第四十一話 堕天の糸口

「ふう……とりあえず第一波は片付いたかな? ギラル君、君の『気配察知』でお客さんの気配はあるかな?」


『預言書』に至る未来への予想……そんな事を考えている内にリリーさんは射撃の構えを解いて俺に聞いて来た。

 一瞬気が散っていた事に俺は慌てて『気配察知』を発動……一度動きを止めて五感を集中させ坑道内部の気配を探って行く。


「半径5百メートル以内には……動く気配は無い……な。それ以上離れている連中もこっちに向かって来る足音もしない……気が付いてないっぽい」

「ん~~~? 魔力の動く感覚も……無いね。その判断は正しいと思うな…………って事だけどどうするシエル?」


 近くにアンデッドの気配はない……『盗賊オレ』と『魔導師リリーさん』の判断にシエルさんはコクリと頷いて額の汗を拭った。


「二人の索敵での判断なら間違いないでしょう。一端休憩を挟みましょうか、連続での戦闘は実戦では避けるべきですから」

「その通りですね。交代の利かない現状では特に……」


 シエルさんの言葉でカチーナさんも構えを解いてカトラスを布で拭い、鞘にしまうと息を吐いた。

 実戦での最大の天敵は疲労だからな……休める時に休む、案外それを怠った者から脱落していくものだ。

 特に今回のような閉所……ダンジョンと呼ばれるところでは。


「ふ~、しかしギラル君の『気配察知』とリリーさんの『魔力感知』を掛け合わせると狙撃だけじゃなく広範囲の索敵も穴が無くなり安全確認も容易になる。リリーさんがシスターで無いなら勧誘したいくらいですね」

「確かに……こんな魔物の巣窟では安全の確保と休憩の有無が生死を分けるからな~。『気配察知』と『魔力感知』があればほぼ確実に感知して、最悪逃げる事も可能だしな……」


 どうやら似たような事を考えていたらしいカチーナさんの言葉に俺も思わず同調する。

 接近する敵を感知するという点で同じに思える技能だが、探る方法はどちらも違う。

 だからこそ魔物の中にはどちらの感知もすり抜けてしまうタイプのヤツもいるからな。

 五感を駆使して探るタイプの『気配察知』では音も無く、匂いも無く、空気すら動かさないで壁すらもすり抜けるタイプの死霊などは感知できないし、逆に魔力を感知する『魔力感知』は魔力を持った生物やアンデッドなども感知できるけど、ゴーレムやリビングデッドなどの無機物系統のヤツやら罠やらは魔力が動力では無い場合が多く感知できない。

 二つの感知能力で安全圏を確保する……そんなの『酒盛り』の時でも実現できなかった事だ。


「あらら、今度はそっちが勧誘? 私なんて魔力ばっかりで教会では持て余された方ですから、そんな大層なもんじゃありませんよ。本職の冒険者にそこまで言って貰えるのは光栄ですけどねぇ~」

「魔力感知の範囲でここまで広範囲の魔導師なんて見た事無いけどな……俺は」


 実際リリーさんの『魔力感知』は大したもので、索敵範囲だけを考えればスレイヤ師匠とタメを張るんじゃないかと思えるほど広い。

 魔導師が『魔力感知』を体得している事は不思議じゃないけど大半は視認できる範囲、せいぜい数十メートル程度なモノ……それは個人個人の射程内である事が普通だ。

 上級の魔法が使えると“遠方に何となく敵がいる”程度の認識で大火力の広範囲魔法をぶっ放した魔導師の話なんて腐るほど聞いた事がある。

 しかし単純に凄いとしか思っていない俺たちにリリーさんは少しだけ気まずそうに言う。


「……身に着けた理由は魔導師として褒められたモノじゃないよ。魔力が高くなっても広範囲大火力の魔法を放てない私が鍛えられる方向はそっちしか無かったってだけで……この子に出会ってなければ私はシエルとこうして一緒に組む事も出来なかったから」

「え? それって……」


 なんとな~く踏み込んでしまった気配を感じたが、リリーさんは気にした風もなくあっけらかんと自分が『狙撃杖』という魔導師としては特殊な杖を使っているのかを聞かせてくれる。

 リリーさんも元々はシエルさんと一緒に高い魔力を見込まれてエレメンタル教会に拾われたらしいのだが、光属性魔法の使い手として実力を上げるシエルさんに対してリリーさんは魔力を魔法として体外に放出する事がどうしても出来ず、他の魔法を使える同僚達にはバカにされ罵られ悔しい想いを抱えながら逆に『魔力感知』などの技術を長年磨く事になったのだとか……。

 そして偶然にも体内の魔力を充填させて放つ『狙撃杖』と出会う事で彼女は遠方から撃って走れる凄腕スナイパーに成長したらしい。


「まあ派手さは皆無だし教会の魔導僧の連中からは卑怯者呼ばわりされる事も多いけど、私自身は使えるなら何だって利用するだけよ……大事な人を守る為ならね」


 まるで己の恥を笑い話のように語る彼女だけど、俺は色んな意味で全く笑えない。

 見栄も外聞も気にせずに鍛え上げた『魔力感知』を持った魔導師が『狙撃杖』を使いこなせば…………思わず四方八方から、届かない遠距離から大勢に狙撃されるシーンを思い浮かべて身震いしてしまう。


「……俺は個人的に教会ではそういう能力的差別は控えて欲しいね……アンタみたいな盗賊殺しのエキスパートを今後生み出さん為にも」

「それは……褒められてるって思って良いのかな?」

「当然、褒めながらビビってますよ。ぜってー敵に回したくね~って」


 ニッと笑うリリーさんに俺は苦笑で返す。

 逆境を力に変えて来たヤツの恐ろしさは身を持って良く知っている。

 逆に逆境を味わった事のないヤツの脆さも……教会で彼女をバカにしていた連中もそんな感じなんだろうか?

『預言書』で力ずくで見下せる者を見下して、傷つけ不幸にして楽に生きようとしていた俺のように……。


「……ガチで一緒にパーティー組まない? もちろんシエルさんも含めて」

「こ~ら、魅力的なおさそいだけど仮にも聖女様をついでに勧誘するんじゃないの」


 この中では一番背が低く幼い印象のリリーさんがそう言うとお姉さんぶっている感じにもなって、何と言うかホッコリする。


 そんな会話をしつつ俺たち4人は集合しつつ、改めて坑道内部を見回してみた。

 シエルさんの魔法の効果で坑道内は明るく照らされているが、そのせいというかお陰と言うか……さっきまで襲い掛かって来ていたアンデッドの群れがそこかしこに山積みとなっていた。

 戦闘中の高揚感が落ち着いてから冷静にゾンビから“遺体”になったモノを目の当たりにすると、なんとも言えない気分になって来る。

 アンデッドの中でもゾンビは見ていて居た堪れない事が多い。

 それは腐乱した姿が悍ましいというのもあるが、第一の理由はどの魔物と言われる存在よりも人に近く老若男女多種多様……老人もいれば年端も行かない少女の遺体すらある。

 もちろんアンデッドである限り倒さなくてはいけない、そうしないと次に連中の仲間になるのは自分なのだから。

 でも……それでも偽善である事は分かっていても……俺はそのゾンビだった“ご遺体”に向かって手を合わせてしまう。

 冥福を、安らかな眠りを願う死者への作法……そんな俺に追従するようにカチーナさんも同じように手を合わせる。

 そんな教会の教義ではない行動を取る俺達を聖職者である2人は特に何も言わず、彼女たちは彼女たちで“両手を組んで”瞳を閉じる。

 それは聖職者が精霊神に祈りを捧げる厳粛な姿……そんな様を見ると二人はやはり本職であるなと思わずにはいられない。

 祈りを終えるとシエルさんは柔らかく微笑んで話しかけて来る。


「……変ったお祈りの仕方ですね? 手を合わせてのお祈りとは」

「あ!? すみません、つい……昔ある人に教えて貰った死者の冥福を祈る作法らしいのですが……異端審問官の前じゃ不敬だったかな?」


 俺は慌ててそんな事を口走ってしまうが、二人は微笑んだまま首を横にふる。


「死者を悼み冥福を祈るのに作法や形式など関係ないですよ。安らかに眠って欲しい……そう祈る者のどこに不敬があるものですか」

「確かに異端審問の中にはその辺で“不敬だ背信だ”って突っつくヤツもいるけど、そんなヤツに限って本当に死者の為に祈っているのか疑問だよ」

「緩いっすね~」


 異端審問官は教会が教義に反している、他の邪教を崇拝しないよう監視する為に信者を見張る役目として畏怖の対象になりがちなのだが、この二人はそんな雰囲気は余り無い。

 俺が今やっていた『合掌』だって異教徒として断じるとまでは行かなくても注意ぐらいしてもおかしくないのにこんな感じだ。

 背信者には容赦ないと言うのが通説のエレメンタル教会も色々な人がいるという事なのだろうけど、そんな人物が預言書の『聖魔女』であるのは何の皮肉なのか……。


「……ん?」


 不意に何かが光った様な気がして目を向けると、さっきまでゾンビとして動いた遺体の一つが何か小石大の塊を持っていて、それに光魔法の明かりが反射していたのだ。

 最初俺はここが炭鉱である事を考えて石炭が輝いているのかと思ったが、それは黒い石ではなく、虹色の輝きを放っている。

 俺は万が一にもゾンビとしてまた動き出す可能性を考慮して、ダガーの先でツンツンとその石を突っついてみると……案外アッサリとその石はポロっと落ちた。

 虹色の鉱石……手に取って確認してもその輝きは変わらない。

 ただ俺の脳裏に何か、重要な事が引っかかりそうになっている。


「……何だっけコレ? どっかで見た事がある気がするんだけど」


 宝石の類を見る事は少なからず多い『盗賊』であるのにパッと浮かんでこない。

 しかしその答えは背後から俺の行動を見ていたリリーさんがアッサリとくれた。


「どうしたのソレ……ミスリルの原石じゃん」

「……え、ミスリル?」

「そ、私も特殊な弾丸を作る為に定期的に買うんだけど高いのよね~コレ。結構純度は高そうだけど……」

「ミスリル…………!?」


 その瞬間俺は思い出した。

『預言書』で見た記憶、町の中央にあった首の無い石像、そして邪神軍が己の軍団に優れた武装を施すために日夜採掘が繰り返されてきた一つの拠点。

 そして……聖魔女エルシエルが“初めて大量虐殺を行った”始まりの場所……。

 

「で、でも何でだ!? ココは炭鉱の町トロイメアじゃないの? 今までここからミスリルが採掘される何て情報は聞いた事が……」

「?? どうかしたのギラル君、何か気が付いた事でも………………む!?」

「あ!?」


 色々と気が付きそうなところだったけど、ゆっくり考えている暇は無いようだった。

 俺と同じようリリーさんも索敵範囲内に侵入したモノを察知したらしく、表情が険しくなる。


「リリー、ギラル君、どこから何体ですか!?」


 そんな親友の様にシエルさんは敵か? とか何が? などと余計な事は聞かずに棍を構え簡潔に質問、カチーナさんもそれに習って既にカトラスを抜いている……話が早くて助かる。


「足音は一つ、但し早くてデカい……5~6メートルはあるか」

「近付いて来る魔力は2つ……こっちに一直線に向かって来るよ」


 足音が一つなのに魔力は2つ、デカいのに速い……他の索敵能力者である俺たちの言葉に対する答え合わせは必要ないだろう。

 足音が一つなのはデカい何かに乗っているから。

 魔力が二つなのは二体の魔物が一緒に向かっているから……。

 しばらくすると誰の耳にも分かりやすい巨体の足音が坑道の奥から“ドドドドド”と聞こえて来た。

 どうやら騎士様は逃げも隠れもしないおつもりらしい。


「来るぞ……スカルドラゴンナイトが!!」



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