第三十話 定まらない視線の行方

 それから俺は当然だが昨夜の出来事、そして俺が何の目的であんな大々的な茶番劇を繰り広げたのかの説明を求められた。

 昨日の今日だからカチーナさんのこの要求は当然の流れ……本来の計画では謎の怪盗ハーフデッドによりカルロスと言う仮面を失ったカチーナさんは、しがらみも何もなくただの『女性剣士カチーナ』として冒険者稼業に専念してもらう……予定だったのに。

 まさかワザワザいつもの短刀ダガーすら気を使って別の物を使ったのに、『石化の瞳』を落す凡ミスをしてしまうとは……。

 正体を隠してキャラも変える目的で『怪盗ハーフデッド』を演出していた手前……事ここに至ると、説明するのが物凄く恥ずかしい事になる。

 昨日口走った紳士ぶったキザったらしいセリフの一つ一つが脳裏をよぎって……ああ。

 そして俺が羞恥心に耐えつつ説明を終えると、椅子に座ったカチーナさんは溜息を一つ吐いた。


「つまりギラル君……君は私を、いえ『カルロス・ファークス』を昨夜殺害したという事ですか……ワザワザ大勢の人々に英雄として語られるように演出までして」

「まあ……そんな感じです」

「……ちょっとギラル君? 話す時はちゃんとこっちを向きなさい」

「無理です……」


 呆れたとばかりにアンニュイな溜息を漏らすカチーナさんは、今俺のセーターを着て長椅子に胡坐をかいていた。

 もう一度言おう……俺の、女性にはちょっと大きめであるセーターを一枚着て胡坐をかいているのだ。

 具体的にはさっきのパンツ一枚の上に大きめのセーターを羽織るだけの格好で……。

 確かにさっきよりは遥かに肌色は隠れているし、一応は下も見えてはいない。

 だと言うのに……そこで無防備に胡坐で座られては視線を誘導する魅惑の暗黒空間が発生してしまい…………い、いかんいかん!?

 目線を下に向けるんじゃない自分!!

 昨晩の奇行で自分への評価はかなり下がっているだろうに、さらにこれ以上下がるような行動は慎むべきで……。


「今更確認するのも何ですが……君は私がカルロス本人であった事を知っていたのですね? 思い返してみればギルドで初めて会った時も反応がおかしかった気もしますし」

「う……」


 その通り、一つ発覚してしまうと真実はズルズルと掘り返されてしまう。

 一応俺がカルロスという人物に注目した理由は預言書によるところだが、正体を知った経緯は単純に酔っぱらいを部屋ここで介抱したって偶然の産物だったのだが……。

 知っていたのに知らないふりをされていた、という事実はされていた側にしてみれば面白く無いのだろう。

 カチーナさんは面白く無さそうに頬杖を付いてこっちを睨む。

 ただ、そうなると逆に疑問……というか違和感が彼女の側にもあるような?


「……そう言いますけどカチーナさん? だったら単なる未熟な盗賊シーフである俺なんかに、王国軍でも注目株の、しかも若くして分隊長何かに任命されてたカルロス隊長が、何故あんなに接近してたんっスか?」

「む?」

「町中で出会って親しくなって、為に一緒に飲む……くらいならまだしも、ワザワザ貴女自身のトップシークレットを利用してでも冒険者パーティーとして組むのは幾ら何でも不自然っスよ?」

「…………一応は上司から命令された仕事何ですがね」


 上司命令……やっぱり王国軍がらみの何かがあったのか……。

 俺の反論にカリーナさんは極まりが悪そうに露骨に視線を逸らして誤魔化そうとし始める……が、それについてはもう問題ないのではなかろうか?


「それなら大丈夫でしょ? 何せ王国軍分隊長カルロス・ファークス氏は殉職して既に王国軍を離れていらっしゃいますから多少その情報が洩れても……」

「それはさすがにご都合が過ぎると思いますけど…………」


 はあ……と再び吐いた溜息には諦めの感情がにじみ出ていた。


「分かりましたよ……確かに私は最早死んだ身。それに現状知られたところでマズい情報もありませんしね……ですが」

「……ですが?」

「君も包み隠さず諸事情を話すと言うのが前提です。何故昨夜、あのような行動を起こしたのか……目的も含めて納得の行くように」


 カチーナさんはそこまで言うと、ラフな胡坐から居住まいを正して姿勢よく座りなおす。

 真っすぐ見つめる瞳は真剣そのもので、それまで漂っていた若干緩い空気が一気に張り詰めて行く。

 説明……そう言われると大変困る。

 俺の行動の根拠になる事は他人にとっては荒唐無稽過ぎる経験から来ている。

『説明』は出来ても『納得』してもらえるかと言えば……同じような説明をされても俺自身納得はしないだろうから……。

 最早昨夜の出来事は無かった事にしたいのに、昨夜の一瞬のポカ……いやそもそもあの時ザックに『石化の瞳』なんぞ入れっぱなしにしなければこんな事にはなっていないのに!


「それが難しいからこそ有耶無耶にしたくて正体を隠していたのに……」

「諦めろ、怪盗ハーフデッド」

「うぐ……」


 マジでその名を呼ばんでくれ……。

 それは神様に教えて貰った言葉の中で理解できなかった物は多いけど、その中の一つ『黒歴史』という言葉の真実を理解できた瞬間でもあった。

 知りたくなかったけど……。


                 ・

                 ・

                 ・ 


「え~っと……つまりカチーナさんは元々俺の身辺調査を命令されていたと言う事ですか? 教会の教義から外れた考えで盗賊やら人身売買組織やらの情報を持ってくる冒険者を怪しんで……」

「怪しむ……と言うよりは安全性の確認と言った方がいいな。実際君の行動は限りなく白だったワケだから……私から調査兵団に上げた君の情報で後ろ暗いものは全くなかったから安心して良いと思います」


 カチーナさんから教えて貰った出会いの経緯……それこそ俺に『カルロス隊長』が声を掛けて来た事から既に任務の一環だったそうだ。

 そこはまあ、調査自体が王国軍の命令だったなら予想通りの事……だけどそれだけならカチーナとしての正体を現して『妹』と偽ってまで冒険者仲間になった説明が付かないような?

 俺がその辺の事を突っ込むとカチーナさんは恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らした。


「それは君の身辺調査の方法は私に任されていましたし…………この姿であればコレを付けていても違和感は無いかと……」


 そう言いつつカチーナさんは髪に付けた、俺がブルーマウス駆除の仕事で手に入れた猫の付いたファンシーな髪飾りにソッと触れた。

 ……え? なに……カワイイ。


「いや、それだけが理由と言う事もないよ!? ほらこうして兄からの贈り物を身に着ける妹と言うのは親しみが湧いて身辺調査をするには非常に都合が良いと言う側面もありますし……。調査兵団『ミミズク』の団長ホロウ殿にも友好を結ぶよう命じられていた事もありましたし?」


 俺が思わず凝視したのを呆れていると見たのか、カチーナさんは恥ずかしそうに弁明を重ねて行く。

 その慌てふためく態度が何時もの凛々しさとはかけ離れていて一々カワイイのだが……今、弁明の中で聞き捨てならない人物名があったような?


「……ホロウ?」

「ん? ああそうか一般に知られている人ではないな。まあ厳密に秘匿されていると言うワケでも無いが……調査兵団『ミミズク』の団長殿さ。私は彼から君の調査と……多分顔つなぎの役を任されたのだと思うよ」

「…………」


 ホロウ……数日前俺が図書館で出会った司書にして、預言書では聖尚書の肩書で邪神軍の軍師として人類を恐怖に陥れる人物だが……なるほど、それこそがあの男の本業だったワケだ。

 そう考えると先日図書館で遭遇した事も偶然ではないのかもしれない。


「……調査兵団って具体的にはどんな組織なんです? 俺みたいな一介の冒険者を気に掛けるなんて、随分ヒマな事するっスな」

「むしろ調査兵団だからこそ君のような特異な存在が気になったと思うのだが……」


 そう言いつつカチーナさんは搔い摘んで説明してくれる。

 通常、治安維持や戦闘をこなす王国軍とは違って自国内、他国問わずに情報収集、または情報の操作を行い王国を暗部から守る為の組織で、一説には要人の暗殺を担う事もあるとか何とか……。

 っていうか、ホロウがその手の組織の団長ってのには意外性は無いけど……その手の組織に目を付けられていると言うのには若干の寒気が……。


「言ってしまえば暗部から王国を監視する役割とも言われているね。場合によっては貴族位の者を捕縛する特許すら持っているらしく、一部の身分ある者たちからは特に恐れられている組織でもあるね」

「貴族専用の監視役……か」

「君のゴブリン経由のタレコミで没した貴族連中は多かったらしいから……案外スカウトするツモリだったのかもしれませんね」


 カチーナさんが冗談めかしてフフっと笑うが、俺はまかり間違ってあの気配の欠片も感じない、いつ殺されるかも分からないホロウを上司に仕事するのを想像して……全身に鳥肌が立った。

 

「マジで遠慮したいっスな。四六時中気を抜けない職場は勘弁だ」

「あはは! 確かにそれは同感です。あのように規律に縛られる組織は君には合っていないでしょう……私とてこうなると戻る気にもなりませんし」


 軽く伸びをして見せるカチーナさんの表情は晴れやかで、『カルロス』の肩書を失う事と同様に『王国軍の騎士』である事を失う事にも憂いは無いようである。

 まあ無理もない、彼女自身『男装』の上で『貴族』と『騎士』という幾重ものしがらみに捕らえられまくっていたワケだからな。

 俺がそんな事を考え納得すると、カチーナさんは再びこっちを真っすぐに見据えた。


「さて……私が君に提示できる情報はこのくらいです。私が何者であったかなど、今更君には説明の必要も無いでしょうからね」

「まあ確かにその辺のあらましは……」


 俺の曖昧な返事にカチーナさんはコクリと頷く。


「では話していただきますよ? 何故君は昨夜、ワザワザあのような騒ぎを起こしたのか……そして何ゆえにあのような不吉なあざなを自らに課したのか、その理由を」

「う…………」


 この人……もしかして何かに感づいているのか?

 正確な理由ではなく勘なのか、それとも第六感的な何かなのか……。

 いやもしかしたら俺が『何者かの意志によって行動している』と考えているのかもしれないけど……いずれにしろ的確に俺の微妙な事情を突いて来る。

 別に知らなければ知らない方が良いのに……自分が悪人になる預言書みらいの事なんて……。


「……何でそんな余計な事には気付くのに、自分の事は気付かないのかね……」

「? なんでしょうか……また目を逸らして」


 居住まいを正したせいでボディーラインがくっきり出ている事など気にも留めていないカチーナさんを直視できず……俺は静かに溜息を漏らした。




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