第四十話 即席無双パーティー開幕戦

 トロイメアの鉱山は町から少し離れた場所にあって、その距離が功を奏したのか否か分からんけど坑道から這い出て来たアンデッドに住民が襲われる類の事例は少ないそうだ。

 逆に下手に炭坑内に入った者で生還した者は少なく、冒険者みたいな戦闘職の連中以外は絶対に立ち入らないようになっている……との事。

 そんなトロイメア鉱山に翌日早々赴いた俺達即席パーティーは、初めて目にする現物を前に眉を顰めていた。

 見た感じの印象は切り立った崖に無数の穴がボコボコ開いているという感じ……採掘の現場だと考えると色んな所から掘り進めるだろうという理屈は分かるのだが……。


「何か貰った見取り図よりも更に穴ぼこが多くないっスか? パッと見じゃどの穴も同じような感じだし、これ折角覚えた見取り図が役に立つのか?」


 昨日渡された“この場所”からの見取り図では入り口は精々5~6だったのに、見渡すだけでも20~30の穴が開いている。


「アンデッド対策で別ルートでの採掘を模索したのでしょうか? 新しいルートを作ればアンデッドが居座るルートを避けられると?」

「……気持ちは分からなくも無いけど、それは効率悪すぎないっスか? ここが何年前から掘られている鉱山なのかは知らないけど採掘の町があるんだから表層はとっくに掘りつくしてるだろうし、最悪アンデッドの本ルートに繋がったら苦労が水の泡だ」


 シエルさんも自信無さげに言っているから俺に指摘されるまでもなく違和感を持っているようだ。

 俺だってそっち方面は素人だけど、色々と犯罪者の末路を知っているだけに度定番の鉱山奴隷って話から聞いた事はある。

 この手の坑道は普通にキロ単位で掘り進め、1~2キロであれば“近い”とすら言われる程のレベルなのだそうだ。

 そんなのを常識的に知っている連中だったら幾ら非戦闘員でもアンデッドを避けるよりもアンデッド自体をどうにかする方を優先させるだろう。

 まさに今現在俺達が派遣されているような対策を“真っ先に”考えて。


「しかしギラル君。確かに数は多いけど本ルートと思われる坑道はハッキリしてないか? ほら、落盤防止用にしっかり坑木で支えている場所は数か所しかないよ?」

「……本当だ」


 カチーナさんの指摘で無数にある穴ぼこの中でも坑木を使っている穴は少ない……いやそれだけじゃなく……。


「何よアレ? 折角の有名店の完成されたケーキなのに雑に食い漁った後みたいな……」

「あ、うまい」


 リリーさんの呟きに俺は思わず同調してしまった。

 そう、そんな感じ……職人技で完成されていた物なのにド素人が何も分からず適当に手を加えたかのような違和感がある。

 そう……全体的に“素人臭い”のだ。


「こりゃ普通に落盤が怖ぇな……いつでも脱出できるようにルートの再確認と確保を徹底して行こう。二人とも長距離走に自信は?」


 逃げ足の確認、盗賊にとっては何よりも大事なスキルであるけど人によっては敵前逃亡は侮辱に感じる連中もいるから念の為聞いてみるが……。


「足には自信ありますよ! 盗賊ほんしょくには劣りますが、私もリリーも幼い頃から逃げ足には定評がありますから」

「狙撃で最も大事なのは射撃よりも場所を特定されない為の足だからね。今回は専門家に誘導して貰えるんだから心強いよ!」

「わ~お……頼もしいでやんの」


 ニコニコとそう言ってくれる二人の聖職者に俺は苦笑を漏らすとともに、妙な高揚感も抱いていた。

 何やらキナ臭い感じもあるけどこの即席パーティーは俺にとっては『酒盛り』を卒業してから初めての集団戦、これまではカチーナさんとバディの状態だったから実質初と言って間違いないだろう。

 そんな初の戦いに赴くと言うのに『酒盛り』で守ってもらい育てて貰った安心感とはまた違った高揚感があるのだ。

 盗賊、剣士、僧侶、魔導士……この組み合わせでこれからどんなバトルを繰り広げる事になるのか……不謹慎にもワクワクしてしまう。


「……結局俺も同類のうきんなのかな?」


                ・

                ・

                ・


「……前方、真正面に2体、右上の穴から更に一体……あ、後方から3体来やがった」

「了~解……お、アレか!」


 狙撃杖に仕込んだ礫を溜め込んだ『風の魔力』で音も無く射出し、俺が指定したアンデッドたちの脳天を正確に打ち抜いて行くリリーさん。

 坑道に入ってからすぐ姿を現したアンデッドの代表格“ゾンビ”の皆様だったが、百メートルも近寄れずに倒れて行く。

 何が火気厳禁だから戦力不足何だか……俺は侮っていたつもりも無いのにリリーさんの戦力に対してまだまだ過小評価だった事を思い知った。

 ……本当によくこの前は逃げれたもんだよ。


 まず真っ暗な坑道内部はシエルさんが坑道自体が光を発する光属性の魔法をかけてくれたお陰で視界良好。

 そして俺の『気配察知』で大まかに敵戦力の数と接近を索敵した後に『魔力感知』でゾンビを構成する魔力の核がある脳天にリリーさんが正確に打ち抜く……さっきからまともに近寄れず声も聴かずにゾンビたちは倒れ伏していく。

 そんな光景にカチーナさんとシエルさんが思わずといった感じに拍手していた。


「凄いですね! ロンメルさんも『気配察知』は習得してますが大雑把に“向こうに数名”みたいにしか出来ないのにここまで正確にリリーに的確な指示を出せるとは……」

「そうは言いますが言われて当てれるリリーさんも相当ですよ? どんな修練を積めばあそこまでの魔力制御が出来るのでしょうか?」


 接近戦専門の二人がすっかり観戦モードで互いのパートナーを褒め合う姿に若干の居心地の悪さを感じる。

 ……まあ確かにこの効率は凄まじいものがある。

『気配察知』は人数、場所を五感を駆使して探り当てる能力だが盗賊の俺の主目的は逃走を第一に考えた技能で、リリーさんが使う『魔力感知』も生物の魔力の在処を感じ取る物で正確な場所や人数の視認が出来るワケじゃ無い。

 俺が見つけてリリーさんが打ち抜く……いわゆるスポッターとスナイパーの役割が完全に合致した結果がコレだった。


「すっご~い! 私スタンディングでここまでの遠距離を連続で命中させたのは初めてかも!!」


 当然百発百中で当て続けるリリーさんも楽しくなって来たのかテンション高めに話して来た。


「ねぇねぇ! 良ければエレメンタル教会に入信しない? そんでもって私の専属になってよ。給金は死ぬほど安いけど」

「……聖職者が盗賊を雑に勧誘すんなや……ホラ次! 左下方から3体」

「はいよ!」


 そんな感じで軽口を叩きつつ俺達の遠距離攻撃がハマって近接専門の二人は当初ヒマしている状況が続いていたのだが……さすがに最後までヒマを持て余していられる程甘くも無かった。

 どれほど狙撃が優秀であっても奥に進むにつれて物量の前に距離がドンドンと潰されて行く。


「……ではそろそろ我々もお仕事と参りましょうか聖女様?」

「貴女もシエルとお呼び下さいなカチーナ様?」


 そう言いつつ新装備のカトラスを抜くカチーナさんと、手にした金属製の棍を構えた瞬間に棍に光属性の魔力を循環させて光らせ始めるシエルさん。

 ゆっくりと距離を潰して来るゾンビたちの群れが自分達のテリトリーに踏み込んだ瞬間、二人は動いた。

 カチーナさんは稲妻の如く狭い坑道内を縦横無心に駆け回り、シエルさんは逆にその場を余り動かずに、しかし演舞のような動きだが竜巻の如く力強く……。


「アアアアアア…………」

「オオオオオオ…………」

「意図せず死後も利用された哀れな骸たち……せめて我が剣にて弔わん!」

「光の精霊レイの導きにてその魂を開放せん……闇の魔力よ、退くのです!!」


 カチーナさんの一閃で数体のゾンビの首が落とされ、シエルさんの一撃でまとめて数体のゾンビの頭部が吹っ飛ばされる。

 ……知ってはいたけど、えげつない威力だな。

 しかし彼女たちがどれほど頼りになってもさっきとは逆に俺達が暇になるワケじゃ無く、近寄られたら近寄られたなりに仕事が変わるだけ。

 中間距離まで寄られたところでリリーさんは大量の礫を一気に放出する『散弾』へと切り替えて、俺は本来の盗賊の役目である罠や道具を駆使した“お膳立て”に徹するのみ。

 ある一定間の数を近づけないようにダガーや投げナイフで牽制しつつ『デーモンスパイダーの糸』を使って足止め、もしくは拘束して前衛たちの攻撃がしやすいように誘導していく……そして“分かっていた”とばかりに止めが刺される。

 本来囲まれたら終わりである閉所での集団ゾンビ戦であるのに苦戦らしい苦戦も無くゾンビの群れが駆逐されて……まさに神様が言っていた無双状態じゃねーのコレ?


「スゲーなこの人たち……本気で聖職者なのか? Aランクの冒険者連中と遜色ないじゃねーか」

「他人事みたいに言ってるけど、貴方も本当にDランク? 謙虚も過ぎると嫌味になるわよ純情少年!」

「慎重と言ってくれや、不良シスター!!」


 俺が足止めした数体のゾンビの頭部を『散弾』で打ち抜いたリリーがニヤリと笑って軽口を叩いて来た。

 そんな感じなのに戦闘への集中力は切らさない……実に戦士として素晴らしい心構えだが、それこそシスターとしてそれで良いのか? と思ってしまう。

 思うだけでキライじゃね~けど!


「上がカラ空きよシエル!」


 そんな事を想っている内にシエルさんの頭上から狙っていたスケルトンをリリーさんは打ち落とし……そんな親友の援護にシエルさんは親指を立てていた。


「サンキュー! やっぱり背中を任せられるのは貴女だけですね!!」

「信用は良いけど仕事増やしてんじゃないわよ!」


 戦闘でのコンビネーション……そんな物騒な状況で笑いあう二人は実に不謹慎で聖職者っぽくはない。

 聖職者、異端審問官などの立場を別にしてもこの二人は仲が良い。

 聞けば幼少期、同じ孤児であり孤児院出身の幼馴染で親友同士……互いに掛け替えのない存在なのは間違いないだろう。

 そんな事はここ数日の付き合いしかない俺にだって分かる事。


 ただ……だからこその確信も生まれる。

 それは不吉な、あの『預言書』に至る未来への確信。


 預言書の『聖魔女エルシエル』は邪神軍の中で最強と言われた『滅信軍』を率いる人物だった。

 その軍は異質な存在で率いている聖魔女は兵士たちを部下ではなく『盟友』と呼び、最上級の治療回復魔法で幾度も復活出来るという利点を全く度返しにした“命知らず”の軍団だったのだ。

 その軍を結んだ共通の思想はただ一つ……信仰への憎悪だった。

 邪神軍であると言うのに邪神への信仰は『聖騎士カチーナ』の方が強い方で、聖魔女エルシエルは件の邪神であっても『盟友』と呼んでいたほど、元聖職者の彼女は信仰というものに絶望し、憎悪する事になるのだろう。

 ……そうなると『預言書』で聖女が先輩だった『聖魔女』に言った言葉が腑に落ちる。


「……私は貴女に間違っているなど口が裂けても言えません。立場が違えば私は間違いなく貴女でした…………か」


 仲間を、愛する人を何よりも大切にしていた『預言書』の聖女の言葉を俺は口ずさみつつ……現在の聖女の掛け替えのない存在を見て思う。

 シスターリリー……聖女エルシエルの闇落ちのトリガーはこの人しかいない。



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