第四十七話 ムッツリ……それがお年頃の男子(笑)

「え? リリーさんにバレた? 君のアレが?」

「アレって……確かにアレの事だけど……」


 坑道にひしめいていたアンデッドたちとスカルドラゴンナイトとの攻防、浄化作業を終えた俺たちはその後トロイメアの宿に戻った。

 報告を聞いた町長はお喜びで「コレで直ぐにでも採掘を再開できる!」と住民たちと一緒に喝采を上げていたが、明日にでも採掘再開しかねない町長をシエルさんが慌てて止めていた。

 何でも広域浄化結界のお陰で一応大物は仕留めたものの、アンデッドが全て坑道内部からいなくなったかの確証はなく、念の為に2~3日は滞在、探索をしてからという正論に渋々と言った様子で頷いていた。

 住民の安全を第一に考えるべき町長がこんなので良いのか? と思う反応ではあったが……今まで作業が止まっていたのだから気が逸るのも仕方が無いのかもな。

 そして宿に戻り夕食を終えてからしばらくして……俺はカチーナさんの部屋を訪れて本日の“やらかし”を報告する事になった。

 カチーナさんを俺の報告に小首を傾げる。


「……でも別にその後リリーさんに何か言われたワケじゃ無いんでしたら、本格的にバレたと考えるのは早計ではないですか?」


 楽観的に言って彼女は俺を励まそうとしているようだけど、残念だがその意見には頷けない。

 あの裏の含みまで持たせたようなイイ笑顔を見てしまった後では……。


「あのサムズアップは“分かっている”という意図を俺に伝える目的だよ。もっと言えば“分かってる分かってる言わないでおいてあげる”という意味まで含めての……ね」

「あらら……」


 怪盗ハーフデッド……俺の中であの怪盗は一夜限りの劇中の悪役でしか無く、既に死滅した存在……のハズなんだが、その突如現れた怪盗は現在の王都で最もホットでイカれた賞金首として知られてしまっていた。

 さる侯爵家の跡取り息子を死に追いやった正体不明の黒装束、跡取りを奪われたファークス家の現当主は血眼になって多額の賞金を懸けているとか何とか……。

 ……まあ、それは良いんだけど一番の問題は。


「すみません……俺の身バレは芋づる式で最悪カチーナさんの秘密に辿り着く可能性もあるってのに……」


 俺としてはそっちの方が大問題。

 折角貴族やら男装強要やらのしがらみから解放されて剣士カチーナとして伸び伸びと冒険者稼業をしていると言うのに、件のファークス家長男である事実が露見したらどんな面倒が起こる事か……。

 しかし当のカチーナさんはカラカラと笑い飛ばす。


「そんな心配は無用です。所詮今の私は君という盗賊に全てを盗まれた存在……その君とは私が一蓮托生なのは今更の事。終わりも含めて、最後まで責任を取って貰うのですから私の事情など些末な事ですよ」


 パチッとウインクするカチーナさんは無駄に色っぽく……色々と重たい事を軽く言ってくれる。

 女性が男性に責任取ってというのも相当に重たい言葉だろうけど、俺たちの関係性は自分たちの命と未来が掛かった綱渡りを一緒にしているような状態だ。

 そのままでは悪人として最低な死に様を晒す予定だった俺達なんだから……幾ら本人がそう言ってくれても俺が軽く見るワケには行かない。

 気を使ってくれている事すら申し訳なくなる。


「本当……すみません」

「まあ良いですけど……私も隊を率いていた時には似たような事も経験しましたから、落ち込むなとも言えません」


 やらかした時に気にするなと言われて本当に気にしない……何てヤツは特殊だろうし、むしろ信用に値はしないだろう。

 そう言ってかチーナさんはその事について言及するのを止めてくれる。


「だけど……せめてお話しする時はこっちを見なさい。師匠たちにも教わらなかったのですか? いつまでも突っ立ってないで椅子に座って……」

「……無理っす」


 俺は壁に背を預け、腕組み足を組んだ状態で明後日の方向を向いたまま突っ立っていた。

 カチーナさんの部屋に入ってからずっと……。

 それはまるでニヒルで孤独な盗賊が一匹オオカミを気取り格好つけているかの如く……他人が見れば“俺は誰ともつるむつもりはない”的な雰囲気を醸し出しつつ、だったら人のいるような場所に来るなよと言われる痛々しい輩のように。

 ……無論理由はそんな痛々しい自己満足の為ではない。

 椅子代わりにベッドの腰掛けるカチーナさんを何とか視界に入れない為だった。


 くだらないと言うなかれ……元々の部屋着が薄い彼女だったが、最近スレイヤ師匠の服を譲り受けてからそっち方面もパワーアップしているのだ。

 師匠と一緒に冒険者をしてた時に俺はそんな事を思った事は無かったけど、多分その頃に現夫のケルト兄さんは今の俺と同じ気持ちだったんだろうと思う。

 盗賊は動きを制限される防具や衣装を嫌う事が多く、スレイヤ師匠も服は動きやすく薄着が多かった。

 特に部屋着は露出が多く……今はその衣装をカチーナさんが着ているのだ。

 今着ているのは緩めのノンスリーブのシャツにピッタリとしたスパッツ……どちらも女性特有の鍛え上げた美しい曲線が際立ち艶めかしい。

 そして最大の問題はその後ろ姿……正面から見ないようにこの位置に来たと言うのに、配置的に座った彼女の斜め後ろから見える位置が仇となってしまった!

 ノンスリーブには袖が無い……だから動くたびに脇から覗けてしまうのだ。

 そう……リラックスする場所で厳重装備をしていないありのままの姿をした神秘の山の後ろ姿が……。

 恐ろしい事に一度目を奪われてしまうと、見ないように見ないようにと言い聞かせても何度でもチラチラと瞳が動いてしまい……告白すると動かないではなく、動けない。

 足を組んでいる事情は……本気でトップシークレットである!!

 凄まじくどうでも良い事を心の中で叫ぶ俺は真面目な顔を繕っていて……その顔付きにカチーナさんは感心したように頷く。


「ふむ……常在戦場……失敗を糧に警戒を強めるのは感心ですが、だからと言って常時警戒をしているのも良い事では無いですよ? お気持ちは察しますが……」


 真面目に優しく諭してくれるカチーナさんに俺は心の中でスライディング土下座を敢行していた。

 ……マジすんません!!



「怪盗ハーフデッドについては一先ず置いておきましょう。今議論しても当事者にしか分からない事でしか無いですから」

「……そっすね」


 そう言いつつカチーナさんは何時までも座らない事に諦めたのか、ベッド上で胡坐をかいて俺へと向き直った。

 後ろ姿が見えなくなって残念……イヤ! 話しやすくなったのだから問題は無いだろう!! 俺は心の葛藤を払いのけ何でもない感じに言葉を絞り出す。

 ……いやカチーナさん、胡坐もヤバイって。


「依頼自体は何の問題も無くこなしましたが……私個人はあの方々に不信感を抱く事は無かったですね。むしろ久方ぶりに盟友と出会った気分ですよ」

「盟友……好敵手の間違いでは?」

「そうとも言います! あの方がこれから悪事を働くとはとても思えませんが……」


 力一杯晴れやかな笑顔でカチーナさんは断言するが、俺だって似たような心境だ。

 付き合えば付き合う程にあの二人は気の合う類の人間で、異端審問官なんて名乗っているのに教会の教義厳守のイメージは一切感じられない。

 人柄からも恐怖の軍団を率いる最悪の回復術師『聖魔女』の気配すら感じなかった……だけど。


「ソイツは俺がカチーナさんと出会った時にも散々思った事だよ。何をどうやればこんな人が悪人に堕ちる事が出来るのか……ってな」


 俺が知っているのはあくまで預言書で見た結果でしかない。

 過程を全く知らないのだから、今後シエルさんの身に何が起こるにしても予想するしか無いのだ。

 カチーナさんの時と同様、逆説的に何があればシエルさんが闇落ち“出来るのか”を考えて……。

 そして俺はポケットに入れたままだった坑道で拾った鉱石……一体のゾンビが持っていたミスリル鉱石の事を思い出した。

 何気なく手にとっても見ると、ランタンの光に照らされて虹色の光が淡く輝く。


「ただ……シエルさんに関してじゃないけど、別口で思い出した預言書の一節がある」

「思い出した?」


 俺はミスリル鉱石を弄びつつ、この町が預言書でどんな場所だったのかを口にする。


「ここは邪神軍が優れた魔導具、もしくは魔導武具を生み出す為に町民を全て虐殺する事で邪神軍が手に入れたミスリル鉱山の町で……その為に聖魔女エルシエルが初めて虐殺を扇動した始まりの場所だ」

「…………は?」


 一瞬にして“何言ってんの君?”という顔になるカチーナさん。

 俺自身も何言ってんだろうと思わなくも無いのだけど、俺の記憶はあくまでも預言書の一節でしか無いからな。


「え? でもギラル君……ここは炭鉱でしょ? 武力一辺倒な私でもそれは石炭を掘る場所だって分かるけど」

「そこなんだよな~俺が見た預言書ではこの町の名前まで語られて無かったからな……精々目印は町中の石像くらいだよ。ただ、こいつが坑道で見つかったからには……あながち俺の記憶違いとは言い難いようだけど……」


 何と言うかとんでもない見落としをしているような気になってしまう。

 なのにその肝心な事が何なのかが…………。


ビシ!!

「!?」

「な、なに!?」


 しかし俺が思い悩んでいるその時、唐突に何か貫通したような音がしたかと思うと……俺たちの目の前の壁に黒い焦げ跡が付いていた。

 狙撃!? 俺達は冷や汗と共に慌てて窓から見えないよう壁を背にして、横目でガラスの一部を確認する。

 ……普通ならガラスが割れるか放射状に亀裂が走りそうなものなのに、あるのは直径一センチにも満たない小さな穴のみ。

 こんな芸当……出来る人間は一人しか知らないが……。


「!? ギラル君……か、壁に……」

「……な!?」


 カチーナさんの声で改めて着弾した壁に目をやると……最初は単なる点であった焦げ跡から、まるで焼き小手でも使っているかのように文字が出来上がっていく。



『怪盗さん、お話私も混~ぜ~て。 麗しのシスターより』



「…………」

「…………」


 何とも言えない気分で俺はその文字を見るしか無かった。

『気配察知』で周囲に気を配っていた……だと言うのに……。

 敵に回しちゃマズい……俺は瞬時にシスターリリーへの認識を改めるのであった。

 警戒対象から超警戒対象へと。 


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