第二十七話 目の当たりにして分かる願望

 ファークス家当主バルロス。

 娘に長男としての生き方を強要したクセに、長男として優秀に実績を重ねて行くその様に嫉妬するというどうしようもないクズのような男だが……そんなヤツにも当初は罪悪感もあった。

 そもそもザッカール王国の法で『男児が生まれなければお取り潰し』というのは百年も前に定められた物で、その当時横行した裏切りや下克上での他家の乗っ取りなどを防ぐために定められたものだ。

 ある意味でバルロスも当時としては有用だったかもしれないが、現在では相応しくない悪法に振り回された犠牲者とも言えた。


 だが予想よりも遥かに学園でも日常でも、優秀に実績と信頼関係を築いて行くカルロスの姿に……元々ファークス家の四男で落ちこぼれだったバルロスは徐々に罪悪感を嫉妬心で上書きして行った。


 幼い日より両親の興味も愛情も跡継ぎである長男、もしくは予備である次男に注がれ見向きもされなったのだが、ある日その事に暴発した三男が長男と次男を殺害した事で急遽ファークス家当主の座が自分に回って来たのだ。

 そうなった日より、あれ程落ちこぼれと蔑んでいた両親が手の平を返して自分の事を優遇するようになった事でバルロスは心根にとんでもない歪んだ思想を植え付けられていた。


『必要に迫られなければ、誰も自分を見る事をしない』……と。


 優秀な娘は自分が出来なかった偉業を重ね、自分が得られなかった仲間を作り、貴族でも平民だろうと分け隔てなく友好を持ち信頼を得て行く。

 自分が出来なかった事を、事もなげに……。

 カルロスが大事にしていた、これまで作り上げてきたモノはバルロスがこれまでの人生で得る事の無かった……得たかったものばかりであった。

 だから……バルロスはドンドン心を腐らせて行った。

 憎悪と共に自分よりも遥かに優秀な娘に一方的な妄執を抱き続ける。


『苦難にぶつかれば、挫折を味わえば、作り上げた大事なモノが失われれば……その時こそ、あの娘は折れる…………。頼りにもならない、何も成しえない自分ちちを頼ってくれる……』


 自分こそが血の滲むような彼女の努力を見ようともしないのに、自分の事を見て貰いたい……泣き言も恨み言も言わずに『ファークス家長男』を務める娘に、苦痛であると、重荷であると父として頼って欲しい……。

 外道を繰り返したクズの本音は……そんなどこまでも幼稚で独りよがりな願望だった。


 だが、それは同時に“何をしてもカルロスは平然とこなしてしまう”という盲信でもあった。

 学園でも首席、王国軍に所属してからも数々の実績を挙げ続けているカルロスなのだから、苦戦することなどない。

 手を出されたら賊はカルロスの実績として捕らえられ終わってしまうと……バルロスは“カルロスに関して”ある意味どこか気楽に考えていた節があった。

 しかしバルログを攫った怪盗を傭兵たちと息切れしながら共に追いかけ、ようやく大通りまで到着したバルロスは大衆が眺めている鐘楼から降り立ったカルロスの姿に……息が止まった。


 民家の屋根の上に対峙する二つの人影……賊であるハーフデッドが傷らしい傷も負っていないと言うのに、剣を構え対峙するカルロスは……血塗れだった。


「な……にが……」


 何時も泣き言一つ言わずに自分には及びもつかない結果を涼しい顔で出していく憎らしくも優秀な娘……それが遠目でみても満身創痍の出血多量、頭から肩から腹から……あらゆる場所から血を流していたのだった。


「ま、マズいぞあの出血量……」

「た、隊長! まずは止血を!! 死んじまいますよ!?」


 血相を変えて叫ぶカルロス隊の言葉にバルロスから血の気が引く。

 娘が、自分が重責を与えたカルロスが死に至るかもしれない……そんな当たり前にあり得る事を、バルロスは今の今まで考えてもいなかった事に気が付く。


「フハハハハハ肉親を救う為に命を賭けようとは……何とも愚かで、そして美しい事であるなぁ! ファークス家が誇る『小さき魂』を今宵は確実に頂く事が出来そうである!!」

「奪わせるものか! その子を守り切る……それが私の最後の仕事なのだ!!」


 最後の仕事……その言葉でバルロスは崩れ落ちそうになった。

 死を賭してでもファークス家の長男を、弟を守る……その高潔で偽りの無い絆に殉じようとする言葉は嫉妬と憎悪に覆い隠され見ないようにして来た最初の感情を呼び覚ます。

 当たり前にあったはずの自責の念……見えないようにしていたのに長い年月で蓄積し膨張していた『罪悪感』を……。


                  *


 今のところは順調……鐘楼の“外側”から師匠直伝の鎖鎌でチクチクと攻撃を加えつつ俺はそう思っていた。

『真正面から挑んでも勝てない』それは剣士と盗賊の力量で考えるならば当たり前の事実だが、女性であるのに男の中で強者であらねばならなかった“彼女”にとってもそれは重要な意味を持つ残酷な現実だった。

 だからこそ……パーティーを組んでから今まで、毎日のように繰り返して来た模擬戦は互いに有意義であり、切磋琢磨という言葉がふさわし時間だった。

 貴族として、男子として受け、力で打ち破る魅せる戦い方は実戦では向かないし、そもそも本来の“彼女”にはすこぶる相性が悪い。

 女性特有の柔軟性、俊敏性を生かしてスピードと手数で戦う……それこそが彼女にとって最も適した姿であり、平たく言えば“カルロス”よりも“カチーナ”の方が強いと言うのが俺の認識だった。

 それでもスピードでは俺の側に分がある……そう思っていても何度か模擬戦をすれば足で翻弄しようとしても、それ以上の速さで先回られて悔しい想いをする。

 その事が癪だった俺がその事に付いて聞いた時、彼女は拍子抜けするほどアッサリ自身の強さと弱点に通じる事を教えてくれた。


『目だけで追えないなら耳で追うだけよ。貴方がどれほど卓越した猫足で歩いても、地面を踏んでいるのは確かでしょ?』


 それはカチーナという女性にとって長所であり欠点……その根源は油断ではなく信頼し高め合う仲間だと認めた相手に自分の欠点すら開示して相手に強くなってもらい、そして自身もそれを超える為に強くなると言う、実に武人らしい考えからの行動だろう。


 だから……若干の罪悪感はあるものの、今回はその弱点を精一杯突かせてもらう事にしたのだ。

 まずは鐘楼という特殊な個室だけど解放された空間に誘い出して、そして『人質』を囮に煙幕を焚いて視覚を奪う。

 次に以前から鐘楼の外側を囲むように準備していた透明で丈夫な『デーモンスパイダーの糸』を足場にして“彼女”の射程圏から逃れる。

 最後にそのまま鐘楼の鐘を操作し一時的に聴覚を奪った上で“特殊な処置”をした鎖鎌の分銅で常に場所を変えつつ煙幕に巻かれる彼女に攻撃を加える。

 鐘楼内部は膨大な白い煙に巻かれて肉眼では見えないけど、師匠から受け継いだダンジョンなどの斥候で重宝する温度感知の魔道具『温感片眼鏡サーモグラフィ』で見れば彼女の状況は一方的に確認できる。

 狙い通りに視覚と聴覚を奪われ、射程外からの攻撃にいつもよりも面白いくらいに攻撃が命中する。

 良し、これならうまく行く……そう思っていた時期が俺にもありました。

 正確には鎖分銅が4回命中した時までは……。

 何処から攻撃が来るかも予想できない状況で、不自然に動きを止めた瞬間に疑うべきだった! そう後悔したのは鎖分銅が胴回りに直撃した瞬間に掴まれてしまった後。


「肉を切らせて骨を断つ…………だったな!」

「あ……」


 それは神様から教えて貰った格言の一つ。

 一度カチーナさんに話したら妙に気に入られてしまった武人の心得……だったか?

 でも、まさかこの瞬間に実践するか!?


ボフン……


 引っ張られた鎖が張り詰めたなら、その先に使い手がいるのは道理。

 辿られないように慌てて鎖鎌から手を離したけど“彼女”にとってその一瞬があれば事足りる事だった。

 気が付いた時には既に煙幕から飛び出したカルロスの剣が眼前に迫っていた!


「ウソだろ!? もう攻略したってのか!?」

「生憎だったな! 私には切磋琢磨する頼りになる相棒がいるのでね!!」

「うお!?」


バキイイイイン……

 本当に反射的に抜いた短刀ダガーでカルロスの剣を受け止めるが、足場のしっかりして無いデーモンスパイダーの糸での空中での事……当然受けきれるはずもなく、俺の体はそのまま上空へと投げ出された。


「おわああああ!? っとと……」


 とは言え俺も盗賊の端くれ、アクロバットは出来て当たり前の必須技術。

 崩した態勢を空中で修正して、全身を柔らかく使って衝撃を最小限に鐘楼下の民家の屋根に着陸した。

 しかし着陸した俺を追い駆け、当然のように態勢も崩さずに美しく降り立つ騎士が一人……既に剣を構えたままこちらを見据えている。

 盗賊であれば出来て当たり前だが、騎士であるカルロスが易々と追いかけてきている事に軽く自信を無くしそうだな。

 だが俺は月光に晒されたカルロスの姿と、そして眼下から聞こえてくる民衆や騎士、ファークス家の雇われ兵たちの反応で確信する。


 計画の一段階は成功したと…………。


「フフフフ……フフフフフ…………良いですねぇ、さすが今宵の主役は月光のスポットライトの中でも美しく輝く存在感がある!」

「……? 何を言っているのだ?」


 俺は特別憎たらしく、邪悪に聞こえるように高笑いして見せると眼下の民衆やじうまたちから憎悪し批難するようなざわめきが起こるのに、肝心の本人カルロスはキョトンとして俺の言葉が意味する事が分かっていない。

 戦闘に集中するあまり自分自身が今、他人から見てどういう状況なのか分かっていないのだろう。

 月光に晒された自分が今、肩から足から腹から……そして何よりも頭から夥しいほどの流血をした瀕死の手負いに見えている事など……。


「フハハハハハ肉親を救う為に命を賭けようとは……何とも愚かで、そして美しい事であるなぁ! ファークス家が誇る『小さき魂』を今宵は確実に頂く事が出来そうである!!」

「奪わせるものか! その子を守り切る……それが私の最後の仕事なのだ!!」


 満身創痍の出血多量……そんな騎士が吠える様に真偽を問うような無粋はいない。

『弟を助ける為に命をかける兄』……目撃者かんきゃくの目にはその光景だけが確かに刻まれたハズだろう。


「ふ……いい役者だなぁ……」


 俺はわずかに口角を上げつつ、最後の仕上げをするべく踵を返した。

 悪役として、怪盗ハーフデッドとして舞台の幕を引く為に。




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