第五十三話 怨念の彷徨う町
極限まで己の存在を、気配を殺す。
それは別に呼吸を止めるとか血流を止めるのを目指すワケではなく、自分の存在が他者から“気にならない”くらいに認識の優先度を落すという事だ。
達人になると景色と同化するなどと豪語するヤツもいるけど、我が師スレイヤの教えは少し違う。
相手にとって取るに足らない存在になる事を考えろ、姿が見えなくなる事が隠形の全てじゃない……つまり見える事が重要なのではなく“どうでもいい”と思わせれば良いというのだ。
言ってしまえば麦畑で見かけたバッタと草むらで見かけたバッタの違いみたいなもの……畑で見かけたら害虫であるが、単なる草むらだったら“いつでも殺せる虫”としか認識しないものだ。
俺はフードを被ると己の存在を殺して行き、足音も立てないように『猫足』で暇そうに歩哨に立っていた門番の背後を“普通に”通り抜ける。
「暇だな……この町に来るヤツなんざいねぇだろうに……門番なんか必要なのか?」
「町長の心配も分からなくはないがな。下手に匂わせる情報を余所者が持ち帰るのは厄介だからな~。後始末が面倒だ」
「そんなに言うなら冒険者なんぞ雇わなけりゃ良いのによ」
「仕方がね~だろ。アンデッドなんざ相手に出来るか……」
冒険者……それは俺たちの事か、それともドラスケが追い返してしまった前の連中の事か分からないが、少なくとも本当は冒険者を町に入れる事すら嫌だったみたいだな。
気を緩めて話に集中する二人の門番は俺の存在に一切気が付く事は無かった。
俺はその会話が気になりはしたものの、足を止めずにそのまま町中へと歩を進める。
『……良いのか? 何やらあの二人、不審な事を口走っておったが?』
ドラスケも気にはなっていたみたいで、門からしばらく離れてから口を開いた。
すぐに話しかけたり、何なら歩み去る時に止めたりしない辺り……コイツも実戦経験の高い戦士なんだろうな。
この場において俺が優先するべきは町への潜入である事を理解している。
「十中八九、アイツらも乗っ取り側なのは間違いないだろうが……今はいい。具体的な敵の全体像が見えない事には前住民の悲劇ごと俺達まで闇に葬られてしまう」
『なるほど……すでにお前も危険な立ち場なのだな?』
今のところは大丈夫と思いたいところだけど、シエルさんの闇落ちを想像するとドラスケの見解は間違っていない。
連中にとって俺達はアンデッドを始末できれば用済みと言えるかもしれないし……。
そんな事を考えつつ町中に進む俺たちだが、すれ違う連中が気に掛ける様子もなくいつも通りの日常を送る住民たちの様子を目撃する事になった。
……しかし昨日今日と町よりも仕事での坑道を重視していたから気が付かなかったが、住宅から商店街にかけてそこそこの人影は見えるのに活気と言うモノを全く感じない。
無論商店だって開いているし客もいる……なのに呼び込みも値切り交渉もなく、ただ淡々と商品と金銭のやり取りをするのみ。
偏見かもしれないが、屈強な炭鉱夫が多いはずの町のイメージとはかけ離れた静けさが不気味に感じてしまう。
「……静かすぎるな。まるで神殿を訪れた連中しかいないみたいに」
『そうだな……生者の方は……』
しかし俺とは違う何かを知っているかのような……何とも含みのある事をドラスケは言い出した。
『……ギラル、遺体と魂は別って知っとるか? アンデッドとして他の場所に遺体が動いても魂……怨念はその場から動かないってヤツ』
「死霊とゾンビの違いだっけ? 昔ミリアさんに聞いた事があるけど……」
肉体は消滅しても強烈な想いはその場に留まってしまう。
屋敷や洞窟に住み着く死霊の話なんてよく聞く話ではあるけど……って!?
「ドラスケ……今そんな事を言いだすって事は……」
嫌な予感がして“アンデッド”であり、存在は“そう言う輩”と同類であるドラスケに恐る恐る聞いてみると、ヤツは心底嫌そうに言う。
『ほとんどの住民は町中で殺されたのだな……いきなり殺されて彷徨う地縛霊の怨嗟の声がそこかしこから聞こえてくる』
「…………マジ? 俺には全く分からんが」
『知らん方が良い。生者に意思疎通が出来ると知られたら集まって来るというのは常識であろう? それに大体は突然殺され自分たちの居場所を奪われた呪詛の言葉だからな……お前の仕事の役には立たん』
……つまりこの静かすぎる町の中には坑道に放置されたアンデッドに匹敵する数の怨霊がはびこっているという事になるのか?
聞いただけで全身に鳥肌が……。
「搔い摘んで何言ってるのか聞いても良いか?」
『……ほとんどが殺された恨み言、今住民を装う連中への罵倒……あとは……』
ドラスケは一瞬言い淀んでから静かに口を開いた。
『……見当たらない我が子を探す親たち……だな』
「悪い……十分だ」
日記について疑っているワケでは無かったが、コレでほぼ確証を得た。
ドラスケが坑道に呼ばれたのは弱者の、子供の亡者たちの嘆きに応えたからだと言っていた。
暗闇に怯え、空腹に耐えかね、いなくなった両親を求める子供たちの声に……。
俺には怨念の姿も声も分からないけど、少なくとも子供たちの嘆きに応えてこの場にいるドラスケの言葉を疑う気にはなれない。
殺害された場所が違う事で死後も親子が出会えずに彷徨っている……その状況だけでもこの町にいる連中は真っ黒でしかない。
静かに住民を装う顔の下で何を考えているのだろうか……。
余所者である俺達が町中にいない中でも粛々と生活を営む姿は、残虐非道な野盗たちが悪事を武勇伝のように語り下品に笑う様よりも不気味に映る。
そうしているとドラスケが俺の服をクイクイと引っ張った。
『ギラル……見ろ。目下貴様が注目すべきはアヤツなのではないか?』
「……あれは」
その人物は商店街の先に数人の男共と一緒に歩く特徴的な髭面の中年。
俺達と会っていた時には人当りの良い顔をしていたのだが、今は能面のように無表情……むしろ不機嫌にすら見える町長だった。
確かゴロクとか名乗っていたっけ?
「お前よくわかったな……町長の顔を知ってたのか?」
俺がそう言ってドラスケの事を褒めるが、ヤツは嫌そうに首を振って見せた。
『いや……この町のどいつよりも、あの男は多くの亡霊を引き連れておる。よくもまああれ程までに恨みを買う事が出来るモノだ』
「……あ、そうなの?」
『戦場で多くの戦士を屠る外道を繰り返して来た我でもここまでの怨念を抱えた事は無いと言うに……』
自然な様子で指折り数えるドラスケだったが、その仕草が両手を使って軽く5往復はしているのにうんざりしてしまう。
自称200年前のドラゴンナイトよりも恨みを買う理由……か。
俺はその辺に事件の核心があるような気がして、無表情に歩くゴロク町長と男共の後を付ける事にした。
気分的には見えないのに怨念たちの仲間入りしているようにも思えるが……。
「ドラスケ……ところであちらさんに俺はどんな感じの印象なのかな?」
『今のところは気にされていない……むしろ我が共にいる事で好意的でもある。今貴様は凱旋パレードの先頭に立っている状態だと言えば分かるかの?』
一瞬隠形と猫足が乱れそうになるのを必死に堪える。
思わず振り返りそうになるけど、絶対に振り返らない……つーか振り返れない!!
哀れには思うし、恨み言も怒りの内容も理解できる……何なら俺たちにとっては味方側だと思っても良いだろう。
だけど……やっぱり怖いもんは怖い。
実体のない連中と相対できる技術何て盗賊は持っていないのだから……。
「……どうして平気で恨みを買う事が出来るのか……本当に不思議だ。俺だったら可能な限り全力で避けるけどな」
『覚悟無き者にはよくある事……足元も真実も見ようとしない愚者の特徴とも言えるが』
俺はその時ドラスケが何気なく言った『覚悟』ってヤツの違いをこの後知る事になるとは思わなかった。
いや違うな『覚悟をしているつもりの輩』という醜悪極まる連中の真実を……。
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