第十六話『聖』を自称する危険性

「は~い、依頼達成確認~っと。心配していたワケじゃないけど、独り立ちの滑り出しとしては順調かな?」


 そんな事を言いつつ、相変わらず無駄に色気を振りまき目のやり場に困るギルド受付のヴァネッサさんに依頼達成の報酬を受け取る。

 ……うん、特に減る事も無く規定通りの報酬である。

 俺はしっかりと確認してから受け取った報酬の銀貨と銅貨を財布へしまう。

 仕事の依頼を受けていない日の午前は大抵俺一人でギルドへと赴き、達成した依頼の報告や次の依頼の受注をするのが最近のルーティーンになっていた。

 ソロでは難しかった少々上の依頼でも最近は急造とは言え腕の立つ仲間のお陰で受ける事が可能になっていた。

 カチーナと組んでから一ヶ月は過ぎたが、主に前衛特化の剣士と中衛支援型の盗賊のバディは思いの他マッチしていて、最近ではもしかすればCランク相当の討伐依頼も可能ではないかとすら思えるくらいに俺達の連携は上達していた。


「そう言えば今日は一緒じゃないの? 彼女」

「んあ? ああ、何か今日は別件で用事があるとか何とか……」


 そして最近は一緒に行動する事が多くなった俺たちは徐々にワンセットで扱われるのが当たり前になりつつある。

 若干含みを持たせたような笑顔で聞いてくるヴァネッサさん……何というか男女のペアと言う物はどうしてもそう言う勘繰りが付き物なのは分かっていたつもりだけど、昔馴染みの彼女ですらそうだった事実は微妙な気分にさせてくれる。

 最初の内は照れもあったけど、続くとめんどくさくなるというか……。

 俺は適当にあしらいつつ掲示板に足を向け、張り付けられた依頼の確認をする事にした。

 基本掲示される依頼は午前中に張り出され、良い依頼は真っ先に持って行かれる早い者勝ちである。

 まだまだDランク相当じゃ受けれる依頼も少ないけどな。


「毒消しの薬草採取……はEの奴らのだし、サンドリザード討伐…………げ! 群れの討伐……Aランクじゃん、ムリムリこんなの……」

「ブラッドオークの討伐依頼ならあるよ~? 君らなら大丈夫だと思うけど?」


 ヴァネッサさんが目で示した依頼書には真っ赤な絵姿のオークが描かれていたが、しっかりとCランクの刻印がされていて…………一瞬“今の俺達なら”と思わなくも無かったけど、俺は首を横に振る。


「二人合わせて可能と思っている内はちょっとな……二人とも単体で討伐できるくらいじゃないとよ」

「相変わらず慎重ね~」


 苦笑しつつ褒めているのかどうか分からない評価を寄越す彼女を尻目に張り付けられた依頼書をザっと眺めて行くけど……本日の依頼は自分達には余り向かない物ばかりだった。

 採取系は低ランクの連中の仕事を荒らしそうだし、討伐は身の丈に合っていない……まあ何時もの理由なんだけど。

 面倒だが今日ならブルーマウスの駆除とかでも良かったが……生憎その手の依頼すら今日は無い。

 …………今日は不作か。

 俺は張り付けられた依頼書から目を離した。


「あら? 今日は依頼受注しないの?」

「う~~ん、今日は俺一人だしちょっとな~~。最近は勤労に勤しんでいたから今日くらいは休むか……」


 別に仕事に誇りがあるとか言う気はないが、カチーナさんとパーティーを組む事になってから妙に生真面目に依頼をこなしていた気がする。

 ……彼女の生真面目さに俺も引っ張られていたって事だろうか?


「あんまりサボってるとママが心配するわよ~?」

「わ~ってるよ。今日はお勉強の日にしておくさ。大図書館ってもう開いている時間だよね?」


 暗に同僚ミリアさんへの告げ口を揶揄する受付嬢に俺は勉強という逃げ口上を口にし、冒険者ギルドを後にした。

 勉強と言うのは建前、本当は預言書の情報の整理をしたいからなだけだがな。


                 ・

                 ・

                 ・


 ザッカール国営大図書館。

 王都中央にそびえ立つその建物は巨大な書庫であり、許可さえあれば誰でも閲覧可能である知識の宝庫。

 許可は身分証であったり学生証であったり、魔術にて登録された者が許可された区域内の書物を閲覧できるもので、その中には冒険者のランクも含まれる。

 すでに何度か来た事のある俺も登録されていて、受付のいかにもお役所仕事と言わんばかりのやる気のないオッサンは俺のタグを確認してお決まりの言葉を言う。


「Dランク冒険者、閲覧可能の区域はB区画までだからそのつもりで。それ以上の区画に侵入すると……」

「魔術防壁に引っかかって警報が鳴って捕縛でしょ? 分かってる」

「……ん」


 俺がそう言うとオッサンはならいいとばかりに顎で入れと示す。

 そして足を踏み入れた先にあるのは様々な知識や情報が記された新書、古書を取りそろえた本棚の密林。

 相変わらず見事なモノだと思いつつ、俺が侵入できないA、S、更にはSSと言った本気で王国のやんごとない連中でしか閲覧できない超ド級の国家機密や禁書の類があるのだと考えると身震いがしてしまう。

 ……俺が知っておくべき知識はまだまだ多い。

 まずはこの国の成り立ちと歴史……そして出来るなら王侯貴族たちの実名など。

 俺はカチーナさんとの出会いから今までおざなりになっていた調査を本格的に始める必要性をヒシヒシと感じていた。

 何故なら仲間として、相棒として過ごした一か月間で彼女に対して思った感想は……ただの真面目な良いヤツでしかない。

 預言書で見た未来の外道聖騎士なんて一体どこから出て来たのか分からないくらいに。

 そして未来がどんなに悪人であっても今悪人側にいるかどうかという、根本的に当たり前の疑問を今まで持たなかった自分に呆れる。


「これから悪人になる予定だからって、裏側ばかり調べていたのは……我ながら短絡的過ぎたな……」


 思わず漏れた独り言に今までやって来た調査の偏りの全てが要約されていた。

 ただ言い訳をするならば、この国の内部に蔓延る裏側に闇が多すぎる事で忙殺されて表に目を向ける余裕が無かったというのもあるのだ。

 基本的にザッカールは王国も教会も色々と腐敗が酷い……調べれば調べるほどこの国は自国どころか他国にも悪影響を与える悪党どもの拠点にもなっているのだ。

 麻薬密売、人身売買、人種差別に奴隷虐待……スラムには孤児院からあぶれた浮浪児がはびこり運が悪ければ成人前に飢えか病で命を落とし、運よく成長しても犯罪者などに堕ちる者がほとんど。

 冒険者として『酒盛り』に拾って貰えなければ俺だって似たような境遇に陥っていただろう。

 だから、そっち方面での不正や犯罪を調査して“ついでに”情報を王国上層部へタレコミしていたのに……私怨が無かったとは言えん。

 それで目が曇って普通に、親切に接して来た分隊長が探していた張本人だったんだから笑うに笑えない。

 裏ばかり見ようとして普通に調べれば分かるような情報、例えばこの国の成り立ちや王族、大物貴族の名前とかだって、考えてみると知らなかった。

 ……まあ流石に王様の名前くらいは知っているけど。


「油断はするな、希望的観測をするな……師匠の教えを分かっているつもりでまだまだ分かってなかったな……クソ」


 あくまでも戦闘での心得と思い込んでいた事もいけない。

 自分の考え方にも常に偏見や偏りが付きまとうのだから、考察を止める事自体が油断と言えるんだよな……。

 そう思い俺は改めてガキの頃に神様に見せて貰った預言書の重要人物、重要な悪人を思い起こしてみる。

 外道騎士と言われる、『聖騎士カチーナ』

 邪神を祭る穢れた巫女、『聖魔女エルシエル』

 策謀と謀略、様々な情報戦で人々を苦しめる魔の軍師『聖尚書ホロウ』

 そして各国に邪神王都と呼ばれるザッカールを『真聖都』と名乗り、邪神を祭る国家で侵略行為を束ねる魔の王と呼ばれた『聖王ヴァリアント』

 主にこの4人が邪神を復活させた四魔将と言われていたが…………今更ながらに考えてみると、全員が他者から外道だ鬼畜だ評価されていたのに、自称はみんな清らかで正しい者の象徴『聖』の言葉を冠している。

 それは周囲の評価はともかく、自分は正しい事をしているという歪んではいても確固たる自信があったという事なんだろうか?

 そう考えると外道騎士に成り下がった預言書のカチーナは分かりやすい。

 親子の情も男女の愛情も友との友情も、いわゆる人との絆と言う物を踏みにじり利用し裏切り、全てを『神の御意思』と笑いながら虐殺を繰り返す最低の外道。

 しかしあの姿が一体何年後のモノかは知らないが、現在の彼女は至って普通の“善良な”剣士であり騎士。

 何をどう間違えば絆の全てを引き裂き壊す事が正しい行い、神の意志などと腐った志を持つ事が出来たと言うのか……。

 今後この状況がどう影響して外道騎士への道へと踏み外すのかは分からないが、俺にとっての彼女はただの生真面目な剣士で相棒でしかない。


「正しい志、善良な騎士の魂が預言書みたいに歪む事があるのかな?」

「なかなか複雑な事をおっしゃる……お若いのに……」


 ゾク!?

 俺は王国の歴史を記した本の区画で何気なく呟いた一言に、突然返事が返って来た事に鳥肌が立った。

 マジか!? 今まったく気配が無かった。

 いや、声が聞えた今ですら人の気配を全く感じない。

 盗賊として気配察知には自信があったのに……。

 警戒して全身をこわばらせるが、そんな俺の態度とは裏腹に声の主は俺の目の前、本棚の影から一見人の好さそうな笑顔でヒョイと出て来た。

 それは眼鏡をかけた仕立ての良い服に身を包んだ知的な男性……一見して身分の高い貴族の出だろうと思える人物だった。

 ただ、その人物は目の前に現れても言葉を発していても、笑顔を浮かべていても……気配がしない。

 死者ですらもう少し主張しそうなほどの存在感の無さに冷や汗が止まらなくなる。

 そして、その男の顔に俺は見覚えがあった。

 聖尚書ホロウ……預言書で見た事のある四魔将の一人であり、本人と顔を合わせるのは“初めて”の事だった。


「当初は尊き志を持った崇高な人物であった者が、民意に流され悪意に汚され欲に溺れて志を忘れる……有史以来人類は同じ事を繰り返して来たものですよ。一応は初めまして……ですか? 盗賊のギラル君」」


 眼鏡を光らせてニッコリと笑うホロウ……ただしその目はどこまでも笑っていない。

 一気に口の中がカラカラに乾いて行く感覚に、俺はこの男に関しては預言書の通りなのでは? と思わざるを得なかった。

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