第四十二話 空間を使いこなす収納法

 俺は咄嗟にデーモンスパイダーの糸を取り出して前方の通路に張り巡らせる。


「音の感じからこの通路だったら動きは制限されるだろうから迎え撃った方が良いと思うが……」

「賛成です。大広間で戦う事を考えればここに来てくれる方が幾らかやりやすいでしょう」


 縦横無尽に張り巡らされた糸のせいで通路は一瞬にして白く誰も通行した事の無い廃墟の如く錆びれた雰囲気に変わる。

 捕縛とまでは行かなくても幾らかでも動きを制限、足止めが出来ればと考えての即席のトラップである。

 人間が乗っても切れる事の無いデーモンスパイダーの糸なのだから少しは効果がると思うけど……。

 そうしていると自分の体が淡く光り出した事に驚き、見れば4人全員が同様の光に包まれていた。

 聖女エルシエルの光魔法によって。


「……取り合えず皆さんに身体強化と魔力防壁をかけました。身体強化はしばらく続きますが、防壁は瞬間的なダメージを軽減する程度。強烈なダメージが蓄積すれば崩壊しますので余りアテにはしないで下さい」

「お、おお!? こいつはありがたい」

「了解です! ここまでの身体強化はありがたいですよ。自前のモノより遥かに効果が高そうです」

「シエルの強化は強力だけど常人のヤツより遥かに“持ってかれる”からね。調子に乗って使い切らないように配分には注意してよ!」


 リリーさんがそう注意するという事は今までにもそう言うヤツがいたんだろうな。

 光属性魔法はクセが強いのに魔力運用で一番の初歩的な『身体強化』だけは使える者は案外多い。

 しかしそれを得意とするのは魔導師ではなく、戦士や騎士、挙句は土木建築の連中など肉体労働のヤツらだ。

 カチーナさんもその部類に入り、ここぞと言う時に使って運動能力を引き上げている。

 この魔法は勘違いされやすいけど魔力で身体機能を上げているワケではなく、魔力により“一時的にエネルギーの消費を増幅して身体機能を上げる”モノなので、自分で使って調整できる人には良いけど、普段使い慣れないヤツが上がった能力で調子に乗って切り込んでモンスターのド真ん中で体力を使い切りフェードアウト、なんて話は冒険者あるあるの恥ずかしい死因の一つだ。

 俺も使えない方だから『身体強化』の恩恵にちょっとテンションが上がりかけるけど、調子に乗らないように気を付けないと……。


 ドドドドドドドドドドド……


 そんな準備をしている間にも地鳴りにも似た足を音はドンドンと接近していて、確実に大きくなって行く。

 遠くでも狭い坑道内では音は響いてきてこっちの恐怖を煽りたて……。


「…………ちょっと待ってくれ。幾ら何でも速過ぎないか? 大広間からここまで来るにしてはドンドンと道幅は狭くなっているハズなのに、巨大な足音速度が全く落ちないんだけど?」

「……そうね。魔力の接近も全く速度を変えない。走っている最中に魔力の動きはあるけど速度的には収まるどころか速くなっているくらいで……」


 俺が不意に思った疑問を口にすると別の『感知』で敵を視るリリーさんも緊張の面持ちで頷く。

『気配』と『魔力』感知方法は別でかけ合わせれば相当に精度は上がるが、最終的には見て判断しているワケじゃ無いから真相は予想するしかない。

 スカルドラゴンナイトは簡単に言えばドラゴンに乗った騎士ごと骨になったみたいなアンデッド、地上を走るにも生前のドラゴンの動きだろうし生身よりも軽量かもしれないけどこんな狭いところで幾ら何でも……。


「あ~でも相手は骨なんですよね? 凄く大きくてもそれなら結構体全体がスカスカなのでは?」

「「……え?」」


 その時カチーナさんは何となく思い付いたとばかりに言った。


「ほらゾンビだと肉体が邪魔するかもですが、骨だけなら魔力の核から骨格を繋いでいるワケでしょ? 肉が無い全体を自在に変化させてコンパクトに出来れば狭い場所でも入り込めたり……」


「「……………………」」


 彼女は本当に思い付きを言ったんだろうが、聞かされたこっちとしては一つも笑えない。

 速度が全く落ちていない中、リリーさんはさっき言った……走っている最中に魔力の変化があったと……。


 そしてデーモンスパイダーの糸が張り巡らされた通路の向こうにソイツは姿を現した。

 体格は物凄く大きいと言うのに、巨大な頭に立派な角まで生やしているのに……狭い通路を全く速度を変えずに一直線にこちらに突撃してくる形で……。

 本来横か上に伸びるハズの角は前に向けられ、広げりゃ20メートルにはなりそうな翼は最小限に折りたたまれ、長いはずの足は都合よく折りたたまれている。

 最後に上に乗ったら間違いなく邪魔になる鎧と剣を持ったスカルナイトだが、邪魔にならないようにキッチリとドラゴンの肋骨の内側に収まっている。

 それはそれは見事な収納方法で、更に突撃の速度を落とすことなく、更に更に角を前に向ける事で攻撃力の向上まで実現している……見事な『変形』だった。


「「そう言う予測はもっと早く言って!」」

「そ、そんな事を言われましても……わひゃ!?」


 少しでも足止め出来れば良いな~と思っていたデーモンスパイダーの罠を余裕で引きちぎり、巨大なスカルドラゴンは突撃して来た。

 狭い坑道内で有利に進めようとか甘い事考えていた俺達は逆に巨体で逃げ道を塞がれる形になり吹っ飛ばされてしまった。

 しかし直撃した瞬間にシエルさんがかけてくれた防壁が発動、そして砕け散る。

 スカルドラゴンナイトの通り過ぎた後、俺たはすぐに立ち上がって構えた。


「デーモンスパイダーの糸が足止めにはならなかったな。シエルさんの防壁で辛うじてダメージは半減ってとこだったみたいだけど、とんでもない突撃だな」

「いや、違うぞギラル君。確かにそれもあるが、あのナイト……糸に触れる直前に剣を振っていた。ドラゴンの足を止めないように敵に最大火力を向けるように連携しているのだろう」

「マジ!? 連携抜群じゃねぇか……クソ、折角の防壁が今の一撃で消えちまった」


 アテにするなと言われた矢先に全員の防壁を蹴散らされてしまったのは何とも極まりが悪いが……でもあの一撃を考えれば今一度お願いしたいところ。

 そう思った時に気が付いた。


「お、おい……シエルさんは?」

「「……え!?」」


 俺の言葉で気が付いたのか二人とも慌てて周囲を見渡し始めるが、どこにも件の聖女の姿は見当たらない。


ドドドドドドドドド…………


 しかし捜索する間、というか捜索しようとか考える間もなくスカルドラゴンナイトが通り過ぎた方角から再び足音が近付き始める。


「引き返して来た!」

「早いわよ!!」


 言っている内に再び突撃してくるスカルドラゴンナイト……他の魔物と違って声を上げるでもなく機械のように速度を変えず淡々と迫りくるのだからより不気味である。


『…………………』

「「「うわあああああ!?」」」


 反射的としか言いようがない……3人共が各々に判断して突撃してきたスカルドラゴンナイトの足元やら翼の隙間やらを見つけ出して何とかすり抜ける。

 だがその間にイヤなモノがスカルドラゴンナイトの頭部……頭の上に見えた。


「キュウ…………」


 それはどこからどう見ても突撃で目を回しているシエルさんである。

 最初の突撃で彼女はよけきれずに引っかかっていたみたいだ!!


「おいヤバイ! 今シエルさんが頭の上に引っかかってのびてたぞ!?」

「い、いけません! このままではシエルさんがアンデッドたちの巣窟である大広間に一人でご招待される事に……」

「!? 追うわよ! ったくあのバカ、また正面から受けたわね!!」

「「また?」」


 呟いてから走り出したリリーさんに追従しつつ、俺たちは同時に聞いてしまった。

 リリーさんは若干バツが悪そうに走りながら口を開く。


「私たちはいつも3人で行動するけど、3人とも特化した身体能力があって、ロンメルさんは攻撃力、私は脚力、シエルは防御力が高いんだけど……それですこ~し厄介な性質があって……」

「……もしかして強敵の一撃を受けて見たくなる類の人種であると?」


 俺がジト目でそう言うとリリーさんは露骨に目を逸らした。

 マジかあの聖女……あの清楚な見た目のクセにまず最初に一発ずつ入れてからのタイプなのか……何と言う男前。


「言われてみると模擬戦ではシエルさん、カウンターに特化してましたね。相手を見極めてからという感じに」

「光魔法を上位で使えるのもその傾向に拍車をかける原因なんだよね。だけど、その初撃でやらかす事は結構多いのよ……あの娘」


 溜息を吐く聖女の親友の姿に俺は哲学的な事を考えずにはいられないかった。

 聖女とは一体…………?

 


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