第二十四話 善人に付け込むのが全て悪意ではない事例

 しかし巨体に似合わずロンメルの足は速い!

 まるで砲弾の如く俺の逃走に追いついてきやがる!!

 そして射程圏内に入った瞬間に繰り出されるのは一直線の拳……どんな流派の拳闘修行僧であっても最も基本としているという正拳突き。

 空を切る度にその空間が無くなったような恐怖を突きつけるそれに一撃でも当たれば色々な意味で終わってしまうだろう。

 だけど交わす事、逃げる事に必死になる俺とは対照的にロンメルの表情がドンドンと笑みを深めて行く。


「ほう! これもかわすか……やるではないか。体を絞り軽さと技巧で相手を翻弄、出し抜き一撃は無く手数、または戦闘そのものを回避する術……それは我が分水嶺で選ばなかった道の一つである!!」

「…………う」

「力と一撃必倒に日々を捧げた我とは違う研鑚の残滓…………素晴らしいではないか!」


 自分とは違う道、自分とは違う思想、自分とは違う流派……そんなものに出会った時人は否定するか受け入れるかの二つが基本。

 特に武人ってヤツは“どっちが強いか”という単純思考が己を突き動かす厄介な人種が多い。

 ……にも拘らず行き付く結論だけはいつも同じなのだ。

 否定する為、自分の信じる道が最強であると証明したいから。

 強い事を受け入れ、更なる高みへ至る為に、またはぶつかり合いそのものを楽しむ為に。

 このマッチョ坊主は分かりやすく後者だ!!


「……修行が足りねぇぞクソ坊主、戦いを楽しむとか聖職者として」

「グハハハハ、よく言われる! こんな未熟者だからこそ四十路を超えて尚実働部隊のリーダーにもなれん!!」


 思わず皮肉を口にした俺に気を悪くした様子もないマッチョ坊主……くそ! 脳みそまで筋肉ってヤツか!?

 俺が速度を変えずに梁を飛び越えすり抜ける傍から、その梁をクッキーか何かのようにへし折り前進してくる……修理代は大丈夫なんだろうか?

 

 しかしそんな教会組織への苦情やらの心配よりも、俺は自分の抱えた爆弾のリミットがこのやり取りの間にも刻一刻と迫っているのを感じ……冷や汗が出始める。

 対峙して改めての結論だが、このマッチョ坊主ロンメルは絶対に戦ってはいけない相手である。

 体調が万全でも勝てないのに、今の状況では一撃掠っただけでも俺は終わる!!

 色々な意味で!!


『付き合ってられん!!』


 俺は走る先にあった屋根裏の光取り窓へと迷わず飛び込み、ガシャンって乾いた音が闇夜に響いて夜空へとダイブ……眼下に広がるファークス家の庭に兵の姿は見えず、相変わらずのザル警備。

 知ってはいたけどファークス家の雇われ兵士たちの練度は低く情報伝達も連携も何もかもが遅い……多分未だに陽動で反対側に仕掛けた一発の爆弾に翻弄されているんだろう。

 が……当たり前の事だったが、その程度の事で俺の追撃を諦めるワケも無く……。


ドゴオオオオオオオオ!!

「逃がさんぞおおハーフデッド殿!!」


 窓枠どころか壁すらも轟音を立てて突き破りロンメルの巨体も夜空へと躍り出る。

 その巨大な手は俺の腕に抱かれた小さいおくるみに伸ばされ……このオッサンも一応は赤ん坊の無事を第一に考えていた事に、何故かほんの少し安堵してしまう。

 が……“今はまだ”奪還されるわけには行かない!

 俺は右手を飛び出した方角とは逆、屋敷に建造された西側の見張り塔と向けてスレイヤ師匠から受け継いだ7つ道具『ロケットフック』を射出。


「な、なにい!?」

「悪いがアンタとの鬼ごっこはここまでだ!!」


 引っかけたと同時に俺は重力に逆らって屋根方向へと飛び、反対に伸ばした手が空を切ったロンメルは重力に逆らうことなく下へと落ちて行った。

 そして一度“ドン”と地面に何かが叩きつけられた音が聞こえた。

 ……だがあの化け物ならこのくらいの高さで落ちたとしても無事だろうな~と不吉な予想をした瞬間、下の方から予想通りに元気のいいマッチョ坊主の声が響き渡る。


「リリー殿! 賊は狙い通りに外に出た! 屋根に向かったぞ、西の見張り塔である!!」

「ったく、本来の予定は下に追い込むだったのに……」

「!?」


 ロンメルの怒号に反応した声は“上の方”から、正確には俺が引っかけた二つある見張り塔の反対側から聞こえた。

 それは赤い短い髪の少々幼く見える女性……シスターの格好をしてはいるが、それが魔導士リリーである事は確認するまでも無い。

 ただ俺は彼女が片目をつむって構える長大な杖にギョッとした。


狙撃杖スナイパーロッド!? シスターが!?」


 音だけで判断するしか無かったから漠然と“長めの魔力増幅杖”を持っている魔導士かと判断していたが、その予想は最悪な方向で外れていた。

 遠距離攻撃主体の魔導士は魔法で広範囲を攻撃する者が多い中、あの武器は急所への一撃必殺を主眼に置いた武具。

 長大で武骨な外観だが高い魔力と集中力で、どんな武具よりも命中精度にずば抜けたモノなのだが、見た目の派手さ豪華さが無く見た目を重視しなくてはならない王族や教会組織などではあまりお目にかかる事がない。

 おまけに常時魔力による防壁を使う魔物にも効果が低いからと冒険者からも敬遠されがちな武器なのだが…………いかんせん、索敵を主に戦うか逃げるかを判断する俺のような盗賊には天敵になる、実に暗殺に向いた武器。


 俺はロッドの照準からのぞき込むリリーと目が合ったのを確信した瞬間、歯を食いしばって必死に風船の限界を先送りする。

 普段ならちびりそうな殺気という比喩表現が、今日この場においては冗談になり得ない。

 ロケットフック屋根まで、見張り塔まで登り切った瞬間、俺は見張り塔の壁を横に蹴って方角を強引に変えた。

 そしてコンマ数秒前まで丁度俺が蹴った足があった外壁に、赤い一筋の閃光が穿たれた。


「!? ……チッ」

「冗談だろ!?」


 おそらく照準を下から上に修正する段階で一呼吸遅れたのだろう。

 だがたった一呼吸遅れたと言うだけで、針の穴の如き正確さで俺の足を狙ってきた腕前に色々な意味で冷や汗が止まらない。

 しっかりと紅い光は“見張り塔の向こうにまで走った”のだから。

 つまりレンガ造りの建物を貫通したって事で……。

 俺は照準がロックするより前に、反射的に数発の煙幕を破裂させ闇夜の中空に投げ出された自分の姿を隠す。


「あ!? ちょっと!? …………ああもう!!」


 その瞬間にリリーの口から漏れたのはやられた、と諦めたっぽいため息だった。

 ……思った通り、そして彼女たちが口外した通りに3人は名誉でも何でもなく純粋に赤子を守る為に行動している事を確信する。

 ロンメルもやろうと思えば出来た攻撃を極力行わなかったし、リリーも仕留めるだけなら煙幕の中にいる俺の魔力目掛けて狙撃杖を乱射すればいいけど巻き添えを恐れて避けた。

 実力者相手に立ち回れる理由が理由だけに、ど~も罪悪感を感じないでもないが……。

 

 ……が、そんな考え方は甘いと突きつけられる。


 俺は進路上屋敷の裏側に落ちたロンメル、見張り塔から狙撃するリリーを避ける為に結果的に屋敷の正面に……つまりは聖女エルシエルの指示によって集合していた兵士や当主バルロスらの集合する庭先に降り立つしかなくなった。


「ぬお!? あの者は!?」

「いたぞ! 賊だ!! 坊ちゃまを、バルログ様をお守りするのだ!!」

「野郎、待ちやがれ!!」


 降り立った瞬間に正面玄関からワラワラとあふれ出す当主や兵士の有象無象……。

 数日前から屋敷に侵入していた俺に全く気が付かなかった奴らだが、ここまで集まって来られるとさすがに目立つし邪魔……壁役くらいには普通になるだろう。

 こうなるともう、俺は“そっち”に向かうしかなくなる。

 そしてこの状況を作り出したのは、既に逃走経路の進路上でただ一人魔力増幅杖ではなく、魔力を武器として利用する為に使われる棍を手にする銀髪の聖女……。

 無表情かと思っていた彼女の瞳には明確な感情が浮かび上がっていた。


「予告状の通り満月の夜に行動を起こした意図も、そして予告状を都市全土にバラまいた意図も、そして予告状が示唆した『小さき魂』の意図も、私には存じ上げる事ではありません……私とて貴族界隈の闇深さは知らぬワケではありません。貴方のその切羽詰まった決意の表情の裏にはよほどの事情が存在するのでしょう……ですが!」


 それは単純に子供を守ろうとする純粋なる善意からの使命感。

 実に聖女に相応しい、預言書の血涙を流す濁り切った『聖魔女』とは似ても似つかない澄んだ瞳でおれを見据えていた。


「それでも……幼子を巻き込んで良い事情など我らが仕える精霊神の教義に覚えはありません!」


 聖女、回復や支援を主に活動する連中は一見後方待機に見られがちだがそれは全くの誤り、か弱く清楚な女性に癒されたいと言う大半の男たちの幻想の産物だ。

『酒盛り』時代のミリアさんもそうだったが聖職者の立場から刃は使用しないが、代わりに徒手空拳やメイスや棍などの打撃武器に精通する者が多くなる。

 そして昨日からの監察、少し見た立ち振る舞いと聞いた足音からの歩調で少なくともカチーナさんと同等か、それ以上の使い手である事は予想が出来た。

 そして……使えないファークス家の戦力を使い切りる為に一番頼りになる仲間を追い立てる役目を与えて、一番危険を伴うはずの最後の守りを自分が担当するであろう事も。

 

 正面から己の矜持を守り、盗賊である俺に正面から対峙して、悪人でしかない俺の行動すらも慮り正面から語ろうとすらしているまさに正統派の聖女……。


 そんな彼女の矜持、正義、思いやり…………。

 全ての善行に通じる行いを……。




 ………………まるっと最低な方法で無視した。




「悪いがこっちももう色々時間がない! 鍵開け頼むぜ聖女様!!」

「は……はああああああ!?」


 それまで表情を一切崩さなかった聖女の表情が驚愕の叫びと共に崩れ去る。

 俺があるモノを……屋敷中の人間が、自分達が救おうと取り返そうと躍起になっていた“おくるみに包んだ”小さい何かを脱出不能の牢獄として敷地内を覆う結界に向けて放り投げた瞬間に。


 結界、特に聖女が張り巡らせた広域結界は侵入脱出を拒む為に近寄る、結界に触れる者に対して魔力によりショックを与える性質がある。

 成人男性ならせいぜい気絶する程度で済むのだけど、万が一それが“生後数日の赤ん坊”であったとするならどんな事になるだろうか?


 多分聖女エルシエルは“ある事”を9割方疑っていたのだろう……。

 しかし残り1割、いや1パーセントの確率がある限り、彼女のような正しく優しい聖女には他に選択の余地はないだろう。

 彼女は一瞬躊躇いはしたものの、俺が投げた“小さい何か”が結界と衝突する前に地面に棍を突き立てて叫んだ。


「光域結界解除!!」

パキイイイイイイイイ…………


 乾いた音と共に屋敷全土を覆っていた結界が瞬時に消え去り、俺はそのまま速度を緩める事なく聖女の脇を走り抜けて、投げた小さいモノをキャッチする。


「おのれ! 卑怯な……」


 善人の清い心に付け込むやり口はハッキリ言って俺もあまりやりたい手段ではない。

 こっちをキッと睨みつける聖女エルシエルの瞳は怒りに燃えていて、その正当過ぎる瞳に対して俺は神様に教わった片手を眼前に立てる特殊な謝罪の返礼『片手拝み』をするしか無かった。


「………………いやマジすんません。今日ばかりはホント勘弁して! 巨大な波が既に岸壁にまで迫っていて…………」


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