第十八話 誕生日を祝えない時
「おっかなかったな……」
たった数分間の邂逅だってのに目の前からホロウさんがいなくなった途端に冷や汗がドッと噴き出して来る。
気配のまるでない、表情の無い笑顔を浮かべる司書はまるで幽霊と話しているような……むしろ幽霊の方が存在を主張しているかのような得体の知れなさがあった。
喩え預言書で『聖尚書ホロウ』の事を知らなかったとしても、強者である事だけは確実だった。
「やってくれたのは親切にお勧めの本を教えてくれただけだがな……」
選別してくれた数冊の本はこの国『ザッカール』の建国からの出来事を記した所謂歴史書とエレメンタル教会が奉る『精霊神』の教えを簡潔にまとめた聖書の類だった。
俺はさっそく閲覧室にこれらの書物を持ち込み空いた席に腰を下ろした。
周囲からの視線……貴族や魔術師などいかにも“らしい”連中があからさまに俺に『お前のような学の無い人間が何をしに来た』的な視線を寄越す。
そんな連中の反応にむしろ俺は安心する。
それこそがこの国の上の連中の正しい姿勢、俗な考え方なのだから……。
普通に書物を進めるホロウさんも、俺と一緒に冒険者紛いの事をしているカチーナさんも爵位持ちの貴族にしては……考えれば異端の部類に当たるよな。
「…………まあいいか……今日はこの本を読破しないと」
何気に今、俺は凄く重要な事に思い至りそうになった気もしたが……それが何かという事には至る事は出来なかった。
この違和感が今後重要なキーになるとはこの時点では思いもしなかったから。
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『まもなく閉館時間になります。閲覧した本は所定の場所へと返却し、利用者の方々は速やかに退館するようお願いします』
「……おっと!? もうそんな時間か」
数冊の本に没頭していて、気が付くと外は既に日が落ちている。
……まあその甲斐もあってホロウさんお勧めの歴史書と聖書は大体読み切る事は出来たがな。
暗号の解読と速読は盗賊にとって必須のスキル……ダンジョンなどに残された石碑など持ち帰れない物を戦闘中に読み込んで覚えなくてはいけない事態何かザラにあるからな。
変に細かい文字や知らない言語などで無い限り、このくらいの本だったら一日あれば造作もない。
ただ読み込み考察するのは後回しになるのだがな。
俺は受付の返却コーナーに本を置き、会えるのならホロウさんに挨拶~と思っていたのだが、残念だが退館までに再び会う事は無かった。
俺に見えていないという可能性は否定できないが……。
大図書館を出ると辺りはスッカリと暗くなり、飲み屋からは仕事終わりの野郎どもの喧騒が聞えてくる。
それはいつもと変わらない、冒険者パーティー『酒盛り』の頃から変わらない日常で、そんな中をゆっくりと歩いていると頭の中がニュートラルになって色々と考えやすくなる。
頭を通常に戻せる日常の時間を持て……これは一番熱くなりやすい戦士のオッサンの教えだった。
騒がしい何時もの風景の中を歩きつつ、俺は今日大図書館で仕入れた情報を整理する事にした。
王都ザッカールは今から大体千年前に建国された王国で、当時この地を支配していた邪悪な魔物を排除、討伐して精霊神の慈悲により大地を浄化する事で初代ザッカール王が『精霊神』に認められた4人の英雄たちと起こした……と言うのが歴史書に書かれている、この国の常識らしい。
そして聖書の方はこの当たりに若干の伝説が含まれていた。
『その昔、世界を混沌の闇へと沈める邪神がこの地を支配し、魔族や魔獣を配下に人間を蹂躙し始めた。しかしその理不尽な暴力に立ち向かったのは四大精霊に認められた戦士たち……四人の英雄たちは巨大な邪神へと立ち向かい、命がけで邪神を地の底へと封じる。邪神が封じられ大地に平和が訪れ世界が救われた事に感謝した精霊たちは人間の世界に祝福を与えた』
精霊の祝福と言うのは多分魔力の事……目に見えて分かりやすい火・水・風・地辺りの属性魔法になぞらえているのだろう。
要約するとどっちの出だしも悪を滅ぼして今の平和が生まれた。
だからこそ精霊神の教えを守れ、王国の意向には従え……と言う風になる感じだった。
……つまりこれこそがガキでも知っているこの国の常識。
自分達は正義の行いをした者たちの子孫であるという矜持を持つ事で自分たちを正義の側として見ている。
だけど……
「それって……元々住んでいた人たち追い出して国建てたって事だよな?」
俺の率直な感想はそれに尽きた。
ガキの頃神様に教えて貰った学問の中で歴史だけはどうしても頭に入ってこなかった。
何故ならそれは神々の世界の話であって俺たちの世界では全く知らない地名やら人名だったから……俺の様子に神様も途中で方針を変更してくれたワケだが……。
だが唯一頭に残っている嫌な教えがある。
それは『勝者が作るのが歴史』だと言う事実。
幾ら崇高な志があっても、正義の使者として悪に立ち向かったとしても……勝って生き残った方が自分に都合よく残すのが歴史であると言うのだ。
それは俺にとっては本当に嫌だけど、嫌だけど決してないがしろには出来ない事。
もしも俺が生き残っていなければ、生き残って『酒盛り』に拾われていなければ、俺の故郷トネリコは盗賊に滅ぼされた悲劇の村ではなく、盗賊が潜んでいた廃村として人々の耳に知れ渡っていただろう。
そう考えると、俺はどうしても歴史書や聖書をそのままの文体で捕らえる事が出来ない。
しかし俺は預言書を見たから知っている。
『邪神』と呼ばれる存在が後の世では登場しているという事を。
「このまま聖書の邪神を預言書の邪神と同一の存在として見ても良いのか? というかそもそも預言書の四魔将は何で邪神を復活させようとしたのか……む~~」
世界を混沌へと沈める邪神……というけど、預言書で見た四魔将はそれぞれが『聖』とう正しい側であると主張していた。
やり方は完全に間違っていたけど…………あれ?
「……そう言えば邪神を封じだのが四人の英雄で、復活させるのも四魔将……? 4人ってのが何が重要な事が?」
「よう、どうした難しい顔をして歩いてからに……」
俺が妙な共通点に思いを馳せていると、不意に背後から良く知っている昨日も一緒だったのに“その声”を聴くのは久しぶりであるというややこしい状態の人物から声が掛かった。
振り向きざま反射的にいつもの名前を口に出しそうになり、俺は慌てて違う名前に言い直す。
「お、おお……カロっさん、結構久々だね」
「久々? そうか? 確か昨日も……… !? ……………いや久しぶりだな! そうそう、一月前に飲んで以来かな!?」
そして自爆しかけて慌てて言い直すカルロス分隊長殿。
隠す側が迂闊に口を滑らせないで欲しいもんだ……反応に困る。
今日は別件があるとは言っていたけど、
「本日も宮仕えお疲れさん。どうだい? これから一緒に一杯……」
「お、いいね……と言いたいところだが、今日はまだ用事があってね」
「……何だ、まだ仕事中か?」
「いや、仕事じゃないんだが……」
その時俺は本当に軽い気持ちで友人を誘ったつもりだったし、向こうも別に意識したワケではない、流れで話した日常会話だった。
なのに、俺はカルロスが口にした内容に背筋を冷たい何かが走るような感覚を覚えた。
「実は今日、我がファークス家に新たな家族が生まれたのだ。ハハハ、この年で私に弟が出来たのだよ」
ファークス家の慶事に一見喜んでいるようなカルロスであるが、ファークス家の内情を知ってしまった俺にはその顔は喜んで良いのか分からない複雑な色が伺えた。
弟……つまりはファークス家に待望の男子が、正真正銘の『長男』が生まれたと言う事になる。
男子が生まれないからと男として生きる事を強要されたカルロス=カチーナにとって、その事実がどういう事になるのか……。
「それは……おめでとう…………随分年の離れたお兄ちゃんだな~」
「お父さんと言われないように教え込む必要があるがな……」
カチーナの母が残した日記の内容を思い出しつつ、俺は一人心の中でより一層の警戒を強める。
おそらくここから始まるのだ……預言書で綴られた、誰もが憎悪を向け、誰もが死を望み、誰もが自業自得の最後を迎えたその時に『ざまぁ』と後ろ指を指した最低最悪の聖騎士へ至る道が……。
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