第四十六話 スナイパーの笑顔
ヤヴァイ……あの日ファークス家の騒動で対面した異端審問官の3人の中で俺が最も警戒していたのは誰あろうシスターリリー、彼女である。
シエルさんの親友で『聖魔女』への原因最有力候補というのもあるが、あれ程偏った脳筋思考の仲間たちを誘導して参謀を務めていたのは間違いなく彼女だ。
……似たような気概もあったとは思うけど。
それでもあの中で最も冷静に状況を見通せる、戦闘方法が遠距離主体なのもあり“俯瞰から”物事を見る事の出来る人物に“今の”を見られた……。
全身の……ありとあらゆる場所から嫌な汗が噴き出して来た。
しかし俺がそんなイラン事を考えている矢先、闇に閉ざされていたハズの炭鉱内部の大広間全体に……いや炭鉱全土を包み込まんばかりの黄金色の光が発生した。
それはたった一人の聖女から放たれた浄化の光……大地に棍を突き立て溜め込んだ光属性の膨大な魔力を放出する為に、それまで閉じていた瞳をカッと見開いた。
普段は淡いグリーンの瞳が今は遠目でも分かるくらいに……それこそ目を合わせた瞬間に瞳を焼かれるんじゃないか? と錯覚するほどの光を放ちながら聖女エルシエルは唱える。
それは俺たちにとっては待ちに待った瞬間、アンデッドたちには活動を停止させる致命的な……いや、ある意味ではアンデッドたちこそ待ちに待った瞬間なのかもしれない。
「哀れなる亡者たちよ……永久の安らぎへと誘わん……光界浄化魔法陣!!」
その瞬間に更に爆発的に広がる光の奔流。
黄金色どころかホワイトアウト、太陽を直接見たくらいの光が生み出される。
「「「「「「「アアアアアアアアアアア……アアアアアアアアア……アアア……」」」」」」」
そして膨大な浄化の光を全身に浴びた、うめき声を上げて本能のままに生者に襲いかかるしか無かったゾンビたちはその瞬間に闇の魔核を失い、物言わぬ只の骸へと戻ってその場に倒れ伏していく。
スケルトンも支えになっていた魔核を失っては体の維持も出来ずに、カラカラと乾いた音を立てて崩れ落ちて行った。
閃光が収まった時……そこはさっきまであった地獄の如き光景は鳴りを潜めていた。
聖女の祈りで静かな眠りへとアンデッドたちが誘われる光景は神々しくすらある。
「……凄え……さすがは聖女…………って!?」
『……!? !!? ……!!』
しかしそんな光景に若干呆然としていた俺は、岩壁に張り付いている俺に突撃してくる巨大な存在に気が付くのが遅れた。
それは言わずと知れた骨竜騎士……こいつも今の浄化の光で無傷とは行かず、巨大な骨で構成された全身はヒビだらけで軋み、崩壊が始まっていた。
他の下級アンデッドたちとは違ってコイツは上位な分消滅まで若干の猶予があったのだろう……ほっとけばそのまま安らかに往生出来ただろうに。
同じ骨なのにナイトもドラゴンも一心同体、同じような顔つきで今まで散々コケにして翻弄していた俺に特攻をかまして来る。
『せめて貴様だけはみちづれじゃああああああ!!』(*ギラルの表情で読み取った言葉)
「うおわあああああああ!?」
さすがに避け切れない!!
挑発するのももう少し穏便にするべきだったか!?
ボボボン…………
「……え?」
しかし今更そんな後悔をしつつ、巨大な骨が岩壁ごと俺を押しつぶそうとした瞬間に骨竜騎士の復讐に燃えるナイトとドラゴンの頭蓋骨がほぼ同時に吹っ飛ばされた。
それは頭蓋の内部から何かが破裂したような感じで……頭部を失い巨大な骨格が力なく地上へと落ちて行く中、その中心に残った二つの弾丸も一緒に落ちて行くのが見えた。
数十回分の風の魔力を溜め込んだ特性の『ミスリルの弾丸』……それを所持して使いこなす人物はこの場に一人しかいない。
恐る恐る……俺はその人へと視線を向けると…………『狙撃杖』を遠距離モードにして、凄く……物凄くイイ笑顔で親指を立てるリリーさんがいた。
その素敵な笑顔に……スカルドラゴンナイトの決死の特攻よりもゾッとしたのは言うまでもない。
*
「うは~~~ギリギリでしたね」
「ふう~~、危なかったですよ。私も最早魔力が空です。しばらくは光魔法の支援も回復も使えそうにないですよ……」
大量のアンデッドたちが倒れ伏すその中心でありながらも、最早ただの骸と化したアンデッドを前に戦闘が終了した事を確認して、カチーナもシエルもその場に座る込んで溜息を吐いた。
しかし疲労感はあるものの、その表情には達成感が溢れていて……自然に顔を見合わせて笑いがこぼれ始める。
「さすがはエレメンタル教会の聖女様、こんな巨大な炭鉱全域に浄化結界を発動だなんて、アンデッドが一網打尽じゃないですか!」
「何をおっしゃいます。ここまでバカみたいに時間のかかる浄化結界、敵地のど真ん中で発動する何て自殺行為……絶対に守って下さる実力のある方が一緒でなければ不可能ですよ~」
誉め称え合う仲間同士の爽やかなやり取り。
そこに本来の未来ではいがみ合うはずの『聖騎士』と『聖魔女』の面影は一切なく、同じ苦難を乗り越えたそこには戦友としての尊敬しか無かった。
しかし二人がそんな風に称えあう中、狙撃杖で最後の獲物を仕留めたシスターリリーは立ったまま別の方角を見ていた。
無論それは一番の大物を今まで引き付けていた盗賊の少年を……。
特に隠していたワケでは無いのだが、リリーは以前から『盗賊師弟』としてギラルと言う少年の存在を知ってはいた。
正確には彼の師匠スレイヤに注目していて、その弟子といういわゆる“ついで”で知っていただけなのだが……。
魔力があっても使いこなせないとして幼少期は落ちこぼれ扱いを受けていた彼女だったが、親友の隣に立つ為にめげる事無く“自分でできる事”を模索し続け『狙撃杖』という相棒を見つけた彼女だったが、幼少期の経験から貪欲に他者から技術を吸収……見て盗むという特徴が身についていた。
彼女は武器の特性上命中の技術よりも敵に補足されないための足の重要性を肌で感じ、王都の冒険者ギルドでもとりわけ優秀である『酒盛り』の盗賊スレイヤに目が向いたのも自然な事。
だけど今回リリーは弟子であるギラルと仕事を共にする中、ずっと妙な違和感を感じていた。
最初の顔合わせで『あ、お弟子君だ~』としか思わず、カチーナとのやり取りの純情っぷりから親近感と微笑ましさしか感じなかったのに、戦闘になるにしたがって“どこかで見た事がある”違和感が付きまとっていたのだ。
そしてさっき……違和感の正体がハッキリした。
見て盗むクセの付いている彼女は先日逃亡を許した“とある怪盗”の動き、逃げ足をシミュレート出来ないかと模索していたのだが……絶体絶命の状況で『ロケットフック』を使ったギラルの動きが、あの日の怪盗の動きと完全に一致したのだ。
違和感の正体が判明した瞬間……シスターリリーの口角が嗜虐的に釣り上がって行く。
「ヤッバイ……ちょ~面白そう……」
「……どうかしましたかリリー? 怪我でも……」
「え? ううん、何でもないよ~」
しかし親友が心配して声を掛けた瞬間、リリーはいつもの当たり障りのない笑顔へと戻して振り返った。
脳筋3人の中では一番冷静かつ広い視点を持つ彼女だが……その実一番イイ性格しているのも彼女だった。
『これは……いじりがいのあるオモチャを見つけたかも………………ん? これは』
そんな風にターゲットにされつつある……ギラルにとってはとんでもない事に思いを馳せるシスターリリーは、自分の足元に一冊の赤い本が落ちているのを見つけた。
それは少女のゾンビ……だった遺体が手にしていたらしい遺品のようだった。
「この娘の……日記かしら?」
何気なくリリーが拾った一冊の日記……それが『聖魔女』としてエルシエルが闇堕ちする決定的な第一歩である事を……この時予想する者は誰もいなかった。
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