第五十二話 思春期男子特有のお悩み

『少々安直過ぎではないか!? ドラゴンのスケルトンだからドラスケとは……』


 入って来た道を引き返して暗い坑道から出た俺達だったが、日の光を浴びて尚元気に飛び回っているドラゴンっぽい骨はさっきから命名にケチを付けていた。

 アンデッドが仲間になったという本当に良く分からない状況に何とか整理を付けた俺だったが……冷静に考えるとまた混乱しそうなので、とりあえず問題は棚上げする事にする。


「そう言うけどよ、お前今の自分の容姿を見てみろよ。あんまし厳つい名前はどうかと思うし……それにどっちかと言えばそんな安直な名前の方が子供人気が出そうじゃん」

『ムム……』

「何だったらワンチャンカワイイ枠を獲得できれば女性人気も……」

『ムムムム!! なるほど……確かに一理あるかもしれん。そう考えるとこの容姿は中々に武器になるかもせんな。生前は強く逞しい方向で浮名を流したものだが、今後は逆のアプローチで攻めるのもアリであるな』


 俺は何の確証も無くそんな事を適当に言ってみたのだが、当の本人はその気になったのか腕組みをして唸り始めた。

 ……騎士道云々言ってたワリに案外俗っぽいのだろうか?

 昨日のバトルではアンデッドながらも確かにカッコいい枠のヤツだったのに。


『……してギラルよ。一応聞いておくが、坑道に残った女子おなごの中で貴様の正妻はどいつであるのか?』

「…………ぶ!? は、はあ!? お前一体何を言って……」

『お主、まだ二十歳も回っておらんだろうに3人も囲うのは立派であるがな……そういう女子同士の間でも順列は大事であるのだぞ?』


 

 しかし何気に本性の残念さにガッカリしていると、当のドラスケはとんでもない事を言いだし始めた。

 それが全くもって普通の事であるかのような気安さで。


『我も生前は10人の嫁を囲っとたが、正妻が中々の女傑でのう……あやつがおらなんだら、我は戦場ではなくベッドの上で往生しとったかも……』

「ちょちょちょ!? って待てコラ、何か生前の話も気になるけどいったんストップ!! あの3人とはそう言う間柄じゃねぇ!」

『……何?』

「1人は冒険者仲間だし、聖職者の2人は今回の身の臨時パーティーだっつーの!」


 何やら俺の事を3人に言い寄られる色男と見ているドラスケに、今回の依頼について搔い摘んで説明する事になってしまった。

 そして、説明を聞き終えたドラスケは露骨にガッカリした様子を見せる。


『はあ~? あのような器量よしが3人もおると言うのに、貴様は手も出しトランのか? 情けないであるなあ~。 ……さては貴様童貞か?』

「うっせぇ!!」

『モゲ……』


 あんまりにハッキリと真実を揶揄されて、怒ってよいのか恥ずかしがれば良いのか分からなくなり、俺はドラスケにデコピンをかました。

 その一発で頭部がもげたが、空中で器用にキャッチして再び装着するドラスケ……そう言えばコイツ、坑道でも地形に合わせて変形とかしてたっけか?

 そんな事を考えていると、今度は俺の方に乗っかって来たドラスケがニヤニヤと楽し気に話し出した。

 本当に骨のくせに表情豊かだよな……コイツ。


『ハッハ~~ン、さては貴様純情ボーイであるな? ちょ~どスケベな事を考えるのが悪い事に思えてしまうのに興味津々な年頃であろう? 綺麗な女子のチチや尻を直視してしまう自分がダメなヤツであると自己嫌悪してしまうような……』

「な!? なんでそんな事!?」

『ほほ~~~図星だったか……という事は今回限りという聖女とシスターは除外だな。ならば目下今一番貴様が罪悪感を覚えつつもチラチラ見とるのは……』

「だああああああああやかましい! それ以上言わんでいい!!」


 今度は払い落としてやろうとするも、ドラスケはニヤニヤ笑いのままスルリと飛んでかわしやがった。

 ええい、カマかけて揶揄いやがって……的確に最近の俺の苦悩を突いてきやがる!

 実際に最近厄介なのだ……何でもない時でも食事の時でも、何だったら就寝時でも行動を共にする事が多くなったカチーナさんをどうしても女性として見てしまうのが……。

 性的な目で……って言うと軽く聞こえるが、俺にとってはその事がどうしても引っかかるところなのだ。


 だって……本来の俺は女性を強姦しようとして殺されたクズになる予定だったのだから。


 アレが最早俺の未来とはかけ離れている自信はあるけど、それでも気になった女性の切っ掛けが“性的に興奮したから”というのはどうしても認めたく無い自分がいる。

 ましてやカチーナさんは今までファークス家に侮辱され続けて来た人なのに、そんな人をどうしても性的な目で見てしまう自分に最近は嫌悪感が否めず……。

 しかしグチグチとそんな事ばかり考えていると、ドラスケは面白そうに俺の周囲を飛び回る。


『ま~男子だからのう、そんな時期は誰しもあるもんである。生前の部下にもおったな~、大事な幼馴染を汚す妄想を自己嫌悪する純情ボーイがなぁ……』

「……マジでアンタ、生前はどんな立場だったんだ?」


 小出しに聞こえてくるドラスケの個人情報は気になったが、カラカラと音を出して笑う骨の竜は言いたい事だけを一方的に言い始める。


『一つ助言をしてやろう。気になった切っ掛けが何であれ恥じ入る事はないのである。綺麗な女子をスケベな目で見てしまった……男が女子を気に掛ける切っ掛けなぞ9割はそんなもんであるぞ?』

「……それはさすがに極論すぎねぇか?」

『そんな事はない! あの女子と触れあいたい、あの女子と助平な事がしたい、あの女子を自分のモノにしたい……むしろ男としては当然の事である』

「お前ね……」


 なんか持論を熱く語り始めるドラスケに、俺は呆れつつも年長者として何やら助言をしようとしているように思えた。

 内容が内容だけに真面目かどうかは分からんが……。


『無論だが無理やりは無粋通り越して外道である。しかし手にする為に努力するのは何ら間違っている事ではあるまい』

「良い事言ってる風だけど、それってエロい事したいから女性を口説こうって事だよな?」

『その通りである、それの何が悪いのだ? 貴様とて無粋を働きたいような性格ではあるまい? 我の部下同様にな』


 ……そう言われるとぐうの音も出ない。

 確かにそう言われれば“そう”見てしまうのは最早仕方が無いのかもな……。

 だってカチーナさん……美人だし、エロいし……そして無防備だし……。

 結局のところ……俺もまだまだガキだってことなんだろうな。

 惚れた晴れた何て分かってない内に強烈な映像を刷り込まれてしまって意識しすぎていたのかも……。


「ドラスケ……この仕事が終わったら、また相談していいか? なんつ~か、お前の言う“そう言う年頃”的な悩みってヤツを……」

『おお、構わんぞ! 若造のそういう青臭い時期ってのも中々に良い娯楽であるからな!』


 何かたまに飲み屋でこんな感じに若者に絡むオッサン連中を見た事がある気がするな……下ネタばっかり言って助言しているようにも見えなかったけど、一応あれも悩める若人の為になっていたって事なんだろうか?


「……ちなみにお前の生前の部下には助言してやったのか?」

『おお! 前もって相手の幼馴染に話付けておいてな……我が酒に酔わせてから配送、いや介抱してもらう事で出来婚まで持って行ってやったのだ。いや~あの時はいい仕事をしたもんである』


 …………やっぱりコイツにそういう相談するのは危険かもしれん。

 一抹の不安を胸に俺たちはトロイメアの町付近へと戻ってきていた。

 町の入り口には一応槍を手にした門番が立っている……当然冒険者の俺がそのまま町に戻ったとすれば、そのまま情報が伝わる事になる。

 つまり俺は町で目に触れないように、気付かれないように動かなくてはならないワケで。


「ドラスケ……お前は『隠形』は出来るか?」


 盗賊であるなら基本技術である気配を殺す術『隠形』、住民に気が付かれない為には必須の技術だが、そもそもの見た目がまんまアンデッドのドラスケは気配どころか見つかること自体が問題になる。

 隠形が使えないならここに残って貰う事すら考えたが……ドラスケは『ふん』と鼻を鳴らした。


『舐める出ないぞ若造。気配を殺すなどアンデッドたる我に出来ないと思うか? 元より死んでおると言うに……』


 そう言った次の瞬間には今まで動いて話していた骨が俺の肩に掴まったまま動かなくなり、今まで動いていたのを知っている俺でも置物じゃないかと思えるほどに……気配が無くなった。


「……上出来。では……行こうか」

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