第三十一話 改編の共犯者

「聞けば絶対に頭がおかしいか、さもなきゃ詐欺師の類かと思われるけど……それでも聞くの?」

「妙な前置きを……そう言われても聞かない内に手放しで“信じる”とは言えないし、君もそれでは逆に信用しないでしょう?」


 それはどんな話でも良いから話してみろという事のようで……俺は覚悟を決めて誰が聞いても荒唐無稽な話を始め事にした。


「カチーナさん……俺がこれから何年後になるかは分からない未来で野盗に成り下がって悪事の限りをしまくり、最後には欲望の赴くままに人身売買の組織の下っ端として商品の少女に手を出そうとした挙句……異界の勇者に脳天から股間まで真っ二つにされて笑える死に方をする……って預言されたら、信じる?」

「は?」


 ただその導入は今までの話からかけ離れていて、カチーナさんも見事に目が点になってしまった。

 しかし彼女はしばらく考えてからハッキリと、何なら不愉快そうな顔で首を横に振った。


「それは絶対にありえない。一ヶ月の短い期間ではあるが冒険者として、そして仲間として背中を預けた私が断言する。君は現実的ではあるが非情では無い……いや非情にはなれない人間だ」

「む……」

「実際には放っておいても誰も文句を言わないゴブリンの生態から人身売買やら野盗やらを見つけて、危険を冒してまで捕らわれた人々を捕り物に巻き込まずに救出する為に『石化の瞳』を使う配慮をするような男だ……」

「お、おう……」

「そんな痛みに配慮する人が……自分勝手に他人に不幸を押し付ける真似をするはずがない。私が背中を預けた盗賊はそんな小さな男では無いはずだからな!」


 ハッキリとキッパリと、今まで見た中でも一番熱のこもった真剣な瞳で断言するカチーナさんである。

 信用してくれているのは嬉しいが、さすがにここまでド直球で持て囃されると……何と言うかメッチャ恥ずかしいな!

 しかし“他人に不幸を押し付ける”か……。

 俺は在りし日の自分……虐殺から生き残って山を彷徨っている時に拾ったマチェットを手に馬車で通過する幸せそうな親子を覗き込んでいた日を思い出す。

 あの日もし、俺があの人に出会わなかったらどうなっていたのか……一日の糧を得る為にあの親子に襲いかかり自分の不幸を他人に押し付けていたらどうなっていたか。


「俺がどういう経緯で冒険者やってんのかは知ってるよね?」


 その辺を詳しく話した事は無いけど、俺の素行を調査していたなら把握していないワケはないだろう。

 そう辺りを付けて問うと、カチーナさんは少し極まり悪そうに頷いた。


「はい……失礼ながら存じてます。君がトネリコ村を滅ぼされた唯一の生き残りである事は。率先して野盗や人身売買組織の情報を流して我々に討伐させる一連の行動は怨恨に寄るモノでは? という見解もなされていました」

「ま……否定はしませんよ。趣味と実益を兼ねた八つ当たりみたいなもんッスから」


 あの手の連中は潰しても潰しても雨後の筍の如く後から後から湧き出して来るから、鼬ごっこの様でもある。

 他人を不幸にして楽して稼ごうという連中は貴族、商人、平民とどんな世界でも確実にいて、そして利害の一致で分かりやすく繋がりやすい。

 ましてザッカール王国は自国他国問わずにそんな連中が便利に利用するような腐敗した王国……一言で大本が腐っているのだから菌糸の張り方、増え方が早い早い。

 でもそんな国の状態を知れたのも、野盗共に恨みを抱く事が出来たのも全て偶然の産物ではある。


「でも……俺もある切っ掛けが無ければそんな奴らと同じになっていたはずなんだよ。生きる為だけに自分の肉親を殺し、村を焼いた連中の手先になって他人の幸福を妬んで自分の不幸を押し付けるような悪党にね」

「切っ掛け……ですか?」

「ああ……俺は村を焼け出されて山中を駆け回り、あと一歩で強盗殺人を犯すところで、ある人に出会ったんだ…………神様に」


 神様……その言葉でカチーナさんは露骨に眉を顰めた。

 無理も無い、俺だって他人がいきなりそんな事を言い始めたら『真面目に答えろ』と怒るかもしれない。

 別に『親切な賢者』みたいな言い方でも間違ってはいないだろうけど、その辺を誤魔化しても余り意味は無いだろう。

 俺は呆れられても信じられなくても構わないと、自分の体験した幼少期の出会いを正確に話し始める。

 しかし話せば話す程、自分でも餓死寸前に見た妄想から生まれた作話にしか思えない荒唐無稽な話だ。

 神様との出会い、神界での食うに困らない生活、挙句高度な神々の学問まで指導してくれる始末……そんな王族や聖職者であろう不可能な待遇を小汚い浮浪児が受けたというのだからな。

 そして一番肝心な動く絵で綴られたこの世界の未来……邪神が復活して滅びの危機に瀕した未来の預言書の話になった時、カチーナさんは真顔になって居住まいを正していた。

 当然その内容には俺の無様な死に様と、カチーナさんが辿る無様な死に様も含まれていて……ある意味では侮辱と言われてもおかしくない内容だ。

 この時俺はある覚悟もしていた。

“信じられない”と一笑される事も“バカにするな”と怒られる事も……自分が嫌われて彼女とはこれっきりになってしまう事もだ。

 預言書の『外道聖騎士カチーナ』の可能性を無くす為の一番手っ取り早い方法……それは信じようと信じまいと、先に知ってしまう事だ。

 お前はこんな悪事を将来働く、こんな悪人になると言われてなろうと思える者は恐らくいないだろう。

 怪盗と嘯いて正体を隠そうとした一番の理由はそれだった……預言書の事なんて知らずにまた一緒に冒険者を続けられる事を目標に知られないように無かった事にしてしまおうと……ただそれだけだったのだ。

 だが事ここに至ってはその我儘は通用しない。

 これは彼女に正体を見破られてしまった俺の落とし前であるのだ。

 しかし神様の事、預言書の事、そしてカチーナさんの未来での最後まで話し終えると、カチーナさんは目を瞑って一言呟いた。


「私にはなるな……か」

「え?」

「ギラル君一つ聞かせてください。未来の……その預言書でいうところの私は『聖騎士』だったでしょうか? それも白銀の鎧を血で赤黒く染めたような……」

「!!?」


 その言葉に俺は息を詰まらせる。

 俺は説明の中で邪神の手先になると言う手前、聖なる者を名乗っていたという事を省く為に聖騎士であった事を言っていなかったのに……。

 俺の反応にカチーナさんは溜息を一つ漏らした。


「やはり……」

「な、なんで……カチーナさんがその事を……?」

「私もお返しに荒唐無稽な話をしよう……私は件の聖騎士、外道に堕ちた私自身に昨夜会ったのです。夢の中でですが……」

「ゆめ……?」


 カチーナさんは語る……昨夜見た夢の話を。

 暗闇の中別れた道の向こうで立っていた聖騎士。

 崩れ落ちる道と奈落へと落ちて行く彼女が言ったという言葉の意味がようやく分かったという……他の誰が聞いても意味の分からない、何だそれ? と言いたくなるような内容。

 だけど、俺だけはその話が荒唐無稽なモノには聞こえない。

 それがもしも……もしも預言書として見ていた最悪の未来が無くなったという暗示、もう『外道聖騎士カチーナ』が生まれる事が無くなった証明なのだとすれば……。

 変わったのか? 予言が……未来が……?

 カチーナさんが悪人に堕ちる最低な未来が俺のバカ騒ぎの効果で?

 ゾクリ……と恐怖とは違う身震いがして、自然と口角が上がってしまう。

 それを目にしたカチーナさんは苦笑していた。


「こんな夢の与太話を聞いて、そんなに嬉しそうな顔をするだなんて…………これでは君の話を全面的に信じるしか無いじゃないですか」


 クスリと笑った彼女は再び胡坐をかいて、今度は両手をついて前のめりになった。

 うわ!? っていうか今度は胸元! 胸元!! 今貴女は防御力が限りなくゼロに近いノーのブラの状態で…………って、え?


「え? 信じるの? こんな誰が聞いてもホラにしか聞こえない俺の話を?」


 それこそそんなカチーナさんを俺が信じられないとばかりに見るのだが……彼女は実に朗らかに頷いた。


「信じると言うよりも、君にだったら騙されてもいいか……って気分もありますね。理由の部分は別にしても君が私の為に頑張ってくれたのは事実でしょう?」

「……信用してくれるのは良いですけど、過ぎるとマズいかも……ですよ?」

「絆を欲するがあまり潔癖になり過ぎ、裏切られたら全てを壊してしまう聖騎士になってしまうからですか?」


 そう呟くとカチーナさんは何処に持っていたのか、手にした金貨を片目をつむって“キン”と弾いて見せた。


「残念ですが……私はもう聖騎士に成れる程清廉では無いようです。何と言ってもこれから昨夜侯爵家から盗んだコインで一緒に酒場に繰り出そうと言う程の『共犯者』ですから」


 そう言って悪ぶって笑って見せる彼女に俺は思わず吹き出してしまった。

 預言から弾かれた悪人同士……確かに俺たちは共犯なのかもしれないな。

 預言書を自分達の為に勝手に改竄する……極悪人として。


「私を殺した責任は取ってもらいますよ……相棒」

「ぐ……!」


 にこやかにそう言う彼女に含むようなところは無いけど、女性に責任とか言われると何とも色んな意味を考えてしまうワケで……。


「……やっぱ正体がバレたのが最大の失敗だったよな~~」


                *


 邪神軍の先兵、敵は元より味方からも信用される事など無いほどに絆を利用し踏みにじり、他者を利用しあらゆる情を壊して来たあらゆる人々から恨まれ憎悪された怪物は奈落の底へと落ちて行く自分が消えて行くのを分かっていた。

 地上最低の外道である自分はその存在すら否定され、この世界において立った二人を除き、誰にも知られず認知されず『無かった事』になる事に……歓喜した。


 それが自分が終ぞ知る事の出来なかった、手にする事が出来なかったたった一つの絆を現す感情を持つ事が出来た『自分』である事。

 外道たる自分の考え、感情をその過去の自分が一切共有出来ない、理解出来ないと完全に否定された事が……自分が生まれる可能性が二度と無い事が何よりも嬉しかった。


『そう…………小さく胸に灯った“それ”…………“それ”を大事に…………』

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