第三十九話 神様があるホラーを見た時に思った野暮な突っ込み

 炭鉱の町トロイメア。

 名の通り主に石炭を採掘して生計を立てている町で、他に名産と呼べる物は聞いた事が無い余所者が来る事は滅多にない町。

 当然冒険者である俺も討伐依頼なんて物が無ければ意識する事も無かっただろう……そんな町に馬車に丸一日揺られて到着した時には、既に太陽が西に傾いていた。


「やっと……着いたか…………長かったぜ……」

「そうですか? 軍の行軍に比べれば楽に思えますが……」

「そりゃカチーナさん、ずっと寝てたし……」


 鈍感系女子のカチーナさんはあの二人からすると弄りがいが無かったのか放置され、反対にターゲットにされてしまった俺は約半日の間ずっと、ず~っと根掘り葉掘りある事無い事交えて追及された。

「出会いは?」から始まり「どう思っているんですか?」とか「好きな所は?」とか「今までで一番グッときたタイミングは!?」などなど……まあしつこい。

 疲労を回復させる聖女の魔法のせいで肉体的には問題無くても、精神的疲労は半端ではなく……ようやく目的地に到着した時の解放感ったらない。

 無論長時間馬車にいた事では無く、あの二人から物理的に離れられる解放感だが。

 そしてその当人たちはと言うと……。


「初めましてトロイメアの方々。私は精霊神エレメンタル教会が聖女、エルシエルともうします。本日は教会よりアンデッド討伐、並びに浄化の任を仕りはせ参じました」

「同じくエレメンタル教会所属、聖女護衛の魔導僧リリーと申します。遅くなり誠に申し訳ございません」


 馬車から降り立ち、恐らく町長だろう髭面のオッサンを始めにした住民たちの出迎えに対して静謐でありながら冷たさと神々しさを感じさせる、まるで石像のような表情を浮かべて挨拶する。

 それはギルドでの出会いからさっきまでの馬車の中では思いもしなかったような、実に聖女らしい表情とも言える……ファークス家でも見た事があるヤツだった。

 ただ、相応しいとは思いつつも今となっては“俺には”うさん臭く感じてしまう……要するにアレもお仕事の顔、営業スマイルと同じ類のもんなのだろうと。

 そんな荘厳“そう”な雰囲気に気圧されて髭面のオッサンすっかり恐縮してしまい……ほかの住民たちもそれに習ってしまう。


「と、とんでもございません! まさかこんな町の為に教会でも屈指の光の聖女様がおいで下さるとは……これも精霊神様の御導きでございます」

「本当に、精霊神様のお陰だ……」

「ありがたやありがたや……」


 ペコペコと過剰に頭を下げる住民たちの姿に聖女たちは少し眉を顰めた気がしたが、おおよそは表情を崩さずに話を進めて行く。


「それではまず皆様には宿にご案内を……」

「いえそれには及びません。おおよその状況は聞き及んでいますが、まずは事件の詳細から討伐対象の正確な戦力、そして地理的な情報などの詳しい情報提供をお願い致します」

「わ、分かりました。では町の会議場へご案内いたします」


 そう言われた町長さんは更に狼狽しつつも誘導の為に歩き始め、エルシエルさんはお仕事モードな表情のままこっちを向いた。


「では皆さま、参りましょう」

「お、おお……」


 この流れで言われると反応に困るんだが、カチーナさんもシスターリリーも動揺した様子もなく粛々とついて行く。

 シスターリリーは見慣れている光景だろうがカチーナさんも元々は貴族で軍人、公私での態度を分ける状況は慣れているという事だろうな。

 なんでい……この中で一番の一般人は俺だけかい。


「……ん?」


 俺が若干いじけかけてそっぽを向いた時、それは目に入った。

 多分それは街の中央広場、そこのシンボル的な石像なのだろうが夕日に照らされたツルハシを抱えた小さな髭のオッサンのようなそれはドワーフを模した物だろう。

 採掘や鍛冶師などでは守り神的に祀る連中もいるらしいから、炭鉱の町でドワーフの石像があるのは別に不思議な事では無いのだが……。

 何だろうこの違和感……?


「どうしましたギラル君? あの石像に何か?」

「……いや……何でも無い…………と思う」


 あまりに凝視していたからかカチーナさんが不思議そうに顔を覗き込んで来た。

 しかしいくら考えても何も浮かんでこない……見た事がある気がするような……でもコレでは無いような?


 俺はこの時はその違和感に大した重要性を感じず放置してしまった。

 後々この違和感が重要な意味を持つ事になるとは欠片も思わず……。

 ……しかし言い訳が一つ許されるとしたら、その石像は俺の記憶の中とは一部分が異なっていたのだ。

 遠い記憶、『預言書』での中でみたソレを俺はドワーフだなんて認識していなかったのだから…………“首が”無かったから。


               *


 それから数時間後、町長らからスカルドラゴンナイトに関する情報を聞いた後、町長らが用意してくれた宿へと移り一つの部屋に4人が集まっていた。

 やはり大まかにはギルドに依頼された内容と大差なかったけれど、細かい情報が抜けている事が多々あった。

 お仕事の話だからか聖エルシエルも未だに真面目な顔つきのまま、テーブルに一枚の見取り図を広げる。

 この見取り図も詳細の一部であるのは間違いない。

 特に斥候を主任務とする盗賊にとっては真っ先に覚えておくべき情報であるからな……俺は広げられた見取り図をザっと頭に叩き込んでいく。


「それでは明日より始める『坑道内部を占拠したスカルドラゴンナイト並びにアンデッドの討伐、坑道内部の浄化作業』についてのブリーフィングを行います」


 エルシエルの言葉にカチーナさんとシスターリリーも頷き視線を見取り図へと向ける。

 と言うか今回の情報の中で最も最重要であるのに抜けていた情報がそれ、『スカルドラゴンナイトが坑道内部を占拠している事』だった。

 この事を知った時はさすがにお仕事モードの聖女様でも『事前情報が少な過ぎます』と静かにご立腹だったが……。 


「スカルドラゴンナイトが現れたのはこの坑道の合流地点、最も坑夫たちが行き交い採掘資源のやり取りをする為に最も広くなっている箇所ですね。大広間と言いましょうか……」

「そこに至るまでの道のりも厄介ですよ? やはり採掘現場だからか大広間まで一キロは歩かないとたどり着けませんし、何よりも道中は配下のアンデッドが待ち構えていますからね」

「日の光の無い場所でのアンデッドか……厄介だな」


 ダンジョンなんか一番分かりやすいが、灯が無いのは単純に危険だ。

 俺もカチーナさんも夜目は効く方だし音や気配を頼りにある程度の戦いもこなせるだろうけど、 あくまでもある程度だ。

 緊急事態にでもならない限りそんなリスクはとても選べない。

 だが聖女セルシエルはあっけらかんと言う。


「あ、その辺はご心配なく。仮にも私、光の聖女ですから闇の中で光源を作るのはお手の物です。火属性では無いですから石炭やガスへの引火などの心配もないですし」

「あ、そうか……今回はそっち系のエキスパートもいるんだった」


 癖の強い光属性魔法を全て、高位の魔法すら使いこなすエレメンタル教会の聖女様が。

 そう考えればいつもはダンジョンで苦労していた斥候や罠解除みたいな仕事が格段に楽になる。

 戦闘に関しても同様で即席パーティーでは主戦力であるカチーナさんの剣が使いやすく、俺との連携も普段通りにやりやすい。

 しかし安心材料が増える俺たちとは対照的にシスターリリーは得物の『狙撃杖』を眺めて溜息を吐いていた。


「反対に私は坑道内では火属性魔法は使えないから、魔法での攻撃は風属性オンリーになるわね」


 そう言いつつシスターリリーは狙撃杖を近接用に変形、折りたたんでから受け皿のようになった箇所に小石を2~3個乗っけてから壁に向かって放つ。

 次の瞬間には壁に小石がめり込んでいて思わず拍手をしてしまったが、リリーさんは不満げに自分の“弱点”を口にする。


「火と風を掛け合わせた魔弾と違って貫通力は格段に下がるから、使えるとしたらアンデッドの核を打ち抜くくらいね。アンデッド相手に足止めや牽制は出来そうにないわ」


 まあ知能も痛覚も無いアンデッドの動きを止めるには手足を使えなくするしかない。

 遺体を強制的に動かしているのが魔力の核であるから、そこを破壊できないとリリーさんの役目は少なくなる。

 まあでも……


「元々前線の対応は俺たちの仕事でしたし、今回のアンデッドはほとんどがゾンビだって話でしたから、シスターは後方から眉間を狙う事に集中してください」

「大体にして足止めとかは盗賊の俺のお家芸、その辺は俺に任せて下さいよ。料金分の仕事はキッチリさせていただきますから」


 アンデッドの中には核がどこなのか分からないのもいるし、面倒なのになると高度な魔導の知識を残したままアンデッドになったリッチなどは弱点の核をどこかに隠している時もある。

 だけどゾンビは大抵魔力の核を頭部に持っているのがパターンだ。

 ほかのアンデッドよりも肉体を残しているのが原因かもしれないが……。

 いすれにしても今回のリリーさんにはあくまでゾンビ討伐に集中して貰えれば問題は無いだろう。


「さすがは冒険者……仕事の割り振りが早いですね。使えないからと戦力外とは見なさないですね~」

「? 年中人手不足が日常ですからね指一本でも使えるなら使う方法を考えますよ……出来ないとなったら全員でトンズラするまでですが」


 そう言うとシスターリリーはクスリと笑った。

 何故だか聖女エルシエルも……そんなに楽しい事を提案した覚えもないのに。

 何が二人の琴線に触れたのか分からないが?


「大広間まで至るのもそうですが、坑道内には大量のゾンビが待ち構えているそうです。ある程度正面突破を覚悟しなくてはなりませんが……」

「……盗賊としちゃ正面は不本意ですけど、今回は妥協するしかなさそうですね」

「前線は私、フォローにギラル君で中衛に聖女様、後衛でシスターの配列で走り抜けるのが妥当でしょう」


 俺達が同意すると聖女エリシエルは覚悟を決めたとばかりに見取り図の中央、大広間を指さした。


「では大まかな作戦は大広間までの正面突破、邪魔しに来るであろうアンデッドを掻い潜り大広間にて待ち構えるスカルドラゴンナイトを3人で牽制してください。その間に私が坑道内部全域に『浄化魔法陣』を発動させます」


 全域……アッサリとそう言った彼女に、やはり聖女という存在は半端じゃない事を思い知る。

 浄化魔法陣が一度発動すれば領域内に存在するアンデッドをアンデッドとして動かしている『闇の魔力』つまり核は全て消滅してしまい単なる死体へと戻されるのだ。

 当然広ければ広いほど魔力も技量も必要になり、通常なら直径一メートルでも使えたら称賛されるレベルなのに……。

 それでも炭坑内全域となると発動まで10分は時間が掛かるらしく、それまでの間は俺達で彼女を守る必要がある。

 10分……その間聖女を守り切れれば哀れなゾンビたちはただの骸に…………あれ?

 そこまで考えて……俺は妙な事に気が付いてしまった。


「ねぇエルシエルさん?」

「そろそろ呼びにくいでしょうから、私の事はシエルで良いですよギラルさん」


 そう言ってくれた事が地味に嬉しかった。

 聖女に愛称を読んでいいと言われたのは勿論だが、実際呼びにくかったし……。


「あ、じゃあシエルさん、確認確認だけど坑道内のアンデッドはほとんどがゾンビ何だっけ? スカルドラゴンナイトを筆頭に」

「ええ、町長さんからはそうお聞きしました。少なくとも100~200体のゾンビが坑道内部を徘徊していて、時折スケルトンなどのアンデッドも見受けられるとか」

「ん~~~?」


 俺の中にある幼少期の記憶……神様が言っていた雑談っぽい話が思い出される。

 あの時の神様は冗談のように、笑い話を聞かせるように言っていたけど……。


「……シエルさん、このアンデッドが発生した時期は一か月前でしたよね? 確かギルドに依頼があったのもその辺だったと思うし」

「? そうですけど……何か気になる事でもあるのでしょうか?」


 俺が何に引っかかったのか……シエルさんは元より他の二人も分かった様子はない。

 まあ本来はそんな認識になるのだろう……アンデッド=魔物の括りで考えがちになるのは仕方が無い事だし。

 俺も神様が言っていた『ゾンビが動き回れる矛盾点』何て事を聞いていなきゃ想像もしなかっただろうが……。


「遺体の腐敗は早い……それこそ夏場だったら10日と持たず腐り落ちるし虫や小動物に食い荒らされて終わる。それに死後硬直で固まった筋肉や筋を無理やり動かしたら断裂して余計にボロボロ、動いた分だけ熱を持って腐敗が進んで更に原型を留めていられない」

「……ギラルさん? 一体何を言いたいのです?」


 明らかに戸惑った表情になったシエルさんが聞いてくるが、俺だって考えがまとまっているワケじゃ無い。

 ただ思った事をそのまま口にするだけなのだが……。


「その200はいそうなゾンビたちはどこから来たのか? 一ヶ月以上もたっているのにあんまり長期間活動できないゾンビが何で未だに坑道内にいるのか? 親玉のスカルドラゴンナイトに従っているとは言えなんか腑に落ちなくて……」

「「「……………………」」」


 気が付くと3人の女性陣が俺の事を化け物を見るような驚愕の目で見ていた。

 いや……そんな目で見られても困るんだけど……。



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