第四十九話 3人の死亡予定者

 おそらく石炭採掘で生計を立てていた『トロイメア』の鉱山にある日、魔導具の材料として高値のミスリルの鉱床に当たったのだろう。

 当然町の人間は新たな資源とそれに伴う利益の為に大喜びしたのだろうが、その新たな利益を奪おうとした奴らがこの町を乗っ取ったのだろう。

 数か月前まで何でもない幸せだった家族が過ごしていたハズの炭鉱の町。

 それが他者の勝手な欲望の為に壊された……この上なく残酷な方法で。

 そして外道共は何喰わない顔でこの町の住人として、新たなる財源を自分たちの物にしようと居座っているのだろう。


「……坑道の入り口で素人臭い穴ぼこが無造作にあったのはそう言う事か」

「素人臭い、ではなく本当に素人が考えなしに掘った穴だからあんなにボロボロだったのですね……幾つか落盤したような跡もありましたし」


 それについては最早同情心など一切湧かない。

 不用意に掘った穴が崩落しようと、坑道にぶち当たって大量にひしめいていたアンデッドの“お仲間”になったとしても自業自得としか思わない。

 こんな日記を幼子に書かせたクソ共には『ザマァ』としか贈る言葉は見当たらない。


「リリーさん、日記コイツの正当性を証明するような証拠ってあるかい?」


 しかし幾らムカついても厄介なのはそこだ。

 町が一つ虐殺の目にあって住民が全て入れ替わっていたとしたなら普通なら大事件のハズだ。

 なのに実際に現地に訪れた俺達も依頼をこなすまで……いやリリーさんが日記を発見するまでの間気が付く事は出来なかった。

 そもそもこの町だって外部から物を買ったり採掘した石炭を運び出したりと外部との接触が無かったハズがないのに、その辺を疑われなったのは妙だ。

 だが俺はこれに似た事例を実体験でよ~く知っている。

 俺の故郷で起こった野盗による虐殺事件だ。

『トネリコ』の村は3年も前に無かった事にされていて、外部との接触も最小限に抑えられていた。

 当時その一帯を領土にしていた男爵の手によって。

 住人が何人いるとか、そもそも領内に幾つの町や村があるのか……王国側は領地を治める貴族連中の報告が無ければ知らない場合は多いんだよな。

 ……もっと言えば知ってても黙認している事すらありそうな気がする。

 そしてここは交易路でも観光地でも冒険者たちが集まるような狩場でもない、資源採掘に特化した炭鉱の町だ。

 関係者でなければここに訪れる者は少ないのだろう。

 実際俺達もギルドに依頼が無ければ来る事もなかったと思うし……。

 案の定、俺の質問にリリーさんは困った表情を浮かべた。


「本音で言わせていただくと、そこを困ったからこそ盗賊である貴方と接触しようと考えたのですよ。どうしてもそう言う探し物は私には管轄外ですから」

「ま、でしょうね」


 彼女も中々の俊足の持ち主ではあるが、それはあくまで遠距離攻撃を主にした戦闘に特化したモノ……潜入捜査に向いた類ではない。

 この辺は近接戦に特化したカチーナさんも同様の事が言え……この場でコソ泥的な行動を取れるのは盗賊オレしかいないのだ。


「気分的にはお二人共シエルとは気が合うようですから心情は良かったのですが、このような場所では自分の感覚もイマイチ当てに出来ませんので……」

「だからこそ直接私たちを見極めようと考え……私たちの妙な会話を目撃したと」


 カチーナさんの言葉にリリーさんは静かに頷く。

 ついさっきまでただの炭鉱、依頼主の町民たちとしか思ってなかった奴らが全員犯罪者であるなどと知っては坑道でアンデッドたちに囲まれるよりも気持ちが悪い。

 安直に生物に喰らい付くゾンビたちの方がまだ信用に値するというモノだ。

 確かに俺達は昼間には共に死線を潜り抜けた同士だがたった数日の面識……信用に足るかどうか不安になるのも頷ける。


「その上でもう一度お聞きします。貴方は一体何を知っているのですか? この日記を見る前からまるでシエルが今後虐殺をする事を知っているかのような言いようでしたが」

「う……」


 事ここに至ると……俺は一つの可能性を予想せざるを得ない。

『聖魔女』がこの町で虐殺行為を起す預言書の内容を決定付けるトリガーがこの人であるという予想だ。

 あのメンツの中では冷静な考え方をするリリーさんだが、悪人を見逃せるほど“賢い”タイプではない。

 だったらこの場で俺たちに日記を見せる何て選択肢を取るワケがないのだ。

 彼女は何らかの方法でこの町の『偽物』共に殺されるのだろう……まず間違いなく。

 だったら納得が行く。

 『聖魔女』がこの町の連中を虐殺したのも、次代の『聖女』がその行為を否定しなかったのも……悪人どもに親友が殺されたとしたなら確実にやるだろう。


 ……つまりこの部屋にいる3人はある意味で同類だ。

 預言書の未来にこのままだったら殺される予定である……ブラックリストに載ってしまった者として。

 そう考えると俺は話しても良いとは思うけど……そうなると今は冒険者として自由に生き始めているカチーナさんの事情も含める事になるな~と、視線を向けると……彼女は親指を立てて見せた。


「さっきも言ったでしょう? 私に気遣いは無用……一蓮托生だと」

「…………そうっスか」


 そうやって無条件に信用されると何ともむずがゆい。

 自分でもコレが正しい行いかも計りかねないと言うのに……。

 俺は溜息を吐きつつ覚悟を決め、リリーさんへと向き直った。


「説明……しても良いけど、多分頭がおかしいと思うか、もしくは異教徒として始末を考えなきゃいけなくなるかもだぜ? それでも良いのかい?」


 俺の幼少期の体験談など教会組織にしてみれば教義違反の妄想のオンパレードだろう。

 しかし予防線を張る俺にリリーさんはニッコリと……さっきまでとは違う清々しいまでの悪党の笑みを浮かべて見せた。


「構いませんよ。私たち3人組の異端審問官が他のチームに比べてどれほど成績が悪いとお思いで? 目に見える悪人しか始末できない脳筋バカですよ?」

「おおっと……」


 俺は共にすれば実に美味い酒が飲めそうなリリーさんの素敵な笑顔に、俺の幼少期から始まった奇妙な事柄から先日の『ハーフデッド事件』までの経緯を搔い摘んで話して行った。

 最早俺の正体など知っているリリーさんはその辺について驚愕する事も無く、むしろ楽し気に話を最後まで聞いていた。

 

「預言書……そして邪神の復活に四魔将の存在。創作にしては良く出来ているね~、教会に引っかかったら絶対に極刑だろうけど舞台にしたらちょ~面白そう!!」

「……口調が戻ってるけど、良いのか?」

「あ、ゴメ…………失礼しました」

「……別に口調は変えなくても良いんだが?」

「……こういう場面で気持ちを切り替える為にしているだけなのでお気遣い無く」


 コホンと咳ばらいを一つして言い繕う彼女は少し顔を赤らめていた。

 多分砕けた方がいつもの口調なのは変わらないけど、交渉事などの場面ではこっちの口調になる事で自身を律しているのだろう。

 こういう所はやはり聖職者なんだなと感心する。


「ギラルさんが件の賞金首である事に微妙な違和感もあったのですが……カチーナさんがカルロス隊長と同一人物と考えると辻褄も合います」

「どういう事です?」


 俺が不思議に思い口にすると、リリーさんは苦笑しながら教えてくれる。


「うちの脳筋バカ二人はずっとおかしいって思ってたんですよ。あの日突然現れた見ず知らずの自分たちに妙なくらいに配慮する怪盗が、あそこまで騒ぎを大きくして置いて殺人を犯したと言うのが不自然であると…………正直それは私も思いました」

「う……」


 状況というよりは心理的な考察……だが的確な指摘に俺は思わず唸ってしまうが、カチーナさんは納得顔で“ウンウン”と頷いている……若干嬉しそうに。


「つーか信じるの? こんな与太話……言ってる俺自身でさえうさん臭く思えるのに」

「まあ……確かに助けてくれた神様が“太めの眼鏡をかけた青年”というのは何とも言い難い話でしたが……」

「まあそうでしょうね……」


 それについては否定するつもりもない。

 俺だってあの時助けてくれた人物が何だったのか……今となっては知りようもないから。

 それでも死にかけの俺を助けてくれて、悲惨な死を遂げた幼子を悼む事が出来る人間にしてくれたあの人が俺にとって神様である事は変わりようがない。

 その考えを他人に押し付けるつもりは無いのだから……。

 俺がその事も含めて話すとリリーさんは呆れたように溜息を吐いた。


「本当に……私でなければ異端者として処罰対象だったかもしれませんね。ここまでシエルと似たような考えの人物がいたとは……」

「……え?」

「貴方の言う与太話を全肯定するワケではありませんが、少なくともシエルが信仰対象の『精霊』ではなく『信仰』を否定する背信者となったと言うのは……一番近くであの娘を見て来た私には納得できてしまいます」


 信仰を否定する事に納得って……。

 もしかして聖女の頃からシエルさんには『聖魔女』になりうる下地があったって言うのだろうか?

 何か壮大な理由があるんだろうか…………しかし固唾を飲んで聞く俺にリリーさんはクスリと笑った。


「そんな大仰な理由があるワケじゃないです。私のように魔力はそこそこ、精霊にしてみれば顔を知っている程度の認識の者とは違ってシエルは生来より光の精霊と共に生きて来た……友人ですから」

「友人……友達ですか……」

「はい……いつも一緒にいる、いつでも手を貸してくれる感謝し共に歩む存在。精霊神教の教えを広め崇めさせる為の存在ではありません」

「……あ」


 さすがは親友……聖女エリシエルの心情を誰よりも的確に分かっている。

 一見『聖魔女』となった預言書のエリシエルは邪教に鞍替えしたように思えたが、彼女は賛同した人々を信者とは決して呼ばず、邪神の事すら『盟友』と呼んでいたのだ。

 その辺の事が気に喰わない邪神に盲信する『聖騎士』とは度々対立していたけど……。

 そして……最期の最後まで光の精霊が『聖魔女』に協力していたのもハッキリする。

 親友の友人であると公言“してくれる”人物を光の精霊自身が嫌うはずがない。

 預言書で『聖魔女』を闇堕ちさせた何者かは聖女エルシエルだけではない……光の精霊すらも怒らせたという事なのだ。

 ここまで来れば最大の懸念がどこに帰結するのか……考えるまでもない。


「リリーさん、預言書云々は別にしてくれぐれも……」

「……分かってますよ。シエルが弱者を一方的に虐殺するのを良しとするなど……私が殺されるという展開が一番分かりやすい沸点です」


 サラリと自分の死も含めて受け入れてしまうシスターリリー。

 本当にその様は歴戦の戦士のソレで……師匠たちに通ずる頼もしさすら感じる。


「ちなみに俺達と接触しなければどう行動するつもりでした?」

「…………そうですね。おそらく何らかの理由を付けて明朝には王都へと向かい、異端審問官として教会へ報告、王国側からも動いて貰い町を本格的に調査するよう配慮したと思います。この分では……不審な行動を取った時点危険がありそうですが」

 

 単純な戦力であれば勝負にならないだろうが、人を殺す方法は一つじゃない。

 食事での毒殺やらプロを雇っての暗殺やら……なんなら人質って手だってある。

 今現在が敵地であると考えればどこにいても油断が出来ない。


「この件についてシエルさんは知ってるんですか?」


 俺は肝心の本人はどうなのか気になり確認すると、リリーさんは露骨に眉を顰めた。


「……暫くは言えませんね。あの娘、人当りの良い仮面は被れるけどあんまり腹芸は上手くないのです。悪人を前にどこまで誤魔化せるかを考えると……」

「……なるほど」


 妙なもんでここにいる3人は元々その手の感情を隠す事に長けた盗賊オレと魑魅魍魎の貴族連中が足の引っ張り合いをする王国軍に席を置いていたカチーナさん、そして異端審問官の中で参謀役を務めていたリリーさんと……その手の事柄を隠す事を得意とする連中が揃っていた。


「では……これからどう立ち回りますかシスター?」

「明日以降は坑道内の残存アンデッドの調査討伐って事になっているから……坑道に入ったらギラルさんには別行動をしていただきたいのです」


 別行動……俺達が依頼通りに坑道へ入ったと思わせておいて、町へと戻って証拠になる何かを探し出す……って事か。

 確かにそういう事であるなら盗賊ほんしょくの腕の見せどころではある。


「じゃあ明日はよろしく~怪盗ハーフデッド、お土産期待してるよ!」


 しかし唐突に口調を戻してその名を言われて、何とも言えない気分になってしまう。

 う~む……やはりこの人に情報を開示するのは早計だっただろうか?



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