第二十五話 キッチリ追い駆けてくれる存在は貴重

 余計な重量から解放された俺は最早崩壊の心配もなく全力で飛べる。

 月光が照らす夜の都市を跳ね回る猫の如く……危機を救って頂いた伯爵家には感謝してもしきれないこの解放感……。

 ちょ~っと上機嫌になり過ぎて煽り過ぎた気もするけど……。

 

「待ちやがれ盗賊野郎!!」

「坊ちゃんを返せ!! クソが!!」


 上級層と言われる貴族の屋敷が連なる住宅地、その屋根を走り跳んで逃走する俺の背後から怒りに任せた叫び声が追いかけて来る。

 大半の追っ手は下の道を追いかけて来るけど、前線攻撃力重視な戦士や剣士などの中には身の軽さを生かして屋根の上まで追いかけて来る輩もいる。

 ……その中にマッチョ僧侶の姿が無い事に、内心ホッとした。


「……さすがにあの化け物をあしらうのは至難の業だからな……よっと!」


 俺は走り込みそのまま振り下ろされた剣を、手甲に仕込んでいた鉤爪で引っかけるように方角を変える。


「な!?」

「修行が足らねぇな傭兵さん。ゴブリンだってもう少し考えて剣を振るぜ!!」


 ガリィ! と耳障りな音を立てて剣を流され態勢の崩れた男の脇腹に俺は蹴りを一撃くれてやる。


「げぐう!?」

「野郎、よくも!!」

「逃げるな卑怯者め!!」


 苦悶の声を漏らして蹲った仲間には目もくれず、他の連中も武器を手に襲いかかり始めて来て……俺は踵を返して再び走り始める。

 盗賊シーフの基本は足でありスピード、そして決して正面からはぶつからない事。

 それは戦いそのものを避ける事までも含めてのスレイヤ師匠の教え……攻撃の一手を担当する前衛に比べると、どうしても膂力に不足するのは忘れてはいけない事実だ。

 さっきのマッチョ僧侶ロンメルは元より、単純な力比べだったら俺は追いかけて来る連中の誰であっても正面から対峙すればアッサリと負けるはずだ。

 真正面から対峙せず、一人一人相手にする為に逃げる……それは多対一の戦いに置いてなら基本。

 卑怯とは心外、盗賊にとっては当たり前の戦術でしかない。

 俺は次の屋根に飛び移り、追っ手の二人ほどが続いて屋根を飛び移ろうとした瞬間を狙って背後に煙幕用の爆弾を投げた。


「「なあ!?」」


 ボン……

 殺傷能力は一切ないただの煙幕なのだが、目の前で起きた破裂音に追っ手の二人はジャンプを一瞬ためらってしまう。

 しかし、そう思っても飛ぼうとした瞬間だったのに急に止まろうとすればどうなるか……どうせなら思いっきりジャンプすれば良いのだけど、人間はそんなに単純には動けない。


「「お、おわあああああああ!?」」


 二人は仲良く屋根から下へと落ちて行った。

 それを確認してから再び走り始めると、煙幕の晴れた向こう側からも増援の連中が下から登って来るが見えた。

 

「ひっ捕らえよ! 何としても我が子を奪還するのだ! 報酬は望む物を用意する!!」


 そして下の方で喚き散らすのは多少のマラソンで息切れしているファークス家ご当主様。

 ……お家の為もあるだろうけど我が子の為に息を切らして追いかける姿は微笑ましくもあるが……。


「何でそれを長女にだけは向けられなかったのかね……うおっと!?」


 思わずつぶやいた瞬間、ヒュっと顔の横を通過したのはナイフ。

 追っ手の誰かが投げたんだろうけど、俺から不満を言うつもりは無いが人の事を卑怯者扱いしといて飛び道具は良いのだろうか?

 そんな事を思っていると、今度は数名の追っ手が手から赤らやら黄色やらの魔術の光をともし始める。

 逃亡者に遠距離攻撃で足止めは理にかなってはいるけど、この場においては若干配慮が足りない。

 走りながら俺が“おくるみ”をコレ見ようがしに見せた瞬間、魔術を放とうとしていた奴らを仲間の数人がぶん殴って止める。


「グガ!?」

「バカモノ! ご子息に当たったらどうするつもりだ!!」

「し、しかしヤツに追いつけないのでは……」

「死ぬ気で追いかけるんだ! たかだが盗人如きに家名ある我らが遅れを取るなどあってはならんのだ!!」


 どうやらファークス家に雇われていた兵士たちは貴族の家出身で固められていて……それも家を継ぐ立場ではない次男三男辺りのようだ。

 その辺でまともに人生考える輩は王国軍に入るとか、学生時代に頑張って研究機関に就職するとか、商売に生きるとか……色々と道を模索するものだ。

 しかし食うに困らないある程度力があり、ある程度魔法が使えたりするプライドだけは高い連中は貴族の家にいつまでもすねかじり、持て余した家から強制的に奉公に出されて惰性で傭兵などに流れるパターンがある。

 血筋だけは立派なのに実力が伴わない。

 努力もしないクセに平民や冒険者を血筋だけを誇って見下す。


「はー、はー、はー……待て……待つのだ不届きもの…………」

「下賤な輩が……我らに刃向かうなど…………許しがたき……蛮行……」


「だからこそ“同類”から雇ってもらえたのかね?」


 普段から鍛錬などしないだろう侯爵は元より、追っ手の連中の息切れもやたらと早い。 

 ファークス家のザル警備は知っていたがまさかここまでとは……。

 確かに俺は盗賊として走力を維持する為に走り込みは欠かした事はないし、肺活量にも自信がある。

 だけど『本日の主役』の10%も動いてないのに既に脱落者が出始めていた。

 もう少し派手な演出、大立ち回りを考えていたと言うのに…………仕方がない。


 俺は高い舞台でのショーを諦めて……貴族の屋敷が立ち並ぶ上層住宅街を抜けて、王都で最も人通りの多い大通りへと降り立った。

 

「うお!?」

「なんだなんだあの黒装束は!?」


 夜とは言えまだまだこれからって時間、人通りは多い。

 大通りには屋台が立ち並び食事する家族や酔客がそこかしこにいる。

 そんな賑やかな所に突如黒装束の怪しげなヤツが空から降り立てば、当然注目を浴びる事になる。

 そしてそんな怪しい男の登場に合わせて、息も絶え絶えな兵士たちが上層住宅街から、果ては屋根の上から追いかけてきたら……その男が先日予告状を王都にばらまいたバカモノである事に気が付く人々もいて……。

 誰かが“予告状の?”と呟いた瞬間に一気に情報が集団へと電波して行く。


「もしかしてアレが怪盗!?」

「え!? じゃあアレが予告状のヤツ!? マジ!?」

「本当に出やがった!?」


 そんな馬鹿が本当に出た……唐突な娯楽の提供に人々の注目が集まって来る。

 盗賊の冒険者における本来の主任務は斥候や攪乱、情報収集など危険を回避する為の裏方である事が基本。

 戦いにおいても正面から当たらず背後から攻める影からの動きが多い事から、本来であったら目立ってはいけないのだ。

 だけど今回の目的に限っては、その“本来”を覆す必要がある。

 目立つ必要が、観客を引き付ける演出が重要になってくる……のだが……。


「ぜー、ぜー、ぜー、ま…………待ちやがれ…………」

「ひい~……はあ……はあ……はあ……こ、この…………」


 ワザワザ追いかけやすいように地上に降りてやったと言うのに、追っ手の連中の動きが遅すぎる……。

 屋根を追いかけて来たならまだいいが、地上を走って追いかかて来たはずの連中ですら既に隊列が乱れて息切れしていた。

 前座にすらなってない……突然のイベント発生に俄かに盛り上がり始めた無責任な一般人かんきゃくを前にして、未だに追いついてこない。

 どれほど日々の鍛錬をさぼっていたのか……戦闘を魔法などの高主力の飛び道具なんかで誤魔化して来たヤツの典型なダメな例だな。

 血筋だけで実力が伴わなくても雇ってくれるファークス家のような温床があるからこそ、こんな輩がいるんだろうけどさ……本来狙撃手スナイパーは場所を特定されないように走り回るのが基本なのに。


「……いや、違うか。走り込みはどの配置であれ戦闘職には共通した基本的な鍛錬法だものな」


 ようやく射程圏内に辿り着いた一人か二人が俺を捕らえようと剣を手に振りかぶるが、既に剣すら重たいようで、振り下ろす前にとり落とす。

 雑魚過ぎる……何だか段々と子供とのチャンバラごっこでやられ役をする大人の気分にすらなり始める。


 ……が、余裕ぶっていられるのもそこまでだった。


 前座にすら間に合わない体たらくの雇われ兵士たちに辟易して若干気が緩みだしていた俺に、そんな連中とは比べ物にならないくらいの速度で何者かが踏み込んで来た。

 持久力が伴わず足腰のふら付いた様子など一切なく、一呼吸で懐まで肉薄したその人物は欠かさずに鍛え上げた剣を横なぎに……絶対に抱えられた“おくるみ”に当たらないコース、俺の右足に振るってきた。


 ガキイイイ!!


 俺は今日初めて鞘から抜いたダガーで“良く知っている”鋭い剣を受け止めてニヤリと笑ってやる。

 それは仲間として、呑み友として付き合いのある時には向けられた事の無い真剣な、殺気に満ちた決意の表情。

 しかしある意味では預言書の外道聖騎士に通じそうな相貌なのに決定的に違う、絆の為に動く高潔な剣士としてのもの。


「ようやくおいで下さいましたか、本日の主役。王国軍所属、分隊カルロス隊が隊長カルロス・ファークス殿!!」

「…………是非は問わん。バルログを……弟を返してもらおうか!!」


 誰よりも早く、誰よりも心配して駆け付けたのがこの人であるという事は俺には意外でも何でもない事実。

 金も名誉も貴族のプライドも関係なく、ただ先日生れたばかりの弟を守り助ける為に駆け付ける姿に外道聖騎士カチーナの面影など一切見えない。


「さあ盛り上がって行きましょうか! 今宵この時この瞬間『小さき魂』を、このハーフデッドが頂戴いたす!!」

「そうは……させん!!」


 ギャリン! と火花を散らせて刃を弾いたと思えば、カルロスは普通なら態勢を崩してもおかしくないのに横なぎしたロングソードを持ち前の柔らかな体幹を駆使する事で下方向から突き出して来た。

 男装を強要されててなお男性の中で強者であり続けたカルロスには無駄にして良い力はない。

 その余裕すら無かったと言うのが正解だが、翻ると力を無駄にしない技術という事に対して誰よりも秀でているという事に他ならない。

 無駄のない技術は総じて美しいモノ……そんな卓越した流麗な技術の剣技を前に、俺はバク転で大げさにかわした後、カルロスの眼前に数個の煙幕を投げつけた


 しかし、それが何かの爆発物である事を瞬時に確認したであろうカルロスは、あろう事か構わずに更に前進して肉薄して来た。


「小細工はそれだけか!?」

「うおっと!?」


 こういう場合中途半端にビビって判断できないのが最も危険。

 爆発物であるなら破裂する僅かな時間でも少しでも距離を取るのが正解だが、普通なら後方へ下がるところを迷わず前に来るあたりが実に“彼女”らしい。

 俺は着地を狙われる直前にロケットフックを射出、大通りに面した鐘楼にフックを引っかけて上空へと逃れる。

 次いで数回カルロスの後方で起こった爆発音が虚しく響いた。


「やりますな隊長殿!」

「く……逃がすか!!」


 うおっと!? 鐘楼の上までロケットフックの巻き上げで登る俺に対して、カルロスは持ち前の身体能力で隣接する民家や鐘楼のレンガの僅かな凹凸に足を引っかけて追いかけて来た!

 ……もしかしてこの人、盗賊おれよりも身体能力高いんじゃ? それに……。


「カルロス隊! 一般人への避難誘導を!! そして逃走経路を塞ぐのだ!! 人質がいては射撃は出来ん! 上の対処は私に任せるのだ!!」

「「「「「了解!!」」」」」


 そんな卓越した身体能力を駆使しつつカルロスは眼下に向けて大声で指示を飛ばしたりもする。

 まさに貴族としても隊長としても有能な行動……俺が焦りつつも感心していると、視界の端に今更現場に到着したらしいバルロス侯爵が息も絶え絶えにこっちを睨んでいる姿が入った。

 それは息子の心配をする父のモノではなく……自分が持っていないオモチャを持っている者に対する嫉妬の瞳……。

 ガキの目をしたクズのモノだった。


「やれやれ……実に小さいな……」





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