第三十四話 『聖騎士』と『聖魔女』

 そしてギラルが余計な嫌な予感を感じている頃……訓練場ではひたすらに新装備であるカトラスを振り続けるカチーナの姿があった。

 元々王国軍で普段から剣を振っていた彼女だったが、最近ギラルと冒険者をするようになってから、実は自らの武器に違和感を抱いていたのだ。

 それはギラルのスピードに比べて自分の攻撃が一呼吸遅れる事だったのだ。

 ギラル本人は師匠に比べてまだまだだと自戒しているくらいだけど、彼の戦闘時における“お膳立て”はカチーナにとって今まで体験した事のない頼れる存在だったのだが、反対に自分の方に不満が募っていたのだった。

 どうしても叩き切る武器であるロングソードは重量があり攻撃の速度を落としてしまうが、軽さを追求して女性の時にレイピアを用いても慣れない刺突主体の攻撃は自分には合っていない事を肌で感じていた所だったのだ。

 しかし新たに手にしたカトラスによる今までよりも短い間合いでの斬撃主体の動き、間合いを詰めるべく今までよりも早く近く踏み込む動きはその不満を解消していく。

 普通なら対戦相手のシャドーを想定して振るものなのに、カチーナは隣で支援、援護してくれる者を想定して的にした丸太に攻撃を加えて行く。


『スピード……回避の、先読み、体重移動の、位置取りの、すべてのスピードをもっと速くもっと早く!!』


 端から見ていれば黒い影が猛スピードで何度も何度も丸太に襲いかかっているようにしか見えず、その度にガガガガガと固いものがミキサーに突っ込まれたような音を立てて丸太がドンドンと小さくなって行く様に……周囲の冒険者たちはドン引きしていた。

 たった一人の女性を除いて……。


 やがて丸太がみるみる内に枝のように細くなり、最終的には“パン”と砕け散ってしまい……カチーナはようやくその動きを止め時、その女性は拍手をしつつ近づいて来た。


「素晴らしいですね。私、踏み込みの速度でここまでの方を拝見したのは初めてですよ。同僚のモンクよりも早いかもしれません」

「はあ……はあ……それは……どうも……」


 呼吸を整えつつ汗を拭うカチーナに微笑みかけて来た女性は清楚と言う言葉がしっくりくる程の美しい笑顔に輝く銀髪が生える……シスターが身に着ける服に似ているが、黒や紺ではない白を基調にした法服を纏っていた。

 手に持っている棒状の物は一件錫杖かと思いきや、それは金属製の飾りっ気のない棍棒で……胸に輝くのは『聖女』の象徴である金と銀のクロス。


「鍛錬中横から失礼いたします。私はエレメンタル教会から参りました『聖女』を名乗らせていただいておりますエルシエルと申します」

「ご丁寧に…………私は……カチーナ、Dランク冒険者として活動しております剣士カチーナと申します。以後お見知りおき下さい聖女様」


 丁寧な挨拶に対してカチーナは丁寧に返した。

『聖女』という肩書はエレメンタル教会においても光属性魔法、聖属性魔法を行使できる上級者に与えられた称号……貴族で考えれば伯爵などの地位と同等とも言われるくらいなのだから、元貴族であるカチーナとしてはその対応に何ら不思議は無かった。

 しかし返礼を受けたエルシエルは違う箇所に引っかかった。


「Dランク……ですか? 失礼ですが、あれ程の動きをする貴女が?」


 それは決して侮辱の類では無く、むしろ“それ程の腕前でDランクなのは判定ミスでは?”というモノであるのは明白で……カチーナはカトラスを鞘に納めつつ苦笑する。


「そう評価していただくのは光栄ですが、私はごく最近冒険者になったばかりでして……昇級試験もまだなのですよ。相棒も最近まで保護者付きを卒業したばかりのDですし」

「あ、ああなるほど……それならば納得できます。ランクだけで冒険者の強さを計るのは危険なのかもしれませんね」

「いやいや、ある程度はそれで計れるようにランク付けがされているのですから、その考え方は間違っては無いですよ? その為にランクで依頼内容が上下するのですから」


 ふむ、と何やら自己完結しそうな彼女にカチーナは慌てて修正をする。

 確かにランク以上に強い輩は多く、昇級試験を受けずとも上位の実力を備えた冒険者は多い。

 例を挙げればギラルはDランクだがソロでCランク相当のオーガを倒す実力はあるが、上級パーティーと一緒か特例でもない限りD以上の依頼は受けられない。

 この辺の対応が融通が利かないと苛立つ冒険者も多くいるが、その辺の縛りはあくまでもレベルが低い者が身の丈の合わない依頼を受けないようにする為の方針……要するになるべく負傷者や死者を出さないようにする為の縛りなのだ。

 見た目のワリに慎重に行動するタイプの多い『盗賊』の中でも特に慎重派のギラルからカチーナはその辺の規律をレクチャーされており、元々王国軍で分隊長まで努めた彼女は“隊を守る為の規律”の重要性を理解していて、そんなギルドのシステムに感心したくらいなのだ。

 当然冒険者経験一ヶ月そこそこの自分がDランクである事に不満などない。


「畑違いのランクで“分かったつもり”で力押するなど先達の方々の邪魔にしか成り得ませんからね。基本、下積みは大事な事ですから」

「……おっしゃる通りです。何事も見通せるようになってからでなければ力は力足り得ません。自分が選ばれた存在と自惚れた者の末路はどの道であっても……」

「?」


 カチーナは一瞬その美貌に影を落とす聖女エルシエルを不思議に思ったが、彼女がこっちを向いた時には、もうすでにさっきと同じような清楚な笑みを浮かべていた。


「しかしカチーナさん……それでも鍛錬の場において力量を計るのはランクの問題ではなく、単純な事実のみで良いとは思いませんか? どちらの力量が上か下か……」

「…………」

「いかがでしょう……私と一手、お手合わせいただけませんか?」


 その瞬間、エルシエルの雰囲気が変わったのをカチーナは肌で感じる。

 清楚そうな、清純そうな表情は変わらないと言うのに……その笑顔の中に瞬時にして迫力のある闘気を立ち上らせ始める聖女。

 ただ棍棒を持ってその場に立っているだけなのに、いつでも戦闘に移れるほどの実力をカチーナはそれだけで感じ取った。


「……それはありがたいです。私も新しい武術を模索している最中でして、貴女のような達人がお相手であればこの上ない僥倖」

「まあ! ありがとうございます。でも私など達人と評価していただく程の者ではありませんよ…………なにせ……」


 言いつつエルシエルは流れるような動きで棍棒を回し、若干下向きにカチーナに向かって構えた。


「コソ泥に出し抜かれる程度の実力しかありませんから……」


 目線、足運び、そして何気ない流麗な棍棒の操作……どれをとっても達人の気配しか感じる事が出来ず、カチーナは息を飲んだ。


                *


 目ぼしい依頼を見つける事が出来ず、一端カチーナさんと相談しようと思い再び訓練場に戻って来た俺だったが……何やら訓練場の入り口に集まっている同業者連中に行く手を阻まれる。

 その中に同世代の魔法使いである顔見知りのロッツもいて……俺は声を掛けた。


「よお、何みんなして入り口塞いでんだよ。邪魔になるから見学なら入るなりすれば良いだろうに……」

「おおギラル……何かスゲーのが模擬戦やってて見入っちまってな。っていうかあの片方はお前の相棒じゃ無かったか?」

「あ?」


 見てみ、とばかりにロッツに促され訓練場をのぞき込んで……俺は息を飲んだ。

 何なんだあの二人は……?

 模擬戦をしている女性二人の片方は言う通りにカチーナさんであるが、ついさっきも素早くカトラスを振り回していた印象だったのに、さっきよりも何倍も早く動いている!?

 その様は肉食獣が“集団”で襲いかかっているようにすら見える程継ぎ目なく襲いかかり……それでもスピードが全く落ちて行かない。

 彼女がロングソードやレイピアでは速度が一定落ちる事に不満を漏らしていたのは度々聞いていたけど、それはあくまで『盗賊』の俺に合わせようとするからの話で……足を止めての攻撃を考えるなら特に問題ないと言うのが俺の見解だったのだが……。

 リーチが短くなった分速度重視で動き、短いがゆえに『逆手』で斬り抜ける攻撃方法も加えられてより早く感じられる。

盗賊シーフ』の動きに合わせた『剣士』の動き……かつて師匠が酔った勢いで夢想した理想が朧げに見えて、妙な高揚感を感じ始める。


 しかしそんな高速で一方的に見える斬撃を、逆にほとんどその場を動かない最小の動きで受け止め続ける女性の姿にも度肝を抜かれる。

 スピードの対抗すべく最小最短の動きで立ち回り、受けるだけでなく的確にカウンターを織り交ぜカチーナさんをけん制する達人並みに棍棒を扱う『聖女』。

 嫌な予感というのはどうしてこうも当たってしまうか……俺はその聖女に物凄く見覚えがあった。

 具体的には“昨晩とある屋敷で”俺が無礼を働いた被害者として……。

 その二人の模擬戦は目を見張るものではあるが、同時に種類の違う美女二人が“同一の笑顔”を浮かべつつ楽し気にやっている様が一種の凄みがあって……本日訓練に訪れた方々は尻込みしてしまっている……みたいだ。


「やりますね! もう一呼吸踏み込みが早ければ抜かれていましたよ!!」

「ふ、ご謙遜を……その踏み込むタイミングを狙っておられたのでしょう? 巧みなのは棍術だけではなく手癖も相当のようですね!!」

「あら~何の事でしょうか? 疑り深いのは宜しくありませんよ?」

「フフフフ……抜け抜けと…………」

「ウフフフフ……」


 うん、入り口塞いで邪魔とか思ってゴメン……そりゃ~入り辛いよな~。

 普通にコエーよこの二人……。

 何かね、この戦いに飢えた者同士が分かり合うかのような邂逅は……。

 預言書での『聖騎士』と『聖魔女』の二人は一応仲間ではあったけど、見解の相違が多大にあり実際にはすこぶる仲が悪かった印象なのに……。


「では……ますます速度を上げてのダンスと参りましょうかエルシエル様!!」

「ウフフフ……殿方でもこのレベルのダンスにお付き合い下さる方は少ないですから、遠慮は無用ですよカチーナ様!!」


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