第五十話 自分勝手な決意表明
「おはようございま~す。昨日はよく眠れたでしょうか?」
「いや~昨日は色々とありましたから……なかなか寝付けませんで……」
「……そうですね。色々と話し合う必要もありましたし」
翌日……宿の前で顔を合わせた俺たちは昨晩の密談の事など無かったかのように、何食わぬ顔で振舞っていた。
無論シエルさんだけは完全に例外なのだが……。
「!? お二人は昨日の夜にお話合いしていたのですか? そうですか……深夜にお二人が……」
「コラ聖女様……立場的にしていい顔じゃね~ぞ……」
昨日は自室でグッスリだったらしい聖女様は本日も通常運転、何を期待しているのかアレバレな顔つきで鼻息荒く勘ぐって来る。
違う意味でも昨日の密談にリリーさんもいた事は知られない方が良さそうだな。
隣にいる
そんな事を考えていると髭面の初老のオッサンが似たような年齢層の男共を伴ってゾロソロと現れた。
昨日は自らを町長と名乗っていたヤツで人当りの良い顔つきであるものの、あの日記を読んでしまってはこいつ等だけじゃなくこの町の全ての住民が信用出来なくなる。
顔合わせで少し緩んだ空気が一気にピリッとした。
「おはようございます聖女様。昨日大物の処理が終わったなら、すぐにでも採掘を再開させたいのですが……いつ頃から再開は可能でしょうか?」
そして開口一番出てきた言葉は採掘再開の事……。
一見鉱山を飯のタネにしている連中なのだから当然の疑問なのかもしれないけど、どうも裏の事情を疑い出すとその言葉に悪意を感じてしまう。
そんな町長(偽?)の言葉に瞬時に営業聖女モードになったシエルさんは薄い笑みを浮かべて答える。
「おはようございます町長さん。私どもは昨日確かに上位アンデッドの骨竜騎士を討伐し広範囲浄化魔法時を展開して多くの哀れなアンデッドを遺体へと戻しましたが、坑道内部全てが安全とは限りません。範囲外のアンデッドが残っている可能性はあるのです。即時再開と言うには調査が不十分ですよ」
「いや、しかし広範囲に浄化の魔法陣が敷かれたのなら、その魔法陣内であれば安全なのではありませんか?」
浄化された魔法陣内は安全であるなら、その範囲内で採掘できるのでは? と言いたいのだろう。
あ~これは浄化魔法ってヤツを勘違いしているヤツの典型だな……冒険者や浄化が日常業務の聖職者にとっては常識なのだが、浄化魔法陣の適宜を理解していない。
シエルさんも同じ事を思ったようで溜息を吐いた。
むしろ彼女たちはこの手の勘違いをする輩を日常的に対応する事になるんだろうな。
「いえ……勘違いされがちではありますが、浄化結界魔法陣はその範囲内でアンデッドがこれ以上発生しなくなる陣地を作り出す魔法陣。範囲内のアンデッドを浄化するのは発動した瞬間のみ、範囲外のアンデッドには効果がありませんし……何より残党のアンデッドが魔法陣内に侵入出来ないワケではありません」
「そう……なのですか?」
外部の侵入を拒むのはあくまで防壁の結界で、これについては生きてようがアンデッドだろうが変わらない。
発動した瞬間は膨大な光の魔力が発生するから内部のアンデッドが浄化されるのはあくまでも発動の瞬間の余波でしかない。
聖域に入ったからってアンデッドが浄化消滅すると言うのは思い込みでしか無いからな……それを言い出せば浄化結界を張り巡らせた建造物である教会や神殿にはアンデッドが踏み入る事が出来ない事になる……あったら便利だとは思うけど。
だが光魔法の真実を聞いたと言うのに町長は残念そうな顔になるだけだったが、取り巻きの男共の数人は露骨にイラついた顔つきになった。
まるで『つかえねぇ』とでも悪態を吐くように。
「我々も早急にとは思いますが、何分相手が相手ですからね……。昨日のやり取りでも想定された数である200体は上回っていたようですし、一体でも残っていれば色々と危険なのがアンデッドですし……そして何よりも」
「……まだ何か?」
「坑道内に大勢の御遺体を放置したまま仕事の再開は出来ませんでしょう? それは精霊神の教えに悖る行為です。丁重に弔う必要がございますから……」
その言葉は聖職者として、そして教会の使者として至極まっとうな正論であり正道。
アンデッドであったとしても元は同族である人間の成れの果てなのだから、丁重に葬るという言葉に何一つ不当な事は無いだろう。
だがその瞬間、町長を名乗る男の顔がほんのわずかに不快に歪んだ。
「……………………なるほど、さすが聖女様です。魔物と化した者であっても慈悲を与えようと言うのですからな……失礼いたしました。なるべく早い再開を我々一同願っておりますよ……」
そして再び人当りの良い顔つきになると、そんな言葉を残して取り巻きを連れた町長はゾロゾロと帰って行った。
言葉の中に含まれた内容に、まるで死者に対する哀悼の意が感じられないのは今までアンデッドに苦労させられた恨みからか、あるいは……。
「…………?」
「どうかしたのシエル? 素人がこういう口出しするのはいつもの事じゃ無い……気にする事はないわよ」
去っていく連中を見つめているシエルさんにリリーさんが気遣った言葉をかける。
聖職者、異端審問官などやっていく上でこうしたやり取りのストレスは多いんだろうな。
しかしシエルさんは痛まし気と言うよりは不思議そうな顔で答える。
「いえ、そう言う事じゃ無いんですが……リリー? あの方々は本当に炭鉱夫で間違いないのでしょうか……」
「は!? 何でそんな事を……」
突然核心を付くような事を口にして、リリーさんどころか俺も、そしてカチーナさんもギョッとしてしまう。
そんな俺達とは裏腹に何でもない事のようにシエルさんは町長(偽?)の連中を見つめたまま口を開く。
「何と言いますか……日常的に重量物の運搬をしている労働者にしては筋肉の付き方がそれらしく無いと言いますか…………特に下半身の筋肉が甘い気がしまして……」
「「「…………」」」
さすがは脳筋聖女……判断基準は特殊であるが、その見解は的確でいて非常に厄介。
「炭鉱夫って言っても全員が全員肉体労働ってワケでも無いでしょ? 特に町長とか上役は書類仕事の方が多そうだし」
「う~~~ん、それにしては運搬向きではない方向では鍛えられている気もするんですよね~~。似たような体付きはどこかで見た覚えもあるのですが……」
これヤバくないか? 結構確信に迫っている気がするんだが……。
だいたい俺達がこの町自体に疑いの目を向けられたのは日記のお陰であって、それが無ければ気が付いていた気もしない。
日記云々が無ければ真っ先に核心に迫っていたのはシエルさんだったんじゃねぇか?
目線だけでリリーさんに“大丈夫なのか?”と問いかけてみると、彼女は困ったような顔で“アハハ”と苦笑いするだけだった。
どうやらシエルさん、腹芸は苦手だけど鈍いワケじゃ無いようだな。
それって結構厄介だよな……彼女が真相に行き付いただけで偽物共に気付かれかねない。
考えてみれば預言書の『聖魔女』も結構直情的な人物だった気がするし……。
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……とは言えやる事自体が変わるワケでも無く、俺達は数分後には昨日と同様に坑道の入り口付近まで辿り着いていた。
変な話だけどここまで四人で競争紛いにダッシュして、昨日は数十分かかったところを無駄に短時間で到着していた。
まあ一応はもしかしたらいるかもしれない監視を撒くと言う名目もあったりするんだけど……。
「むう、リリーに徒競走で勝てないとは思ってましたが……まさかそのリリーすらも負かしてしまうとは……さすがは本職ですね」
「ははは、そこばっかりは譲れないっスよ?」
「下手な盗賊には負けない自信はあったんだけど……やっぱりトレーニングの仕方に秘密でもあるのかしら」
順位は俺、リリーさん、カチーナさん、シエルさんの順で……そんなに差があったワケでも無いのに最下位だったシエルさんは思いのほか悔しかったらしい。
「明日からは走り込みを増やそうかしら……私もまだまだ鍛え方が足りませんね」
「アンタ聖女だろ? どこ目指してるんっスか……」
盗賊としてはスピードだけは師匠に太鼓判を押された俺に付いてくる時点で治療回復のサポート要員としては既におかしいと思うんだがな……。
そんなやり取りをしつつ、俺たちは昨日と同じように無数に空いた無造作な穴の中でも一番大きく綺麗な場所を選んで探索を開始した。
勿論事前にシエルさんの光属性魔法による照明で明るくなった坑道内部は目視できるほどに明るく照らされて……ただ昨日とは打って変わって徘徊するアンデッドの姿は一つもなく、坑道内に無造作に横たわっているのはアンデッド、ゾンビであった人々の……遺体であった。
……事情を知ってしまうとその光景も全く違ったモノに見えるから不思議だ。
仕方が無いとは言え、昨日ゾンビたちの動きを止める為に頭部を破壊し首を切り落としたのは俺達で、その結果が今目の前に横たわっているのだから。
不本意にもアンデッドに“されていた”者たちは最後に手を下した俺たちに何を思うだろう……そんな事を考えるのは偽善であるのは分かっていても、生前の彼らの悲惨な最期を想うと合掌せずにはいられない。
気が付くと昨日同様にシエルさんとリリーさんは祈りのポーズで、カチーナさんは俺の真似した合掌をして瞳を閉じていた。
「……私の浄化はあくまでもアンデッドの元になる闇の魔力を払うのみ。アンデッドになってしまった彼らの想いがどうなってしまったのか……その辺は分かりません」
「聖女様が随分と弱腰な事を言いますね……教会組織なら“光の下、神の元に旅立った”的な事を言いそうなのに」
俺の皮肉めいた言葉にシエルさんはクスリと笑った。
「闇の魔力と言うのは決して悪ではない。単純にアンデッドなどと相性が良く光の魔力と相反すると言うだけですから……人間にとってアンデッドが危険だから浄化していると言うのが本音で、アンデッド自体が邪悪であるかなど……本当のところは分かりませんよ」
「……そらまた投げやり、と言うかいい加減な」
「そんなものです。肉親を殺した相手を殺してやりたい一心で闇の魔力と通じ合ってアンデッドになった方がいらっしゃったとしても……私は“相手を許せ”などと言えるような高尚な聖女ではありませんから」
「……でしょうね」
殺しの推奨はしなくても“一発殴ってやれ”くらいは言いそうだものな……。
「それでも……アンデッドになってしまえば本能のままに関係のない生者を襲うようになってしまう。不本意に自らの肉体が罪を重ねる前に……討伐するのも致し方がないのです。命のある我々に出来る事はそれだけなのですから」
「せめてもの
偽善であり自己満足である……そう分かった上で、俺は再度合掌をして心の中で勝手に宣言しておく。
……せめてお前らの無念を一かけらでも晴らしてやるから……成仏しろよ。
一応一通りの弔いを済ませて、俺たちはそこから更に奥……昨日は全速力で到達せざるを得なかった『大広間』へと歩みを進めた。
当たり前だがここは今まで通って来た坑道よりも巨大な空間に、比較にならない程の多量の遺体がそこかしこに横たわっていた。
すり鉢状の巨大な穴の底には昨日シエルさんが展開した浄化魔法陣が淡い光を放っているままで、とりあえずは新たにゾンビとして動き出すような遺体は無さそうではあるが……『気配察知』を最大限に警戒してしまう。
分かってはいるのに動き出すような恐怖心が拭えずに……。
「じゃあここからの作業は予定通り手分けしましょう。都合よく索敵出来る人間が二人いるんだから二手に分かれてね」
そんな中リリーさんが『狙撃杖』を近接モードに折り畳んで、事前に決めて置いた作戦を口にする。
事前に決めていた分け方は分かりやすく俺とカチーナさん、そしてシエルさんとリリーさん……つまりこれは方法は違うけど索敵が出来る俺とリリーさんが分かれる事で、無理なく“俺が”シエルさんと別行動する口実なのだ。
唯一そうとは知らないシエルさんは注意深く俺達に警告する。
「良いですか? 町長たちには危機回避の為に大げさに言いましたが、私の浄化結界の範囲内であれば“おそらくは”アンデッドは存在していないと思います。ただ、万が一が無いとは言い切れませんからね……慎重にお願いしますよ、慎重に……」
「わ、分かってるって……」
本気で心配してくれている彼女に対して少々の罪悪感が生まれる。
何せ俺はこれから単独で町に戻るから、実質はしばらくの間はカチーナさん一人で探索する事になるのだからな……。
二手に分かれて更に奥に通ずる坑道へと向かいつつ何度か振り返るシエルさんに、俺とカチーナさんは何食わぬ顔で手を振った。
「……と、さ~てこっからが本番ですが……大丈夫ですか? 何なら無理に浄化結界の範囲外まで行かなくても……」
俺が一応気を使ってそう言うと、カチーナさんは気負いのない笑顔でニッと笑った。
「索敵の出来る優秀な斥候がいないのに不用意に突撃できるほど私は勇敢では無いですよ? 無茶はしません、手に余るようなら迷わず逃げますからご心配なく。まあ心配であるなら早めに“お土産”を持って帰ってきて下さい」
「……お土産……ねぇ」
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