第二十六話 鐘楼の攻防戦

「やれやれ……実に小さいな……」


 思わず本音を呟いてしまうが、今はそんなのに気を取られている暇はない。

 勝手に何もできないところから見てればいいさ……“息子の最後の晴れ舞台”を。

 俺は鐘楼を登り切って、町の時報を伝える大きな鐘の丁度真下に抱えていたおくるみをそっと置いて、そのまま鐘楼を突っ切って反対側から外壁へと飛び出す。

 ダイブするワケではない……そこには準備していた俺しか存在を知らない“道”に空中で足をかけて、そのまま鐘楼の屋根に降り立った。

 

「さあ……ここまでは予定通り……」


 受け継いだ7つ道具の中でも師匠が最も得意としていた道具を取り出し、俺は獲物が罠にかかる一瞬を見逃さないよう固唾をのむ。

 罠にハメる、戦術を組む段階で確実性の無い要素は省略するのは基本だが一番の不確定要素が『自分の戦闘技術』となると省略する事は出来ない。

 まして実力が拮抗している場合は特に……。

 冒険者として仲間になってから俺たちは毎日模擬戦をしていたのだが、俺とカチーナさんの実力は五分五分……基本互いに足を重視したスピード勝負になりがちで初対面の時から勝負が付いた事は一度も無かった。

 ただ、あくまでも『短刀ダガー対細剣レイピアの戦いにおいて……だけど。


「互いに隠し持っている奥の手……それが勝負を分ける……か」


 その事を思って俺は自分が無意識に笑っている事に気が付き頭を振る。

 今日は変なキャラで妙なテンションをしているせいか、いつも以上に感情の自制が出来ていない。


「いかんいかん、こういう所が未だ未熟だと師匠には散々言われていると言うのに……」


                *


 垂直のレンガを駆け上がる……そんな芸当で鐘楼を登り切ったカルロスだったが、それでもロケットフックで上ったハーフデッドには追い付けない。

 しかしカルロスが鐘楼の内部で目にしたのは、大きな鐘の真下に置かれた幼児がくるまれていそうな小さなおくるみ。

 あれ程までにトリッキーな逃走で追っ手を翻弄していた者がおらず、代わりに目立つように置いて行かれた弟……。


『…………ヤツはどこだ?』


 誰がどう見てもそれが罠の類である事は予想出来き、カルロスは一瞬鐘楼内部に入る事を躊躇した。

 しかし弟の安否も確認できていない現状、カルロスにはあまり選択の余地はない。

 最大限の警戒を怠らないよう気を張り、一歩一歩ゆっくりと鐘楼の中心部へと歩を進めて行く。

 月光だけが頼りの鐘楼内部……一体どこから、いつ、どうやって襲いかかって来るのか?

 それを警戒していたカルロスだったが、意外にもおくるみの場所までは何事も無く近付く事が出来た。

 だが……一度訪問したと言うのに顔も見た事が無かった弟を優しく拾い上げようとした瞬間だった。


ボボボボボボボボボン!!


 四方八方を埋め尽くすように破裂音が響き渡って、一瞬にして白い煙が月光を遮り鐘楼内部を暗闇に包み込んだ。


「な!? 何だこの煙は!?」


 毒ガスの類を警戒してカルロスは慌てて弟の安否を確認しようとおくるみを抱え上げるが、おくるみの中に弟はいなかった。

 九分九厘そうでは無いかとは思っていたカルロスだったが、思わず舌打ちをしてしまう。 

 同時にこの何も見えなくなった状況の危うさ、そして敵の目的が分かりやすい程に分かってしまう。

 カルロスは慌てて剣を抜いて、視界が利かない状況でも対処出来るように構えた。


『……何処から……くる?』


 視界を奪われた状況でまず頼りになるのは聴覚……日々冒険者カチーナとして日常から目にも止まらぬ動きをする盗賊シーフの相棒と鍛錬を繰り返していたカルロスは視覚よりも聴覚で相手の攻撃を予測する技術を身に着けていた。


『相手は盗賊……気配も息遣いも当てにならない。ただ空気の動く音、地面を踏みしめる僅かな軋み……空間を移動する音のみに集中して』


 それは卓越した盗賊ならではの技法。

 気配を殺せる盗賊や暗殺者アサシンなどの対処法で、並の者であれば喩え視界の利かない闇の中でもカルロスに迎撃されるはずだった。

 しかし……この時点でカルロスは重大なミスをしていた。

 相手の怪盗が自分の事を良く知っている知り合いであるなどと考えていなかった事だ。


ガラアアアアアアアアン!!

「ぐわ!?」


 闇の中、耳を研ぎ澄ましていたカルロスの頭上から大音量で鐘の音が響き渡る。

 鐘楼の中なのだから鐘があるのは当然だが、深夜のこの時間に鳴らされるという当たり前の概念がこの一瞬カルロスの脳裏から抜け落ちていたのだ。


「がぐ!?」


 そして大音量で聴覚で探ろうとしていた全ての些細な音をかき消されたと思った瞬間、カルロスの右肩に鈍い痛みが走った。


『何か固いモノをぶつけられた!?』


 カルロスがその瞬間に判断できたのはそれだけ。

 武器の種類も攻撃の出所も、相手が一体何をして来たのかも判断が出来ていなかった。


ガラアアアアアアアン…………

「ぐ!?」


ガラアアアアアアアン…………

「つう!?」


ガラアアアアアアアン…………

「いつ!?」


 そして攻撃は鐘が大音量で鳴り響く度に腹に、足に、背中にと……四方八方から正確に当てられる。

 攻撃の方角は全てバラバラ……なのに鐘楼内部に敵が潜んでいるにしては余りに攻撃の出所が分からない……。

 何とか動いて煙幕の外へ、鐘楼から脱出しようと試みてもそれも読まれていたようで向かった先でピンポイントに顔面に鈍痛が走る。


『く……おのれ、ここで私を嬲り殺す気か?』


 確実に自分の体に当てられる攻撃……しかし一撃の強さは無く、軽い攻撃が自分の体力を徐々に削って行っているのを感じる。

 カルロスは自分が見えないし聞こえないこの状況下で、相手の怪盗ハーフデッドは何か特殊な事をして自分の事を見ている事を確信していた。

 だからカルロスはそう判断した瞬間、聴覚に頼る事も止める。

 直近で何度も鐘の音を聞かされた事で耳鳴りが酷く、しばらくは戦闘の役には立たない事も分かっていたから。

 

 だからカルロスは剣を納めて、ただ立ちすくむ……。

 予測の出来ない攻撃を自分が喰らう事まで織り込み済みで、自身の全身をセンサーとして機能させる事に集中する為に。

 そしてそれは……約一月の間仲間として、相棒として過ごしたヤツが教えてくれたカルロスにとって実に為になる“好きな言葉”を体現する戦法だった。


『視覚も聴覚も当てにならないなら、触覚を最大限に、次の攻撃を確実に受ける覚悟でインパクトの瞬間の痛覚だけを確実に感じ取る!!』


 次の瞬間その痛覚は自らの腹、鳩尾の辺りに痛みと息苦しさ伴い現れた。

 しかしカルロスも今度はただでは終わらない……当たった瞬間に自分に当たって来た固い金属製の何かをつかみ取った。


「肉を切らせて骨を断つ…………だったな!」


 カルロスがつかみ取ったのは鎖に繋がれた金属製の分銅であった。

 握った鎖にはまだ手ごたえがある……つまり今この瞬間、この鎖の向こうに怪盗がいる。

 そう判断した瞬間にカルロスはそっちが鐘楼の外、空中である事を分かった上で鎖の先に向かって飛び出した。


ボフン……


 煙幕を突っ切り月光が照らす夜空に躍り出たカルロスは、どういう原理なのか分からないが上空に立っている黒装束の男が“鎖の付いた鎌”を手に驚愕しているのを目にする。


「ウソだろ!? もう攻略したってのか!?」

「生憎だったな! 私には切磋琢磨する頼りになる相棒がいるのでね!!」

「うお!?」


バキイイイイン……

 振りかぶったカルロスの剣は、慌てて受け止めようとしたハーフデッドの短刀ダガーとぶつかり甲高い金属音を夜空に響かせた。



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