閑話 聖騎士の遺言(カチーナside)

 そこがどこなのかも分からない。

 ただただ暗い暗い、夜よりもなお暗い漆黒の空間をただ一本の道だけが足元にあり……私はただただ歩いていた。

 その道が何なのか、そもそも私はどこに向かっているのかも分からず……それでも後退する事は不可能である事だけは何となく理解している。

 根拠も無いのも無いのにその道を前進する私だったが……唐突に道が二手に分かれている事に気が付いて足を止めた。

 ……どっちに行けば良いのだろうか?

 私がしばし迷っていると、不意に片方の道に誰かが立っているのが見えた。

 暗がりの道で顔は良く見えないのに、その何者かがエレメンタル教会が認定するフルプレートアーマーを着ている事で『聖騎士』である事は分かる。

 ただ……聖なる象徴である白銀のはずの鎧は元の色が何色だったか判別できないくらいに赤黒く薄汚れていた。

 それは血液による汚れである事は明らかで……そんな鎧を着ている何者かがこちらに笑いかけて来る様は鎧以上に禍々しい姿であった。


「やあ……初めまして、カチーナ・ファークス」

「……誰ですか?」


 唐突に自分の事を呼ぶ『聖騎士』は女性の声だと言うのは分かるけど、薄気味悪い雰囲気とは別になじみ深い何かを感じてしまう。

 この女性は一体?


「誰……か。まあ分かるはずはありませんね……むしろ分からない方が良いのかもしれない。手に入れる事が出来た貴女には……」

「私が……手に入れた?」


 戸惑う私に『聖騎士』は何が面白いのか分からないけど、クスクスと忍び笑いをし始める。まるでその事が分からない私をあざ笑うかのように……。


「ええそうです。私が人としての魂を失った最大の理由を、まさか助けさせる事で無かった事にしてしまうとは……野盗上がりのチンピラ風情が余計な事をしてくれたものです」

「…………」

「親の、家族の愛などはなから当てにせず、長年積み重ねていたつもりだった信頼も友情も……何もかもがその家族に踏みにじられ、親友にして婚約者と思っていた者には奴隷に堕とされ、助けて守っていたつもりの市民たちにはアッサリと犯罪者として罵倒され……誰も信じてくれず、誰もが私の積み重ねたモノを壊した者たちを信じ……憎悪の元、神の名を騙り全ての絆を都合よく否定する怪物が生まれ出る予定であったのに……残念な事です」


 しかし嘲り笑う『聖騎士』が言ってる事の意味は良く分からない。

 良く分からないのに……何故だか私は聞かなければいけないという衝動に駆られる。


「……私は何人も何人も……絆を利用して親子を、恋人を、兄弟を、友人を壊して殺しました…………。信仰崇拝する神の名の元などと嘯きながら、実は自身の願望を満たさんが為に……ただただ、持っている連中が羨ましくて仕方が無くて……自分には手に入らないから壊してしまおうと…………何の事はない、邪神かみが私を見捨てたのではない、最初から私は何も信じていなかったのだ」


 『聖騎士』の言葉は懺悔のようでもあり、単なる昔語りのようでもある。

 しかし口ぶりから多くの人々を死に追いやった事は事実なのだろうが……不思議な事に嫌悪感も同情心も湧いてこない。

 犯罪者や外道には普通に嫌悪の念が少しでも湧いてくるものなのに……。


「……私は貴女が何を言いたいのか全く分かりませんが?」


 そんな自分の心情をそのまま言葉にしてみれば……『聖騎士』は忍び笑いを止めて、静かに頷いた。


「そう……それで良いのです。巡り巡って、結局は自分が最も忌むべき存在であった者と同じ所業、手に入らない物を弄び壊す事を繰り返す……そんな外道に堕ちなかった貴女は」


『聖騎士』がそう呟いた瞬間、二手に分かれていた道の一つ……聖騎士が立っていた道が突然崩れ始めた。

 咄嗟に手を出しそうになるけど、聖騎士は首を振って拒否する。

 まるで“邪魔するな”とでも言わんばかりに……。


「最後に一つだけ……」


 そして奈落の底へと落ちて行く瞬間……さっきまで張り付けていた禍々しい笑いではない……気の抜けた柔らかい笑みを浮かべた『聖騎士』は告げた。


「私にはなるな…………カチーナ・ファークス」


                ・

                ・

                ・


「…………何だったのでしょうか? 今の夢は」


 目が覚めた時、私は木製の長椅子に横たわっていた。

 意図するところの分からない……なのに何故か決して忘れてはいけない何かを感じさせる夢に、私は頭を振った。

 そして自分の姿が女性に戻っているのに、今着ているのが男性時に着用していた騎士用の鎧である事に気が付く。

 やはり女性の姿でこの鎧はブカブカだ……。


「ここは……?」


 手狭ではあるけど寝泊りには問題なくベッドと長椅子、それにテーブルとイスが置かれた部屋。

 そしてテーブルに無造作に置かれているのは良く見た事がある……相棒が師匠から受け継いだらしい愛用のダガー。

 そのダガーを見て私はこの部屋が彼が王都にいる時利用している『針土竜亭』の一室である事に気が付き……そして愛用のダガーがココにある理由にも思い至る。


「……まあ確かに、コレを見たら真っ先に正体に気が付いたでしょうけど」


 昨夜の戦闘時に彼が使っていたのは何時ものダガーでは無かった。

 正体がバレないように気を使っていたのでしょうけど……別方面から露見してしまったのは何ともツメが甘いと言うか……。

 そこまで思い至り……昨夜の出来事、怪盗ハーフデッドによる騒ぎの犯人は自分の冒険者仲間である事を確信する。

 そして同時に……私がカルロスであった事も知っていただろう事も……。

 いつから知っていた? そして何故昨夜あのような騒ぎを起こした?

 昨夜は一瞬だけ彼の裏切りにショックを受けたが、今の私が抱く思いは“信頼に基づく疑問”しか無かった。


「ギラル君が意味も無く騒動を起こすワケも無いし……う~~~ん」


 しかし寝起きの、今の私には色々と考えるのは得策ではないようで……どうしても別の事が気になってしまう。

 どういう企みだったのかは分からないけど、昨日のやり取りで鎧だけじゃなく髪も顔も服も……申し訳程度に拭った跡はあるものの、そこかしこに“血糊”が未だに付着していてベタベタして気持ちが悪いのです。


「私が女性だから脱がすことなく鎧のまま横たえたのかもしれませんが…………確かこの部屋にはシャワー室がありましたね」


 一刻も早くこの汚れは洗い流したい……そう思った私は、相棒は冒険者としては珍しほどの綺麗好きである事を思い出した。

 荒くれ者の多い冒険者もそうですが、王国軍の連中も汚れを気にせ風呂も着替えも碌にしない輩が多い中……ギラル君はほぼ毎日体を流しています。

 何でも『盗賊シーフ』であるからには自分に臭いが付く事は避けなければいけない事らしく……この『針土竜亭』を根城にしている最大の理由が各部屋に常設されたシャワーなんだとか。

 正しいようで、何気に『盗賊』と言うよりも『暗殺者アサシン』の心得にも聞こえるのですけど……。


「ま、野盗と冒険者の盗賊は別物って事なのでしょう」


 勝手知ったるギラル君の部屋……私はついでにタオルなども勝手に借りる事にしてシャワー室へと向かう事にした。

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