第四十五話 師弟で作り上げた技術

 ……現状だが大群のゾンビとスケルトンに関しては既に引き付けていたシエルさんに今も続々と砂糖に集るアリの如くゾロゾロと集まっていて、今は浄化結界発動の為に金色に光輝くシエルさんを中心にカチーナさんとリリーさんが各々近寄るアンデッドたちを順次倒している。

 あまり範囲を広げずに倒れたゾンビたちの体を簡易的な肉壁として利用し、後続の進行を少しでも遅らせてその間に無理なく倒していく。

 防衛を第一に考えた知能の低いゾンビに対する実に効率のいい戦法である。

 シエルさんの浄化結界は範囲が広ければ広いほど“溜め”に時間が掛かり、中断するとそれまで溜めた魔力自体が霧散して無駄になるらしく、ここまで広大な炭鉱全体を覆うくらいの結界はいくら聖女である彼女も1日に一度しか使えないとも。

 手際よくアンデッドを屠るあの二人を見ている限りは相手がゾンビやスケルトンだけであるなら、喩えその時間が倍以上かかっていたとしても余裕だったかもしれない。

 つまり何が言いたいのかと言うと……向こう側の最大戦力スカルドラゴンナイトが加わればアウトであるという事なのだ。

 俺はワザワザ怒らせて死霊が怒りを表す現象である紅い光を、乗り手もドラゴンも双眸に浮かび上がらせて走り出した巨体を前に全速力で真っすぐ…………ではなく速攻で岩壁を目掛けて駆け出して、僅かに見える出っ張りを足場にして駆け上がる。


『…………!?』


 逃走なのだから一先ず距離を取ろうとするだろうと走り出そうとしていたナイトは面食らい、慌ててドラゴンを旋回させる。 

 この距離というのが逃走においては重要であり厄介な代物で、遠ければ遠い程安全であると思われがちであるが、ガタイのデカい相手に対してその考えは危険なのだ。

 巨大だから遅いと考えるのは間違い、スピードが乗った時は重くてデカい方が慣性が働いてより速く、より強くなってしまう……神様曰く物理法則ってヤツらしい。

 そうしたスピードが乗った状態だと小回りが利かなくなる欠点があるものの、ここは巨大だが閉鎖された坑道の中……スピードが乗った状態で動き回られたら手が付けられない。

 ましてやこっちはシエルさんの魔法を一度でも邪魔されたら敗北なのだから……。


「ほらほら追って来いよデカブツ! 俺はこっちだこっち!!」

『………!? ………!!』


 俺の仕事は最大戦力の骨竜騎士スカルドラゴンナイトを自分に引きつけつつ、適当な距離を保って“スピードに乗せない事”なのだ。

 だから意識すべきは平面だけではない立体的な動きによる“意識させる”逃亡……それについては閉鎖された岩壁や採掘作業で出来上がった無数の段差は正に打って付け、この空間が利点になるのは向こうだけじゃないのだ。

 

「頭上がお留守だぜ!」

『!?』


 そして岩壁伝いに骨竜騎士より上に上った所でジャンプしつつ、俺は手にした飛び道具をナイトの紅く光る双眸へと投げ放つ。

 飛び道具……とは言っても単なる釘だけどさ。

 根本的に物理攻撃でアンデッドを倒すには『魔の核』のある場所、大半のヤツは頭部だが、そこを破壊するか切り離す事で“核の場所を無くす”しかない。

 魔の核を直接消滅させる事は不可能、同じように魔法による攻撃でないと出来ないから、こんな事をしてもダメージにはならず意味はない。

 だけど生前の経験はこういう時に邪魔をする。

 急所を狙われたという焦りからかナイトは慌てて首を捻って釘を交わすけど、その釘の死角から襲い掛かって来た“鎌”には意識が向いていなかった。

 頭上からの斬撃を交わす事が出来ず、ナイトの右目の辺りを浅く切り裂いた。


『!?』

「……ッチ、浅いか」


 俺は鎖鎌を回収しつつ、ジャンプしたそのままの勢いで更に上段へと足をかけた。

 ……こっちも何にもなければ、徹底的に中間距離で徹底的に骨竜騎士の攻撃をいなしていれば時間を稼げるか?

 そう思いたいところではあったけど、残念だけどそう簡単には行かない。


「「「アア……アアアアア」」」

「やっぱりいるよな、お前らも……邪魔するぜ!」


 すり鉢状に掘られた大広間はらせん状に下へ下へと向かう構造で、上下に移動しやすいように作業しやすいように道が出来ている。

 つまり歩みが遅く段差に弱いゾンビたちでも動きやすい構造で、大半の連中がシエルさんたちに引き付けられていたとしても、それでも全部ではなくまだまだ大勢残っている。

 俺は突然下から現れた“生き物”に反応する前に上段にいた三体のゾンビを下に蹴落として自分の陣地を確保する。

 叫び声も上げずに落ちて行った後、何かが潰れた音が聞えて来たが……問題ない。


「……しかし報告じゃ約200人前後って事じゃ無かったか? どう考えてもゾンビの数は200よりもっといそうだけど」


 現状鬼ごっこの邪魔をするだけの存在だけど、当初から討伐した数と今もシエルさんに詰め掛けている集団を鑑みても200じゃ利かないが……。

 しかしそんな事を考えている暇もなく……たった今自分が登って下の段にいたハズの巨大な骨のツメが、俺の“真横”から襲い掛かって来た。


ドゴオオ!!

「ブワ!?」


 岩石を砕く轟音と共に俺が今まで立っていた場所が一瞬にして削り取られた。

 咄嗟に反対側の岩壁に張り付かなければ俺も確実にえぐり取られた岩盤と同じように粉々にされていただろう。

 恐る恐る下に目を向けると……骸骨の右目が縦に裂けて、より迫力の増したナイトの闘争心むき出しな紅い相貌が見えた。


『……………………』


 言葉なんか無くても分かる……あのナイトはこう思っているのだ。

“お前だけは絶対に許さん! ぶっ殺してやる!!”と……。


「ハートに火を付けた……的な? こっちを追ってくれるのは願ったりだけど!」


 俺はそのまま岸壁を“ロッククライミング”の要領で横へ横へと移動していく。

 スレイヤ師匠には盗賊のあらゆる技術を教わったけど、逆に俺が師匠に話した『神様の教え』がヒントになった事も多い。

 俺は知っていただけなのだが、その話を又聞きに聞いた師匠が再現して己のモノとした技術や道具なんかは結構あり……こういった壁移動もそんな技術の一つだ。

“指一本でも引っかかる場所さえあれば……”

 コレを再現した当初は仲間たちにクモ呼ばわりされたもんだけど、こういう時に重宝するのだから、何でも身に着けて置くものだ。

 ここならゾンビは元より巨大な骨竜騎士も攻撃しにくい……。


 が……そう考えたのは相当に甘かった。

 届きにくい、攻撃しにくいと判断した骨竜騎士は俺を直接狙おうとはせず、ヤケクソのように俺の張り付く岩盤に向かって頭突きを始めたのだ。


 ゴゴン! ドゴォ! ボコン!!

「う、うわ!? マジか!?」


 やがて衝撃と振動で俺の張り付いていた岸壁が徐々に崩れ始める。

 落盤の危険があるとかそんなのはお構いなし、実際に崩れ落ちた岩石に潰されるゾンビたちもいるけどそれでも頭突きを止めない。

 だけど元から不安定な岩場をチョロチョロと逃げ回っていた盗賊オレに対してはこの上なく効果的。

 張り付く岸壁ごと崩されてしまったら立て直しようがない!

 足場も引っかける出っ張りも、全体的に剥がされてしまったら……。


「まさかここまで狙っていた……って事は!?」


 岸壁ごと崩されて中空へと飛び上がらざるを得なかった俺は、既に相棒のドラゴン共々追撃の為に飛び上がっていたナイトの得意げな……神様曰く“どや顔”と目が合った。

 ナイトは剣を上段から振り下ろし、ドラゴンの右爪は下からすくい上げ、左斜め上からは尻尾が振り下ろされている。

 空中に投げ出されて身動きが取れない状況での三方向からの攻撃……どうやっても絶体絶命の状況に冷や汗が噴き出す。


「ヤ、ヤベェ!!」


 油断はするモノじゃない、させるモノ……師匠からあれ程叩き込まれた心得だと言うのに、俺はまたしても油断していたようだ。

 この距離ならこの場所なら逃げ切れる、勝機があるなど相手の手のうちも分からない内に過信するなど……。

 素早さ特化で防御力が紙のような盗賊が、こんなヤツの三点同時攻撃なんか受けた日には一撃で四散、岩壁の染みになってしまう!!


「くそお!!」


 俺はなりふり構っていられず、今回は絶対に使うつもりの無かった『七つ道具』の一つを咄嗟に“射出”させ、そして宙ではあり得ない重力に逆らった方向に“巻き上げる”力で引っ張られる。


『……!?』


 必勝を確信していたのかナイトが攻撃を外した瞬間にギョッとした表情を浮かべる。

 どうでも良いけどこの骨騎士……喋らんし顔も変わらないハズなのに表情豊かな骸骨だよな……。


 さて……絶命の危機を辛くも逃れた俺であったが、別方向で今自分がやらかした事に対して非常に焦っていた。

 今俺が使ったのは『ロケットフック』……師匠から受けついだ七つ道具の一つなのだが、これも俺が師匠に語り再現した道具で、一般的な道具ではないオリジナルの物だ。

 何でもない時、何も知らない人の前でコイツを使う事は別に問題無いのだけど……生憎俺はこの道具を非常にめんどくさい状況で使った事がある。


 怪盗ハーフデッドとして異端審問官の3人の目の前で……。


 チラリと未だにゾンビたちの団体に囲まれる仲間たちへと目を向けてみると……カチーナさんは目の前の敵に集中していてこっちに気が付いた様子も無い。

 そもそも彼女は俺の正体を知っているのだから見たところで何も問題ないしな。

 問題はエレメンタル教会の二人で……シエルさんは魔力の集中を始めてからずっと瞳を閉じている。

 敵のど真ん中であるのに仲間を信じて瞳を閉じ続けるその姿はやはり肝が据わっていて、見た目とのギャップが凄いが……お陰で俺がコレを使った場面は見ていないようだ。

 そしてもう一人、スナイパーシスターのリリーさんはと言うと……。


「…………」

「…………」


 ガッツリと、しっかりと……目を点にした状態の彼女と目が合ってしまった。

 それは先輩冒険者の冗談に対してリアクションに困った後輩冒険者の如く……。


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