第三十三話 スピード特化の夢
諸々の装備及び女性ものの服を数点借り受けた俺たちは、その足で冒険者ギルドへと向かう事にした。
「ミリアによろしく~」と晴れやかに笑うスレイヤ師匠に見送られて……。
そして冒険者ギルドに到着したカチーナさんは早速訓練場へと赴き、師匠が渡した湾曲した今までよりも短めの剣『カトラス』を抜いて素振りを始めた。
最初の内は今までよりも短くなった間合いに戸惑っているようでもあったけど、一振り二振りと回数を重ねるごとに段々と間合いの短さに合った足運び、踏み込み、接近、回避行動とスタイルを確立させて行く。
それは決してアクロバットな動きでも無いのに乱れの無い美しい動線の動きに目が離せなくなっていく。
カトラスを使いこなす剣士を『ソードダンサー』と称える事があるらしいけど、舞踊とはまた違う……何というか動物的な……上空から滑空する猛禽や獲物に食らいつく肉食獣の如き美しさのような……。
そんな風に見惚れている間にカチーナさんは動きを止めて汗を拭った。
「ふう……以外にもしっくり来ますね。間合いが短くなった分、足への比重が多くなりますが小回りは効きますし何よりも剣技もしっかり生かせます。凄いですよこのカトラス」
そして手にしたカトラスを眺めてしきりに感心するカチーナさん。
実際あのカトラスは軽さと切れ味に特化したミスリル製の業物で、とある事情……というか師匠の思い付きで結構な大枚はたいて特注した物だ。
無論当時金庫番であった俺から師匠が大目玉を喰らったのは言うまでもないが……。
値の張る業物なのは使用者のカチーナさんが一番分かるようで、心配そうにカトラスを見つめたまま眉を顰める。
「でも……本当に良いのですか? このような業物、それこそお弟子さんである貴方が使うべきなのでは無いのですか?」
どうやらさっきの師匠とのやり取り、防具は女物であるから引き継げなったって辺りを気にしているようだ。
コレは別に女物でも無いから~ってところなんだろうけど……。
しかしその心配は無用である。
「あ~気にする事ないよ。ぶっちゃけると俺も師匠もそいつを使いこなせなくて死蔵しちまってたんだから」
「……え? こんなに良い物なのに?」
「ああ、元々そいつは師匠が一時期思い描いていた戦闘法に組みこめないかって特注しやがったんだけど、さっきカチーナさんも言った通りそいつは剣技が必須になって来る剣なんだよ……“短刀術”とは別物の」
「……あ!」
そこまでの説明でカチーナさんにはピンと来たらしい。
「盗賊として手先が器用で多種多様の技術を身に付けるのは良いけど、片手間に修練出来るほど剣術は甘くないだろ? 中途半端な技術が通用するほど実戦は甘くないし……」
「確かに……そうですね。むしろ下手な間合いを体が覚えていると危険です」
無論新たな技術を模索するのが悪い事では無いけど短刀術、投擲、鎖鎌……実践として使える技術があるのに別の戦い方を模索しているほど冒険者も暇ではない。
パーティーの一員として、そして
結局“酔っぱらった勢い”で受注してしまったカトラスを俺も師匠も使いこなせず、重量のあるバスターソードを使うオッちゃんも槍が主体のケルト兄さんも使う事は無く……無駄金を使った師匠と大喧嘩する羽目になったな~~~あの時は。
「ところでスレイヤさんが思いついた戦闘法とはどんなものなのですか?」
俺が当時の事を思い出して黄昏ていると、やはり元職業軍人としては気になるようでカトラスを師匠がどう使おうとしていたか聞いて来た。
「俊足、回避、速攻重視のスピード特化集団……師匠が目指したのはそんな戦法だ」
「スピード特化……」
「目にも止まらぬ速さで近付き、風の如き速さで死角から襲い掛かり、気が付いた時にはすべてが終わっている……そんな冒険者パーティーが出来たら良いな~って。結局最初の一歩、足が使える剣士の構想で躓いたんだけどな」
盗賊の戦闘時における役割は索敵、斥候、、囮、攪乱を駆使して最大火力を持つ仲間に獲物を仕留めさせる事に尽きる。
この方針で『酒盛り』は役割分担が完璧になされていて、スレイヤ師匠のお膳立ての技法については未だに追いつけた気がしない。
そのスピード特化構想も自分の為、『酒盛り』の為と言うよりは“こんなのがあったらいいな~”くらいの気持ちの思い付きだったらしいけど。
「無駄に動かず最小の動きで最大の威力……大抵の武技はそれが基本だから、普通なら盗賊並みに動き回る技法は必要無いんだけど……」
「なるほど……それで私にこのカトラスを……」
ジッとカトラスを見つめるカチーナさんの瞳に静かな炎がともり始めたように見えたのは……多分錯覚ではないだろう。
女性の膂力でも貴族として正々堂々真正面から剣を受けなければいけない場面に遭遇する事が多かったカチーナさんは相手の力を受け流す技術に卓越し、自分の態勢を崩さない。
皮肉な事にその血のにじむ日々が糧となって、カチーナさんは盗賊並みに走り回っても地面と変わらないくらいの剣技を振るえるという特殊性を持つに至った剣士だ。
儀礼や見栄に重きを置く連中にしてみれば野蛮、卑怯と揶揄されそうな戦法だけど、そんな連中だって武に優れた者なら誰でも思う時はあるだろう……嵌められた型が煩わしいと思う時が。
“基本を大事にする”のと“基本に捕らわれる”では意味合いが全く違うからな。
その事に長年捕らわれ続けていたカチーナさんは再びカトラスを振り始め……何やら段々と表情が生き生きし始める。
……どう考えても師匠、自分も俺も出来なかったあの妄想をカチーナさんで実現しようとしているんだろうな。
脳裏に浮かんだスレイヤ師匠はすこぶる悪人顔で笑っていた。
「んじゃ、俺は仕事の方見に行くけどカチーナさんどうする?」
「……すみませんがお任せしても? 魔物の討伐系依頼などあれば……そっちで」
「りょ~~かい」
何かに開眼したのか憑りつかれたのか、一心不乱に足を動かし剣を振るカチーナさんを尻目に俺は訓練場を後にしてギルドの受付へと移動した。
そして数件の依頼書が張り出されているいつもの掲示板へと向かう。
何人かの顔なじみもいて「よう、これから?」「おう、気を付けろよ」何て軽い挨拶をかわしつつ本日の依頼を見てみる。
「腕試しって意味合いもあるんだろうけど、俺たちのランクで都合の良い討伐依頼なんてあるかな~?」
カチーナさんのご要望に応えたいところだが今のところ俺達のランクはDのまま……昇格試験に合格しない限り受けれる依頼には制限があるからな~。
そんな事を考えつつ掲示板を流し見て行くと、一際大きく張り出された討伐依頼が目に留まった。
「スカルドラゴンナイトが出現……Aランク集団戦推奨だぁ? 誰が受けれるんだよこんなの」
思わず声に出してしまったが、その事を咎める人もいない。
むしろ他の冒険者たちですらウンウンと頷いている。
それもそのはず、スカルドラゴンナイトはその名前の通り白骨化したドラゴンにスケルトンが騎乗したアンデッドなのだが、平たく言えば“ドラゴンナイトのアンデッド”なのだから……大抵の場合生前それなりの腕前を持っていたというプラス要素が含まれる。
おまけにアンデッドだから完全に倒すのは正攻法では絶対に無理なのだ。
「Aランクってだけじゃなく、浄化の魔法……火属性か聖属性が使えなきゃどうにもならねぇじゃんこんなの……」
「ついでに言えば生前は突撃槍の名手だったみたいで、スカルドラゴンとの連携もバッチリ……最初に討伐に向かったパーティーは命からがら逃げだしたらしいわよ? もしかして受けてくれるのかな?」
「……ムチャ言いなや、カーちゃん」
そんな俺の呟きに応えたのはいつの間にか後ろいた、すっかりギルドの制服が板について来たミリアさんだった。
「隣町の鉱山に出現したらしいけど、仕事にならないから早くってせっつかれているんだけどね~。生憎ギルド自慢の高ランク連中は出払っていて……」
「最悪ミリアさんが行けば良いんじゃ?」
冗談めかして言ってみたが、ミリアさんは眉を顰めて溜息を吐いた。
「どうしても浄化の魔法が使える人員確保が出来なければその可能性もあったわね。まったく……引退した人間を当てにはしないで欲しいけど」
「お!? じゃあもしかして久々に?」
「可能性もあったって言ったでしょ? 浄化魔法の使い手なら確保できたから、今募集しているのはその使い手を守る為の人員の方ね」
「守るって……ああなるほど」
俺はもう一度依頼書の内容をしっかりと確認して……何となくミリアさんが憂鬱そうにしている理由に察しが付いた。
『スカルドラゴンナイト討伐依頼。多数のアンデッドを従えており浄化魔法発動の間術者である“聖女”を守る人員募集中。期限あと3日以内』
聖女……つまりはエレメンタル教会の関係者。
ミリアさんにとっては古巣であり、回復治療の聖魔法をお布施に応じて使用する教義に納得いかずに飛び出してしまった曰くのある組織。
そして聖女という名称で俺の脳裏に浮かんだのは、棒術で俺の前に立ちふさがった清楚っぽい見た目のワリに中々武闘派であった人物で……。
「……まさか……な」
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