第三十二話 盗賊の師弟
「預言書うんぬんについては……理解したとはとても言い難いですが、良くない未来を君が何とかしたいという事は何となく分かりました」
「そのくらいの認識で良いと思うよ。実際に見たはずの俺だって全て理解しているかと言われれば自信無いし」
俺たちは二人で王都の市街を歩いていた。
最早軍属でも貴族でもなくなってしまったカチーナさんではあるが、今まで負い続けていた重責が一夜にして無くなってしまった事に悲観するどころかウキウキしているようで……“本格的に冒険者としてやっていく”と意気揚々冒険者ギルドに向かおうとするのを俺は慌てて止めたのだ。
理由は単純……彼女は諸事情の為に私物類を宿舎に置きっぱなしにしているし、女性の時使用していた装備一式も一定料金で保管してくれる『預かり屋』にカルロス名義で入れたままになっていて……既に死亡扱いになってしまった“カルロスの荷物”はもう持ち出す事が出来ないのだ。
その為に今彼女が着ているのは上下ともに男物……平たく言えば全部俺の服なんだけど、その状態で俺の服装を知っているギルドの
そう説明しても今まで男装に慣れ切っていたカチーナさんには“友達に服を借りた”くらいの認識しか無い様で……“金なら貸すからまず服を揃えよう”と言っても『服なら稼いでから買いなおしましょう』とのたまい聞いてくれないのだ。
仕方がなく、俺は“装備を知人に借りる”という名目である場所へとカチーナさんを伴って向かっていた。
本音で言えば“そっちにも”あまりこの格好のカチーナさんを連れて行きたくは無いのだが……。
「伝承に伝わる世界を滅ぼす邪神に最後の希望である異界の勇者……か。似たような話を隣国のヒロイックサーガで聞いた気もしますが……」
「俺には巨大な魔法を打ち出す魔力も無ければ、伝説の剣に選ばれる奇特な血筋もアリはしないからな……一個人で出来るのは精々時間をかけた小細工くらいだよ」
「小さな穴から壁が崩れるのと同様……その小細工のお陰で少なくも私は助けられたのですから充分誇るべきですよ」
フワリと笑うカチーナさんの顔に思わずドキッとしてしまう。
しがらみが無くなり角が無くなった彼女は元々の美しい顔が更に輝いて見えて……ドンドン直視が出来なくなっていく。
クソ~~~~我ながら情けねぇ……童貞丸出しじゃね~かこんなの!!
ま、まあ……預言書みたいな人物にならなくなった彼女が仲間になってくれるというのは単純に嬉しいんだけどな。
自分で言う通り、俺は駆け出し冒険者の一盗賊でしかないから、出来る事に限界があるのは否めない。
俺の最終目標は結局は『邪神復活の阻止』なのだから、頼りになる戦力は多ければ多いほど良い……出来れば俺の理性を削らない方向でお願いしたいのだけど……。
「ですが、お話に聞いてはいましたけどお会いするのは初めてですから……出来れば手土産の一つでもお持ちしたかったところですが……」
「そういう所はちゃんと常識人なのに…………大丈夫ですよ、あの人は堅苦しいのを嫌うタチですから……精々“出産後”に何時か酒でも奢ってやれば良いんですよ」
気を遣おうとするカチーナさんに俺は苦笑いした。
カチーナさんの服および装備一式を一気に調達、または借りる上で“女性であり戦闘職のカチーナさん並みに均整の取れたプロポーション”を持っていた人物と言えば……俺の交友関係で該当するのは一人しかいなかった。
市街を少し入った所にある3階建てのアパート……そこに到着した時、たまたま買い物から帰って来たところの荷物を持った目的の人物が立っていた。
「お、久しぶりじゃんギラル! ミリアから聞いてるよ~何でも最近新しくパーティーを立ち上げたんだろ?」
「パーティーって言うには人が足りないっスけど師匠……実質今のところ一人しかいないからバディだし」
相変わらずの男勝りな景気の良い口調で笑うその人は、そろそろ大分お腹も目立つようになって来た俺の師匠であるスレイヤさん。
その様からも既に旦那さんのケルト兄さんを既に尻に敷いているような貫禄……数年後には肝っ玉母さんと呼ばれる事間違いなしなんだろうな……。
しかしそんなスレイヤ師匠は俺の隣に見慣れぬ女性、カチーナさんの姿を認めて……楽し気に目を細めた。
「バディって……ほほう……」
「あ、お初にお目にかかります。わたくしはファークス侯しゃ…………ではなく、先月よりギラル君と冒険者として活動させていただいてます、カチーナと申します。以後お見知りおき下さい」
「これはご丁寧に……アタシはスレイヤ、相棒なら知っているだろうが先日まで冒険者『酒盛り』のパーティーで盗賊を担っていた……そこの不肖の弟子の師匠を名乗らせて貰っています」
一瞬侯爵家長男だったクセでカルロスの名乗りをしそうになったみたいだけど……丁寧な挨拶にスレイヤ師匠も“それなり”の失礼にならない程度の丁寧な口調で返した。
しかし、冒険者なんてやっているとその手の輩と面会する機会もあったから師匠のこんな喋りを見るのは初めてでは無いけど……。
「……相変わらず師匠の丁寧口調は似合わねぇな。これから一児の母になるのに違和感ありまくり…………だ!?」
「うっせぇ!」
ゴン! 俺が素直な感想を述べた瞬間、顔面にスレイヤ師匠宅の本日の食材……ジャガイモが直撃した。
「ったく、そっちも相変わらず失礼なガキだねぇ……ガキのワリにやる事やってるみたいで結構だけどさ~。チーム解散してからすぐ、こんな美人に自分の服を着せるような関係になるたぁ~ねぇ~」
「ば!? ち、ちげぇ~よ!! 彼女とはそういうのじゃ……」
途端にニヤニヤと俺を揶揄い始めるスレイヤ師匠……この人は良いネタがあればとことんいじり倒すタイプでもあったからな。
弟子の俺も勿論だが、同じパーティーだった仲間達も定期的にその毒牙にかかっていたな……そう言えば。
「まあ立ち話もなんだから上がりなよ。その様子じゃ顔見せに来たってワケじゃ無いんだろ? 茶ぐらいは出してやんよ」
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「へぇ~中々のモンだね。アタシの防具はアタシ専用にカスタムしていたから体格に合わないか心配だったが……」
「お~……思った以上にしっくりハマったな」
「そ、そうでしょうか? いつもフルプレートでしたからイマイチ分かりませんが……」
スレイヤ師匠を訪ねた理由、それは女性ものの服と“装備”を彼女から借りる為だった。
元々懐妊から冒険者を引退した彼女だったけど、現役時代の『
そして早速装着したその姿は……数か月前の師匠と遜色無いほどに着こなしている。
『盗賊』として動きを妨げる事を極力避ける為に防備は急所を守る最低限、バジリスクの革で作られたブーツと手甲にチェストアーマー……職としては全く違うのにしなやかな体躯も相まってカチーナさんも盗賊が本職じゃないかと思えるくらいだった。
「剣士って聞いてたからこういう装備は間に合わせになるかと思いきや……これは……」
「あの……申し訳ありません。資金の都合が付いたらすぐにでも……」
「ん? ああ金の心配は良いよ……やるよ、やる」
軽量に作られたバジリスクの革製の防具に申し訳なさそうに切り出したカチーナさんに、師匠はあっけらかんとそう言った。
……微妙に予想通りに。
「ええ!? でもコレってバジリスクの革ですよね? 上級の冒険者どころか王国軍の兵士たちでも所持しているのは稀な……」
「ははは! な~に弟子とは言え武器や道具は渡せたけど、さすがに女物の防具は渡せなかったからねぇ。弟子の仲間が使ってくれんならアタシとしても都合が良いのさ!」
「何だったら俺に“七つ道具”渡したのと同じで、ソイツが手元に残ってた方が胎教に悪かったりしたんじゃ……」
「大当たり。ここんとこ運動不足でさ~体格も随分変わったからコイツはもう着れないな~とか思ってるとど~も血が騒いでね~」
カラカラと笑うスレイヤ師匠……本当に相変わらずの豪快な人である。
そんな相変わらず加減が、何やら凄く嬉しいのも事実……是非ともこの人には何の憂いも無く豪快な母ちゃんになって欲しいモノだ。
邪神の復活何て関係なしに……。
「まあアタシはあくまでも『盗賊』だったから、『剣士』のアンタにゃ都合悪いかもしれないけど……」
「いえ、それは大丈夫だと思います。むしろ私は剣士ですが足を使った戦いをする方ですので動きやすいと言うのは歓迎するところで……」
「へぇ?」
しかし今まで豪快に笑っていた師匠だったが、カチーナさんの一言にスッと目を細めた。
それは一見警戒したようにも見えるけど、彼女を知る者なら知っている……アレは何かに興味を持った時の目である事を。
案の定、彼女はカチーナさんを見据えたまま俺に話しかけて来た。
「ギラル……彼女の足はお前に付いていける程なのかい?」
「パルクールの経験で入り組んだ場所なら俺に分があるが、直線でだったら追い付かれる事もあるな」
「マジか!?」
「いえ……私が追い付けるのは足場がある時に限定してです。ギラル君がおっしゃった通り上下左右の動きが加わった変則的な空間移動では勝負になりませんよ」
「な~に謙遜を……むしろそんな上下左右の動きの中でも重力無視して“斬る態勢”を崩さずどこでも“足場にする”ってのは『
「むう……」
俺の答えに益々興味津々にカチーナさんを見始めるスレイヤ師匠……彼女はあんまりジロジロ見られたせいか、段々と居心地悪そうにし始める。
しかしスレイヤ師匠は思い立ったように再びさっき防具を持って来た部屋へと入って行き……しばらくして布に包んだ箱を持って来た。
「カチーナさん、アンタ得物は何を使ってんだい?」
「え……ああ剣ですか? 一応はロングソードかレイピアですね、あまり重たい武器は好みでは無いので扱いはレイピアの方が良いのですが」
唐突に問われたカチーナさんは一瞬キョトンとしたものの、すぐに己の主武器について答える。
現在は『針土竜亭』に置いて来たロングソードがあるけれど、実はあの武器はカチーナさんにとってあまり合ってない。
本来のカチーナさんは優れた敏捷性、柔軟性、持久力を駆使して足を使って手数で攻めるスタイルが最も合っているのだけど、男装をしていた時は受け止めて真正面から攻撃するスタイルを強要されていたのだ。
冒険者として、剣士カチーナとしては重いロングソードよりも軽いレイピアの方が戦いやすかったらしく、俺とバディを組む際にはいつもレイピアを持参していた。
……だけど例によって女性時の私物はもう取り出し不可能になってるんだよね~。
そんな事を考えていると、師匠はおもむろに布に包まれていた箱を開けると……一振りの剣を取り出して見せた。
「アンタ……良ければコレを使ってみる気は無いかい?」
「この剣は……」
それは盗賊や海賊が好んで持つと言われる曲線をもった通常の剣に比べて短く、しかし斬撃に特化した片手剣……カトラスと言われる物だった。
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