第二十話 怪盗ハーフデッドの挑戦状
「うえ? それじゃあカロッさんは王都から離れるんっスか?」
「近いうちにな……元々そういう約束であったし」
すっかり日も落ちた下町の歓楽街……ファークス家の屋敷から脱出した俺は早速カチーナさんを探そうと思っていたのに、むしろその辺に通りがかった辺りで向こうから声を掛けられたのだった。
どうやら俺の事を探していたらしく“さっきは断ったけど、これから一杯やらないか?”と誘われたのだ。
そしていつもの飲み屋で駆け付け一杯流し込んだところで聞かされたのは彼(彼女?)がファークス家当主の座を降ろされた顛末と今後の予定。
あまりに気負いなくアッサリと言われた事でむしろ俺の方が動揺してしまう。
「元々私は分家の養子でね……本家に嫡男が生まれれば退場する予定だったのさ。そして当主でもない輩が本家にいつまでもいるのは好ましくない」
という筋書きが当初からあったのだろう。
だからと言って納得できるもんでもないが……友人として。
「はあ!? でも今までお家の為に頑張っていたアンタがワザワザ転属願いまでして辺境の軍に移るってのかよ?」
淡々と、むしろ肩の荷が下りたように穏やかにジョッキを傾けるカルロスさんであったが、むしろ俺の方が不機嫌マックスでヒートアップしてしまう。
あの連中はどこまでこの人をないがしろにすれば気が済むのか……苛立ち紛れにジョッキを空にする俺をカルロスさんはクスリと笑ってみていた。
「長年あの家にいても絆なんて欠片も見いだせなかったのに、ほんの数か月の付き合いでそうやって私の代わりに怒ってくれる友人がいるだけで私は満足だよ」
「う……」
そんな風に言われてしまうとそれ以上の文句は言いにくい。
当主の座を追われた事に不満も無いと言うならこれ以上は無粋だろう。
喩え本当はどんな結果が待っているのか知っていても、今この場で彼の酒をマズくする事はない。
「転属先の辺境は堅苦しいお貴族様はいない……そう考えれば王都での生活よりも自由かもしれんからな」
「いっそ軍を辞して冒険者でもなるッスか? カチーナさんと一緒に」
俺の唐突な提案に一瞬キョトンとした彼だったが、少しだけ考える素振りをするとニカっと笑って見せた。
「それもアリだな~。常々妹の生き方は羨ましいと思っていたから……」
妹の生き方……つまりは俺とパーティーを始めたここ一カ月の出来事。
それはその時間が理想的であると本人が断言したような物……。
未だに同一人物である事を俺が知っているとは思っていないからこその言葉だろうけど、それは非常にむず痒く、そして誇らしい気持ちにさせてくれる。
「かと言って……私も一応は国に剣を捧げた身。辺境に行こうと国を守る為、民の生活を守る為にも簡単に責を逃れるワケにはいかんからな……私が君と気軽に会えるのはあと少しとなりそうだ……」
「騎士道ってヤツに殉じるってか? 不便なもんッスね~貴族も軍属も」
「ハハハ、そう言うな。転属になればもう会う事も無いだろうが……精々妹の事をこき使ってやってくれ。戦闘力は元より冒険者としてもまだまだ未熟ではあるが、アイツにとって今の居場所はそこにあるようだからな……」
「あ~~~そっすか……」
無意識なんだろうか? 無意識なんだろうな~~~~。
俺がその二人が同一人物だと知らないからこそ言える言葉なんだろうけどさ……。
それはつまりこの人は俺と冒険者をしている今が大事で、そこが居場所であると高々一月の付き合いで思っているというのだ。
むず痒いし誇らしいが……同時に哀れでもある。
俺のような放っておけば悪党に堕ちるしかなかったヤツがたった一ヶ月で築けた絆や情をカチーナさんは今まで築けなかったという事なのだから……。
いや……もしも俺が妙な横やりを入れなければ違ったかもしれない。
このまま俺が何もしなければ『カルロス』という虚像の清算にかかるつもりだ。
おそらく彼女が事前に聞かされている計画は辺境転属になったカルロスは任務中に不慮の事故に遭い生死不明で行方不明になるのだろう。
そして偽りの人物像を捨て去りただの『カチーナ』として、冒険者として俺とパーティーを続けたい……そう言っているのだ。
「まあそんな顔をするなギラル君! ファークス家の連中とて、当主を降りて辺境に向かう私などに興味は無かろう。これまで以上に自由に振舞える事を思えば私にとっては栄転でしかない。お堅い本家もそのくらいは認めてくれるだろうさ!」
豪快に笑いジョッキを傾ける騎士の姿に、俺は顔が歪まないように必死だった。
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それからしばらく俺たちは杯をかわし、これからやりたい事などを話していた。
「だあからね? おーとから離れたとこのほうがカワイイ店おおいのさあ~。今度はそっちに行こうよ~」
「ハイハイ、そのうち妹ちゃんと行ってくるから」
「うんそう! いもうとちゃんとな~!」
酔いも手伝ってかカルロスの姿なのに『冒険者カチーナ』としての話もちょこちょこ混じっていたけど、余り本人が気にした様子も無いから俺もスルーして付き合った。
そして店を出るころにはすっかり出来上がったカルロスは軍の寄宿舎へと千鳥足で帰って行く……。
その姿は長年の苦労を無駄にされた喪失より、これからの希望に胸を躍らせているようにも見えて……あんなに何杯も付き合ったと言うのに、全く酔えた気がしなかった。
そのくらいは認めてくれるだろう……ファークス家から、そして父からの愛情も絆もとっくに諦めているカチーナさんであるのに、まだ微かに貴族の良識くらいは残っていると信じていたのだろうか?
…………残念だがあのクソ共にはそんな最低限すら存在しない。
20年近くもファークス家の名を守って来た彼女が地位も名誉も求めず誕生した次期当主の為に辺境に下る。
王侯貴族にとっては命を差し出せと言われ黙って従うのと同じくらいのあり得ない忠義。
その代償はただ自分を自由にして欲しい、放っておいて欲しいという無欲な事。
良識のある貴族であれば、そんなのただ認めるだけだ。
本人の望みを聞くだけで金もかからず恨みも買わない、不安なら今後ファークス家に関わらない契約でもすればいい。
なのに……そんなか細い望みですら叶う事は無い。
いや、それどころか悪意ある利己的な貴族だったら亡き者にして終わりだ。
あと腐れも憂いも無く邪魔ものを始末で来たと切り捨てるのみ……何度考えても、何度思い返してもあのクソ共が口にしていた感覚は到底理解できない。
『人間環境に甘えて余裕があると余計な事しか考えないもんだ。自分の事しか考えず、食えて遊べて生きているのが当然って思い上がると暇つぶしにイラン事しかしなくなる』
それは神様が言っていた言葉だ。
人間の心理みたいに言っていたのに、まるで神様はそれが自嘲のようにも聞こえて何となく印象に残っていたのだ。
……俺にはその言葉の意味が今でも分からない。
あの日村ごと全てを失い、その後運よく拾って貰ってからも食う為生きる為に精一杯に盗賊として、冒険者として必死だった俺には生きている事が当たり前だという感覚が理解できない。
生きる為に他者を貶める、生き残るために人を殺す、俺が理解できるのはそこまで……娯楽の為にワザワザ生かして苦痛と絶望の顔が見たいなど……どれほどあのクソ共は暇なのだろうか?
「親を殺されて不幸になった俺が、親のせいで地獄に堕ちる人の為に動く……か。一体何の皮肉だこれ?」
もう断言できる……俺の仲間の女性剣士カチーナは騎士道を胸に国と民の為に命を懸けて剣を振るえる良いヤツだ。
本当は可愛いモノに目が無く女性らしい服装なんかにも興味津々なのに、自分を蔑む家の為に男装を強要されていたにも関わらず、恨む事も嘆く事もせずに文武両道に長兄役を全うしたどうしようもないお人よしだ。
あんな人だ……死線を共に潜り抜けた仲間も、親しい付き合いの市民も多かったはず。
自分を犠牲に出来る高潔な人だ……喩え酷い裏切り行為でも自分の行いを悔いる仕草や迷いの瞳を浮かべる人でもいれば預言書のカチーナは存在しなかったはずだ。
なのに預言書では聖騎士カチーナは誕生する。
すべての絆に通じる情の全てを否定し壊すための、最悪の外道として……。
そんな彼女が外道聖騎士にまで堕とす事が出来た
カチーナに一かけらの希望すら持たせず、彼女がよりどころにする全ての事をまるでハイエナの如く嗅ぎ付け食い荒らさない限り……あの人が完全に堕ちるとは思えない。
ある意味で外道聖騎士カチーナと侯爵バルロスの目的は同じ……それは人との繋がり、絆を壊す事。
だけどカチーナの理由は『人間同士の絆など我が神の世界では不要!』と絆の全てに絶望し否定していたのに対して、侯爵バルロスの理由はマリーナさんの日記によれば……。
「持っている人に対する嫉妬……ってか? お友達がいないヤツがお友達のいる娘に嫉妬とか……どんなお子様だよ」
まさに危機感のないお子様が余計な事を考えた結果だ……俺は意識せずに自分が溜息を吐いている事に気が付く。
……こんないい歳した皮を被ったクソガキのせいで近いうちにカチーナさんは犯罪者として告発されるのだ。
ただ自由にしてやれば、それだけで終わった事なのに余計な事をしたせいでこの国は、この世界は邪神に侵略されるという最悪な未来に向かうというのに。
『バカは大切なモンを失わないと大切だった事に気が付けねぇ。自分が何にもできない只のクソだった事に気付きもしねぇ……。全部終わった後に後悔しても遅えんだよ……』
また不意に神様が呟いた言葉が蘇る。
後悔……そう、それは教えて貰った言葉の中でも凄く嫌な言葉だった。
後になってから自分のやって来た事が間違っていた事を悔やむ……俺はそんなの嫌だし、もちろんカチーナにもさせたくない。
でも……。
「あのクソどもには心から後悔させたいと思うのは……仕方ないよな、神様よ」
*
翌日……ザッカール王国侯爵、ファークス家に不審な手紙が届けられた。
それはファークス家だけでなくザッカール王都中に、それこそ貴族連中のみならず市民にすら知られるくらい大々的に……。
『前略、世の太平を享受する華麗なる一族たるファークス家のお歴々にヒマつぶしの余興を提供したいと存じます。
月光が最高に夜を照らす日、ファークス家にとって非常に価値ある『小さき魂』を頂きに参上仕ります。
そちらも万全の準備で舞踏会の支度をよろしくお願いいたします。
怪盗 ハーフ・デッド』
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