第三十六話 聖女からの指名依頼

「良いのではないですかギラル君。聖女様の見立てで大丈夫であると判断いただけたなら、私たちにも実行可能であると推察します」

「いや、それはそうかもだけど……」


 俺は言葉に詰まってしまう。

 別にカチーナさんと聖女エルシエルの実力云々をどうこう言う気は無い。

 むしろ戦闘力ではAランクに匹敵するとすら思えるのだが……それでも冒険者におけるランク付けはそれのみに留まる事では無いからな~。

 ギルド側がAランク推奨と判断したからには臆病と言われようと簡単には判断できん。

 この辺を軽く考えて翌日戻ってこないで骸になった冒険者など今まで幾らいた事か。


 だが……俺個人としては聖女エルシエルと繋がりを持つ事自体は悪い事では無い。

 預言書の改変、邪神の復活阻止を考えれば彼女は最重要人物の一人なのだから、現在彼女を取り巻く環境から彼女自身の観察も含めて違和感なく関係性を持てる絶好の機会でもある。

 副次的にカチーナさんとはすっかり仲良しだしね……。

 俺は具体的な返事を言う前に確認から入る事にした。


「……具体的に戦力確認をさせて貰って良いですか? 今んとこ俺もカチーナさんも生粋の魔法職じゃ無いDランクですから、貴女方のような専門職との兼ね合いもありますし」

「ご尤もな疑問です。その辺の慎重さが冒険者の強みなのでしょうね……ウチのモンクに見習わせたいくらいですよホント」

「ね~、直情一直線しか出来ないタイプだからね~あのオヤジ」


 散々な言われようのこの場にいない筋肉ハゲ親父だが、昨夜の姿を見ているだけにフォローする言葉は浮かばないな……。

 一しきり同僚の事を愚痴ると二人の聖職者は居住まいを正して自身の能力を明かす。

 こういう場合で実力を隠すタイプの連中もいるけど、実戦の時に誰が何を出来るのかの知識を共有できているどうかで生存率が大幅に変わる。

 大げさに言えば『伝説の力を発動できる!』みたいな実力なら遠慮なく隠していてくれても構わない、むしろそんなのは知りたくも無いし……。

 重要なのは罠が使えるとか、索敵が出来るとか、前衛で戦えるとか……使える情報こそ冒険者のパーティーとして共有すべき当たり前の事だからな。


「今更ではありますがギラル様には自己紹介も兼ねてまずは私から、精霊神エレメンタル教会所属の聖女が一人エルシエルと申します。光の精霊との相性が元々高かったお陰か光属性の魔法はほぼ習得しておりますので、サポートには自信がございます」

「ひ、光属性魔法を全部って、マジ!?」


 俺は預言書での予備知識もあったけど、それでも驚愕してしまう。

 というよりも預言書で一応『高位の光属性魔導師』とは言われていたが、実際に光属性の派生である回復魔法の名手であるミリアさんを長年見ていたせいか、光属性の希少さと難しさを知る度に“預言書の方が大げさなのでは?”と疑いもしていたのだ。

 使える人であっても光属性の魔法はクセが強く扱い難い……そんなものをほぼ全て行使出来るとか……。


「てっきりに肉体派の修行僧の類かと思い込んでたけど……」

「いやギラルさん、その考えは間違ってないよ」


 俺が思わず零してしまった失言にリリーさんが苦笑して肯定する。


「シエルは教会でも随一の治療、回復、援護あらゆる支援に長けて更に光属性の攻撃魔法も使える優秀な魔術師なんだけど……ハッキリ言えば本人としてはそっちに分類されるのは不本意らしくて」

「不本意?」

「当然です! 皆で私の事を『後方援護』に回そうとするのですよ? 確かにそちらも重要な任務である事は理解いたしますが、それでは私が磨いて来た杖術が全く意味を成さないではありませんか!!」


 俺が疑問の相槌を打つと、エルシエルさんがキッとこっちを見て不満を漏らす。

 あ~~~何と言うか察するモンがあると言うか……。


「え~~~っと、もしかして今までもそんな感じの事が?」

「ええ、シエルは元々はモンク希望だったのですが、光属性魔法の才能を見出されて聖女に担ぎ上げられた事を不本意にしているくらいなんですよ」


 カチーナさんと撃ち合う実力者である彼女にとって後方での支援に徹底しろというのはストレスでしか無いのだろう。

 リリーさんの説明には今までも色々あった事が容易に想像できる苦笑が浮かんでいた。


「それでも外で活動して病苦に苦しむ人々や貧しい人々に光魔法での治療を施すなどは喜んで行いたいところですが……最近では私をエレメンタル教会の『大聖女』として祭り上げようと言う動きすらありまして」

「大聖女とは……あの教会の象徴として精霊魔術を行使するという聖女の最高位である……確か現在の大聖女様も相当の御年であった覚えはあったが……」


 カチーナさんは“元王国軍”だからエレメンタル教会とのつながりも多少はあったらしく、その辺の情報も少なからず知っていたようだ。


「っとにもう……あの人は『教会の存続の為には些事とせねばならぬ事がある』とかそんな事言って……結局大事なのは人じゃなく組織の方なのかと…………」

「わーわーわー!! シエル! 落ち着けシエル!! しゃべり過ぎだバカ!!」


 慌ててシスターリリーが彼女の口を塞いだ。

 うん……何と言うか本気で他人が聞くべきでない事まで口を滑らそうとしていたよなこの聖女……何となくこの二人の力関係が見えたような。

 そして同時に俺の中で何か答えに繋がるヒントの片鱗が今見えた気がした。

 預言書で主人公たちの前に立ちふさがった『聖魔女エルシエル』は最後まで光属性の魔法を行使していた。

 つまり邪神軍に加担した元聖女である、教会にとって最大の背信者なったはずの彼女は最期の最後まで、教会の教義に照らし合わせれば“神に見放されていない”のだ。

 そして彼女が最後まで呪ったのは神じゃない……『信仰』の方だったのだ。

 カチーナさんが『絆』に裏切られたように、この人も今後何か『信仰』に人生を狂わせる何かをされるという事なんだろうか?

 俺がそんな事を考えている内に決着がついたのか……リリーは咳ばらいを一つ吐いて、自己紹介を始める。


「……失礼しました、私はリリー。この娘と同じエレメンタル教会所属のシスター、魔導僧でもあります」


 魔導僧……簡潔に言えばエレメンタル教会所属の魔法使いたちの総称だ。

 教会は火水地風光闇とそれぞれの精霊を祭り、頂点に立つ者が『精霊神』であるとする組織だから、各精霊にまつわる属性魔法使いを多く抱えてもいる。

 彼女もその中の一人……という事か。


「基本的には火属性と風属性の魔法を行使出来るんだけど……他の人たちに比べるとちょ~っと毛色が違う魔法を私は使うので」


 リリーさんはそう言うと、チラリと己の武骨な杖を見た。

 何やら後ろめたい事を隠そうとするかのように……。


「まあ……それ程強力な狙撃杖を使う魔導僧はいないだろうからな。冒険者でも扱いが難しいって避けるヤツも多いし」

「お!? コレが何か分かるのギラルさん!!」


 しかし俺がそう言った瞬間にリリーさんは驚愕に目を見開いた。

 どっちかと言えば嬉しそうに……。


「当り前じゃん。超遠距離、気配すら感知できない“外”から狙いすまして高速で襲って来る魔法攻撃……盗賊の天敵中の天敵だって師匠に散々叩き込まれたよ」

「わ~~索敵が本業の盗賊にそう言って貰えるとは嬉しいね~。魔力操作も狙撃杖の操作も高度な技術を必要とするからって不要な技術って切り捨てる輩が多いから……人気無いのよね~この子」


 実際狙撃杖は派手さが無い上に扱いが難しい超遠距離攻撃の魔法武具というのもあり、見た目で畏怖を示したい教会や王族などには受けが悪く、決闘なんかを重んじる貴族や騎士などにも敬遠されがちで……使用者は一部のモノ好きな冒険者か、もしくは本職の狩人なんかが使う機会が多い印象だ。

 一点集中の魔力攻撃であるから、常時本能的に魔法防壁を展開する魔物であれば弱体、防がれる事も多く急所を打ち抜く事が出来なければ意味が無い……そう考えて最初から広範囲にダメージを与えられる魔法攻撃を選択する魔導士は多いのだ。

 ただ、それを上回る利点だって狙撃杖には存在するのも事実。

 さっき言った通りに盗賊おれたちにとっては最悪の天敵だし、難しくても一撃で魔物を討伐できるなら素材取りの場合なら傷の少ない極上の素材が手に入る。

 あとはまあ……限りなく要人暗殺に向いた武器であると言うブラックな利点もあるが、それは置いておく。

 昨晩の彼女の腕と威力を考えればどれも相当である事は伺えるが……。


「魔物……今回はアンデッドが主みたいだけど、急所を正確に狙える?」


 俺が何を聞きたいのか、その言葉だけで読み取ったリリーさんは鋭い目つきになり……しかし口角は挑戦的にニヤリと上がる。


「うつ伏せ《ブローン》であれば1キロ……ただ当たり前だけど機動力は下がるね。膝立ち《ニーリング》で半分の500、スタンディングで動き回りながらだと20~30mなら外さない自信はあるよ」

「……威力と連射速度は?」

「込める魔力の時間、そして距離で変わる。遠距離から岩壁を打ち抜きたいなら一発の練り上げに2~3分……最短距離なら2~3秒で6発分のリロードが可能よ」


 そう言いつつリリーさんは狙撃杖を“ジャコン”と折り畳み、さっきよりも半分くらいの長さにして見せた。

 おそらくこれが本人が言う近距離連射のスタイルなのだろう。

 自信満々に言う彼女から虚偽の気配は一切なく……俺は正直息を飲んでしまう。

 魔術に長けた者が体術に長けた者よりも体力が低く機動力が劣るのは世の常……であるのにシスターリリーが言うには近距離で動き回りながら、しかも連発で当てる自信があると言う。


「…………半端じゃねぇなコイツ等」


 俺が思わず漏らした失礼とも聞こえそうな呟きなのに、聞いた二人の聖職者は俺の言葉に明らかに喜んでいた。

 つ~か本当にこいつ等聖職者なのか?

 目の前にいる二人と、本日は欠席しているガチムチハゲ親父のロンメルの布陣は知れば知るほど隙の無い最強の布陣にしか見えない。

 ……昨晩は良く逃げおおせたな俺。

 今更ながらに色々と運が良かったんだと思い知りちょっと震えてしまう。

 ここまで近中遠で役割分担が出来ていて各々が一騎当千の強さである。

 おそらくこの二人(普段は三人)はエレメンタル教会でも最強クラス、冒険者ギルドで言えば文句なしのAランクパーティーの実力者だろう。


 ただ……そうなると俺が最初から持っていた疑問がより一層強くなってしまう。


「エルシエルさん、それにリリーさん。そちらの実力はおおよそ理解した。この場にいない前衛のモンクの代わりがDランクの俺達で務まるのかは分からね~けど、それでも即席パーティーとして組む事に問題はないと思う」

「!? それでは……」


 俺の言葉に聖女エルシエルは了承と思ったのか立ち上がりかけるが、俺は「ちょっと待ってくれ」と片手で制する。


「ただ……どうしても腑に落ちない事があってね。どう考えてもエレメンタル教会でも屈指の実力者であろうアンタらが何で冒険者を雇わないといけない? 教会だってご自慢の聖騎士やら魔導僧、モンクは他にいるだろうに」

「あ~確かにそうですね。ワザワザ私たちのような部外者に声を掛けるのは、言われてみれば不自然な気もします」


 俺がその事を聞くと二人の聖職者は露骨に息を詰まらせた。

 やっぱり何か訳ありなのだろう……少しの間二人はチラチラとアイコンタクトを交わした後、聖女の方が口を開いた。


「……分かりました。やはりその辺の事情を伏せておくのは宜しくないですね」

「……シエル……でもそれでは」

「リリー、やはりこの事は最初から話しておくべき事なのですよ」

「でも、それでは“また”断られるかもしれないと思うけど?」

「……そうかもしれませんが、疑問を抱かられたままでは仕事に身が入らないでしょうし……何より私も罪悪感を抱える事になりかねませんから」


 一気にきな臭い事を言い始める聖女エルシエルだったが、それが彼女の性分なのだろう。

 すべて開示して断られる可能性……多分俺たちに会う前にもそれをして断られたから、今回はギリギリまで伏せていたんだろう。

 おそらくはリリーさんの意見で……。

 だけど聖女の頑迷な意志を理解したようで、彼女は「仕方ない」と諦めたようだ。


「申し訳ありません……確かに我々は意図的にある事を伏せていました。この事でご不快であればこの場で話を終わっても構いませんが……」

「……聞く内容にもよるな。場合によっては報酬に上乗せがあるかも……」

「そうなればそれでも構いません。それは最初にお伝えしなかった我々の落ち度ですから」


 多少和ませる冗談のつもりだったのに、真面目に返されてしまった。

 どうやら冗談を織り交ぜて出来る類の話では無さそうだな……。


「それでは……お話します。エレメンタル教会、そして我々異端審問部隊が取り巻かれている現状について……」


                *


「どう思う? 彼らは仕事を引き受けてくれるかな?」

「……どうでしょうね。今までと違いこの話をしても頭ごなしに“無かった事”と言われる事はありませんでしたが」


 伏せていた自分達が取り巻かれるエレメンタル教会の内情の説明を終えた後、盗賊のギラルと剣士のカチーナが「一晩相談してから返事する」とだけ言い残しギルドを出て行き……その場に残された二人の聖職者は溜息交じりに話し始める。 


「何かゴメン。ああなるなら最初から下手な隠蔽しないでしゃべっておいた方が印象良かっただろうに……」


 最初から“その事”を開示すれば依頼を断られる……数回同じ事を繰り返した後にやむなくリリーが“依頼を受けて貰えるまではその辺は伏せて置こう”としたのだが、その事で印象が悪くなった事にリリーは負い目を感じていた。

 聖女と魔導僧とは言えエルシエルとリリーは同じ孤児院から教会に見出された孤児であり無二の親友、幼馴染同士である。

 以心伝心である二人なのだから、そんなリリーの心情はエルシエルのは簡単に読み取れてしまう。


「貴女のせいではありませんよ。提案に乗ったのは私も同じなのですから……断られたのならその時はその時です」


 柔らかく笑う幼馴染に益々申し訳なくなってリリーは両手を頭の後ろに組んで天井を仰ぎ見た。


「でも受けて貰えるなら相当に相性が良さそうに思えたけどね~。シエルの杖術に対抗できる剣士だもんね……さすが冒険者ギルド、実力主義の連中は形式ばっか重んじる甘ちゃん共とはワケが違うわ」

「……そうですね。私も久々の好敵手と出会えた事に胸が躍る想いですよ」


 そんな好戦的な素顔を覗かせるエルシエルに『聖女』の肩書が似合うかと言われれば首を傾げてしまうが……幼馴染であるリリーにとっては何時もの光景でしかない。

 

「ま……私は相方の盗賊君の方が気になったけどね。あの二人の主導権は多分彼の方にあるんじゃない?」

「あ、ギラルさんですね。あの方の体裁きも見事でしたが……恐らく支援という立場でカチーナさんの剣術と共に向かって来られてたら対応出来なかったとは思います。なにせ速度も出所も違う私とカチーナさんの動きを両方とも見極めていたのですから」


 ド素人であれば“ただ吹っ飛ばされた雑魚”にしか見えなかっただろうに、聖女エルシエルは見逃していなかった。

 盗賊としてのギラルが持つポテンシャルを……。


「私は彼の冷静さと慎重さに感心したけどね。キッチリと情報を精査して一般的にはハズレ武器みたいに言われる『狙撃杖』の長所を理解して、この場で聖女のシエルよりも私の方に最大の警戒を置いていたもの……魔導師として使えないと油断してくれた方がいざって時に安心なのにさ……」


 そしてリリーはギラルの培ってきた心構えに注目し、本人が聞いたら“それはこっちのセリフだ!”と言いそうな事を零す。

『油断はするモノじゃない、させるモノだ』……その辺の機微についてリリーとギラルは完全に同類であった。

 万が一の状況でもあったなら……そんな事を考えつつ、リリーはもう一つ気になった事を口にする。


「……ところでシエル。あの二人はどこまで行ってる関係だと思う?」

「な!? 何を下世話な勘繰りを!!」


 リリーの下世話な質問にエルシエルは露骨に顔を真っ赤にして立ち上がった。


「え~? だってお年頃の男女じゃん。しかも二人っきりのバディっしょ? 冒険者って泊りがけの仕事なんてザラ何だし~」

「リリー! 私たちは聖職者ですよ!? 男女だからとお仕事仲間の二人を邪推するのはどうかと………………戦闘もそうですが日常でも主導権はギラルさんにあるように見受けましたが?」


 しかしエルシエルはすぐに座りなおして顔を寄せてヒソヒソと私見を述べる。

 何の事は無い、聖職者、聖女などと言いつつも彼女だってそう言う話が大好物なお年頃なのだ。


「うん、その辺は私も同感。でも彼はまだなんて~か……少年っ気が抜けてないというか、青臭い潔癖を脱して無い感じがするのよね~。対してカチーナさんは特別意識はして無いけど近くにいる綺麗なお姉さんタイプな……」

「……つまりちょっと年上のお姉さんと一緒のドキドキ二人きり状態にあると? リリー、彼らがバディとなったのは何時頃なのでしょう?」

「……ちょっと情報収集する必要があるかな……うん」


 そんな事を言いつつ冒険者ギルドには場違いな聖女とシスターの二人は、仕事には全く関係ない情報収拾に勤しむ事になった。

 最初に情報源に選んだのが“ギラルとゆかりのあるギルド職員”であった事がその後更なる混乱を招く要因になるのだが……やはりそれも仕事には何ら関りの無い事であった。

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