう。

 ましてや彼女たちは『証明派』……古参の連中が煙たがる理由は十分だった。


「これでリリーさんが笑いながら袖の下を受け取り、小っちゃい事すら教義違反だ背信だと騒ぎ立てて末端の信者から搾り取るような“利口な異端審問官”だったら何のお咎めも無かったんだろうがよ?」

「ム~リムリ。か弱く繊細な私にはあの日記を見て見ぬふりして美味しくお茶出来るような図太い神経は持ち合わせてないから」


 そんな事を言いつつ大きく切り分けたケーキを頬張るリリーさんは満面の笑顔を浮かべていて……コレはコレで図太い気もするんだが?

 気にしていないようなら……まあ良いか。


「お仲間の方々にその事は?」

「んむ? 勿論言ったよ。ロンメルさんは『何と、3人では我が真っ先にクビになると思っておったのに先を越されてしまったか!』って大笑いしてたけど」


 カチーナさんが心配そうに聞くが、リリーさんはフォークを口に咥えたまま喋り出す……飲み込んでからにしなさい。


「シエルはその事を伝えた途端にエレメンタル教会の聖堂に突撃してたから……まあひと悶着あったと思うけど」

「「え!?」」


 ひと悶着……そう聞いて俺たちは思わず呻いてしまった。

 見た目は清楚で丁寧だが、本性が誰よりも脳筋で熱い精神の聖女エルシエルの事を今回の依頼で嫌という程知った俺達はその行動自体に違和感は無いのだが……。

 身の丈5~6メートルのスカルドラゴンナイトの突撃を真正面から受け止めるシエルさんが突撃って……相手は大丈夫なんだろうか?

 しかし俺たちの心配を察したリリーさんが苦笑しつつ教えてくれる。


「あ~そう言う心配はいらないよ。なんせ大聖女ジャンダルムは『炎の聖女』にしてあの娘の師……もっと言えば“脳筋を叩き込んだ”師匠だからね」

「うえ~“アレ”の師匠っスか……」

「段々と、この国の聖女という概念が私の中で崩れて行きます。聖女とはどんな存在なのでしょうか?」


 元々王国軍に所属していたカチーナさんだから行軍とかで教会と、何なら聖女たちと行動を共にした事もあったのだろう……まあ多分営業用のスマイルで。

 そこで付いていた清楚なイメージは今回の事で色々と台無しになったみたいだな。

 まあ……あの聖女を目の当たりにしたら……ね。


「断っておくけど、聖女の中で武闘派なのはその二人だけだからね。あれが聖女の標準とか思われたら他の聖女たちから苦情が来るから」

「……何かシエルさんのイメージが強烈すぎて、最早信用できないんですが」

「聖女は抜きにしてもロンメルのオッサンとか考えると、あそこには結構な数の脳筋が揃っている気がしてならんっスが……」


 俺がそう言うと、リリーさんはフイっと視線を逸らした。

 おい……まさか。


「……健全な精神は健全な肉体に宿る……らしいわよ?」

「……否定はしないのね。元シスター?」

 

 どうやらそれなりの数の同類のうきんが教会にはいるらしいな。

 教会内部で味方になりうる存在が全員“そう”でない事を祈りたいところだけど。

 本来なら『精霊神』の名の元に信仰を広げ平和をもたらす組織のハズなのに、敵味方で考えなくてはならない事が既に間違ってはいるんだけどな。

 自分の処遇から今回の事件から……色々と思うところがあるのか、リリーさんは溜息を吐いていた。


「はあ……まあシエルの傍にいる為に『狙撃杖このこ』を手に頑張って来たから、そこから離れるのは不本意だけど…………私にも少し考えさせられる事があってさ」

「……ん?」

「君は言ったね。シエルがあのままだったら光属性魔法を操る人類にとって最悪の敵になるって……」

「あ、ああ……確かに言ったけど……」

「……その『聖魔女』に堕ちたエルシエルの格好を教えてもらえるかな?」


 そう言ってリリーさんは俺の事をジッと見据えた。

 それは仕事の時のようなスナイパーとしての目付きではないものの、真剣な者である事は変わりなく、緊張感を孕んでいた。

 興味本位とかではない、何か必要に迫られた理由があるような……。

 俺は『預言書』で見た『聖魔女』の姿をそのまま口にする。


「基本的には黒いフードを被って、手にはいつも棍では無くてメイスを持っていたな……酷く重そうなのを“肩に担いだ”感じに……」

「…………そう」


 俺の簡単な聖魔女の姿形の説明にリリーさんは驚く様子もなく、むしろ“やっぱり”と言う感じで頷いていた。


「昨日の晩……私、変な夢を見たんだ。暗いどこかをただただ一本道を歩いているっていう、何かを暗示するような……なんとも不吉に思える夢を」

「!?」

「歩く私は足を止める事が出来ずに、ただただ前に進んでいましたが……その道が途中で急に途切れていたんです。まるで“本来の私の人生はそこで終わっていた”とでも言われるように……」


 リリーさんがそう言った瞬間、何故か俺じゃなくカチーナさんが驚愕したように目を見開いていた。

 何か身に覚えがあるかのような……。


「でも……そんな私の前に一人の女性が現れたんです。まさにギラルさんが今言ったような格好をした、今のあの娘からは想像も付かない程覇気を失い疲れ果てた様子の……シエルが……」

「「…………」」

「そのシエルは私の姿を確認すると少しだけ笑って言ったわ……“良かった、今回は無事だった。そうですよね、遅効性の毒なんて盛られなければ貴女が暗殺されるヘマをするはずはありませんもの”と……」


 ……それは『預言書』に綴られる本来の未来ではリリーさんはトロイメアの町で遅効性の毒を盛られた結果、アンデッドひしめく坑道の中で何者かに暗殺された、という事なのだろうか?

 ……確かに本来の3人組で討伐に時間を掛けていたら、あの狂信者たちに余計な猶予を与える事になっただろうからその可能性はあったと思う。

 そのリリーさんが見た夢が何を暗示しているかなどは分からないが……だからと言ってチャチャを入れる気には全くならなかった。

 彼女は俺達を騙そうとしているワケじゃない……確認をしているだけなのだから。

 夢で見たという人物が『聖魔女』となった親友の姿かどうかを。


「そのシエルはそう言って手を広げると断たれていた道に光の架け橋を出現させて……橋が現れた途端に私の足は再び前へと進み出したの…………振り返る事も出来ず」

「「…………」」

「何度戻ろうとしても戻る事も出来ない私に……あの娘は言ったのよ。“この私はこれで消える事になるでしょう……。ただ残念ですが『聖騎士』と違い私は何度でも作り出される危険は消す事ができません。聖女という業に捕らわれる私は…………だからリリー、因果の道筋に脇道を見つける事が出来た我が親友よ……貴女にお願いがあります。『聖魔女』などと再び私が信仰を憎み、狂気に走ったその時は……私を殺して下さい”ってね」


 その夢の真相は分からないしどうでも良いが、少なくとも俺はそれが『預言書』の未来から消える『聖魔女』の遺言であると思う事にした。

『聖魔女エルシエル』は最期の最後、自分が可愛がっていた後輩に心臓を貫かれるその時になっても……自分自身に回復魔法を使う事は無かった。

 致命傷を受けて、自ら人間に干渉する事を嫌う精霊までもが自主的に治療しようとするのでさえも拒絶してしまう程に……彼女は『聖魔女』に堕ちてからずっと死を望んでいたのだろう。

 また再び、自分が『聖魔女』として現れない為に消えゆく彼女が親友にその望みを託すのは自然な事に思えた。


「……リリーさんは何て答えたのですか? その親友の最後の言葉に」


 だが悲痛な顔で聞くカチーナさんの言葉に、リリーさんは再びあっけらかんとした表情で答えた。


「ああ、当然言ってやったわ……ふざけんな!! ってね」

「「……え?」」

「あったり前でしょ? 何でアタシがシエルを殺さなくちゃいけないのよ? あの娘が『聖魔女』に堕ちる時が来たとしたら悪いのはシエルじゃない堕とした方に決まっているじゃない。その時は私が率先して『聖魔女』の隣で『狙撃杖』をぶっ放す死神にでもなってやるって……言ってやった」

「え……えええ!? そんな感じなんですか?」

「ブフ!?」


 ある意味死に際に託されたような言葉なのだから、もう少し悲痛な覚悟のある……良いように言えば感動的なやり取りを期待していたのか、カチーナさんは呆気に取られた顔になってしまった。

 でも俺は逆に嬉しくなる。

 ……そうだよ、アンタらはそうでなくちゃ!!


「ブアッハハハハハハハ!! 良いぞ良いぞ、ひでぇ元聖職者にあるまじき立派な自己主張だ。実に勝手極まりない!! ヤベェよカチーナさん、『聖騎士』や『聖魔女』よりも更にヤベェのがここにいたよ!」


 失礼とかどうとか考える事も無く俺はツボに入って大笑いしてしまう。

 何の事はない『聖女エルシエル』と『魔導僧リリー』は利用したかったらワンセットで考えなければダメなのだ。

『聖魔女』はエルシエルだけの堕天の姿じゃない、信仰によって理不尽に片翼を失ったなら逆に『聖魔女リリー』が誕生する事になるんじゃないか?


「んで? そう言ってやった『聖魔女』様はどうなったん?」

「……今の君程じゃないけど大笑いしてたわね。“そうですね、忘れてました。私の親友はそんな人でした。親友の存在を否定した者の存在を許すような軟なヤツではありませんでしたね!”な~んて言って…………気が付いたら橋を渡り切っていて、背後から声はもう聞こえなくなっていたわ」


 そう言うリリーさんに憂いは感じられない。

 夢で『聖魔女』の遺言を拒否した事も含めて彼女は教会から放逐された後であっても聖女エルシエルの為に動くつもりなのだろう。

 気が付くと彼女が注文したケーキもお茶も空になっていた。


「で……リリーさんはこれからどうすんの? アンタの腕なら傭兵でも冒険者でも何でも出来そうだけどさ」

「あ、そうそう……実はその事でちょ~っと相談したい事があってね……」


 あざとくウインクをしながら顔を下げるリリーさんに、俺たちは何となくこの後何を言おうとしているのか察するところ…………多分“パーティーに入れて貰えない?”的な事だろうな~と。


「私のも何か渾名を付けて貰えないかな? “同じように”死に損なった仲間っぽいヤツをさ~」

「「…………」」


 しかし彼女の相談は予想の少し斜め上を行く。

 パーティーよりも先に……共犯者になる事を希望するなど……。




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