第二十一話 エレメンタル教会の聖女

「王国軍のご厚意はありがたいのですが、我が家の防衛は我が家で行うのが本道。狼藉物を捕らえた後には必ずお引渡しいたしますので介入は不要である……それがご当主の御意見でございます」

「な!? しかしあの予告状の文面『小さき魂』など、今のファークス家にとっては明らかに……」

「カルロス様……それに旦那様から貴方に伝言がございます。『余計な手出しはするな』との事でございます」

「…………く」


 ファークス家に、そして王都全土にばらまかれた予告状は当然の如くザッカールのヒマ人たちの最先端のニュースとなった。

 そして渦中の屋敷であるファークス家の正面、門を挟んだままカルロスはファークス家の執事と押し問答していた。

 しかしどんなに説明しようと執事は表情を変える事無く「お引き取りを」と述べるだけに終始し……カルロス隊の面々は苛立ちを抱えたまま詰所へと戻る事を余儀なくされていた。


「ク……いくら何でも不用心すぎであろう。犯人の目的もハッキリしていないのに!」


 本来実家であるはずのファークス家の屋敷を尻目にカルロスは思わず舌打ちをする……そんな隊長の様子に随伴していた部下二人はオロオロしていた。

 王都中の話題となってしまった今回の件だが、詳細は不明でも犯罪の予告であるからには当然治安維持の為に王国軍も防衛を回す事になる。

 そして当然その家の内情に詳しい者が軍内部にいるならその者を防衛の要に置くのは当然であるのだが……ファークス家の防衛にカルロスが、そして王国軍が介入する事をファークス家当主バルロスは拒否したのだ。


「元々軍役が希薄なお飾り貴族であったからな……自分の存在をアピールできるチャンスとでも思っているようだが……」


 それは国軍の援護がなくとも家を守れるという貴族的なプライドの他に、次期当主候補だったカルロスがいなくとも、ファークス家は問題なく繁栄できるというアピールでもあった。

 そう言う事もあってバルロス侯爵はむしろ今回の予告上騒ぎを好機として利用しようと言う皮算用が透けて見えていて……カルロスとしてはその認識の甘さが心から不安だった。


「しかしカルロス隊長、そこまでご心配なさらずともファークス家の防備は問題なく思えましたが?」

「そうですよ。元々隊長の御実家の防衛体制は番兵も含め練度もあり同級の貴族の中でも高いものでしたが、今回は教会から派遣された聖女による結界魔法陣すら展開されているのですから……さすがに予告通りに侵入するなどは……」

「確かに……そうだが」


 現在ファークス家にはドーム状に薄い膜のようなものが覆っている。

 それは予告状が届いてからすぐになされた侵入防止の対策、普段から教会組織にせっせと献金していたバルロスが早々に手をまわした事で実現した防護結界。

 展開している限り術者の許可なく侵入は出来ないエレメンタル教会お得意の“聖なる魔法”の賜物であった。


「ザッカールのエレメンタル教会最高の聖女エリシエル様でしたっけ? よく要請を受けていただけましたね」

「聖女様にご足労頂く為に、エレメンタル教会に今回も相当な献金をらしいからな……そのくらいは侯爵も危機感があるのか? そのくらい予告状に示された『小さき魂』が息子の、新生児である長男バルログの命であると危機感を抱いているなら、最大限使える者は使って欲しいモノなのだが……それも含めて貴族のプライドか……」


 合理性……軍でも冒険者でも戦闘の矢面に立つことの多いカルロス=カチーナとしては結果が全てとしか思えず、思わず『くだらない』と考えてしまった時、やはり自分にはそう言う生き方が向いていないのだろう……と苦笑してしまう。


「でもドラゴンのブレスすら弾き返すと噂の防護結界が常時張られていては……さすがに侵入は不可能でしょう? あの予告状を送った犯人は何を考えているのやら」

「確かに……ワザワザこんな防衛対策をされるのに前もって知らせるとか……ただの愉快犯って事は無いんですかね?」

「その可能性もあるだろうが…………いや、そうであれば良いのだが」


 部下二人が楽観的な事を言い始めるが、カルロスはむしろ眉を顰めて唸り始める。


「……件の予告状がファークス家に届けられたのがファークス家の郵便受けだの、門に挟まっていただのだったらまだしも……発見されたのは屋敷の奥にある書斎である事はしっているか?」

「書斎? それが何か……」

「常日頃から歩哨も立っていて、屋敷内部には魔導具による侵入者対策も施されているファークス家の書斎に、鍵開けの痕跡も魔道具の解呪の跡もなかったそうだ。全て正常に動作する状況で予告状はいつの間にか書斎の机に置かれていたらしい」

「「え!?」」

「お前らに出来るか? 護衛の目を掻い潜り魔導具の罠を解除せずすり抜け侵入、そして痕跡も残さずに脱出するなど…………少なくとも私には無理だぞ?」


 ゴクリ……自分たちの隊長がこの手の冗談を言わない事を良く知る部下の二人は“そんなバカな”と言わんばかりの顔で息を飲む。

 

「ドラゴンのブレスも弾く、アリ一匹通さない結界に守られている。あんなものを破れるとしたら伝説の勇者様かSS級の冒険者か、人知を超える化け物でしかないが…………外れて欲しい類の嫌な予感が拭えんのだよ」


                 *


 二階の寝室、先日より嫡男誕生に喜びに満ちていたその場所の窓から引き返していく王国軍、『自分の実子』の部隊を当主バルロスはニヤニヤと見下ろしていた。

 そうしていると寝室にノックが響き、一人の質素な出で立ちの女性が入室して来た。

 長い水色の髪に黒を基調にした質素な出で立ちは神に仕える者にふさわしく清楚であり、その顔立ちは『聖女』と称しても何も不足なく思える。


「失礼いたします、バルロス候爵……今しがた王国軍からご子息がお帰りになったとお聞きしました。早速我々といたしましては防衛の相談を行いたく……」


 そしてその対応は目的の為に共同戦線を計ろうとする現実的な思考……侵入不可能な防護結界に覆われているのに油断もしていないその姿勢は紛れもなくプロのモノ。

 しかしそんなプロの姿勢を読む事の出来ないド素人は鼻で笑う。


「これはこれは聖女エリシエル様……確かに王国軍を名乗るカルロスなる者は先ほど訪問しましたが……丁重にお帰り頂きましたので」

「…………どういう事でしょう? 私どもとしては今回の防衛任務、学生時代からも優秀で王国軍入隊後にも活躍の目覚ましいご嫡男カルロス殿と共同で行うものと考えておりましたが?」


 淡々と冷静に、単なる事実確認をするエリシエルの言葉の中に自然とカルロスへの評価が混じった瞬間、バルロスは露骨に顔を歪める。


「これは異な事を……我がファークス家の防衛は元より完璧。そして今回に至ってはエレメンタル教会きっての聖女エリシエル様の防護結界もあるのです。まさか侵入されない自信がないとは申しませんでしょう?」

「…………なるほど、そう言う事ですか」


 含みを持たせた言い回しに聖女エリシエルは眉一つ動かさず、侯爵がこの事件をファークス家主導の元解決した事実を欲している事を悟ったようだ。

 そして同時に今現在、まだ次期当主と目されているカルロスが現当主に露骨に疎まれているであろう事も。


「バルロス侯……思い違いをなさらないで頂きたいのですが、我がエレメンタル教会はファークス家の為に私を派遣したワケではございません。あくまで未来ある若者を守る目的で聖女たる私を派遣したのです」

「……無論分かっております。私とて我が子可愛さに教会へ多額のお布施を追加してしまった愚かな父親なのですからな」

 

                  ・ 

                  ・

                  ・


「クソ、忌々しい……。どんな綺麗事を並べ立てても所詮貴様とて金で雇われた事実は変わらんだろうが! 何が聖女か鉄仮面女め!!」


 そんなやり取りの後、エリシエルが寝室から出て行くとバルロスは露骨に憎らし気な表情となり苛立ちを吐き出す。

 しかしそんな亭主の姿を目の当たりにして侯爵夫人はベッドでスヤスヤと眠る我が子を前に、オロオロと露骨に不安な様子であった。


「し、しかし旦那様……こういった事態に人員、戦力は多い方が良いのではないのですか? 賊の狙いがこの子なのだとするなら、忌々しいあの者でも使うべきなのでは?」


 それは母親としてカワイイ我が子を守りたいという当然の発想。

 いささか高慢でカルロスに対して見下す心根は伺えるが、我が子の為に己の好みやプライドを後回しに出来る辺り……個人的には少し好感が持てる。


「ふん、分かっとらんな……今回の予告状騒ぎはファークス家にとって名を上げるチャンスではあるが、同時にあの者にとっても次期当主に返り咲く好機でもあるのだぞ? こんな時期に分かりやすい手柄をあの者が上げて見ろ……長年ファークス家を謀っていたという話が英雄譚に塗り替えられてしまうではないか!」


 しかしバルロスはそんな当たり前の心配を一笑に付す。

 本人カルロスが欠片も興味のない次期当主の座に固執しているのだと思い込んで。

 実際バルロスは王国軍の任務として訪れたカルロスを眺め……ほくそ笑んでいた。

 優秀で高潔、次期当主の座など毛ほども未練無しと先日振り返りもしなかったカルロスに言いようのない苛立ち、敗北感を味わっていたのだ。

 なのに好機と見て現れたカルロスに『やはり貴様も自分と同じなのだ』と勝手に喜んでいたのだ。


 ……どこまで小物なんだかこのクソジジイ。


 まあ今更コイツの事はどうでも良いか……。

 問題なのは予期せずにこんな場面で探していた人物を目撃する事になるとは思わなかった事だ。

 聖魔女エリシエル、常にこの世の全てを憎む瞳からは常に血の涙が流れている光の魔術を邪神の為に振るう堕落した聖職者…………と預言書では伝えられていた敵にとっては最悪の支援魔法の名手。

 さっきの反応を見るに怒りの双眸どころか表情自体が乏しい気もするけど、預言書のようになる以前の今でも彼女は相当な使い手である事はあからさまに分かる。

 昨日から常時展開された光の防護結界は流石の一言、一度展開されてしまえば少なくとも俺には解く事も破る事も不可能なくらい強固な結界だ。

 結界を展開した本人を倒すという手も無くも無いが、結界の中にいる限り外から手を出す事も出来ないし、そもそもあの聖女様……ただもんじゃねぇ。

 気配を感じているワケじゃ無いだろうが、己の結界の致命的な弱点もしっかり分かっていて侯爵あのバカとは違って油断なく防衛策を講じようとしていた。

 バカのお陰でその予定が崩れて俺としては助かったが……。


 強力な防護結界の弱点……それは最初から中にいる場合はどうしようもないという事。

 数日前に手紙を書斎の机に置いてからずっとファークス家内部に留まって気配を消していた俺は、そんな感じで意図せずに結界内部に留まる事に成功していた。

 ……また出入りが面倒と決行日まで留まっていただけなのに、今回に限っては不幸中の幸いだった。


『さて……決行は今夜。それまでしばらく英気を養っとくかな……』


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