第五十四話 信仰を憎む者

 しばらく付いて行くと、そいつらは商店街の先にあった2階建ての少し大きめの家にゾロゾロと入って行った。

 俺はそこで背後から離れて入り口ではなく2階の窓から侵入する事にした。

 別に気が付かれていないのだから一緒に入り口から侵入しても良かったのだが、逃走経路の確保と家探しをする事を考えれば別から侵入した方が都合が良いからな。

 特にロケットフックとかを使う事も無く俺は2階の屋根に飛び乗り……幸いにも鍵のかかっていない窓を見つけるとそこから侵入した。

 2階に人の気配は無い……俺は神経を集中して階下から聞こえてくる男たちの声に耳を傾ける。

 人数はさっきと同じゴロク町長を含めた5人……そいつらが応接間のようなところで話始めていた。


「町長……スカルドラゴンナイトはもう退治したんだろう? だったらもう採掘を再開しても良いんじゃないのか?」

「バカモノ……そうやって専門家の言葉も聞かずに雑に横穴掘って何人無駄死に出したと思っている! あれ程地属性魔法での採掘は厳禁だと言っておったのに!!」

「いや、だってよ……手作業での作業よりもそっちの方が早いからって使える連中が勝手にやりやがったから……」

「補強もせんと掘って行けば崩れるに決まっておろうが! お陰で貴重な魔法を使える奴らが何の役にも立たんゾンビの仲間になってしまったのだろうが」


 その会話内容は明らかに当事者同士の内容。

 同時に俺達の仕事が終わった後の行動について揉めているようであるな。

 ゴロク町長はすぐにでも金になるミスリルを掘り出したいらしい男たちを推しとどめようとしているようだ。

 冷静……と言えば冷静であるが……。


「そうは言うが町長、あの坑道には未だに大量の生ゴミが転がってるんだぜ? 早く処分しないと虫が湧いたり疫病が発生したら厄介だぜ?」

「そうだ! またアレがアンデッド化しないとも限らねぇじゃないか」

「ふん、確かにそうだがな……全く生きてようが死んでようがゴミはゴミであるな」


 ……気配を殺す、それは連なって感情を殺す事にも繋がる。

 隠形を極めるには感情の揺らぎを押さえる事が最重要の基本であるから、喜怒哀楽の感情を制御できるかどうかがキモになる。

 ただ残念ながら俺はまだまだ未熟者だ。

 あの坑道内で彷徨っていたアンデッドたちを、哀れな最期を迎えた人々を、そして猪井のやり取りをした連中をゴミと称するクズの言葉に……燃え上がりそうになる怒りを抑え込むだけで必死なのだから。

 無意識にダガーに手が伸びるのを歯を食いしばって耐える…………今じゃねぇ、こいつ等に地獄を見せるのは今じゃねぇんだ。


「そもそもだ……お前らが考えなしに連中を殺して坑道に投げ捨てたのが始まりだろうが。それさえなければアンデッドが坑道を占拠する事も無かったろうに」

「う……」

「ゴミ処理をしっかりしなかったから冒険者を雇う羽目になるわ、そこから更に教会から使者が来るなど面倒にもつながった……冒険者連中も使えん、力不足で教会に協力要請などしおってからに」

 

 そんな事をグチグチ言っている町長は本当に不本意そうである。

 コイツは色々と情報が流布される事を警戒しているようだからな……本当はギルド依頼という形で終わらせたかったのだろうが、アンデッドの浄化となってしまえば必然的に教会組織に話が上がるのは分かりそうなもんだが……。


「いや、でもさあの二人も精霊神教の連中だろ? 別に俺たちの敵ってワケじゃ……」


 その時男たちの一人が何やら妙な事を言いだした。

 あの二人ってのがシエルさんとリリーさんなのは間違いないだろうけど、だから敵じゃ無いって判断するってのは一体何なんだ?

 その答えは激高した町長がそのまま教えてくれた。


「たわけ! あの異端審問官、聖女エルシエルは神聖な精霊神様のお力を賜っておると言うのに『証明派』の金の亡者共と意見を同じくする不届き者なのだぞ! 万が一にも真相が知られれば敬虔なる信者のワシ等をどう見るか分かったモノではない!!」


 俺は町長の発した言葉に一瞬息が止まった。

 敬虔なる信者……今確かにそう言ったぞコイツ。


「いや、それだったら何で教会組織はそんな都合の悪い連中を寄越すんだよ。それこそ我らが同胞たちにご足労願えば……」

「教義を順守する我らの同胞も一枚岩ではない……厄介事を奴らに任せたつもりなのだろうが……確かにこれについては困ったものだ。崇高なる我らの行いを教会の上層部は存じ上げていないのだから……」


 教義を順守……こいつ等は精霊神教の信者の一派、いや狂信者の集団という事なのか!

 精霊神を最高神と崇めて、全ての民は精霊神に全ての富を捧げる事が信仰であると信じている連中。

 別にそれが自分だけの事なら一向に構わないが、そいつらは他人にもそれを強要し、そして同調しないと『背信者』『異教徒』と蔑み暴力すらも厭わない。

 だとしたらヤベェぞ……この手の連中は自分を神の使徒だと思い込み、殺戮も略奪も平気で行った上に自分たちを正義と思い込み疑わない。

 教会に都合が良いように記されている『教義』が絶対の教科書なのだから、他人が何を言おうと聞く耳を持つ事は絶対に無いのだ。


「まったく……下手に落盤事故に見せかけようとかするからアンデッド化してしまうなど面倒事に……」

「そうは言うけどよ町長、アンタだって似たような事してたじゃねぇか……ガキどもを坑道内に誘導してよ~。ただ一人顔見知りの町長の言葉だからコロッと騙されやがったのは傑作だったかな」

「それは仕方があるまい。教義では喩え背信者の子供であっても殺害する事は禁忌であるからな……ワシはヤツらに両親の下に連れて行ってやっただけよ」



 ん……何だと? 今何て言った?


 まさかこの町長……前の住人たちがいた頃から変わってないと言うのか?


 そして子供たちをあの光魔法が無ければ光も刺さない暗闇に誘い込んだと?


 教義で子供の殺害を禁じているから、その言い訳の為に……自分が手を下していないとしたいが為に……自分の手を汚さないという言い訳の為に……。


 あんな暗くて寒くて怖い場所に放置して……散々苦痛を味わわせた後に餓死させたと?


 だから……坑道の子供のアンデッドには致命傷が無かった……と?


 勝手に死んだ事にしたいから?


「報告ではガキ共もしっかりアンデッド化してたらしい。まったく……悪いのはワシが折角教会への献金を提案しているのに納得せず国に報告しようと企んだ背信者たる己が親たちだろうに……所詮ゴミの子はゴミか」

「それについては同感だな。国になど報告しては税金などという横やりで我らが神に報じる富が目減りしてしまうではないか」

「仕方があるまい……いつの世も真の信者は理解されないものさ」


 一階から笑い声が聞こえてくる。

 とても……今まで感じた事も無いような不快感を伴う楽し気な笑い声が……。

 こういう時俺はいつも不思議に思う。

 他者を害し、これ以上の悪人は存在しないと何度も思ったのにそれを上回る悪人は現れるのだから……。

 我欲の為、快楽の為に村を虐殺した野盗たちも同じように不快な笑い声を上げていた。

 絶対に許せるモノじゃ無いし、もしも今あの時の連中が目の前にいたら容赦なく斬りかかっているだろうが……それでも、こいつ等よりも遥かにマシに思えてしまう。

 悪事を悪事として自らの手で、誰のせいにもせずに悪事を行っていた連中よりも……自分を正当化する為に精霊神を言い訳に使うクズに比べれば遥かに……だ。


 その時……不意にドラスケが俺の手をそっと押さえた。


『ギラル、気持ちは痛いほど分かるがな……取り合えず“ソレ”は納めろ。一瞬の死などで済ませるには温すぎるからな……』

「…………」


 俺は自分が既にダガーを引き抜いて刃に致死性の毒すら仕込もうとしている事に……言われるまで気が付けなかった。

 止められなかったらおそらく数秒後にはやらかしていただろう。

 あんな日記を書かせておいて罪悪感どころか自分たちが正しいとか笑う連中の息の根を確実に止める為に……。

 俺は溜息を一つ吐いてダガーを納めた。


「わりい……助かったぜ。くそ……俺もまだまだ修行がたりねぇ……」

『腐るでない、その感情は人として当然の事。我も若い頃はよく感情に任せて戦い、上司に説教を喰らったからな』


 ポンポンと肩を叩くドラスケには本当に歴戦の戦士だった貫禄を感じる気もする。

 さしずめ俺はまだまだ新兵の精神って事かね……。


『まあ怒りの具合は我とて同じよ。我を呼び寄せた幼子の嘆きがあのような者たちの身勝手な思想の犠牲というのは……余りに理不尽』

「……ああ、その通りだ」


 今こそ分かってしまった……聖魔女エルシエルが『信仰』を憎んだ理由と最後まで光の精霊レイが邪神軍に堕ちた聖魔女を見捨てなかった原因。

 信仰を捻じ曲げて外道な行いを自分たちのせいにする『信仰』をどうして認めるだろうか……自分たちのせいにしてミスリル鉱山を虐殺の後に何食わぬ顔で乗っ取っていた連中をどうして許す事が出来ようか……。

 ましてや、万が一に……自分の親友が殺されたとしたら……。


 だけど預言書での聖魔女エルシエルとは違い、俺がこいつ等に死を与えたとしてもあまり意味はない。

 それはドラスケの言う通り“楽な死に方”になってしまうから……。


「ただドラスケの言う通り。この手の連中はただ殺したり裁いたところで殉教者を気取って笑って死ぬだけだ。後悔なんぞ微塵もしねぇで『自分は正しい行いをして神に召される』とかクソ自分勝手な事を口走ってな……」

『残念だがそうであるな。あの坑道にうずまいとった子たちの嘆きも、この町に蠢く我が子を求める親たちの叫びも……アヤツらには欠片も届かん』


 そこまで言うとドラスケは溜息を吐いた。


『我はいつもこうなのだ……。アンデッドであるからか、助けを求める声に死後でないと駆け付ける事が出来ん。特に我が子を守れなかった親たちの嘆きなど聞くに堪えん』


 スカルドラゴンナイトはいわゆる『墓守』のアンデッドなんだそうだ。

 元々弱者を守る矜持を持った戦士が死者の鎮魂の為に墓所を守る、死後にも求めあう人たちを引き合わせる……そんな存在。

 そんな矜持と優しさを持ったアンデッドだからこそ、死後じゃないと駆け付けられない自分にやるせなさがあるんだろうな。


「腐んなよドラスケ。鎮魂の為に行動するのだって間違ってねぇだろ? 死人の口を開くんだろうが」

『む……だがどうする? 信念に準じる奴らは我も生前に相手した事はあるが厄介であるぞ? 人の話なぞ聞きはしないし……』

「まあ……俺達の話だったらな」


 ドラスケのお陰で少し冷静になれた俺は幼少期に神様に教えて貰った『豆知識』とやらを思い出していた。

 それは神様の国とは違う場所の昔話であったけど……それを考えると精霊神を崇拝するこいつ等に当てはまる最悪の事がある。

 多分だが預言書で『光の精霊レイ』の寵愛を受けた『聖女エルシエル』に断罪を受けた事も、この狂信者たちには似たような結果だったろうな。


 信じていた神に否定されたと同じ事だったろうから……。


「俺らみたいな俗物には理解不能だけどな……大量虐殺に何にも思わない奴でも、それだけは泣きながら許しを請うくらいだったらしいからな…………じるど……何とかとか言ったような……」

『誰であるかソレは?』


 目指すべきはこの町とつながりのある領主、そしてミスリルを横に流す為の流れを掴む事から……だな。

 精霊神教、エレメンタル教会にとってこいつ等が何時まで敬虔な信者でいられるのか……それを公にする為に。


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