第十七話 どっちも知っていても初対面である不思議

 預言書で見た聖尚書ホロウは感情的に全ての者を傷つける聖騎士カチーナとは対極な、情報と知識を冷徹に利用し、敵も味方も自らの命ですらも駒として考え全てを戦果にする冷血な軍師としてのイメージが大きかった。

 しかし、今現在本人と対峙しているとハッキリとわかる事がある。 

 それは今戦闘になったら間違いなく勝てないという無慈悲なる事実。

 努力や根性で埋められる類ではない圧倒的な実力と経験の差……スレイヤ師匠が常に口にしていた『油断はするモノじゃない、させるもの』という教訓も絶対に当てにならない。

 目の前にいるのに、見ているのにいる気がしない……感情の動きどころじゃない、魔力も気配も何の動きもしない者が油断するシュチュエーションが浮かばん。

 戦うどころか逃亡の選択肢すら選べない……向こうの気まぐれで自分の命が終わる。

 それくらいの緊張感が全身に走る。

 当の本人は至って気負う様子もなく普通に話しかけてくるのだが。


「そんなに警戒しないで下さい。私はホロウ……この大図書館で司書をさせていただいております所謂宮仕えの一人です。最年少で鬼殺しを果した冒険者ギルド期待のルーキーを一方的に知っていただけの事ですから、他意はございません」


 ……と言ってはいるものの、俺の心情としては“ほんとかよ?”である。

 司書と言う職業が嘘かどうかは分からないけど、少なくとも堅気であると主張するには無理がある。

 預言書で見たホロウの立ち振る舞いを考えれば城勤めの文官とかを想像していたのだが、こういった雰囲気はむしろ『盗賊おれたち』に近い職種に共通する気が……。

 考えてみれば俺は預言書でホロウ本人が戦う場面を見た事が無かった。

 雰囲気的に魔術師っぽく思っていたのに……。


「いえ、すみませんっス。貴方のような方に知っていただけているとは……光栄です」


 明言はしないものの“警戒してますよ”という風に俺は言葉に最大限の賛辞と“恐怖”を込めた言葉を返した。

 そうすると不意に瞳に興味の色が浮かんだかと思うと、まるで今現れたかのように目の前にいるはずのホロウ氏から人の気配がし始める。

 どうやら気配を殺す何らかの技を止めたのだろうが、俺がその辺に気が付いている事に向こうも気が付いているようで……ますます興味深そうに笑う。


「冒険者の……特に若者に多いのが武力を尊び知識をないがしろにする事ですが、貴方のように知識を大事にし、取り入れようとする方は珍しいですからね。我々のような本好きな者からすれば大変好ましいと以前から注目はされていたのですよ?」

「へえ……それは……」


 それは知らなかった。

 大図書館は許可さえ取れれば誰でも閲覧出来るようになっていて、意欲のある者だったらそれを元に独学で学習する事だって出来る。

 俺は冒険者として『酒盛り』で会計やら何やらをする傍ら、オッちゃんや師匠たちに文字や魔術の定義など基礎的な事を教えてもらい、それから王都に戻った際に時間の許す時にはよくここに訪れていた。

 しかしこの国自体の識字率と言うものは相当に低く、大図書館を利用するどころか本を読める事すら稀な者が多い。

 最も肝心な事は知識に付いての必要性をほとんどの人たちが理解していない事にある。


 知ろうとする事を知らないのだ。


 俺はガキの頃に『神様』に教えて貰ったお陰でその事が理解できて、知っていたからこそ命を長らえた事なんて今まで何度もあった。

 例えば旅路で『この先魔物大量発生、通行禁止』という立札があったとしても読む事が出来なければ危険を避ける事は出来ない。

 知れば知るほどに『知っておくべき危険』は覚えて置かないと怖い……俺個人としてはそんな臆病で現実的な認識でここに通っていただけなのに……まさか勤勉な冒険者と思われていたとは。


「ここ最近は王都にいらっしゃるのにおいでにならないと噂されてはおりましたが?」


 ホロウ氏の俺の動向を知っているという言葉が気になるが……今はスルーしておく。

 今までに自分の行動を鑑みれば“こういう輩の接触”が無かった方が不自然だろう。

 むしろ今まで放置していてくれたとみるべきだろうな。


「最近長年一緒だったパーティーが解散しましてね……それから新たな仲間と二人で再出発したところで忙しかったんですよ」

「おや、それはそれは……」


 多分知っているだろうに、まるで今初めて聞いた……という感じのリアクションをする。

 一体どこに向けてのアピールなのかは分からないが、警戒しているこっちからすると白々しいようにも思えてしまう。

 一体現在の彼は何者で、何のために接触をして来たのか……。


「それで、本日はどのようなご用向きですか? 宜しければご案内いたしますが……各地の情勢や魔物や植物の分布、最新の物流から他国の情報などもいつも通り揃っておりますが?」

「……そりゃありがたいですね」


 冒険者である俺がいつも真っ先に気にする情報をサラリと提供してくるあたりに不気味さを感じるが、今は気にしない事にする。

 俺はもうこの際だからと頭を切り替えて『司書』としての彼に本日の目的の本を教えてもらう事にした。


「この国ザッカール建国の歴史やエレメンタル聖堂教会に属する教義とか……この国に属する人には常識的に知っているハズの知識を記した本があれば……」

「ほう……」

「恥ずかしい話ですが、俺は専門に学習する事が無くてほとんど独学でして……学習法も情報収集も偏っていたのに最近気が付いたんっス。変な話歴史も教義も自分に関係のありそうな事を継ぎ接ぎにしか理解して無くて……」

「それはつまり……知っていて当然の知識や情報を先に知らなかったと?」


 何か驚かれた気がするが……その通りなので否定する事も無い。

 田舎育ちからの浮浪児、それから冒険者という道筋だったからか、それとも途中で神様に『カガク』という学問を教えて貰ったせいなのか……宗教や魔術に関しては特に変な先入観を持ってしまう悪癖があるのだ。


「必要だと思っていた情報や知識ばかり注目していて、常識的な事をないがしろにしていたら、結局必要な情報も手に入らないみたいで……」

「……ふむ、道理ですね」


 ホロウ氏は納得したように頷くと眼前に淡く輝く魔法陣を展開した。

 それは攻撃とか物々しく複雑な造形ではなく丸と三角を組み合わせた、しかし単純ながらも美しいもので……中央部に3~4行の文字が浮かび上がる。

 そして魔法陣から数本の光が伸びたと思うと、次の瞬間にはホロウ氏の手元に数冊の本が乗せられていた。

 大図書館限定の検索の魔法……初めて目にしたが、これは便利だな!


「ではこの辺が宜しいかと……。作者によっては教義に対しての主観が強く分かりにくいモノも多いですし、歴史も同じ……こうあって欲しいという私信が介入すると誤った知識になりかねません……これらなら簡潔であり余りクセも強くないかと」

「おお、それはありがたい」


 今までの調査でもこういった本などの資料に筆者の主観が入って本質がぼやかされる事は多かった。

 特に筆者が記す対象を嫌いな場合、どんな善行を行っていても悪行かのようにこき下ろす事はザラ……特にこの国では亜人や他の信仰についての差別的思想が多い。

 その辺を考慮した書物を進めてくれるのは非常にありがたい事……俺はさっきまでの恐怖を忘れて素直に礼を言う。


「ありがとうございます。いや~そんなピンポイントに勧めていただけるとは……今日は正直書物を選別する事で終わる覚悟もしていたくらいなのに」

「……訪れた人々に相応しい書物をお勧めするのは司書として当然の技能なのです。私は貴方に相応しいと判断した書物を託しただけです」


 そんな事を言うホロウ氏……いやホロウさんは穏やかな笑みを浮かべていた。

 今度こそ本当に、恐怖も裏も無さそうな自然な笑顔で。


               *


『思ったよりも面白い若者ですね』


 選び取った書物を恐る恐る受け取り閲覧室へと去っていく冒険者の少年、盗賊のギラルを眺めつつ……司書と名乗った調査兵団団長ホロウは率直にそんな事を思った。

 実は図書館は表に出して良い情報を開示する場、調査兵団の表の顔であり……国立図書館に努める職員は全て調査兵団所属なのだった。

 ホロウは本日たまたま別件の仕事が無く大図書館に戻っていて、偶然件の冒険者を見かけたから声をかけたのだった。

 調査兵団団長としてホロウはギラルの事を良く知っていたのだが、直接顔を合わせた事は一度も無く……普段感情の起伏が皆無なホロウは珍しく楽し気に色々試していた。


 まずは顔合わせ……単純に目の前に現れてから声をかけただけで、攻撃態勢も殺気も纏っていない自分に対して最大限の警戒を露にしたギラルにホロウは好感を持っていた。


『ほう……魔力や殺気の大小だけでなく、皆無である事に警戒できるとは…………流石はスレイヤの弟子と言ったところですか』


 名乗り以外の“本命の自己紹介”に気が付ける者は少ない、特に経験の足りない者であれば……終始警戒を緩めない若者をホロウは思わずスカウトしたくなってもいた。

 そして幾つかの言葉をかわした事でギラルが本日大図書館に訪れた理由を知ったホロウは、ギラルの不思議な視点に興味を持った。

 以前から特殊で独自の知識を持つ若者であるとは思っていたが、その考え方の根本は『知らなかった』という事に。

 彼の少年が調査兵団で真っ先に注目されるのが“ゴブリンの生態についての独自解釈”であるが……この考え方に至った経緯は彼の不幸な生い立ちから教会の掲げる教義に否定的であるからこそ見つけた教会や王国の暗部、アラの一つかと考えられていたが……。


『まさか知らなかったとは……ね。つまり知らないからこそ本質を見抜いたという事なのでしょうか? 否定をすると言う事は否定する対象、反抗する内容の存在を認める事に他なりません』


 調査兵団団長を務めるホロウ自身『精霊や魔力』の理がこの世界の在り方であると言う思想が心の奥底、根底に根付いている事は自覚していた。

 魔力は精霊神が齎した恩恵である……疑問を持とうと不審を抱こうとどうしても別として割り切れないものがある。

 一体あの若者が何を知っていて、何を見ているのか……ホロウは自分が渡した本から彼が何を得て、そして何を仕出かすのか……興味深々であった。


『この国の民では持ちえない根底を覆す心……もしかすると彼こそが“真なる神”を呼び覚ます切っ掛けになり得るのかもしれませんねぇ……』


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