第四十四話 盗賊の檜舞台

 身体強化魔法を受けて尚追い付けないスカルドラゴンナイトを追い駆け、辿り着いた先は当然だがヤツの巣とも言うべき『大広間』だった。

 上位のアンデッドは知識も高く、生前の技術や経験を受け継いでいる場合もあると言うけど、コイツの場合は明らかにそっち側……敵を誘導するという厄介な戦法を分かっている。

 ただ、そんな強敵に導かれて辿り着いた場所で目にしたのは地の底でゾンビたちに囲まれつつ今度はしっかりとスカルドラゴンナイトの巨体を受け止める黄金に輝く聖女様という意味不明な光景だった。

 まあどんな状況であれピンチには違いなく、振り下ろされるところだったナイトの剣を腕ごと鎖鎌で絡め取り彼女を助けつつ、俺たちは大広間の中心へと降り立った。

 結果的に全員がアンデッドに囲まれるという状況に陥ってしまったワケではあるが……。


「さ~って、こっからどうしますか? 聖女様」

「敵がゾンビとスケルトンだけなら何とかなったでしょうが……」


 カトラスを構えつつカチーナさんがチラリと視線を送った先には、勢い余って岩壁に激突したが、既に瓦礫を押しのけて立ち上がりつつあるスカルドラゴンナイトの巨体がある。

 どう考えても殺る気満々、むしろもっとテンションを上げてしまったような気もする……誰かさんのせいで。


「……当初の予定通りですね。あのスカルドラゴンナイトを含めたアンデッドを浄化、弱体化する為には私が大規模の『浄化結界陣』を展開しなくてはなりません」

「予定通り……状況も強さも予想以上ッスけどね」


 その誰かさんは棍を構えた姿勢のまま作戦続行を口にする……それしか無いとも言えるのだが。

 当初の予定……シエルさんが大規模な『浄化結界陣』を発動する約10分の間、3人で敵を討伐、牽制して彼女を守り切ると言うヤツ。


「約10分か……このアンデッドの真ん中で。どうせなら小規模な結界を展開しといて、その内側から浄化結界発動って事は出来ねぇッスか?」


 少しでも防衛の負担が減ればと思い付きを言ってみるが、シエルさんは苦笑して首を横に振る。


「残念ですが展開した範囲魔法陣の内側から別の範囲魔法陣は“前”の陣が邪魔をしてしまい発動出来ないのですよ」

「あ~~~そうなんだ。魔法も中々都合よく行かないっスね」


 魔法に関しては表面上の効果しか知らないから、こういう時に自分はそっち方面で素人である事を自覚する。

 そして未熟であるからこそ、今ある技術をフルに使い切るしかないと言う当たり前の現実も……。

 俺はジリジリと再び近寄り始めたアンデッドたちを見据えたまま、ブーツのつま先をトントンと叩いて具合を確かめる。

 盗賊にとっての最大の武器である足に支障が少しでも出ないように……。


「さて……ではカチーナさん、リリーさん……ココは役割分担が重要になるようですが?」

「役割……ね。それも予定通りで良いんじゃない?」


 リリーさんは散弾用の礫を弄びつつ『狙撃杖』を近接戦用に折り畳んだ状態で、照準を既にアンデッドたちに向けたまま言う。

 昨日の作戦会議でもこの話は上がっていて、最悪の事態として『アンデッドの群れとスカルドラゴンナイトに囲まれた状況』と言うのも想定はしていたのだ。

 敵の強さは想定外ではあったのだけど……この場合はシエルさんを守りつつ二手に分かれるという作戦が立てられていた。

 一つはシエルさんの近くでひたすらにアンデッドを倒し、彼女を守る役。

 もう一つは浄化結界発動までの間、スカルドラゴンナイトを引き付け遠ざける役目……つまりは鬼ごっこの逃げ役である。

 自分の額から一筋の冷や汗が流れ落ちる。

 危険なのは百も承知、ビビらずに立ち向かうような“だれかさん”みたいな根性はアリはしないけど……。


「ま……追い駆けっこで遅れを取るようじゃ~盗賊シーフの名折れだからな……」


 俺の言葉に全員が頷いた。

 …………作戦……開始である。


                 ・

                 ・

                 ・


 岩壁に激突、転倒して一度は瓦礫に埋もれていたと言うのに何事も無く起き上がったスカルドラゴンナイトであるが……人もドラゴンも、その頭蓋の眼窩は空洞であるにも関わらず怒りの感情が浮かび上がっているのが嫌でも分かった。

 だって立ち上がったスカルドラゴンナイトの意識は、完全に自分の突撃を受け止めた一人の聖女へと向かっていたから。

 しかし、そんなヤツが行動を起こす前に俺は七つ道具の一つ『デーモンスパイダーの糸』を取り出して、スカルドラゴンナイトの全身にナイトごと絡み付かせる。


『!?』

「わりぃが大将、アンタの相手は俺がする事になったんで、しばらく付き合って貰うぜ」

『…………』


 この時点になってようやく骨のナイトは俺という存在を認識したようだった。

 そしてスカルドラゴンに指示を出したかと思えば、その巨体を旋回させて強力な糸をアッサリと断ち切ってしまう。

 動きを止められたのは、ほんの一瞬だけ。

 しかし盗賊にとってはその一瞬こそが重要な瞬間なのだ。


“出し抜け、欺け、裏をかけ……盗賊如きが自力で敵を狩れるなどと思い上がるな! 状況を、事象を、仲間を、全てを利用して生かしてもらえ!!”


 スレイヤ師匠に叩きこまれた盗賊の心得は犯罪者としての語感の強いこの職業の印象とはかけ離れたモノ。

 脇役を極め仲間を引き立てろ……力の劣る盗賊こそ仲間の存在が重要なのだ……と。

 そんな教えを受けた俺にとって、囮になっての時間稼ぎは正に檜舞台。


 ゴギ……『……!?』


 巨体のせいで死角が大きくなるスカルドラゴンに釣られて騎乗中のナイトの意識もそっちに移った瞬間を見計って、俺は鎖鎌の分銅をナイトの顔面に叩き込んだ。

 同じように“スカルドラゴンの背中”に乗って……。


「オヤオヤどうしましたかナイト様? まさか今までお気づきで無かった……このように背後を取られていたというのに?」

『…………!』


 その瞬間ナイトの怒りの矛先は完全に俺へと変わり、ナイトは手にした剣を振り下ろして来た。

 しかし俺はその剣をヒラリと地面に降りる事でかわし……そのまま中指を分かりやすく立ててやった。


「オラオラ、どうしたナイト様? 成仏せずに彷徨ってるかと思えば盗賊一人も捕らえられない未熟モンかぁ? そこまでシェイプアップしといてスッとろい動きしやがって……相棒のドラゴンも大した事ねぇなぁ、おお!?」

『…………! ……………!! …………………!!』


 知識や経験を残しているアンデッドだと意志が強い分プライドも高い場合は多い。

 そんな輩……まして生前は武人っぽいヤツがこんな分かりやすい挑発に怒らないワケも無く……声こそ出さなくても最早怒り狂っているのは雰囲気だけで分かる。

 しかし一応囮としては完全にこっちを向いたのは成功であるが……正直に言おう。

 現在の俺はニヒルに笑い余裕かまして挑発しているように見えるかもしれませんが……内心はちびりそうなくらいにビビっております。

 こういう時に自分が『気配』に敏感なのが仇になって来る。

 ビシビシと感じるのは強者からの殺気……生前が何者かは知らないけど、少なくとも本来ならお相手したい輩じゃねぇ!!

 どんな神経してればこんなのの突撃を真っ向から受け止めたい衝動に駆られるのか。


 そんな俺の本音などお構いなしに、スカルドラゴンナイトはその巨体には似合わない程軽やかに、しかし勢いよく飛び掛かって来た。


「じゃあ鬼ごっことシャレこもうかい!!」


“命がけ”という頭文字を何とか頭の片隅に追いやって、俺は全速力で駆け出した。

 




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