第三十五話 良い子はマネしちゃいけません
そして再び激突する二人の美女……。
どちらも訓練用……カチーナさんはカトラスに合わせた短めの木剣で、聖女は木製の棍棒のはずなんだけど、互いがぶつかり合うたびに響く音が木製のそれじゃない。
ガガガガとまるで岩石がぶつかり合っているような重たい音が連続で響き続けるのだ。
何と言うか……こう、地の底から響いて来る音に足がすくむと言うか何と言うか……。
俺がそんな事を思ってしまうのだから、当然同ランクの連中がビビらない……何て事も無く、ロッツは露骨に迷惑そうな目で俺の方を見た。
「おいギラル! あれはテメェの相棒だろ? そろそろアレを止めてくれよ……うちの新人共の訓練が出来ねぇだろうが!」
「え……俺が止めるの?」
「……他に誰がいるってんだよ」
彼の文句に一緒にいた見るからに新人という雰囲気を醸し出す少年少女数名がコクコクと頷いた。
「新人の教育……そうか~同期だと思っていたロッツもすっかり先輩になったのか~うんうん……これから危険なモンスター相手に冒険者するには訓練は重要だからな~」
「お……おう……」
「でもこれから厳しい冒険者の世界でやっていく為に、こういった上級者の戦いを見ておくのも重要な訓練、修行になると私ギラルは考察いたすワケでしてね……」
「…………」
世の中見取り稽古という言葉があるように、達人の戦いを見て置く重要性を新人たちに説こうとする俺に……ロッツは更に細めた視線を向ける。
「ようするにあのバトルジャンキー状態に突っかかるのが怖いから放っておこうと?」
「ば! バカ言うでねぇべ!! オラは冒険者の先輩として君の後輩にありがたいアドバイスを……」
「やかましい! あんなのは基本が出来てからじゃね~と参考にもならねぇ!! むしろウチの新人共が真似したらどうする! はよ止めてこんかい!!」
「ぎゃああああ押すな! あんなの正面からなんて……」
何とか誤魔化そうと思っていたのに、魔法使いでも『風属性』に長けているロッツに空気ごと押し込まれた俺はそのまま訓練場へと放り込まれてしまった。
狙ったようにカチーナさんと聖女の対峙する中央に……。
「ぶべら!?」
「え?」
「あ、あら?」
そして当然の如く俺は木剣と棍の激突に挟まれる形で錐揉み状に吹っ飛ばされる羽目になった。
「と……あのように達人級の連中にちょっかい出すと大けがする危険がある。特にあんな風に一見綺麗なお姉さんだと思って痛い目を見るヤツは残念ながら多いもんだ。ヤツのようなプロのリアクション芸人でない限り決してマネしないように」
「「「「ハイ先輩!!」」」」
そんな俺の有様を題材に後輩を指導する同世代のロッツに悪びれた様子は無く……俺は後で絶対にシバくと意識を地面に激突して意識を失う前に固く心に誓うのだった。
誰がプロやねん!?
・
・
・
「も、申し訳ありませんでした! まさかあそこで間に入って来られるとは……」
「すまない……だが君も止めるにしてもアレは危険ですよ? 止めるなら声を掛けてくれれば良かったのに……」
すまなそうに顔を下げるカチーナさんと聖女であるが……しかし俺は二人の弁明の言葉にジト目を送る。
「……本当に声を掛ければ止めた? 二人ともやたらと生き生きとバトルってたけど」
「それは勿論です! 攻撃をしない相手に剣を向けるなどあり得ません!!」
「ええ、相手が攻撃を止めているのに仕掛けるなど、聖女の名折れというモノですから」
「……まとめるとどっちも手を止めないなら止まらないって聞こえるんだが?」
「「…………」」
「二人とも……こっちを見ようか」
二人して目を泳がせて明後日の方を見て誤魔化す……ったく。
一応あの後速攻で聖女が回復魔法をかけてくれたから傷らしい傷は無いけれど、未だに“右腕と左足”の痺れが抜けない。
一体どんな膂力で模擬戦やってたのか……。
俺たちは今、訓練場からギルドのロビーまで移っていた。
ここはテーブル席が幾つか置かれていて、依頼待ちの冒険者や逆に依頼人が冒険者を待っていたり……時には暇を持て余して飲んだくれている輩もいる場所だ。
俺とカチーナさんが座った対面にいるのは教会関係者である事が分かりやすい程の女性が二人。
まず一人はさっきまでカチーナさんと激闘を繰り広げていた聖女エルシエル。
昨晩の騒動で俺がご迷惑をかけた一人であり、預言書では『聖魔女』『四魔将』として勇者の前に立ちふさがる邪神軍の一人……になるはずの人物。
だが預言書では『聖なる光属性の魔法を悪事に利用する堕落した魔女』と言われていて、敵側だが治療、回復、防御の面では圧倒的な実力を持った“正統派支援魔導師”として強敵として立ちふさがるイメージだったが……さっきの光景を見るにイマイチ預言書の姿と重ならない。
何と言うかカチーナさんに負けないくらいに武闘派な……昨晩の光景から仲間のロンメル《ガチムチオヤジ》の方がそれっぽかったのに、何と言うか同じ穴の狢と言うか……。
「すみません……聖女何て大層な肩書を持ってはいますが、どうしてもこう……デキる空気を纏った方と出会うと……ザワザワと、ふつふつと……」
「分かります分かります」
「カチーナ様の本日の剣術はまだ完成なさっていないとか……完成していたらここまで渡り合うのは不可能でしたよ」
「何をおっしゃいますか……貴女の本質は恐らく“光属性魔法”との掛け合わせでしょう? 本日は私に合わせて体術のみで挑んでいたのではないですか?」
「あらら……ではそちらのスタイルが完成した暁には……」
「ええ……お約束しましょう……。ふふふ……楽しみです」
見た目は金髪の騎士と銀髪の聖女という眼福物の光景だと言うのに、話している内容がどこまでも脳筋過ぎる。
預言書では同じ陣営でも犬猿の仲だったはずなのに、さっきの今で無二の好敵手の雰囲気まで醸し出しているし……。
「それはそうと、ギラルさん……でしたね? 貴方も見事な体裁きでしたね! 私たちの攻撃を受け流してしまうだなんて」
「腕で剣、足で棍を受けて体全体で回転して受け流す……着地まで決めてくれれば拍手でしたけど」
「無理言わんでくれ……アンタらの攻撃を受け流せただけで限界だったっての……」
あのぶつかり合いにただ挟まれていたら骨折は必至だったからな……受け流すのに精一杯でそっちまで頭が回らんかったから“顔面で”着地するハメになったのだが。
しかしそんな脳筋話に盛り上がる聖女の隣で、赤毛ショートヘアのシスターが呆れたように溜息を吐いた。
「シエル……久々手ごたえのある人と出会ったからって本題を忘れないでよ。ギラルさん困ってるじゃない」
そう言って話の軌道を修正してくれたのは長大な魔杖のようなものを携えたシスターリリー。
一見すれば可愛らしいシスターにしか見えないが、武骨な魔杖に見えるそれは遠距離狙撃魔法杖、通称『狙撃杖』を操る腕利きのスナイパーだ。
昨晩の事を考えると彼女たちは普段三人一組でエレメンタル教会の使者として行動しているハズだが……今日は昨晩も見かけたら第一印象の全てを持って行くガチムチハゲ親父モンク・ロンメルの姿は無いが……?
「あ、そうでした。実はお二人にお仕事の依頼をしたいのですが……」
「それってもしかして……スカルドラゴンナイトの?」
「あ、ご存じでしたか? そうです、隣町の炭鉱に現れたスカルドラゴンナイト及び従えたアンデットの討伐、土地の浄化が今回エレメンタル教会に与えられた仕事なのです」
そう言われて俺の脳裏には驚きよりも“やっぱり”という言葉が真っ先に浮かび上がっていた。
「エルシエルさん……確かその依頼はAランク相当が条件じゃ無かったっけ? 俺もカチーナさんもまだDランクなんだが……」
ランク外である事を俺が口にするが、聖女エルシエルは静かに首を振る。
「いいえ……私自らが手合わせいただいた事で判断しました。カチーナさんは我々の前衛に引けを取らない実力を持っていて、ギラルさんの腕前もそれ相応であると!!」
「あ、貴女方の前衛……ですか?」
自分と同列の実力と言われて気になりカチーナさんが聞き返すと、リリーさんがため息交じりに応えた。
「私たちも普段なら、それこそ冒険者でAランクとも言えるオッサンが前衛を務めてくれるんだけどね。ち~~~っと昨晩別件でそのバカがやらかしちゃって……今懲罰中なのよ」
「懲罰中?」
「昨晩も護衛関係の仕事をしたんだけどあのバカ、追撃に夢中になってお屋敷の屋根をぶっ壊しちゃってね……。懲罰って言うのは単純にお屋敷の修理に駆り出されてるんよ」
「…………」
俺の脳裏に昨晩、嬉々として狭い屋根裏部屋をモノともせずに巨大でぶっ壊しつつ追いかけて来た筋肉ハゲ親父の恐怖の光景が思い出される。
う~む、確かに酷い事になっていたな……あそこの屋根。
しかしそう言われると向こうは知らないとは言え、俺のせいでそんな人員不足に陥っているんだよな~この二人。
そう考えるとそこはかとない罪悪感が……でもそれはあくまでも俺の個人的感情……ランクが上の依頼を指名とは言え受けて良いモノか?
そんな風に色々と考えていると、カチーナさんがあっけらかんと答える。
「良いのではないですかギラル君。聖女様の見立てで大丈夫であると判断いただけたなら、私たちにも実行可能であると推察します」
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