第三十八話 神曰く、女子高のノリ
結局俺たちは聖女エルシエルからの依頼を受ける事にした。
預言書でも未来を考えるなら顔つなぎ、信頼関係の構築は悪い事では無いし……最終的にはそんな感じに自分を納得させた。
翌日依頼受注をギルドに問い合わせたら5日後の早朝に王都の門前で待ち合わせという内容の連絡があった。
依頼受諾を聞いたミリアさんはニコニコと「は~い、やっぱり来たわね~」と分かってたように言われて気に入らない気分にもなったが、それはそれ。
依頼内容は事前に知っていたけど詳細を確認すると知らなかった細かい情報もあった。
“王都ザッカールからほど近い炭鉱の町『トロイメア』の採掘現場に発生した『スカルドラゴンナイト』を含めたアンデッドの浄化を行う聖女の護衛。
アンデッドは、ほぼゾンビ・スケルトンで構成されたEランク相当、但しスカルドラゴンナイトに指揮されているのかある程度の集団行動が見られる”
アンデッドは基本的に生者を襲うが、その行動は遅い上に本能に従い近い者に襲いかかると言うのが主。
しかし闇属性の特殊な魔術や位の高いアンデッドであればある程度の“誘導”は出来るモノだ。
この場合、集団の中で上位であるスカルドラゴンナイトに指揮をするくらいの知能が残っているという事になり……その辺が実に厄介な所なのだ。
……まあその辺の事を聞いたカチーナさんはアンデッドでも“武人”との闘いと聞いて「騎士との戦闘は経験あるのだが、騎竜ですか……ふふふ」と若干テンションが高くなっていたけど。
そんなこんなで5日後……俺たちは朝もやが立ち込める中、王都で一番大きな門である『西の門』へ向かった。
しかし早朝であり結構早めに出たつもりだった俺たちよりも更に早く、件の聖職者二人は朝から爽やかな笑顔で待っていた。
聖女エルシエルとシスターリリーの二人は前回ギルドで会った時よりも更に動きやすい旅慣れた衣服にしっかり『聖女』と分かる金と銀で彩られたロザリオと彼女強さを象徴する銀色の棍棒。隣にいる少女とも思えるシスターも同様に武骨な装飾とも言い難い杖『狙撃杖』を携えている。
「おはようございますお二人とも。本日は宜しくお願いいたします」
「……もしかして遅くなりましたか?」
「いえいえそんな事は無いですよ? むしろ私たちの方が早過ぎたと思います」
依頼人を待たせて悪かったかな~と思ったけど、エルシエルさんはそう言ってニコニコと否定する。
「今回は討伐浄化の為に朝が早い……その言い訳は早朝の礼拝を抜けるにはメッチャ便利なのよね~。教会のご飯味が薄いし」
「リリー、そこはシーですよ」
うん、爽やかな笑顔じゃ無かった。
悪だくみが成功した方向の笑顔……さっきまで朝の早い労働者用の食堂で朝食を取っていた事を嬉々として話すこの二人、案外イイ性格してるな。
「それはそうとお二人とも……今日も早朝からご一緒なのですね?」
「ねー、パーティー組んでからまだ日が浅いって聞いてたのにこんな朝早くから……」
ん……? 何だ今の妙な含みを持たせた言葉は?
同じパーティーなんだから依頼人の前に一緒に現れるのは当然だろうに…………何だろう? 何か俺にとってあまり宜しくない嫌な予感が……。
しかしその言葉の違和感を全く感じていないカチーナさんは、アッサリとあっけらかんと口を開く。
「まあここ最近ギラル君とは宿から何からずっと一緒ですから、共にいても特に不思議はないですけど?」
「「ほほう、ずっと一緒……」」
「ええ、情けない話ですが現状私は無一文の状態で彼の常宿の同室を間借りしている状況なのです。本来マナー違反ですし彼にも窮屈な思いをさせているでしょうけど……」
「ちょ!?」
言わなくても良い事をサラリとカチーナさんが口にした瞬間、聖職者二人の顔が若干赤くなり……そして悪魔の如く口角が吊り上がる。
ヤバイコレ……酒の肴に俺を揶揄って喜ぶ師匠やミリアさんと同じ目だ!!
「一緒の部屋ですか!? 失礼ですけどそんなに大きなお部屋をお借りで?」
「本来ならベッド一つの狭い一人部屋ですけど、宿の店長さんが気を利かせてくれてまして……一人分の料金なのに申し訳ないのですが」
「狭い部屋に二人っきり……うわ……」
「カチーナさん……ちょっと黙って貰える!?」
慌てて口を塞ぐけど時すでに遅く俄然興味津々で俺とカチーナさんをチラチラと見始める二人……と言うかこの二人は聖職者だったよな……こんな俗っぽくて良いのだろうか?
「そうですか……だからギラルさん、早朝であるのにそんなにも寝不足で……」
「ダメですよ~若いからって……ちゃんと寝ないと~」
「とんでもない勘違いから事実を捏造しないでくれますか!? 何にもしてませんからね!!」
俺がそう言うと二人そろって「「え~?」」と非難するような目つきで見てくる。
いや……寝不足なのは間違いないけど。
俺も冒険者生活が長いから休息の重要性も分かっているし、前日の寝不足が論外なのは分かり切っているけど、それにしたって最近は眠る事が出来ていない。
だって元々は一人部屋である狭い部屋に女性であるカチーナさんがいるのだ。
休憩中も食事中も寝る時でさえ……師匠やミリアさんでは全く感じなかったのに、何と言うか女性特有の匂いが感じられ、しかも彼女はそんな他の人いない空間では『男装』の悪影響でやたらと奔放で薄着……これは服を借りた師匠の趣向もあるが。
そして極めつけがこの人……寝言がメッチャ色っぽいのだ。
特に明確な何かを言うワケでも無いのに「ん……」とか聞こえただけでソファーで横になる俺は悶々としてしまうのだ。
ちなみにベッドに関してはカチーナさんが使うように俺が固辞したので彼女が使っている。
当然最初は“自分がソファーで”と言っていたけど、その矜持だけは俺も譲れなかった。
マジで別室を取る事をカチーナさんが了承するならこんな事も無いのだけど……宿の親父なんか金が取れないと嫌がるかと思えば「がんばれよ!」とか言って積極的に一人部屋に押し込みやがったし……。
「ほんとに勘弁して下さいよ。色々あって寝不足なのは確かですからあんまり精神力を削るような揶揄いはちょっと……出来れば移動の馬車では少し睡眠を取りたいくらいだし」
『トロイメア』へは定期で乗合馬車が走っている。
盗賊やら魔物やらが出てくれば別だがそうじゃ無ければ移動の間は睡眠が取れるし、眠ってしまえば妙な期待をする聖女とシスターの追及を逃れられる……俺はそう思った。
「癒しの力……彼の者に活力を……」
しかし次の瞬間、聖女エルシエルの手が黄金色に光り輝き俺の腕に触れた瞬間、眠気と疲労感が一気に抜けて行く……。
え……コレって回復魔法だよな? 元Aクラスのミリアさんも優秀な回復術師ではあったけど、特化していたのはあくまでも怪我の治療。
疲労回復なんかは休息を取るしか無いのは当たり前であるのにそれをアッサリと……聖女という存在の特異さ、優秀さをマザマザと見せつけられる。
そして……その力に驚愕する俺に、聖女セルシエルは実にSっ気たっぷりなイイ笑顔で言った。
「さあギラルさん。これで睡眠不足もバッチリですね! 道中もたっぷりと時間がありますからじっくりとお話を聞かせていただきますよ?」
「そんな事で聖女の魔力を無駄に使わんで下さい! 何か象徴として借り出されるのが不満とか言ってたけど、こんな使い方も何か違うでしょ!!」
段々とこの人が聖女であり預言書の『聖魔女』であるという認識がブレて来た!
何と言うか師匠連中と大して変わらない距離感と言うか何と言うか……こんな欲望に忠実な人だったのか?
しかし俺の言葉に動じる事も無く聖女は清楚に“見える”笑顔のまま語る。
「こんな機会は滅多にありませんから……戦闘を生業にする方々のお話を聞く機会は我々もございますが、武勇として生々しいお話が多いのですよ。それはそれで楽しめるのですが……もう少し彩が欲しいと言いますか」
「ね~、俺が落とした良い女話は聞き飽きたものね。思春期の純情少年が鈍感系お姉様に翻弄されるだなんて……美味しいじゃない!?」
「今のお話で俄然興味が湧きましたよ! 誠実で純情な少年、しかし湧き上がる欲望と葛藤の中で無自覚に誘惑してくる女性……その理性がいつ限界を迎えてしまうのか? も、もしかして反対に女性側の方が自覚してしまって逆に……」
「ギルドで“先輩”に聞いた通りね! コレは面白いモノが見れそうだわ!!」
真っ赤になってキャーキャー言い始める二人は格好を含めても聖職者には見えない。
どこにでもいる他人の恋バナが大好きな町娘の如く……そしてこれからこの二人からある事無い事聞かれるんかと思うと……寝不足だったさっきの方がマシだったかも。
そしてミリアさん……絶対アンタだろ余計な事吹き込んだのは!?
俺が彼女たちに要らん情報を与えただろう人に憤慨している最中もカチーナさんは一人首を傾げていた。
「ギラル君……聖女様たちは一体何の話をしていらっしゃるのです? 純情少年やら鈍感系お姉様やら……」
この人もこの人でブレないな……さすがは鈍感系。
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