第四十三話 拳で語る聖女様(エルシエルside)

 高位の光属性魔法を使いこなし、多くの民の傷を癒し病を治療する清楚で儚げに“見える”聖女エルシエル。

 確かに彼女は基本的には傷ついた者を身分や種族で差別する事も無く己が力を振るう善人ではあるものの、その本質は清楚とはかけ離れていた。

 その根幹をなす出来事は幼少期に遡る。

 戦争、口減らし、一家離散……様々な理由で親を失った子供が集う孤児院で過ごした彼女は同じように孤児となった者たちと暮らしを共にしていた。

 勿論同じような境遇で仲良くなる者もいる……現在も聖職者として共にいるリリーなどはその筆頭だが、逆にそんな環境下で諍いが起こる事だってザラだ。

 最初は些細な切っ掛けだったハズなのに、次第に子供たちの間で派閥を二分しての大きなケンカに発展した時には子供心に『このままでは大変な事になる』と当時のエルシエルも不安を持ったのだった。

 しかしその争いは2分した各派閥のリーダーである男子同士が決闘タイマンする事で収束を迎える。

 そのケンカは年端も行かない子供同士の諍いとはかけ離れたノーガードの打ち合い……互いに一発入れたら一発返すという余りにも頭が悪く熱いやり取りだった。

 そして最後にボス同士がボコボコの顔のままニヤリと笑ったかと思うとガッチリと握手を交わして「やるじゃねえか……」「お前もな……」と言った瞬間孤児院を二分した諍いは収束を迎えた。

 その日、エルシエルの心に強烈な感情が植え付けられたのだった。


『拳で分かり合い、仲違いが友情に変わる……何と尊い、素晴らしい事でしょう!!』


 外野、大人の目線で見ると子供同士のケンカにしか思えなかった出来事だが、後に光属性魔法の使い手として聖女になる彼女にとっては衝撃的な出来事だったのだ。

 そのせいで彼女の考え方が微妙に偏る事にもなる……主に脳筋方向でだが。


 一方的な押し付けや暴力など論外、相手と分かり合う為には相手を知る必要がある。

 殺しはダメでも“拳で分かり合う”のはありである。

 右の拳で殴ったなら己の右頬で相手の拳を受けろ……そしてニヒルに笑ってやれ。


 ……どう考えても聖女の思想としてはふさわしくない。

 しかしある意味暴論とも言えるのだけれど、意外と言うか必然と言うか元より脳筋、熱血の輩が多い格闘僧モンクの連中には賛同者が多く、その筆頭が己の強さを極め民の救いとなる事を目的にする格闘僧筆頭のオッサン、ロンメルであった。

 当初は『光の精霊の大いなる威光』として聖女エルシエルプロパガンダに利用したかった旧体制の上層部だったが、次第にそんなエルシエルの考え方と賛同者たちが疎ましくなってきて、教会の内部としての活動よりも外部で異教徒や背信者の始末の為に利用しようと『異端審問官』として厄介な連中を一まとめにして外勤へと放り出したのだ。

 が……その判断は彼ら『教義順守派』にはより面倒事をもたらす結果に繋がった。

 色々な尊い御題目は精霊神教発足当初はあったはずなのに、年月が経つにつれて意味合いは都合よく解釈されて……連中が求める教会の立ち位置は『精霊神の使徒たる自分たちの教えに無条件で従え』という事に改編されていた。

 どんな形であれ相手と『分かり合う』という思想は他の宗教などを邪教、異教徒、背信者として処分して来た『教義順守派』の面々には必要の無い主張だったのだ。

 しかし面倒な事にエルシエルが教会の外で活動する事で、治療などでの金銭のやり取りを目に見える形に変えようとする派閥『証明派』と結びつく事になったのだ。

 一見全く関係ないようにも思えるのだが金銭のやり取り、いわゆる『等価交換』の概念は互いに認め合った上で成り立つ事であり、また孤児院出身で金銭のシビアさ、大切さを身に染みて知っている事からも彼女は“外勤で本部からの援助も少ない中、少額の金額で多くの貧しい人たちに救いを与えていた現実的に慈悲深い彼らと同調したのだった。


『精霊神の奇跡で富を得ようとは何事か!』と口では最もな事を言いつつも実状は『身分の高い連中を優先して“お布施”と言う形で私財を潤していた連中にとって、教会の金銭の流れを分かりやすく『証明』しようとする派閥と聖女エルシエルは疎ましい存在へと変わりつつあったのだ。

 そんな風に『証明派』の旗頭にすらなりつつある聖女エルシエルであったが……本人の根っこは至って変わらず、厄介な癖が残っていた。


                 ・

                 ・

                 ・


ドドドドドドドド…………


「う、う~~~ん……は!?」


 件の聖女は目覚めた瞬間は自分の状況が理解できなかった。

 だが激しい振動に流れ行く岩肌、そして徐々に道幅が広くなるにつれて折り畳んでいた骨格を広げて本来の姿に戻って行くスカルドラゴンと、定位置であるドラゴンの背中に肋骨内部から上に上がって座りなおすスカルナイトを見て理解せざるを得ない。

 自分が今スカルドラゴンの頭部に引っかかったまま運ばれているという状況を……。


『……これはマズいですね。後で絶対にリリーに怒られるパターンです』


 しかし当の本人は現状の危険よりも後で親友に説教食らう未来の方が恐怖だった。

 まず間違いなく自分が衝動的にこのスカルドラゴンの突撃を受けた事はバレているのは予想出来るから……。


『前にやらかした時は一晩説教でしたね……今回はどうでしょう?』


 昔馴染みの親友の説教は純粋に心配からであるからこそエルシエルも恐怖を感じるのだが、彼女はどうしても“初撃を受け止めてみたい”という衝動が抑えられなかったのだ。

 そして今自分が引っかかっているドラゴンの頭蓋骨に微細なヒビが入っているのを見つけて、思わずニヤリとしてしまう。

 互いに無傷では無い……喩え相手がアンデッドであってもその現実は彼女の闘志に火を付ける。

 それは最早本能であった。

 だが反撃に転じようとした矢先、エルシエルは唐突に重力を奪われる。


「……え?」


 思わず間の抜けた声を上げた彼女は“自分が放り投げられた”事実に落下が始まった辺りでようやく気が付いた。


「わ、わわわわ!? おおおお落ちる落ちる!?」


 坑道だと言うのにそこはコロイシアムにも似たすり鉢状の空間で、50~60メートルはありそうな巨大な穴の底には虫の群れがひしめく如くアンデッドが蠢いていた。


「「「「「「アアアアアアアア…………」」」」」」

「「「「「「オオオオオオオ…………」」」」」」


 気味の悪い亡者の大合唱は閉鎖された空間の中で響き渡り……ここが図面で見た『大広間』であり、当初スカルドラゴンナイトが占拠していると思われた目的地である事をエルシエルは理解する。

 自分は今、そんな場所に放り込まれたのだと……。


「……パーティーにご招待されたという事ですか。私が一番乗りですね」


 しかし彼女は状況を把握するとドンドンと冷静になって行く。

 ゾンビの群衆に放り込まれるなど常人では発狂してもおかしくない状況だと言うのに。

 彼女は手にした棍に己の魔力を注ぎ込み、自分が落下する安定しない態勢のまま魔力の光を放ちだした棍棒をアンデッドが蠢く中心へと投擲した。


「光界広域結界!!」

「「「「「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」」」」」」


 棍がアンデッドたちの中心部に突き立った瞬間、棍棒を中心にして一気に光のドームが広がりアンデッドを押しのけて半径10メートルはある無人の陣地が生まれる。

 そしてその中心部にエルシエルは何十メートルも落とされたとは思えない程軽やかに着地して、突き立った愛用の棍を再び手にする。

 その様は最早軽業師のそれであった。


「ふう……さて、とりあえず安全地帯は作りましたが……」


 幾ら棍と防御の名手である彼女でも、この数の中に叩き込まれては数で押し切られてしまう……その為に着地点に一時的に結界を展開したのだ。

しかし考えなしに結界に触れては弾き飛ばされるゾンビたちはそれでも良かったのだが、肝心の大物に対してこの結界は安全地帯とは成り得なかった。


ドガアアアアアアア!!

「うぐ!?」


 自分をゾンビの巣窟に放り投げたスカルドラゴンナイトが、そのまま追撃……駆け下る勢いもそのままに体当たりして来たのだった。


パキイイイイイイ…………


 その瞬間結界を張ったエルシエルに強烈なフィードバックが襲い掛かり、結界は乾いた音を立てて破壊されてしまう。

 彼女の結界は強固だが、それ以上のパワーでぶつかられると破壊される……どこぞの盗賊と違って正攻法を取ったスカルドラゴンは、たったの一撃で結界を破ってしまった。

 そして勢いそのままに再び突撃するスカルドラゴン。

 しかしそんな状況下でもエルシエルは取り乱す事なく、むしろ微笑みすら浮かべて敵を見据えていた。


「身体強化のみで貴方との力比べは些か侮っていたようです。謝罪すると共に、今度は私の全身全霊でお相手いたしましょう…………金剛光体化!!」


 そして呪文を唱えた瞬間エルシエルの全身が光り輝き、彼女の両足を中心に沈み込んでクレーターが発生する。

 それは世間で広く浸透する『身体強化』とは違う正真正銘に魔力による強化。

 ただそれは己の重量を普段の千倍にまで引き上げる荒業であり、通常の人間であれば動くどころか自重に押しつぶされてしまう使い勝手のすこぶる悪い強化呪文なのだ。

 しかし清楚な見た目とは裏腹に『殴り合い』や『力比べ』の概念が大好きな彼女にとってこの光魔法は大変好みであった。


ドゴオオオオオオオオオ……


 そして一度はエルシエルの意識を奪った一撃を、今度はしっかりと真正面から受け止めたのだった。

 パワーが拮抗する形で両者の動きがその場で止まってしまう。


『…………』

「グググ……千倍もの重量を付加しても圧倒出来ないとは……やりますね」


 しかし受け止めたまでは良かったものの力が拮抗して動けない現在、結界が破壊された今、周辺から近寄るゾンビたちに対抗する術が無い事になり……そして相対しているのはスカルドラゴン“ナイト”なのだから、当然のように目の前に塞がる邪魔な者を攻撃しようとドラゴンの上から剣を振りかぶって来る。


「「「「「「オオオオオオオ……アアアアア…………」」」」」」

『…………………』

「あ……コレは本格的にマズイですね」


 今更ながら正面から受けようとせずにかわせば良かったかな~とか思う聖女様だったが、残念ながらもう遅い。

 振り下ろされるナイトの剣に諦めが一瞬過る……。


 だがその剣は振り下ろされる直前で動きを止めた。

“上”から絡み付いた鎖によって……。

 そして聖女エルシエルの周辺で今まさに襲いかかろうとしていたゾンビたちの頭部が切り落とされるか、あるいは打ち抜かれるかして“核”を失った者から順に倒れて行く。


「シエルさん! 捌け!!」

「!?」


 そしてエルシエルは聞こえて来たアドバイスに従い、正面から受けていたパワーを棍で滑らせるように後方へと捌き、勢いの付いていたスカルドラゴンナイトはそのまま後ろの岩肌へと激突した。

 エルシエルがホッと一息ついた時、既に彼女の周りにはあからさまに怒りの表情を浮かべた親友と、苦笑する男女の冒険者が降り立っていた。


「リリー、皆さん!!」

「このタイマンバカ! こういう時は自重しろっていっつも言ってるでしょ!! アンデッドでもドラゴンと真正面でぶつかるバカがどこにいるのよ!!」

「見かけよりも随分とアレな聖女様だな~アンタ」

「失礼ですよギラル君。まあ、確かにアレですけど……」



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