第二十八話 血塗れの悪友

「!? 逃がすか怪盗ハーフデッド!!」


 そして逃走する俺を追い駆けるカルロスに眼下の目撃者たちからは心配交じりの悲痛な悲鳴が聞こえる。

 それは普段から王国軍で仕事を共にする部下たちからも、下町で交流を深めていた“気のいい貴族様”として顔を知る人々からも「待ってください!」「そのまま動いたら死んでしまう!」な~んて、実に友人として、隣人として、信頼した者たちとして当たり前な心配する声……。

 意外な事にその中にこれから陥れる気満々だったはずの侯爵クソジジイの蒼白になってカルロスを見上げる姿何かもあったが……?


「その体たらくで追って来れますかな? 過度な運動はお体に悪いですよ!」

「抜かせえ!!」


 再びジャンプしつつロケットフックで数軒先の建物に大ジャンプをしてショートカットする俺に対してカルロスは屋根や壁を蹴って、持ち前の身体技能を駆使して追いか気て来た。

 盗賊というスピードに特化した職種の逃げ足に別の速さで追い駆けて来るカルロスに、言葉ほどの余裕は……実は無い。

 元々入り組んだ家々の道ではない場所を一直線に駆け抜けると言うのは、神様に一度『預言書』とは別に見せて貰った『技術書えいぞう』にあったヤツで、パルクールとか言う物らしい。

 この辺のフワッとした記憶をスレイヤ師匠に修業時代話したら、師匠は“それはイイ! 盗賊の訓練として持ってこいじゃないか!!”と息巻いて独自の修行法として確立させてしまった。

 盗賊の口伝とされる『シノビ』の技術も相まって、その独自のパルクールを実現した師匠から直伝である俺は、師匠を除けば王都で最も早く一直線に動けるという自負もあったのだが……そんな自信を背後の騎士様は余裕で叩き潰してくれる。

 体術、体重移動を駆使して障害物をかわし、ジャンプして極力障害物を避けて進む俺は猫と猿の動きと言えるが、対してカルロスは障害物を“足場”して、邪魔だったらぶっ壊しながら……いわば砲弾のような動きで迫って来る。

 俺の動きに比べれば体力的な無駄は計りしれない、実に効率の悪い追走のはずなのだが……長年男連中の中でトップを守り通して来た“彼女”の体力は伊達では無い。

 そしてダメージも騒音もお構いなしで壁を蹴る彼女の方が、ある程度の長さの直線では盗賊の俺の足すら凌駕する事に……。


ギャリイイイイ!!

「あぶね!!」

「っちい!!」


 水の中で壁を蹴るかのように地面であれ、壁であれ、屋根であれ……ターゲットが直線にいるとなれば遠慮なく突っ込んでくる。

 直撃は何とか避けているけど、徐々にだが短刀ダガーで受ける回数が増えだして行く……これは実にマズイ状況だった。

 単純に段々とカルロス自身が慣れ始めているのだ……戦いながら強くなっているとも言えるけど……。


「……仲間として成長は喜ばしいけど……今夜じゃなくても良くね?」

「「何をブツブツ言っている!!」

「うおおおう!?」


スカン!!

 とある建物のベランダに降り立った俺に斬りかかった彼女のレイピアは、アッサリと足場にしていた“ベランダ”を切り落としてしまい、内心俺は冷や汗が止まらなくなる。


「ひえ!?」

「く……これもかわすか!?」


 ベランダごと地上に落ちる寸前に飛び上がり、ロケットフックで更に上方へ逃れるものの、当然のように“ガガガ”と建物の壁から壁を蹴って稲妻のように追い駆けて来る!

 コレがカルロスの……いや“聖騎士カチーナ”の真骨頂!?

 そら訓練で本気で殺しに来るバカはいない……模擬戦で何度もやり合った仲だが、どっちも本気の奥の手は使う事が無かった。

 俺としては短刀での戦い以外を見せた事は無かったから、鎖鎌など師匠から受け継いだ『7つ道具』を駆使して彼女とやり合うのは初めてだったけど、向こうも向こうで本気で身体強化を使っていなかったという事だろうな。

 預言書で見た外道聖騎士カチーナはとにかく残忍で残酷な性格をしていたが、自らの戦い方は基本的に力押に見えた。

 しかしその戦い方を可能にしていたのは極めた身体強化魔法と鍛え続けた己の筋力。

 血潮を流し鍛え続けた筋力と女性ならではの柔軟性と敏捷性、更に貴族の長男として魅せる戦い方も強いられるという地獄の中試行錯誤し極め続けた相手の力を最小に受け止め、己が力を最大に生かす……隠し持っていたモノの覚悟が俺とは桁が違う。

 結構リアルに死の予感が背中を駆け抜ける……。

 場合によっては“あのギラル”のように真っ二つに…………しかし……。

 

「……何だコレは?」


 苛烈な追撃と攻撃を無尽蔵に繰り返すカルロスだったのに突然足を止めたかと思うと、何かを拾い上げた。

 

「……あ」


 それは金属製の小さな装飾品で、さっきの攻撃の際にザックの一部を切られていたようで……走っている最中に俺が落としてしまった指輪だった。

 盗賊は基本的に自分に合った道具をまとめて持っておくが、その中身を全て知っているのは自分以外は身内であっても稀……実際引き継ぐまでは師匠の7つ道具も全ては知らなかったくらいだし、無論俺も彼女カチーナにも全てを開示した事は無い。

 だと言うのに……。


「これは……『石化の瞳』…………」


 それはよりにもよって彼女に開示した事のある……指輪の瞳を見た者を石化できるけど相手の同意が無ければ実行不可能という、通常使いには物凄く利便性の無い魔道具。

 救出の為に一時的に石化させるなどという特殊な状況下で、ある特定の人物が多用している魔道具である事を彼女だけは知っていたと言うのに……。

 指輪を拾い上げた彼女は怒りでも絶望でもない、ただただ“ありえない”という感情を乗せたまま目を見開いて呟く。


「…………ま、まさか……君は…………」

「…………」 


 ヤベェ……百パーセントバレた!!

 俺は彼女が俺の正体を言い切る前に手持ち全ての『小瓶』を投げつけて、更に鎖鎌の分銅を振り回して空中で割って中身をぶちまける。


「ぶわ!? な、何だコレは……目つぶし?」


 辺りに広がる『赤い液体』をカルロスも浴びてしまうが、俺がまた走り出したに気が付いて慌てて追いかけて来る。

 ただ……その表情は戸惑いの中にあり、すでに剣は鞘に納められていた。

 

「ま、まて……待ってくれ!!」


 ……多分彼女はもう俺が、怪盗ハーフデッドの正体が冒険者仲間のギラルである事を確信したのだろうな。

 チクショウ計画通りには行かねぇなぁ……俺は謎の怪盗のスタンスで計画を終えるつもりだったのに……何でよりによってあの指輪を落すかな!?

 計画の第二段階であるカルロスの誘導にはなっているから完全に失敗とは言えないかもしれないが……。


「ここで俺が“知っている側”だと知られると後々面倒がありそうなんだよな~。くそ・……その辺は覚悟を決めるしか無いけど!!」


 一応は卒業した立場だと言うのに、まだまだ師匠の足元にも及ばないのは技術云々だけでなくこういう事なんだろうか?

 俺は大通りから住宅街を抜け、『血塗れで必死の形相』の分隊長に追われたまま目的地を目指す事にした。

 幸いなのか俺の正体を察した彼女も攻撃から只の追走に変わったのは不幸中の幸いか?

 と言うよりも俺が逃走と言うよりは自分の事をどこかに誘導している事を察したからなのか……。



 街並みを超え、小道を走り、そんな追いかけっこをしばらく無言で続けた後……目的地に到着した俺はその場で足を止めて後ろを振り返る。

 最初に俺を追い駆けた雇われ兵士共はちょっとで息切れするくらいだったと言うのに……盗賊の足に長時間易々と付いてきて尚、その表情に疲労感は見受けられない。

 全身を真っ赤に濡らしたカルロスの瞳にあるのはただただ戸惑いと疑問……実家に侵入して弟を攫った犯罪者に向けるべきものではない。

 信じた仲間の行動が良く分からない……ただそれだけがあった。

 

「やれやれ本当はもう少し趣向を凝らす予定だったんだけど……完璧にミスったな」

「!? その声は……やはり……」


 一応バレないように声帯模写で声色も変えていたのだが、今この場に至って正体を偽る意味は無いからな。

 俺は本来の声に戻してカルロスに軽口を叩いた。

 そんな俺のふざけた態度が気に喰わないのかカルロスはギロリと睨みつけて来る。


「どういう事だギラル! 何ゆえにファークス家に……我が弟をかどわかすような真似を!? 君は……我々は友では……仲間では無かったのか!?」


 戸惑いの中悲痛とも取れる感情が浮き彫りになる。

 預言書で全ての絆を否定する化け物が生まれた最大の理由……彼女は築いた信頼の絆を裏切られる事を何よりも嫌い、そして恐れている。

 父から、家族から得られなかった絆を他に求め、努力に努力を重ねて築いた絆が壊れる事を……心から恐れている。

 外道聖騎士カチーナにはその時に言ってくれる人がいなかったのだろう。

 だから……俺が言う…………俺が言ってやる。

 預言書のカチーナを生み出さない為……というよりも、カチーナという仲間を共犯者にする為に……。


「友……と言うよりゃ悪友かな?」

「あく…………ゆう?」

「ほら、悪友からの餞別だ! 妹に渡しておいてくれ……明日何時もの酒場でってな!」

「うわ!? 赤子を投げるなど…………ん?」


 そう言いつつ俺がおくるみを放ってやると、カルロスは慌ててキャッチするが……その中身を見て眉を顰めた。

 それもそのはず……おくるみには確かに赤子程の重量はあるのに、中身が入っていないのだから。

 しかし重さがあるのに手ごたえがある違和感に中身に手を伸ばしたカルロスは“見えていなかった一枚の布”をはぎ取り……中にあるのが木彫りの人形と、金貨一枚である事に気が付いた。


「こ……これは……まさか…………!?」

「その金貨は“この屋敷”から盗み出した物だから……これで共犯だなカルロス隊長」

「な……何が……え? ここは……」


 色々考えて俺の事を追い駆けていて気が付かなかったのかな?

 俺達が今対峙している場所がファークス家の庭先……つまり俺にとっては振り出しに戻っていたという事に。


「生後間もない首も座ってない赤ん坊を乱暴には扱えないからな~。だいたい俺は最初から『小さい魂』とは言ったけど、赤ん坊を頂くなんて一言も言ってないし~?」

「……あ」


 指定した代物に被せると、指定したモノのみが見えなくなってしまう魔道具『物隠しのケープ』……7つ道具として獲物を隠す際に重宝する物だが、今回俺がそれをどういう風に使ってこの騒ぎを起こしていたのか……そのすべてを察した瞬間、カルロスの怒号が月下に響き渡る。


「貴様アアアアアアアア! 最初から最後までおちょくっていたという事なのかああああああああ!! 人の気も知らないで!!」

「うえ!? ごわああああああああ!?」


 次の瞬間、俺はファークス家の屋根より遥か向こうに吹っ飛ばされていた。

 カルロス隊長の怒りの鉄拳によって……。


               *


 怒りに任せて身体強化魔法全開でぶん殴られた怪盗ハーフデッドこと盗賊ギラルであったが、露骨に派手に……まるで喜劇の悪役のように夜空に吹っ飛んで行ったのをカルロスは「またおちょくられた!!」と睨みつけていた。

 インパクトの瞬間に拳に手ごたえを感じず、ただ上空に押し出す形にしかなっていなかった事で“自分からロケットフックを使って上空に跳んだ”というヤツの演出である事がカルロスには良く分かってしまう。

 しかし、そうでない者たちもいた。

 血に塗れたカルロスが瀕死の状態で辛くも主犯である怪盗を派手に撃退した……そんな風にファークス家に残っていた使用人たちは呆然と見ていたのだった。


「カ……カルロス……様?」

「す、すごい……一撃で……」


                 ・

                 ・

                 ・


 そして、ため息交じりに怪盗を追う為に閑散としたファークス家の屋敷に足を踏み入れたカルロスは事件の起こった寝室を目指す。

 その間、目に入るのは二度と踏み入れる事は無いと先日後にしたはずの屋敷。

 卒業以降宿舎に移ってからはほとんど訪れる事も無くなったけど、カルロス……いやカチーナは幼少期はここで過ごした事を今更ながら思い出していた。

 最早私物も自室も……自分の居場所さえなくなった場所でも小さな頃母と過ごした思い出だけはココにある事に何とも言えない気分を味わっていた。


「次期当主には同じ想いはしてほしくないものだな……」


 その悲しい独白を、誰も聞いていない本音の呟きを……背後から恐る恐る覗き見る現侯爵家夫人や妹たちが見ていた事も気付かずに……。


「…………お兄様」

「カル……ロス……殿……」


                ・

                ・

                ・


 やがて事件の始まりの場所……寝室に到着したカルロスは溜息を一つ吐いた。

 誰もいない寝室……バルログが攫われたと全ての者たちが出払ってしまった部屋の天井には大きな穴が開いていた。

 それはギラルの仕業ではなく教会の僧侶の仕業であるのだが……カルロスは一瞥しただけで目的の物へと近付いて行く。

 最後にギラルが投げ寄越した空に見えるおくるみ……それは誘拐事件の種明かし。

『物隠しのケープ』という盗賊がお宝を一時的に隠すために使う魔道具の一種なのだが、 大きければ大きいほど需要は増すし値段も高くなるから、ハンカチ程度の大きさしかない。

 そして“ハンカチ程度の大きさ”であれば……天井裏から下にフワリと被せる事も可能だろう。

 目の前で指定したモノだけが消失していたら、だれだって『奪われた』『攫われた』と思ってしまうだろう。

 カルロスは空に“見える”ベビーベッドに手を伸ばして……見えない布状の何かをはぎ取った。


「…………アイツめ!」

「だ~~~キャキャキャ!」


『物隠しのケープ』下から現れたのは、まるでかくれんぼに見つかった事を喜んでいるかのように無邪気に笑う赤ん坊の、最初から最後まで、一度たりともこの場を動いていなかった……弟の姿だった。


「ある意味、お前の方がアイツの共犯だったんじゃないのか?」



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