第三十七話 死ぬはずだった二人の夜会

 冒険者ギルドを後にした俺達はお仕事の際に常備している必需品を商店街で仕入れつつ、定宿『針土竜亭』へと戻った。

 そして今回の指名依頼について話し合う為にカチーナさんが俺の部屋に数か月前まで師匠がよく着ていたラフな部屋着で訪れて、足を組んで座っていた。

 それはタンクトップに短パンという……師匠が着ていた時には“似合っている”としか思わなかったその恰好をカチーナさんがすると……似合うだけではなく煽情的というか。

 いやもう直接表現するならメッチャクチャエロい……薄着なのに色々と隙間も多すぎて直視したらヤバイ……絶対にがん見してしまう!!


「で……どうする気なのですか? ハーフ・デッド殿?」

「……あんまりその名を言わんでくれます? グール・デッド殿……」


 しかし彼女はそう言う方向では無い言葉で揶揄ってきたので、俺は何とか平静を保つ事が出来た。

 こっち方面の揶揄いがマシかと言えばそうでも無いけど……。

 怪盗なんぞ名乗る際に『ハーフ・デッド《真っ二つで死ぬ》』などと預言書の死因を字にしてはっちゃけた報いと言えばそうなのかもしれんが……。

 あんまり言われるから『グール・デッド《食い殺される》』と言い返してやったのだが、むしろ彼女はその字を気に入ったっポイのだ。

 何でも“隠された名前っぽくて燃えるじゃないですか!”とか言って……。

 喜んでるなら良いけど……あんまり縁起の良い隠し名じゃねぇよな~~。


「私としては聖女エルシエル様は信頼の置ける方であると見受けましたが……リーダーである貴方の見解はどうなのでしょう?」

「だ~れがリーダーか! たった二人しかいないし、そもそも指揮系統の役割は隊長やった事もあるカチーナさんの方が経験者じゃん」

「いや~私など冒険者としては新米でしかないですからね。盗賊と組んだ経験も無かった事ですし必然的に先輩である君にリーダーをお任せした方が良いでしょう」


 俺達がパーティーと言うかバディを組んでから、薄々感じてはいた事だけど……カチーナさんは冒険者としての主導権を俺に放り投げている節があったが、『カルロス』という虚像が無くなった今はより明確にその傾向を見せていた。

 別に全ての考えを放棄しているワケでも無いのだが、決定権のある役割をしなくても良い今を満喫しているようでもある。

 ……ま、彼女が今まで抱えて来た、跡取りやら隊長やらの重責を考えると単純に目の前の敵と戦う一介の剣士というのが良いのかもしれんが……。


「は~……まあいいや。その辺はおいおい考えるとして……まあ俺も“向こうが伏せていた事情”を加味してもあの二人は聖職者のワリに信用できる類だと思うよ」

「……やはり君は“聖職者”にあまり良い印象は無いのかな?」

「ど~だろ……少なくとも教会の教義の“おかげで”俺が幾つの盗賊団を潰したと思う?」


 エレメンタル教会ご推奨の教義でゴブリンやオークが生娘を苗床にする為に攫うと言う“創作”のせいで、今まで幾つの行方不明事件が隠蔽されてきたのか。

 神様に教えて貰った『男と女が半分ずつ持つ人間の設計図』の話を聞いていなかったら俺も疑問に思う事は無かったかもしれないが……。

 知識が無いと言うのは厄介なモノ……無いという事はある者に利用される事に繋がるのだからな。

 ぶっちゃけると俺は魔法の大本である『精霊』の存在は信じていても、エレメンタル教会という組織については懐疑的だ。

 良い人面で自分達の教えが正しく素晴らしいと言いつつ、他の者をこき下ろすと言う態度は気に喰わない。

 だからこそ……カチーナさんとの模擬戦で楽し気に笑っていた不謹慎な聖女を“マシ”に思えたのかもしれないけど。


「彼女たちの境遇を考えれば、依頼者に厄介事を伏せておきたかったのも理解できなくも無いですし……。直接仕事に関係あるのかと言えば微妙な事情でもあります」

「……俺もその辺は言う程気にしてないよ。質問したらしっかり答えてくれたんだからさ、謝罪付きで」


 向こうは伏せていた事で不興を買ったのでは? と心配していたみたいだけど、実はその事は大して気にしていなかった。

 何と言うか言い辛い本音の部分も分からなくは無いし……。


「精霊神を信奉する教会組織の連中が派閥争いをしていて、その煽りで他派閥であると協力を得られなかったとか……そりゃ恥ずかしくて言いたくも無くなるだろ」

「そんな事情を聞けば厄介事は御免と依頼を断る冒険者の判断も……間違っているとは言えませんよね」


 思い浮かぶのは聖女エルシエルとシスターリリーの非常に恥ずかしそうと言うか、情けないと嘆くような複雑な表情だった。

 しかしエレメンタル教会内での派閥争いなど世間的には今更感がある事でもある。

 同じ思想、教義の下に集まった者たちであっても数が多くなれば主張が食い違ってくるのは仕方が無い事。

 それに精霊を祀る特性上六大精霊の中で“最も優れているのは自分の得意な魔法を司る精霊である”と主張する輩が他の精霊を崇拝する信者を攻撃するなどというガキのケンカ染みた諍いが何百何千と繰り返されて来た結果、その不毛な争いに終止符を打とうと六大精霊の頂点に『精霊神』という存在を崇める事で纏めたのが精霊神エレメンタル教会の成り立ちなのだから。

 その事に不満を持ち、独自に各精霊を祭る連中はこの世界のどこかで細々と信仰を続けているそうだが……。


「表面化していただけ大昔の六大精霊同士の対立の方がまだ健全だったようにも思えて来るんだよな~。あの二人の話を聞くと……」

「そうですね……一見印象が良く聞こえるのも厄介ですよ」


 エレメンタル教会内部で“水面下”にぶつかりあっている主張は、実は精霊についてではない。

 片方の派閥は『精霊神への信仰厚き者は救済される』という主張で、もう片方は『教会の信徒として貧民であっても寄付を求める』という主張だ。

 そう聞くと何となく前者が正しく後者は『貧乏人からも金をとるつもりか!』とか言われそうな主張で、事実前者の派閥はそう言って金や富を不浄として罵るらしい。

 しかし後者の主張が『貧者の治療代が銅貨五枚である』と言えばどうだろうか?

 それはパン一個買えるくらいの値段……貧者だからと言っても決して払えない値段ではない金額なのだ。

 対して精霊神への厚い信仰を示すにはどうすれば良いのか? と言われればその者たちは良い人振った顔のまま、自分達が他者を貶める為に不浄と言った物を要求する。

 ……平たく言うと教会で派閥争いをしているのは『見えないように金を集めよう』とするか『分かりやすく金を集めよう』とするかの主張だ。

 ……聖女じゃなくても言いたくねーだろうよ。

 ギルドの職員にして元回復術師のミリアさんも、教会にいた頃は前者の派閥にいたらしいけど、寄付金の多い貴族連中にしか回復させない体制に嫌気がさして教会を飛び出した口らしいから……その辺の事は聞いた事があった。


「教会の教えに反する異教徒を見つけ出す役割の異端審問官だと前者の主張が多いのは……何となく察するけどね」


 俺の呟きにカチーナさんも無言で頷いた。

 自分達が正義で他の信仰は邪教、だから教義に反する者を見つけ出し粛清するのが異端審問官たちの主な活動なのだから、当然“自分達は崇高な教えを説いている”と言いやすい前者の主張をする派閥が多くなり……むしろ高い光属性の魔法を行使できる聖女を含めた3人が後者の派閥寄りというのがマレなのだ。

 言っている事だけを取り上げるならどちらも間違った事を言っているワケじゃないんだが……預言書でのエルシエルの末路を知っている俺には、どちらの主張にもキナ臭いモノを感じてしまう。


「どうしましょう? 私個人は教会と言うよりあのお二人に協力すると考えるなら依頼を受けるのは悪くないと思いますが……」

「う~~~む」

「君がそこまで悩むのも珍しいですね……何か他にも懸念材料が?」

「……む?」


 腕組みしたまま思い悩む俺にそんな事を言うカチーナさん……怪訝な顔をする彼女を見て、俺はある事を思い出した。

 そうだ……もうこの人は俺と同じ境遇の『死ぬはずだった者』なのだ。

 つまり今までは一人で思い悩むしか無かった事でも彼女に共有してもらう事も出来るという事……『預言書』なんて荒唐無稽な事を相談できる人がいるという事。

 そこまで考えて、今まで張っていたつもりも無かった肩の力が抜けた気がした。


「そうだな……ここは死ぬはずだった者同士、情報を共有しておこうか。四魔将にして聖魔女エルシエルの顛末について」

「聖……魔女?」


 俺は搔い摘んで『預言書』で邪神軍として人類に敵対した元聖女であったエルシエルの顛末について説明した。

 彼女が後に人類にとって最悪の敵の一味になる事を告げた瞬間はカチーナさんも相当驚いた様子だったが、彼女の最後を聞いた時には痛ましそうに眉を顰めていた。


「聖女様が……私と同じような末路を?」

「聖騎士同様、最後は因縁のある者と熾烈を極める戦いを繰り広げ……最終的には心臓を貫かれて絶命する……最後まで光の精霊に愛された悲しい女性さ」


 戦いの果てに命を奪うのは彼女を慕っていたエレメンタル教会の聖女……最期に勇者の遺体を元の世界に送る人物だ。

 そして……話している最中に気が付いたが、最後に彼女を貫いた武器は棍だった。

 飾りっ気のない鈍く銀色に光るそれは……さっきまで話していた聖女が手にいた得物と瓜二つの物だった。

 多分、彼女は今後どこかであの棍を件の聖女に譲渡するんだろうな……可愛い後輩にお願いされたか何かで。

 カチーナさんはその話を聞いてからしばらくウンウンと難しい顔を繰り返していたが、やがて表情はそのままに口を開く。


「なるほど……剣を交えた方がそのような末路を辿ると聞くと納得は行きませんが、理解はしました。本当~にあのような清々しい方が人類に反旗を翻すと言うのが信じがたいのではありますが……」

「それは貴女と出会った時に俺も散々思った事だよ。正直カチーナさんの御家事情を探り当てるまでは『預言書』の方が間違っているんじゃないかと思ったくらいだったし」

「……そうだったのですか?」


 キョトンとした顔で聞き返す彼女からはもう外道聖騎士と言われるような気配を感じる事は出来ないが、だからと言って未来は分からない。

 同時に一体何があれば聖女とまで言われた人物が、あれ程まで『信仰』を憎むようになってしまったのか……。

 

「話した感じだとあの聖職者二人はある程度現実的な思考をしているように思えた。今更教会が信仰の元善意のみで働く崇高な組織では無いって知った所で屈折するとは思えん」

「むしろ……自分たちが公言しているくらいでしたからね」


 信仰の必要性も金の必要性も、そしてその二つによる善と悪の矛盾など……その辺も分かった上で嘆いていたからな……何も知らない少女ってワケじゃ無い。

 教会内部の厄介事に『預言書』に至る事情……色々考えてしまって結論が出ない堂々巡りに再びハマり出す俺だったが、カチーナさんがあっけらかんと一言言ってくれる。


「分からないのであれば、やはり知る事から始めましょう。結局本人の事は本人を見てから判断するしかありませんからね。何と言いましたか……ひゃくぶんのいっけん?」

「…………百聞は一見に如かずですか?」

「そうですそうです。結局剣で語らうタイプな私がそんな事を言うのも何ですけどね?」


 照れ笑いしながら頭を掻く仕草がちょっと可愛らしいが……確かにカチーナさんの言う通り。

 結局は考えたところで『邪神復活の阻止』を目指すなら聖女エルシエルの情報は必須。

 向こうから来た接触できる機会なんだから、ここは幸運と割り切ってこれから起こりうる面倒事には十分警戒する……それしかない。


「……しかし、俺が神様から教わった格言を又聞きのカチーナさんの方が正確に意を汲み取っているのが何か癪だな」

「あのお話は中々為になるんですよ。剣の事もそうですけど色々と私生活に関しても」


 ニッコリと笑った彼女の顔を正面で見て、俺は慌てて目を逸らした。

 やばいって……薄着のスレンダー美女の笑顔……マジでヤバイって!!


「……やっぱりリーダーはカチーナさんの方が向いてるんじゃ?」



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